第192話 復活(仮)

 五月も終盤に入り、交流戦が近くなってくる。

 その交流戦前の八連勝などもあって、ライガースは一気に借金を返済。

 綺麗な体で交流戦に突入することが出来る。

 そしてこの五月、大介はあた平均打率が四割に達していた。

 五月だけではなく、四月と合わせても四割になったのである。


 さすがにあの二年目の四割というのは、二度と見られないものだとファンも思っていた。

 ホームランを狙っていった三年目が、0.379というのは、確かに下がっても妥当というものだ。

 もっともそれでも、余裕で首位打者ではあったのだが。


 ホームランの打つペースも下がっていない。

 そもそも去年にしても、休場して134試合で67本と、ちょうど二試合に一本のペースでは打っていたのだ。

 47試合が終了して23本。

 ほぼ二試合に一本というペースは、いまだに守られている。


 そして交流戦。

 福岡との三連戦に、真田が一軍ベンチに戻ってきていた。




 現在のライガースの先発は、山田、大原、山倉、琴山、キッドの五人までは確定していて、六人目を色々と入れ替えている。

「真田は何試合か、リリーフで確かめてみるからな」

 クラブハウスのミーティングで、真田がいる。

 寮に入っている大介などは、当然ながら真田の復調具合を知っていた。

 万全ではないが、二軍レベルであればもう短いイニングを投げて敵はない。

 直前には五イニングを投げて、ノーヒットに抑えていたのも知っている。


 ただ、今は微妙な時期である。

 本来はセットアッパーとして使うつもりだったキッドが、先発のローテに入っている。

 元々アメリカでも先発で投げていた経験もあるが、その先発ローテに入って、二戦二勝なのだ。

 他のリリーフが崩れた時も、キッドがホールドポイントを上げていたことは多く、真田のいなかったライガースにとっては、左のエースとして存在感を増しつつある。

 もちろん真田が前年までのように活躍するなら、それはそれでいいのだ。

 しかし入れ替えをしてキッドをセットアッパーに戻すには、真田もそれなりのパフォーマンスを見せてくれないといけない。


 何試合かリリーフで確かめてみると島野は言ったが、左殺しの真田はキッドよりも、左の多い打線で効果を発揮しやすいのだ。

 キッドはそれに比べると、変化球はスプリットとチェンジアップしか持っていない。

 サウスポーだからという左打者への優位さは、真田に比べると乏しい。


 とにかくこれで、さらに投手陣は戻ってきたのだ。

 二軍に落ちた中では飛田があせって怪我をしているが、それも軽度のもので、シーズン終盤までには戻って来れる。

 もっとも飛田の場合は本来の調子自体が狂っていたような気もするが。

 それに一軍ロースターの座を狙っているのは、別に不調になって落ちていったものばかりでもない。

 毎年ピッチャーを五人ほどは取るのは、それだけプロから去っていく者も多いからだ。


 二軍に落ちたのは他にも、松江と草場の二人のベテランがいる。

 だが今年は試合を逆転された数なら、青山も多くなっているのだ。

 プロの世界は地獄のような競争社会だ。

 一般の会社のサラリーマンと比べると、存在するポジションがずっと少ない。

 だからこそ引退しては球団職員になったり、やはり野球の世界で食べていく人間は多いのだろう。

 真田もそういう意味では、まだまだ諦めるような段階ではない。


 大介としては真田の実績なら、もう少し調子を整えてから上がってきてもいいだろうとは思ったのだ。

 だが真田は自分の成績だけでなく、チームの成績にも固執している。

 主力となってしまった者の責任ではあるが、おそらく真田のそれは、甲子園で優勝できなかったことが関係している。

 高校野球の呪縛から、真田は解放されていない。

 ひょっとしたら、永遠に抱えていくかもしれない。




 甲子園ににおいて迎える福岡との初戦、ライガースの先発は山倉である。

 シーズン当初は負けたり、勝ち負けのつかない試合が続いたが、ここ三試合では三連勝。

 ようやく調子が上がってきたのか、それでもまだ防御率は三点台の後半になっている。


 相手の福岡も、今年はまだ調子を上げてこない。

 パは今年は、とにかくジャガースがやたらと強いのだ。

 上位打線の得点力が凄まじく、初回か二回で点を取ると、そこから一気に押し込んでいくパターンが多い。

 福岡コンコルズの打線も得点力はあるのだが、勢いが違う。

 もっとも福岡は例年、シーズン序盤から一位を独走というチームではない。

 徐々に調子を上げていって、終盤にはしっかりとまくっているというタイプなのだ。


 現在のリーグ順位も三位で、かなりの勢いで突っ走っているジャガースに、本当に追いつけるのか。

 かなり微妙な線だと専門家は見るのだが、大介からするとあそこにはアレクがいる。

 アレクは直史のような支配的な選手ではないが、ラテンのノリで空気を読まずに打ってしまえる強さがある。

 そしてノってきたらばんばんと打ちまくるのだ。

 今年は首位打者を狙えるんじゃないかという位置にいて、織田との対決がかなり楽しみではある。

 やっぱりあいつも化け物だったんだよなあと、自分を完全に脇にやって考える大介である。




 試合は順調に進んだ。

 つまり初回から大介がホームランを打って、山倉はそれなりに打たれながらも要所を締めてビッグイニングを作らない。

 とは言ってもそこそこの失点をするのが、山倉の力の妥当なところである。

 そしてリードした展開から、左打者の多い場面で、真田への継投がなされた。


 やっと帰ってきた、とマウンドの上で万感の思いの真田である。

 そんな言うほどのブランクでもないが、真田は常にエースであったのだ。

 自分がいなくてもチームがそれなりにまともに動くというのは、おそらく高校一年生のときぐらいであっただろう。

 もっとも高校一年生の夏も、真田がいなければ白富東はもっと楽に勝って、決勝でも春日山に勝っていたかもしれないが。


 左打者が二人続く、このイニングを。

 そんなオーダーに対して、真田は完璧なピッチングをする。

 大介も驚いたことだが、真田は復活したのではない。

 さらにパワーアップして戻ってきたのだ。


 スライダーが二種類に増えている。

 カットボール気味に鋭く曲がるスライダーと、以前の大きく速いスライダー。

 二者連続で三振に仕留めた後、三人目の右打者へもスライダーを使う。

 懐に飛び込んでくるスライダーをジャストミートできず、ショートへの平凡なフライ。

 大介がキャッチして、まずは復活を見せ付けるイニングとなった。


 ただし島野には分かっている。

 真田は復活のアピールのため、スライダーを多投した。

 だが二軍のコーチからも言われている通り、ストレートの力が戻っていない。

 ゾーンに投げたのは低めに一球だけ。

 単純にその球速は遅かった。

 それでも140kmはもちろん出ていたのであるが。




 復活をアピールした真田の好投もあり、ライガースはこの試合を取った。

 終盤には追加点が入り、山倉はこれで四連勝で、真田にもホールドがついた。

 ただし島野は、今の真田では先発を任せるのはまずいのではないかとも感じた。


 真田は確かにスライダーを、特に左バッターに対しては決め球にしていた。

 だがそれを活かすためのストレートも、もっと質の高いものであったのだ。

 怪我の本格的な治療のため、トレーニングはかなり限定的なものとなった。

 そのため単純に、筋力が落ちてストレートの質が落ちている。


 ただそれでも一軍に上がってきたのが、左バッター相手には、真田ならば間違いなく通じるため。

 現在のプロ野球は左の強打者や巧打者が多いため、出番は多いはずなのだ。

 ただしストレートをメインで使わないというのは、体にかかる負荷もそれなり。

 しばらく、あるいは今季は最後まで、セットアッパーとして七回か八回のどちらか、左バッターの多いときに投げることになるだろう。

 あるいは左ばかりのところなら、クローザーとして働いてもらってもいいかもしれない。


 いずれにしても、この試合の結果をもってして、先発ローテ復活とはいかない。

 真田にしてもそれは分かっているようである。

 今はただ、一軍に戻ってきたことが大きい。

 一軍の試合で投げてこそ、プロやプロたるものだろう。

 それに左のピッチャーが足りないのは、間違いないことなのだ。




 福岡との交流戦、真田は三試合の全てに登板した。

 そして二度のホールドを記録し、一度は左の集合した最終回に投げた。

 左は場面で上手く使いまわされるため、クローザーになることは少ない。

 だが場面が合ってしまえば、クローザーとしても使えないわけではない。


 コントロールに乱れはなく、ストライクが取れて三振が奪え、そして終盤の緊迫した場面にも物怖じしない。

 真田のクローザーとしての適性は思いのほか高いようであった。

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