第63話 ルーキーズ
高卒からドラフト一位でプロに入団するというのは、真田にとって人生の規定路線であった。
球団で当たり外れがあるのは分かっていたが、ライガースは当たりの部類だろう。
面識はないが高校の先輩もいるし、甲子園で死闘を繰り広げた相手が、今度は先輩として最大の味方となる。
シニアから高校への進学で、似たような記憶があった真田は、そこはそれほど心配してない。
それに同じ大阪光陰出身の戦友である毛利が一緒というのも、高校進学時に比べればまだ気が楽なのだ。
ライガースは確かに去年、奇跡のような大躍進を遂げて、日本一となった。
球団史上二度目の快挙であり、あの白石大介が、その主な原動力となったことは間違いない。
しかしオフシーズンの動きを見て、今のままなら今季も前年と同じような成績が残せるとは限らない、というのがおおよその意見である。
単純に言って、抜けてしまった戦力が多すぎるのだ。
野手で言うならリードオフマンの西片、そして助っ人外国人のマッシュバーン、長年正捕手を務めてきた島本。
投手で言うならレジェンドレベルのクローザー足立に、なんだかんだ言ってローテーションを長年守っていた藤田と椎名が抜けた。
これを補強するためには、ドラフト、FA、トレード、外国人の四つの方法があるわけであるが、FA選手の獲得はならず、ドラフトでは即戦力の大卒や社会人もそこそこ取ったが、一位指名は真田であった。そして三位で毛利を取っている。
島野監督が任期をあと二年延ばしたというのだから、一年目は育成、二年目で結果を残すと考えるのが妥当なところだろう。
一年目は体験程度に一軍を経験し新人王の権利を残し、二年目に勝負を賭けるか。
戦友の毛利は、おそらく中村アレックスとの比較で下に見られたのかもしれないが、真田の中ではライガースを去った西片と同じぐらいのポテンシャルは秘めていると思う。
四番ということで一位指名されていったが、真田の中では後藤と毛利は同格だ。
「甲子園はともかく、ライガース寮はあんまり気にしてなかったよな」
真田の言葉に毛利は頷く。
どちらかというと寡黙なところも、評価されにくかった理由かもしれない。
高校三年間で真田が一番多く聞いた毛利の言葉は間違いなく、俺が捕るという意味の「ガーリ」である。
担当スカウトと共に駅から五分、ライガースの選手寮である牙風寮に到着する。
数多くのカメラのシャッター音が響き、これもまたプロの洗礼かと、二人は寮のドアを開ける。
寮長の西岡がそこで待っていた。
「ようこそ。獣の巣へ」
あまりかっこよくない例えである。
どかどかと階段を降りてやってきたのは二人。
「げ」
思わずそんな声が出てしまうほど、真田は苦手意識を持っている。
白石大介。そしてもう一人は確か、去年の四位指名の投手。
新人選手の合同自主トレのはずが、なぜこいつがここにいるのか。
「昨日の敵は今日の友、にも限度があるよな」
大介はそう言って笑った。
プロ野球における最大の敵は、対戦するチームではない。
もちろん一定のレベルになればそれも考えうるのだが、特に新人のうちは、同じ球団の同ポジションの人間である。
ただ投手はローテーションの他に中継ぎなども枚数を揃えて、かなりの数が必要とされる。
起用する機会などを考えると、おそらく一番競争が厳しいのは、他へのコンバートも難しいキャチャーだろう。
そしてピッチャーにとって最も頼りになる仲間は、打てて守れるショートである。
高校時代は場外ホームランを打たれたりして、散々全国制覇を阻んでくれた存在であるが、味方になると思うと、確かにこれほど頼りになる味方はいない。
攻撃時に、なんであれが抜けないんだ、という当たりをキャッチしてしまうパフォーマンスを、味方として期待出来るということだ。
なんと言っても去年、新人でゴールデングラブを取っている。
ショートの守備は打力がやや弱くなる傾向にあるが、それも当てはまらない。
なお大介がここにいたのは、真田たちの顔を見に来たのと、渡したいものがあったからだ。
この二人だけではなく、ある程度情報を得ていた、ことしの新人については全て。
ただしそれは、白富東に関連したことが多かったため、自然とそれと対決した二人についてが多くなる。
それはセイバーの分析した、現在における真田の状態、故障をしないための運動の仕方、今後伸ばしやすい要素についてをまとめたものである。
ここまで詳しく情報を分析されていたなら、そりゃ負けるわなと思う真田であったが、実際のところセイバーは自分の退任以降は、データを集めても全てを渡していたわけではない。
一年に一回か二回しか当たらない相手のことをそれだけ詳しく分析しても、費用対効果があまりないからである。
「プロのレベルだと活用出来るけどな。するかどうかはお前次第ってことで」
ライガースは去年、七人を解雇して九人をドラフトで獲得した。
真田や毛利も含めて、比較的高校生が多く、即戦力ではなく未来の素材を取ったことは明らかである。
このために大介は寮に戻っていただけであって、その日のうちには関東へと戻っていった。
なんでも自主トレは、個人的に行うらしい。
プロの練習というのは、真田たちにとってはそれほど厳しいものではなかった。
ただ大阪光陰時代が体作りや基礎体力向上に重きを置かれていたのに比べると、やはり技術的な話が多くなる。
プロでの選手が大成するために必要なことというのは、大阪光陰の木下も言っていた。
それは、高校時代に比べると、ずっと頭を使うことが多くなるということである。
高校時代は、たとえばピッチャーのプライドなどといったところで、それよりもチームの勝利が優先された。
だがこれで食っていくプロになれば、チームよりも自分の数字が大切になる。
自分が出場せずにチームが優勝するより、自分が活躍してチームが最下位の方がいいのだと。
木下はそのあたりを、隠さずに伝えてくれた。
アマチュアで金を払ってプレイするのと、プロで金を貰ってプレイする。
この二つの差を考えれば、自分に価値があることを示さなければいけない。
自分の能力を伸ばすためには余念がない。そんな真田にとっては、大介から渡された資料は役に立つものであった。
ただ最初に示された結論が、一年目は体作りに専念した方がいいというものであったが。
真田の身長は、もう止まっている。
野球選手としてはそれほど大柄ではなく、むしろ小柄な方だ。
だが縦の成長がここまでと言うのなら、あとは筋肉を増やしていくだけである。
しかし資料によると、真田はとりあえず球速よりも、球質が劣化しないように気をつけるべきだと書いてあった。
プロ一年目からあれだけの活躍を見せた大介が、高校時代に一番苦戦したと言えるのが真田である。
球速よりもむしろ、重要なのはスライダーと、落ちるカーブだ。
確かに真田自身も、己のスライダーが左打者相手には、完全に魔球のように感じられているのは分かっていた。
左打者は真田と対戦する場合、スライダー以外の球をいかに引き出し、それをどう打つかが重要なことになった。
一年間で何度も対戦するプロの世界で、それがどこまで通用するかは分からないが。
ともあれ、プロへの扉は開いたのであった。
大介は大原を伴い、千葉に戻ってきていた。
ここにはセイバーの作ったスポーツトレーニングジムがあり、一般の利用者もそれなりにいるのだが、おおよそは段階こそ違えガチ勢が多い。
岩崎もまた、ここでキャンプまで体を作るつもりらしい。
昨年のタイタンズは事前の業界人の予想を裏切り、優勝どころかAクラスに入ることも出来なかった。
ただおかげで、シーズン後半の方では、岩崎も何試合か一軍で投げることが出来た。
そして得た教訓は、一球ずつ全力で投げなければ、まったく通用しないということである。
基本的にどの球団のどの選手も、甲子園の四番や一番を打っていたような選手だ。
抜いて投げて通用するほど、甘い環境ではない。
「もっと抜いて投げないとダメだね」
岩崎が言われたのは、それと真逆のことであった。
「全力を出すんじゃなくて、必要なボールを必要な状況で投げること。チェンジアップの割合が少なすぎる」
トレーナーはデータを示しながら、高校時代の岩崎のピッチングと比較する。
高校時代は相手の主砲に対しても、確かに甘く思える球をちゃんと投げていた。
チェンジオブペース。緩急差を上手く使わなければ、確かに一軍のバッターを打ち取ることは出来ない。
ただしそのためには、もっとボール球を有効に使い、球数が増えることも覚悟しなければいけない。
昨今のプロ野球は分業制が浸透しているが、岩崎は今のままであれば、完投するほどの能力を身につけられない。
そのために何をすればいいのか、この施設のトレーナーは、元選手のコーチの経験などではなく、多くの野球選手のデータの統計から答えを出してくる。
そしてその答えも一つではない。
人間それぞれには、肉体的にも精神的にも個性があるため、どれが一番合うのかは試してみなければ分からない。
セイバーメトリクスはどのようなピッチングが一番効果的かは教えてくれるが、そんなピッチングが出来ない者がどうすればいいのかには、幅広い答えしか返してくれない。
そんな技術的な話は別にして、大原はとにかくまだ、肉体のコントロールがしっかりとしていなかった。
下半身のトレーニングと、ボディバランス、そして瞬発力を重視する。
だが期待されていた巨大なエンジンは、間違いなく球威に現れてきている。
155kmのストレート。
球速もであるが、コントロールがついてきた。
今年は二軍の試合でいいから、まずはバッターとの対戦を増やしていかないといけない。
ただこのレベルであっても、大介が相手では全く通用しないのだが。
大原から見るに、大介はシーズン戦においては、全力を出し切っていない。
もちろんシーズンの終盤、色々な記録がかかってくる頃にはペースを上げていったのだが、それでも日本シリーズの時のような爆発力は感じられなかった。
大介は既に一年目から、ペナントレースを戦い抜くだけのペース配分を考えていたのだろう。
特にライガースは甲子園の使えない期間、チームの調子を落とす傾向にある。
大介はそこでチームの状態が悪くならないよう、体力を蓄えておいたということなのだろう。
もっとも去年はそんなこともなく、むしろデス・ロードにおいて成績は上がったようだが。
プロ一年目から、不滅の大記録を達成してしまった。
今年あらゆるところから求められるのは、去年以上の成績なのか。
しかし大原などのように内側から見るものには、それは不可能であろうと分かるのだ。
大介は、まだ四死球が少なかった。
それはルーキー相手に、そして大介の体格を見て、勝負を避けるという選択がしづらかったからだろう。
だが三冠王から逃げることは、恥ではない。
それにチーム事情を見れば、西片がいなくなり、後ろの打線も弱くなった今年は、少なくとも打点では去年を超えることはむりだろう。
なにせ日本新記録を大幅に更新してしまったのだから。
だがそれでも記録を出すとしたら、空前絶後の四割打者だろうか。
出塁と単打だけで満足するなら、それは可能であるかもしれない。
どちらにしろ言えることはただ一つ。
ライガースは今年も挑戦者であるということだ。
大介もまた、同じことは考えていた。
監督やスコアラーと一緒に、前年の対戦投手の投球内容の推移や、打線の変化から、得点力が減ってしまうことは覚悟していた。
ただ大原ほど悲観していなかったことは、まだ球団が外国人獲得の交渉をしていたからである。
ロイがいなくなって、ライガースが確実に確保しておきたいバッターというのがいなくなった。
支配下登録の外国人はいるが、確実にロースターに入れておくのはレイトナーだけである。
ピッチャーであろうがバッターであろうが、大介人気で収益が大幅に良化した現在、新しく外国人を取ってくることは問題ないのである。
あとは、それを見つけて連れて来られるかどうかだ。
だがそれに関しては、大介としても話は通してある。
日本のプロ野球界での影響力を増そうと考えているセイバーだが、直接経営にまで関わりそうなのは、在京球団二つに絞ったらしい。
だが必要なところに必要な人間を紹介し、仲介料を得るというビジネスは、日本球界のみならず、アメリカの方にまで手を伸ばしているらしい。
日本人選手をMLBに紹介することも、逆に行っているらしいのだ。
戦力を整えるのは自分の仕事ではない。
そう割り切って大介は、さらなる技術の研鑽を目指す。
とりあえず目標は、年間を通したバッティングで、どういう数字を残すかだ。
そしてもう一つ楽しみにしているのは、新しく台頭してくるピッチャーとの対戦。
ピッチャーとバッターは、初見ではピッチャーが有利と言われる。
だからこそ最初に勝負してくるピッチャーをどう料理するかは、重要なことなのだ。
空を切るスイングの音で周囲を驚かせながら、大介はまだ見ぬ強敵との対決に胸を躍らせるのであった。
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