第224話 逃げられる男

 今年のプロ野球のペナントレースを予想するのは、かなり難しいと言われている。

 まずセ・リーグは上位Aクラスに去年入ったチームが、今年も強いだろうとは言われている。

 ドラフトの上位で競合したのは、主に野手であった。

 その中ではキャッチャーの樋口が四球団競合となり、他に競合となった谷と近衛も、大卒の選手であった。

 蓮池は怪我の話が響いたのか、ジャガースが一本釣りに成功。

 だがもしも甲子園でのスペックを見せられるなら、一番の当たりはジャガースになるだろう。


 この中で一番期待されているのは、もちろん四球団競合の樋口であるが、それでも一年目からプロの一軍の正捕手になるのは考えにくい。

 ならば谷か近衛か。

 最近はまさに去年、大卒スラッガーの西郷が新人王を取る活躍をした。

 パでは悟が取っていたので、今年もまたバッターが取るのだろうか。

 もっとも樋口はキャンプ序盤こそ二軍スタートであったものの、オープン戦から一軍に合流して、既に代打ではけっこう使われている。

 レックスの正捕手の座を奪ってそこそこの打撃成績を残せれば、新人王の可能性はあるだろう。

 谷と近衛の二人がパ・リーグというのも都合がいい。


 去年は結局最後まで復調しなかった福岡は、シーズン終盤はかなり戦力を入れ替えて使っていた。

 オープン戦も若手中心で、明らかにチーム再建の体制である。

 今年中に上手く組み合えば、またジャガースと優勝を争うだろう。

 去年躍進した千葉も、それなりの補強はしてある。

 だがパ・リーグは基本的に、新人の戦力にはあまり頼らないだろう。

 外国人補強はそれぞれの球団が一人は考えたようだが、あまり大規模なものではない。

 ただジャガースは上位打線のトリプルスリー選手が一人、ポスティングでメジャーに行ってしまっため、戦力は確実に落ちているだろう。


 かと言って千葉が去年と同じだけの成績を残せるかは、かなり疑問が残ったりする。

 一年間を必死で戦い、確かにこの三年で、三位、三位、二位とリーグの順位を上げてきた。

 しかしマリンズは大きな補強をしようとすると、かなり失敗するというジンクスがあるのだ。


 あそこには鬼塚もいるから、そこからセイバーに話をつけられないのか、と大介などは考える。

 だが実はマリンズは、セイバーとの関わりがないのである。

 彼女が関わって影響力を発揮するのは、パ・リーグでは埼玉、東北、福岡あたりとなっている。

 千葉と神戸、そして北海道が抜けている理由は、口にしていないセイバーである。

 なおセ・リーグでも本当は、ライガースとはあまり接触がないのだ。

 彼女は基本的に、関東の球団とメインに接触している。

 もしくは比較的新しい球団、組織が硬直していない球団だ。

 もちろん大前提として、新規の参入を認める球団ということがあるが。




 今年の開幕戦は、広島市民球場において、アウェイで始まるライガースである。

 甲子園のセンバツが行われているので、相変わらず開幕戦が出来ない。

 だがそれももう、慣れてしまえばたいしたことではない。

 それに広島は甲子園からすれば、比較的近い距離である。

 根性の入ったライガースファンのために、ここはいっちょやったろか、という気分にもなるものだ。


 両チーム当然ながら、ここはエースを登板させる。

 ライガースだと山田なのだろうが、怪我の影響はどうなのか。

 オープン戦では短いイニングを何度か投げて、ちゃんと数字は残している。

 それに対して左の真田ではという声もあった。

 こちらは山田と同じような事情があるが、これまたオープン戦では結果を残している。


 はたまた去年タイトルを取った大原でもいい。

 だが首脳陣の信頼感は、やはり二人のどちらかとなる。

 他にもキッドも順調に調整はしてきているのだが、やはりここは外国人よりは生え抜きを、という声は当然多くなる。

 結局のところ選ばれたのは山田である。

 ただ次のフェニックスとのカードでは、一応地元扱いの大阪ドームが使える。

 するとそちらの対戦で、観客は動員出来るのだろう。


 またライガースファンにとっても、悪いことばかりではない。

 アウェイということは表の攻撃がライガースとなる。

 つまりさっそく大介の打席が回ってくるのだ。




「やっぱ屋根のないところの方がいいな」

 まだ肌寒いこの季節、大介はのんびりとそんなことを言う。

 目の前では広島の大ベテラン三浦から、毛利がフォアボールを選んで一塁へと歩いていく。

 そして二番は大江が入っているわけだが、大介がバットを持ってベンチから出ただけで、大きな歓声が上がる。


 大介はここでは応えない。

 今の主役は、マウンドとバッターボックスの二人なのだ。

 さてどうなるかと思っていたが、毛利が盗塁に成功。

 一回からスコアリングポジションにランナーが進んだ。


 ここで大介がアベレージヒッターなら、確実に一本ヒットを打ってもらって帰るため、送りバントということもありえるか。

 大江は今年のキャンプ中も、かなり送りバントの練習をしていた。

 ライガースの二番は攻撃的な二番だが、送りバントも決められなければいけない。

 大介につなぎさえすれば、相手が敬遠してこない限りなんとかしてくれるからだ。

 大江はバントではなかったが、右方向に打っていく。

 深めのライトフライで、これは毛利の足ならばタッチアップには充分。

 ワンナウト三塁で、大介の打席を迎える。


 球場内が、一際大きな歓声を響かせる。

 バッターボックスに入る前に、軽く素振りを一回。

 力がほどよく抜けていて、スピードが乗っている。

(さて、勝負してくるかな)

 広島の大ベテラン三浦は、もう今年で38歳になるが、ストレートのスピードは150kmを出してくるし、それ以上に球質が優れている。

 ホップ成分の多い、良質のストレートである。


 もうこの五年ぐらいはずっと、怪我と戦いながらのプロ生活だ。

 それでも試合に出てきたら、しっかりと投げていく。

 彼もあと二年、一軍で投げられたら200勝に達するであろう。

 だがそのために負けてやるなど、もちろんありえない。


 ワンナウトランナー三塁なのだから、普通ならば勝負の場面である。

 だがもちろん相手が大介であると、敬遠という選択肢もあるのだろう。

 しかし三浦は、そういった作戦を取れるピッチャーではない。

 広島にしてもこの開幕戦で、三浦にそんなピッチングをさせはしないだろう。

(何が来るかな~)

 待っていた大介に投げられたのは、高めのストレート。

 下手にアウトローなどを狙うよりも、純粋に球威で勝負したということか。

 大介としてはこれは、あっさりと打つ案件である。


 これを打ち損じるのは、高目の伸びを計算していないからだ。

 大介はその驚異的な動体視力で、ボールとの接触をアジャスト。

 初球から打たれたボールは、スタンドの最上段まで飛んでいった。


 とりあえず、これで今シーズン第一号ホームラン。

 ちなみに時間の関係もあってか、これはこの年のプロ野球において、最初に打たれたホームランでもあった。




 最初の広島との三連戦のカードは、二勝一敗でライガースが勝ち越した。

 ただし試合の内容は、かなり問題があったとも思う。

 初戦では大介がホームランを打ったが、その後は一打席だけ勝負されて、ランナーがいる場面では歩かされた。

 今年はホームランを今度こそ70本を狙う大介は、昨年までとは違い、無理な球までは打っていかない。

 普通にフォアボールでランナーに出ても、得点のチャンスにはなるのだ。


 5-3で開幕戦から山田に勝ち星がついて、怪我からの復活をアピールすることになった。

 それはいいのであるが、第二戦は大原が投げて、去年の最高勝率のピッチャーのくせに、いきなり負けてしまった。

 しかしこの試合も大介は二打席を歩いてしまったので、勝負してもらえなかったのが、試合の勝敗に関わったと言っていい。

 大原としては去年の活躍から、今年はもっと期待されていたのだが、完投して五失点というのは、微妙なところである。

 去年は完投すれば、その間に打線が追いつき逆転してくれたのだが、今年は徹底して大介との勝負を避けてきている。


 いくらなんでも、一試合に二度も歩かされるのは、とライガースファンだけでなく広島の応援団も思っただろうが、第三戦ではやはりホームランを打たれた。

 五打席が回ってきたが、二打席を歩かされる。

 三試合で二本、打点は四と悪くはないのだが、それでもあからさますぎる勝負回避である。


 上達するための最高の練習は、試合で打つこと。

 しかしそれを徹底的に、歩かせてもいいというぐらいの気持ちで投げてくるのだ。

 第三戦は去年不運だった琴山が投げ、クオリティスタートで早くも一勝。

 悪くはない出だしであるのだが、大介は既に敬遠と四球を合わせて、六打席も歩かされている。

(これは洒落になんねえぞ) 

 バッティングというのは、かなり微妙な感覚があるのである。

 この調子でちょっとでも危険なところで避けられ続ければ、感覚が狂ってしまうだろう。

 

 こんな状態であるが、チームの調子は悪くない。

 リリーフ陣が崩壊はせず、しっかりと抑えてくれているからだ。

 球が上ずっているオニールは、結局開幕から一軍。

 そしてセットアッパーとして起用されて、二試合ともホールドを達成している。


 ボールがなかなか低めにいかないという状態は、まだ改善していない。

 だが短いイニングであれば、高めのストレートで三振が取れるのだ。

 先発ローテは、人数自体はしっかりといるのだ。

 ならば違う部分でも、試合の勝利に貢献してくれればいい。

「Hey! DAI!」

 馴れ馴れしくからんでくるオニールだが、まだ片言の日本語しか喋れない。

「元気か?」

「俺は元気だ。でも元気だから、ピッチャーが勝負してくれない」

 その言葉を通訳してもらって、オニールはにっかりと笑う。

「ダイジョーブ! 大介はダイジョーブ!」

 オニールの励ましには根拠はないとも思うのだが、なんとなくアレクのラテンのノリを思い出す。


 最初のカードが終わって、大介は二本塁打で四打点。

 そして打率はまださすがに出すのは早いが、七打数で三安打。

 出塁率は13打席で9出塁と、異次元の数字を残している。


 やはり、後ろの打者が必要だ。

 西郷やグラントも打点を上げてくれているが、金剛寺の復帰が待たれる。

(でも二軍の試合で調整しているわけでもないから、いつスタメンに戻ってくるのやら)

 その数字上の印象とは別に、大介は憂鬱なシーズンの開始を迎えたのであった。

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