十二章 プロ三年目 休息の季節
第170話 ナンバーワンでオンリーワン
白石大介が日本プロ野球史上、最強のバッターであることは、もう疑いようがない。
シーズン最多本塁打、シーズン最多打点、シーズン最高打率の全ての記録を更新したからだ。
そして同時に、チームを勝たせる選手でもある。
日本シリーズは大介と地元が同じで、しかも同期の大原の活躍が目立った。
しかしそれでも、MVPは大介のものであったのだ。
勝負を避けられまくっても、13打数の8安打。
ホームランは5本で7打点。
22打席で17回出塁しているので、出塁率がおかしなことになっていた。
OPSが2.5というのは、さすがにもうギャグの領域である。
打撃だけではなく、走れるし守れる。
ショートという守備負担の重いポジションで、打ちながら守っている。
そして盗塁の数にしても、シーズン中は自己最高の86個。
打って、守って、そして走っているのだ。
これでピッチャーまでやったら本当に史上最強なのだが、150km前後は出ても、あまりピッチャーとしての資質はないと判断される。
オールスターでのスピードガンコンテストなどでは、平均的なピッチャーよりもよほど凄まじい球速を見せたものだが。
NPBアワードなどでも色々と表彰されたりした大介であるが、さてここからが重要である。
契約更改が開始される。
ある程度は推測できるものの、プロにとっての本物の戦いの舞台である。
最近のライガースは、基本的には若い者、年俸の低い者から来季の年俸が決まっていく。
若くて年俸の高い者は、一度目の前に事前に話し合いが行われる。
今回の更改で、かなりの注目を浴びたのはまず大原。
シーズン中は12勝7敗で完全にローテを守り、日本シリーズでも大活躍。
そして何より、先発陣の中では最も、多くのイニングを投げた。
今年は600万でやっていたが、明らかに安すぎる。
なんと一気に五倍増の、3000万で来季はプレイすることになった。
今年のようなピッチングが来年も続けば、おそらくまた一気に倍にはなるだろう。
先発陣は山田と真田などは、途中の大切なところで抜けたものの、明らかにローテーションを担うエースである。
当然ながら年俸は上がっていく。
だが山田は故障離脱が痛かった。
それでも貯金はしっかりと作ってくれたのだが。
真田にしても日本シリーズの分が入らない。だが、それでもかなり上がる。
これには日本一となった、ご祝儀の分も含まれているのだろう。
そしていよいよ大介の契約更改である。
今年の大介の年俸は、三億二千万であった。
これに出来高払いがプラスされる。
・規定打席到達で5000万
・三冠王達成で3000万
・打者五冠で5000万
・ゴールデングラブ賞、ベストナイン、シーズンMVP、日本シリーズMVPで4000万
・ホームラン記録更新で1000万
年俸とインセンティブを合わせて、今年は五億の収入となった。
そして四年目は、年俸五億でスタートすることになるのが基本だ。
これに加えて正確には球団での記録ではないが、WBCでの活躍などもあったのだが、細かく区切っていくには金額が大きすぎる。
だから大介の方から、これ以上の年俸は求めなかった。
来年のインセンティブも、基本的にはこのままである。
各種記録の更新は、どんどんと難しくなっていく。
だが一年目は契約金と年俸で、一億6600万。
二年目は三億2000万。
三年目は五億。
他にも色々と細かい収入があったので、大介の生涯獲得金額は、既に野球の純粋な年俸だけでも、10億に達している。
CMなどを含めたらもっとずっと多くなる。
もっとも半分ほどは、税金で持っていかれたのだが。
ここで大介は、大胆な要求をする。
「ホームラン記録なんですけど」
今年一気にそれまでの記録を抜き去った大介としては、これ以上はさすがに越えにくい。
だからそこを緩めるものかと、球団側は思った。
だが、そんな尋常な要求はしたりはしない。
「シーズン世界記録抜いたら、5000万円もらえませんか? ついでに国民栄誉賞取ったらさらにプラス5000万」
さすがにそのあたりの金額は多すぎて、この場ではまとまらなかった。
契約更改の後の記者会見で、大介は年俸自体はあっさりと決まったが、インセンティブの部分だけを保留したことを告げた。
ずばりいくらですか、と問われて大介は、広げた掌を向けた。
つまり五億である。
NPB全体を見ても、既に更改を終えていた、上杉の六億5000万に次ぐ第二位。
上げ幅から考えると、来年はそれを抜くかもしれない。
いいや、日本一に導いたという結果だけを言うなら、抜いても全くおかしくない。
ただシーズン中もプレイオフも、大介はまだ上杉を圧倒していない。
大介の要求は、金額的なことを言うなら、ライガースにとっては別に痛いものではない。
満員御礼の観客動員に、日本シリーズの興行収入。
そして他にもファングッズの販売など、年俸以外の部分でも大介は稼いでいる。
ライガースの活躍に応じて親会社が行うセールなどでも、大幅な前年度比での黒字。
大介個人にであれば、10億をやってもいいのだ。
問題は他の選手とのバランスというぐらいで。
ただその条件が、世界記録と国民栄誉賞ならば、さすがに球団社長も親会社も文句はない。
これまでプロ野球からでた国民栄誉賞受賞者は四人。
また辞退した者も二人いる。
タイタンズと並んで歴史のあるライガースからは、まだ一人も出ていない。
金剛寺や足立でも取れなかったものだが、大介なら可能性はある。
正直な話、本気か、とは思う。
NPBの143試合で、MLBの162試合の記録を抜こうというのか?
それはもう、人間の枠を超えているだろう。
大介の戦う相手は、もう上杉を別にすれば記録ぐらいになるのか。
二日後に訪れた大介は、要求を認められた。
来年の年俸は五億で、各種インセンティブが発生。
そしてその中に、ホームランの世界記録の更新と、国民栄誉賞の受賞が追加された。
おおよそ今年と同じぐらいの活躍をすれば、インセンティブで一億ぐらいの追加になる。
しかしこの年俸の上昇条件は、大介だからこそ毎年更新できているものの、一般的なチームナンバーワンのバッターでも、規定打席にタイトル一つぐらいが限界のはずである。
野球という競技の中でも、最後には自分との戦いになるのか。
大介はが戦う相手は、上杉を除けばもう、自分自身だけ。
プロ野球生活の通算記録は、当然ながらまだまだ抜けないものばかりだ。
だがシーズン当たりの記録を見れば、最高打率、最多打点、最多本塁打、最高出塁率と、打者三冠は全て大介が更新した。
今後これを更新できるものは、ルール自体が変わりでもしない限り、大介だけしかいないのではないか。
ただ敬遠されることが多すぎるため、最多安打だけは更新出来そうにない。
この日の記者会見では、ホームランに関するインセンティブで合意した、とだけ伝えた。
多くのマスコミは、さすがに67本はもう打てないだろうから、と思ったようだ。
今年の大介は、九試合も欠場していたのに。
だがこれで、今年の大介の仕事は終わった。
しかし球団を見てみれば、さみしい風が吹いたりもする。
今年のライガースからは、移籍する選手などはいなかった。
だが外国人助っ人の中では、オークレイが引退を表明した。
去年のクローザーから中継ぎへの配置転換。
今年は35登板3勝3敗20ホールドと、中継ぎとしては充分な数字に思える。
だが防御率などの数字は悪く、緊迫して展開では使えないと思われることが多かった。
球団としても今の年俸には釣り合わないなという判断である。
他には高橋が正式に引退したし、ベテランの中で二軍にいた者は、何人か戦力外となった。
ただそういった選手はそれなりにやりきったからいいのだろうが、まだ若手ながらも首を切られる者がいる。
大介と同期で入った者は、育成契約も契約延長し、まだ引退した者はいない。
だが一つ上なだけの選手では、トレードに出されたり戦力外になったりといった選手はそれなりにいる。
まだ20代の前半で、才能に見切りを付けられる。
それはずっと野球をしてきた者にとっては、苦しいものであろう。
中には何人か、球団職員として迎えられる者もいる。
だがそういったものすらなく、首を切られる者はいる。
ただそういった選手は大介の目から見ても、本気では練習をしていなかったようにも思えたものだ。
高校や大学時代に、地獄のようにしごかれて、自分からでは動けないようになった選手もいる。
白富東は間違いなく、それとは正反対のロジックで動いていた。
言うなれば白富東は、自分の能力を把握した上で、本当に自分に必要な練習やトレーニングしかしなかったのだ。
直史はよく、やりすぎだと言われていたが。
大介の記録はもう、大介自身でさえ抜けないのではないかと、一年目の終わりから既に言われていた。
プロにも一年目の成績が一番良かった、という者はいるのだ。
だが大介はそんな声を、二年目三年目と黙らせてきた。
しかし三年目、打率と打点は大幅に落としたため、さすがに今度こそ限界だろうなどと言われていたりする。
大介はまだ21歳なのだ。
プロ野球選手の成長曲線は、だいたい25歳ぐらいまでが、肉体はピークだと言われている。
それが正しいとすれば、大介はまだまだ、成長の余地はある。
早熟なのかもしれないとは、やはり言われたことである。
だが今年の場合は、意識的にホームランにこだわっていった。
そしてNPBの記録をあっさりと塗りかえてしまったのだ。
やろうと思えば大介は、また打率も塗り替えることは出来ると思う。
今はボール球さえ振っていくから、それで打球がコントロール出来ないことが多いのだ。
しかしゾーン内の球だけを打つなら、もっと打率は伸ばせる。
ただそれをやると、ホームランと打点が伸びないだけで。
だがこれを徹底すれば、フォアボールの数が爆発的に増えて、ピッチャーへのブーイングはすさまじいことになるのではないか。
そう思うとファンの野次がすごいライガースに入ったのは、やはり正解であったと思う。
12月に入ってようやく、大介は関東に戻ってきた。
基本は母の実家にいて、再婚先へは時々顔を出す。
そして東京にもやってくる。
シーズン中と違ってガッツリ練習が出来るので、己の限界を超えるべく、トレーナーと相談して行っていく。
もちろんストイックに鍛えるだけではなく、ようやく好きに使える時間を、色々なことに使ってはいく。
「……なんか家の中にいてばっかりだな」
そう言うとツインズは、仕方ないよと頷くのである。
「まあマスコミにつかまると面倒だからね」
東京にいると、普通にそういうことが起こる。幸いにもこのマンションは、駐車場から中へと直通で、決定的瞬間を抑えられるわけではないのだが。
「じゃあちょっと旅行にでも行くか」
ツインズも暇なわけではないので、そうそう長い時間は取れないが。
相談した結果、北海道に行こうかという話になった。
車を使ってフェリーに乗って、北海道の静内地方を移動である。
もっともこの季節、北海道はいつ雪が積もってもおかしくはない。
観光地ではなく、普通に山に登ったり、森の中を移動したり、牧場見学をしたりというルートである。
そういえばと考えて、牧場見学などをしてみることにする。
オールスターのつかの間の休息に、見せてもらったあの馬はどうしているのだろうか、と。
ツインズは大喜びである。
大介はこの三年間、正確に言うとそれ以前からずっと、野球だけに時間をかけてきたと言っていい。
それがほんのわずかであるが、自分たちのために時間を作ってくれる。
それは大介にとっては、けじめのようなものであろう。
年末はまたツインズにも仕事があるので、東京に戻ってこなければいけない。
だが大介としても、一度本格的に休養してみて、自分の肉体がどう弛緩するのか試してみたいのだ。
大介の愛車はトヨタのプリウスである。
だがこの季節になると、北海道なら雪への対策も考えないといけない。
キャッシュでとりあえず、4WDの車を買ってきた。
同じくトヨタのランドクルーザーである。
「燃費はあんまりよくないんだなあ」
普段は使いそうにないので、とりあえずツインズに渡しておくが。
4WDで八人乗りと、車中泊も出来る車体。
もちろんこんな冬には、そんなことはしたくないものだ。
東京から青森までは車で移動。
そこからフェリーに乗って函館へ。
そしてそこからは、また車で移動である。
もちろんちゃんと、宿は取ってある。
この季節はそこそこ、問題なく宿も取れるらしい。
大平原の中を、車が走る。
札幌などの都心部は、もちろん北海道でも街並が広がる。
だがたいがいの人間がイメージするのは、こちらの方であろう。
この季節には当然、おおよその畑などは収穫が終わっている。
冬の雪の下に、わざと保管しておく野菜などもあるのだが。
そして車は日高地方へ。
かつては案内された牧場などを巡る、ちょっとした旅行である。
なお、大介は野球から遠ざかるなどと言っておきながら、しっかりと素振りのバットは持ってきていた。
やらないと気持ち悪いのだから、やるしかない。
練習がもう完全に、肉体に習慣となって染みついている。
ここまでやっても、これぐらいなら当然と思うのが、大介であるのだった。
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