第253話 くすぶる季節

 六月が終わった。

 首位レックスと二位ライガースのゲーム差は2.5ゲーム差で、三位との差はかなり大きい。

 野球ファンの注目は、一つには大介の打撃記録。

 六月にまだ数字を伸ばしたため、72試合が終わった時点で、打率がまた四割に達し、何よりホームランが37本となっている。

 72試合とは、シーズン戦のほぼ半分である。

 それでホームランを37本打っているのだから、二試合に一本以上は打っていて、今年こそ70本の大台に乗りそうである。


 レックスが先頭を走っていたため、注意が薄かったのか。

 この時点でまだ四死球が65個というあたり、本当に今年のピッチャーは大介に優しい。

 だがどうして大介と、比較的にしろ勝負しにきているかは分かる。

 武史の、そして樋口の存在が大きい。

 レックスのピッチャーが、大介を歩かせる数が圧倒的に少ない。

 そのくせ打率は他の球団と比べて、かなり抑えているのである。


 チームの対戦成績も、6勝5敗とわずかながら、レックスが上回っている。

 この二チームは三試合のうち二試合を勝つというペースで試合を消化しており、とにかく三位以下を圧倒している。

 大介から逃げなくても、この数字を残せるのだ。

 それを樋口とレックス投手陣が証明しているため、他の球団は逃げにくくなっている。

 ただしホームランに関しては、11試合で5本を打たれている。


 大介にホームランを打たれても、打率をそこそこに抑えて、試合としては勝つことが出来る。

 それを現実として見せてしまえば、虚像の大介に気が付く者も多い。

 現実的にはどう対策したらいいのか。

 それぞれのチームの首脳陣やバッテリーは、真剣にそれを考え始める、

 ただしそのための統計を取るために、勝負して打たれることは多くなったが。

「やっぱりあいつと勝負すること自体が間違ってるんじゃないか?」

 そう考え直すも多い。


 


 もう一つ注目されているのは、武史である。

 三ヶ月で13先発というのは、まあないではない数字だ。

 だがそれが13勝0敗となると、話は違ってくる。


 上杉もまた、一年目には無敗の男であった。

 だが常勝ではない。味方が一点も取れず、勝ち星にならない試合はあったのだ。

 もちろん今のレックスと当時のスターズでは、打線の援護が違うという前提がある。

 それでもこれだけ、勝ち運に恵まれるのは不可思議な話なのだ。


 何かを持っている男。

 実際に結果だけを見れば、実は武史は、甲子園で優勝した回数は、SS世代よりも多いのである。

 一年目の夏からレギュラーで準優勝、その後は四大会連覇

 神宮や国体では負けても、甲子園では負けないというそれは、運の強さとはまた違う。


 とにかく、何かを持っている、と思うしかないだろう。

 あまりにも理不尽な運勢の偏りが、武史には存在する。

 そのうち逆転したら、ひどいことになりそうだが。


 七月に入ると、オールスターが近づいてくる。

 真田も二軍戦で調整し、復帰の目処がついてくる。

 なんだかんだ言って真田の離脱は、それほど勝率に影響しなかった。

 去年の大介の場合と比べると、チームの一つの勝利への貢献度はともかく、シーズン中の影響はやはり、毎試合出場する野手の方が大きい。

 もちろん真田が去年、16個も貯金を作ってくれたことを、否定するわけではない。

 ピッチャーがそろっても打線が打てなければ、今のスターズのようになるのだ。




 武史の14先発目は、ライガースとの試合である。

 あるいは回避してくるかと思ったが、真田がまだ一軍に上がってきていないのと、山田をローテで投げさせるのが厳しいので、味方もある程度点を取ってくれるだろうという考えか、先発で投げてきた。

 13先発13勝0敗。

 何をどうやったらこんな成績になるのか、よほど前世で徳を積んだのか。

 序盤ほどの圧倒的なピッチングではないものの、おおよそ毎試合の三振奪取率は15ほどもある。


 レックスはピッチャーの豊富なチームである。

 ライガースも今年は、かなり先発陣が数字を残せている。

 それはリリーフ陣が、しっかりとその役割を果たしてくれているからだが。

 歴代を見てもそうはいない勝率を残しながらも、まだレックスが前にいる。

 数字を比べてみれば、その理由ははっきりと分かる。


 失点においてはレックスが一位で、ライガースが二位。

 得点においてはライガースがぶっちぎりの一位で、レックスが差のある二位。

 それでもレックスが上というのは、つまり接戦に強いということ。

 あるいはライガースが、勝てる試合では一気に点差をつけているということ。


 大量点差で勝っているのは、確かにライガースはそうである。

 それだけに点差がある場面で、他のピッチャーを試すことも出来ている。

 レックスが効率のいい勝ち方をしているのに対し、ライガースは余裕のある勝ち方をしている。

 つまり後半戦に息切れして、ライガースに逆転される可能性は高い。

 真田の復帰試合の予定も、ちゃんと決まった。

 どのチームの、誰に当てるかも。




 七月六日の七夕の前日。

 レックス相手の三連戦初戦、対戦する向こうは武史を先発に出してくる。

 それにライガースは、復帰初戦の真田を当てた。


 かなり賭けの要素はある。

 二軍で短いイニングを登板し、調子が戻っているのは分かっている。

 だが一軍で約二ヶ月ぶりの投球が、粘り強いレックス相手で、投げ合う相手が武史なのである。

 この一年目のルーキーは、本当に投球が神がかっている。

 何かおかしなこの流れをどこかで絶たなければいけない。

 そこまで考えて、ライガースは真田をぶつけることを決めたのだ。


 相手のレックスは、樋口などは渋い顔をした。

 武史の投球は、運もあってまさに神がかっている。

 この勢いを考えれば、確実に勝てるところで、この奇跡的な流れを維持したい。

 ただ当の武史は、特に緊張はしていない。

 さすがに真田相手だと負けるかな、程度には考えているが。相手には大介もいるのだし。


 悩んでいる樋口に対し、監督の木山は問いかける。

「樋口、お前まさか、タケに30勝させようとか考えてないだろうな?」

 無茶苦茶な数字が、木山の口からは飛び出てきた。

 レックスにとって次のライガース戦が79試合目で、勝ったら武史は15勝。

 だが残り試合数を考えても、30勝には絶対に届かない。

 それこそペナントレースの終盤に、リリーフなどで無理やりに勝ち星をつけない限りは。


 なんでそんなアホなことを目指さないといけないのかと、樋口は逆に木山の頭を心配する。

 ただ木山は木山なりに、ちゃんと考えているのだ。

「投げたら勝つのが当たり前の状態のまま、シーズン終盤まで迎えるのは、逆に良くないことだと思う」

 ああ、そういう見方もあるのかと、樋口は納得する。


 武史が勝つことにこだわっているなら、一度の負けで一気に崩れてしまうことがある。

 それがまだ七月の今なら、立て直せるということだろう。

 もちろん負けを望むわけではないが、真田相手に負けるなら仕方がないといったところか。

 ただし樋口は、武史がここまで奮起する理由も知っているのだ。

「監督、あいつ今彼女にプロポーズしてて、オールスター明けに返事をもらうことになってるんですよ」

 は? と木山の目が点になった。

「それは……え? 何かの小話のネタか?」

「そうならいいんですけどねえええええええ」

 樋口でさえげんなりとしてしまう、武史の原動力である。




 樋口ははっきり言って、全く武史のことを責められない人間だ。

 結婚するためにプロに入って、一年目からチャンスをつかんで数字を残したのだから。

 ただ武史の場合は、なんとも言えずに軽い。

「新人類っていう言葉が、昔はあったなあ」

「宇宙人って言われ方をしてた選手もいましたけど、タケの場合は異世界人ってとこですかね。あるいは時代が違うと言うか」

 なんだか見つめ合ってしまう二人である。


 武史としては、そろそろ負けるんじゃないかなとは思っている。

 負けはしないまでも、勝ちがつかない試合になってもおかしくはない。

 真田相手なら、大介をどうにか一点までに抑えても、こちらもそうそう点は取れないだろう。

 ただし一軍復帰初戦なので、真田にもかなりきつい条件ではないかとも思う。


 ルーキーながらオールスター出場が確定している武史は、その後に恵美理を食事に誘っていたりする。

 そこでプロポーズの返事を聞く予定なのだ。

 はっきり言ってこの時点で13勝というのは、各種タイトルの資格を得ている。

 極端に言ってしまえばここからの全試合を休んだとして、上杉や山田が一度も負けなくても、最高勝率のタイトルが取れる。

 怪我で脱落しても、最優秀防御率のタイトルも取れるのではないか。

 

 今度の試合は神宮なので、恵美理もしっかりと招待している。

 彼女の前で14勝目を上げたら、ヒーローインタビューでもう一度プロポーズとかどうだろうか。

 上杉のような無茶苦茶な前例があるので、武史にはそれを我慢する理由がない。

 いや、もう本当に、我慢という言葉を使うべきだろうか。


 佐藤兄弟は女がかかっている時、最もその力を発揮する。

 真田も樋口も気づいておらず、大介も詳細を知らないため、その危険性に思い至らない。

 簡単に言ってしまうと、武史はひたすらやる気になっているのだ。

 そして調子に乗った時の武史は、やらかすことが多いのだが、その結果でもチームは勝ってしまうことが多い。


 日本最強の左腕。

 一度目の対決は武史が制したが、今度は大介もその気である。

 少なくとも今の時点では、上杉に迫り上回るかもしれないピッチャー。

 それとの対決を大介が、わくわくとして待たないわけがないのだ。


 他の選手たちが、完全にガチで最強サウスポー決定戦と思う試合。

 だが武史だけが、あだち脳に支配されていた。

 おそらく登場する作品を間違えたのだろう。

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