エースはまだ自分の限界を知らない[第四部C プロ編]
草野猫彦
一章 プロ一年目 若い力
第1話 新世界へ
大阪ライガースは甲子園球場を本拠地とする、セ・リーグの中でも歴史の長いチームである。
特徴としては熱烈なファンがいることであるが、成績が低迷したりするとそのファンも平気で罵声を浴びせてくるし、グラウンド内に物を投げ込んでくる。
まあ良くも悪くも強烈なチームカラーはあるのであるが、この二年は連続で五位と、成績は奮っていない。
理由の一つは年間のローテーションを守って貯金を稼げるピッチャーがいないことだ。10勝以上の先発ピッチャーはわずかに一軍にいて、一桁勝利が一軍と二軍を行き来して、先発が計算出来ない。中継ぎに勝ち星がつくこともある。
幸い中継ぎから抑えにかけては、割と安定している。だが中継ぎと抑えが必要になるのは、勝っている試合か競っている試合だ。
そこでもう一つの理由になるのだが、中軸の高齢化による故障などで、打線がしっかりとしていないことである。
同じく故障者続出だった最下位の中京に比べればマシだが、リーグワースト二位の打線強化は、選手の入れ替えを含めて数年前から言われていることだ。
そんなわけでライガースの首脳陣がほしいのは、即戦力で頑丈なバッターと、即戦力で頑丈なピッチャーなのである。
つまるところ一年を通してある程度戦力になってくれる、そういった選手が必要であるのだ。
もっとも経営陣としては、球団の成績としてはあまり良くないことではあるが、ベテランの選手人気を中心に収益自体は悪くない。
ただ長い目で見てみれば、確かにそろそろ若手で目立ってくる選手がいないと困る。
「白石行ったんか……」
クライマックス・シリーズ進出も果たせず、自宅でドラフトの様子を見ていたライガース不動の四番、金剛寺文彦は大きく呟いた。
来年には40歳になる金剛寺は、まさに大器晩成の遅咲きの選手であり、一軍のスタメンに固定したのは高卒八年目の26歳になってからであった。
しかしそれから10年以上も四番に座っていては、一選手でありながら、この先のチーム事情が心配になってくる。
金剛寺は遅咲きで、選手としてのピークも30代の前半に入ってからであった。
しかしそれでも40歳を迎える前には、肉体も技術も衰えてきているのを感じる。
それを維持するために必死でトレーニングをするのだが、若い頃と違って故障はしやすいし、そこからの回復にも時間がかかる。
力を維持するためのトレーニングと、故障をしない程度の負荷のバランス。
ここ数年は怪我がちながら100試合以上は出場しており、それなりの数字を残している。
「それで引くんかい」
テレビに映るのは島野監督の大喜びの表情。
11球団競合となってしまった選手を引き当てるとは、どれだけ強運なのか。
だが、金剛寺はずっと疑惑を抱いている。
確かに白石大介は、高校野球史上最強のスラッガーかもしれない。甲子園球場の場外にホームランボールを飛ばした打者は他にいない。
そしてワールドカップ以降は木製バットを使い、それでもホームランを量産している。
ポジションはショートであるから、コンバートもしやすいだろう。
だがあの体格で、一年間のシーズンを戦い続けられるのか。
金剛寺も一度だけ甲子園に出ていて、あの夏の暑さの中で戦い抜くには体力が必要なことは知っている。
だがプロで必要なのは、体力と言うよりは耐久力だ。
大介の体格でプロで本当に通用するかは、同じプロの世界であれば、どんなプレイヤーだって思うことだ。
そのあたりも既に大介は調べられているのだが、選手レベルには回ってこない情報である。
ライガースは去年の一位も野手を指名して、どうにか現在の中軸の後継者を育てようとしている。
現在はサードを守っている金剛寺であるが、ファーストへのコンバートの話も出ている。
ファーストの方が守備負担は少ないとか言うが、今の野球ではそれほど変わらないとも思うのだが。
その後のドラフトはネット中継に変わったのでそれを見ていく。
今年は高卒が四人の大卒が六人で、社会人からは取っていない。
(最近は育成上手くいっとらんけど、大丈夫なんか)
金剛寺は優勝がしたい。
以前にライガーズがリーグ優勝に輝いたのは、金剛寺がまだ二軍でくすぶっていた頃だ。
長い選手生活も終わりが見えてきて、ここで一つ、ライガースで優勝がしたいのだ。
それも出来れば、リーグ優勝ではなく、球団史上一度しかない日本一を。
それにしても神奈川は、またドラフト一位で高卒投手を取った。
上杉はともかく今年からデビューした玉縄も、一年間のローテーションを守って12勝もした。
さらに投手力を強化するよりは、打線を強化するべきではないのか。
神奈川の打線陣は、ライガースよりは少しマシではあるが、それは通年の成績を見た時だ。
ライガースの主軸が怪我などがなくて揃っているときは、はるかに上である。
上杉の防御率などを見てみれば、今年だって負けがなくても当たり前の数字であったのだ。
年を取るとどうしても、上への批判が多くなってくる。
もちろんマスコミの前ではそんなことは言わないが、ライガースに生涯を捧げた身としては、自分の成績よりも、チーム全体の活性化が心配になる。
四番の背中を見せることで、若手への刺激になるかと思っていた。
しかしベテランがある程度の成績を残すことで、若手の成長機会に蓋をしているとも言える。
若手に出番を与えても、それをモノにするだけの決定的な活躍がないのが厳しい。
(ゴールデンルーキーは核弾頭になってくれるか?)
ドラフト中継を眺めながら、金剛寺は来年のペナントレースに思いを馳せる。
年が明けて寮開きの日がやってくる。
これは同時に新人たちの入寮日である。大介の担当スカウトはスカウト部長でもある大河内であり、寮まで五分という駅まで迎えに来てくれるそうな。
子供じゃないんだし一度来ているし、一人でも問題はないと思ったのだが、マスコミが多いのでその対応をするためらしい。
そして何度も乗り越えて駅に到着し改札を通れば、なにやら前方にでっかい体が存在していた。
「おーい、大原!」
振り返ったその姿は、千葉県でさんざん打ち砕いてきた対戦校のエース、同期入団の大原和生であった。
「白石か」
「偶然だな」
「いや、俺らは二人一緒だって聞いたぞ」
「え、そうだったの?」
大介の予定に合わせたわけではないが、二人とも県が同じなだけに、ある程度は到着時間も似たようなものになる。
どうせなら二人一緒の方がいいだろうというのは、球団側の考えである。
今年のライガースの新人は10人であるが、育成枠の二人が高校生。
そしてドラフトでこの二人以外の六人は大卒である。
都内のリーグから四人、東北から一人、関西で一人という内訳だ。
育成枠の二人は甲子園に出ていない学校の出身で、青田買いというものであろう。
はっきり言うと大原は、自分だけはちょっと実績と評価が離れているのではないかと思わないでもない。
駅を出た二人はロータリーに、グラサンメガネのハゲデブスカウトの姿を発見した。
どこか成金めいたファッションのこの人物が、大阪ライガースのスカウト部長である大河内だ。
大原は五球団から調査書をもらっていたが、その中で一番というか、別格に評価が高かったのがライガースであるのだ。
あとの四球団はもっとドラフト下位か、あるいは育成枠として検討されていたらしい。
それを押し切ったのが、関東地区担当のスカウトではなく、千葉県大会を見にきていた大河内であるのだ。
「なんや一緒に来たんか?」
「いや、そこで会っただけっす」
「同じ県なんやし、もっと仲良うしてもええんやで? ピッチャーと野手なんやし」
そう言われても大原は、大介相手に散々痛い思いをしてきたのだ。
別に隔意があるわけではないが、相手が格上だとどうしても感じてしまう。
「前の寮は駅からバスか、ちょっと歩かんといかんかったからな。今はほんのちょいや」
徒歩五分。確かに近い距離である。寮が新築されたのも数年前で、それまでは甲子園には近かったのだが、やや不便な位置にあった。
そして球団寮の敷地では、マスコミが大挙してカメラを向けていた。
「目立ってるな~」
「お前がな」
そんな言葉をかけながら、二人はライガースの選手寮、通称牙風荘へと入るのであった。
寮開きのこの日は、一軍も二軍も、寮生活の選手は戻ってくるのだが、中には自分や同僚と一緒に自主トレをしていて、全ての寮生が揃うわけではない。
だが新人選手は全員間違いなくこの日に入ることになっている。
そして揃って写真などを撮られるのだが、大介にとって大原と一緒に撮られるのは気分が悪かった。
なにしろ頭一つ分ほど身長差があるので、自分の小ささが強調されてしまうからだ。
写真としては分かりやすいかもしれないが、背の小ささはどうしようもないコンプレックスである。
およそ10畳の部屋にはある程度の生活用品が揃ってはいたが、テレビなどの家電は何もない。
それにこの日はマスコミの取材が多く、プロとしてはその露出にも耐えないといけない。
なお今年の新人選手は以下の10人である。
1 白石大介 高卒 内野手
2 山倉 法教大 投手
3 支倉 東名大 外野手
4 大原和生 高卒 投手
5 田辺 畿内大 内野手
6 溝口 大洋大 投手
7 浜崎 東北環境大 投手
8 村松 東亜大 外野手
育成 園田 高卒 投手
育成 三谷 高卒 投手
投手を高卒の育成で二人も取っているが、最近のライガースは育成失敗が多いと言われがちだ。
そもそも育成から成長して活躍する選手自体が少ないのだが、それを別にしても最近のドラフトはあまり成功しているとは言えない。
大介に対して実父がしたアドバイスは、自分を信じぬくことと、コーチなどの指導はしっかりと聞いてもそのままにやらないことであった。
(つっても俺はやりたいようにするだけなんだけどな)
先に送っていた荷物をほどいたが、とりあえず必要な物は棚や箪笥だな、と思う大介である。
晩飯は美味かった。
おかわりを繰り返す大介に対して、食堂のおばちゃんはニコニコと追加をしてくれる。
「おばちゃん、後でまた食いたいんだけど、おにぎりか何か作ってもらえる」
「ええよ。冷蔵庫の中に入れとくから」
「お前、まだ食うのか」
仲がいいわけでもないのだが、やはり顔見知りということもあって、大原は大介と隣り合って食事をしている。
そして二人集まれば残りの高卒組も集まるわけで、大学のリーグ戦で顔見知りだったりする年上の組も、おおよそ近くの席に集まる。
「今日は体動かしてないから、ちょっと運動しないとな」
「そういやそうか」
大原も納得したのか、とりあえずどんぶり飯をおかわりする。巨体を維持するためにはカロリーも必要なのだろう。
基本的にはまだ寮に戻っていない先輩選手たちであるが、一人だけ例外があった。
そしてそれは大介の顔見知りでもあった。
「俺もお前の練習には興味あるな」
二年前に、ドラフト三位で入った、勇名館出身の黒田である。
夏の大会に三本のホームランを叩き込んだ黒田は、一気に名前を上げてドラフトで指名された。
プロ二年目には何度か一軍の試合にも呼ばれたが、ほとんど活躍はなく二軍で練習の毎日である。
「別に特別なことはしてないすけどね」
嘘である。だが大介としては、本当のことを言っているつもりだ。
白富東の練習メニューは、とにかく怪我をしないことを最優先に作られている。
食事を終えた大介は、寮の一階のトレーニングルームでストレッチとアップをする。
それからグラウンドに出ると、ダッシュとジャンプを種類を変えて何度か行う。
最後は素振りを100回ほど行うと、またストレッチでクールダウンして終わりである。
確かに言うほど特別なわけではない。
ただストレッチとアップが長い気はする。
「ウエイトとかしないのか?」
そう問われても大介は、安易に答えるわけにはいかないのである。
「高校時代のメニューは、各自に合ったものを測定して作ってもらってましたからね。俺は基本的にしなかったっす」
「ピッチャーは何をしてた? 特に佐藤」
大原としては化け物の傍にいた化け物に、あれだけの化け物になる真髄を聞きたい。
「あ~……ナオの練習は全然参考にならないと思う。大原ならガンのメニューの方がいいんじゃないかな。でもまずはチームのコーチに聞いた方がいいだろ」
ピッチャーではない大介が口を出すのも変だし、白富東には何人もピッチャーがいたが、やっていることはそれぞれ違った。
少なくとも佐藤兄弟と同じことを大原がやっても、あまり効果が出るとは思えないのだ。
食事を再度した後は、入浴して汗を流す。
ほどよく疲れた状態で布団に潜り込む。
こうして大介のプロ一日目は、特に何かおかしなこともなく過ぎていったのだった。
×××
Aパートの「続・白い奇跡」は3.5の終了後、Bパートの「大学編」も3.5の終盤に開始となります。
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