第87話 プロの金の使い方

 大介が野球が上手くなった原因の一つに、貧乏だったから、というものがある。

 実際のところは貧乏ではない。本物の貧乏というものは、子供に野球をやらせることすら出来ないからだ。

 ただ大介から、野球以外の選択はほとんど奪ってしまった。

 それでもひたすら野球を楽しんでいたので、それはそれで良かったのだろうが。


 プロ野球選手というのは、どこから浮世離れした職業であるが、社会人であることには変わりはない。

 自分の体を使って、自分の腕で稼いでいく。

 二年目にどかんと年俸が上がって、あれで自分が働いてるんだなと自覚したものである。


 去年もオールスターで色々と賞金を獲得したが、今では100万とか300万がはした金に感じてしまうのはやばい。

 かと言ってある程度使いまわせるスーツは、タイトル表彰の時にお高いのを作ったので、しばらくはあれでいけるだろう。

 靴はしっかりとしたものを履いているが、基本的には常にスポーツシューズである。

 時計も言われたままに安いブランド品は買ったし、美食はしない。たいがいは寮の食事の方が栄養バランスがしっかりしている。

 それでも時々、肉はどっさりと食べるが。


 20歳になって酒も煙草も解禁になったが、飲む気も吸う気もない。

 ギャンブルは嫌いであるし、やっても寮での麻雀程度。

 それもなぜか勝ててしまうので、のめりこむことはない。

 あとは金のかかることなど何かあるのか。

 装飾品などどうでもいいし、車はまだ免許を持っていない。

 財テクに走っている先輩はいたりするが、大介はそういったものに時間をかけようとは思わない。金だけならかけてもいいが、無駄に減らすのは意味がない。


 さて、本当に金のかかる趣味がないぞ。

 データ分析に高めのパソコンとソフトは買ったが、それでも100万はしなかった。

 しかもこれは経費計上出来るらしい。よく分からないが、球団の人が手伝ってくれるそうだ。

 サプリなどはスポンサーと契約しているので無料だし、むしろこれで金が入ってくる。


 衣食住。服はパーティ用に買ったスーツ以外は、近所のしもむらで買っている。

 しもむらはいい。なぜかセイバーも推していたし。

 ただ最近知ったのだが、彼女自身はびっちりブランドで固めているらしい。

 血統のルーツはアイルランドらしいが、ブランドはイタリアがお気に入りなんだとか。

 だが乗っている車は日本車である。




 大介は自分が、野球以外は無趣味な人間だということは分かった。

 ただ金の使い道は、他に一つだけ思いついた。

 しかしそんなものも、どうだろうなと考えたりもする。

(あいつらそんなもの喜ばないだろうし、そもそもほしけりゃ自分で買うだろうしな)

 今年はオールスター後に少し休みがある日程なので、その間は大介も少しは休む予定である。

 困った大介は、寮の中で人生経験豊富な人間に聞いてみたりする。


「プレゼントに……何を贈ったらいいか分からない……だと……」

 なぜかこの世の終わりのような顔をしている黒田たちだが、そんなに変なことを聞いただろうか。

 黒田もプロ四年目であるし、大江や山倉などは大学から入団しているので、そういった話もあると思ったのだが。

「それは……お気に入りの女の子に、どういったプレゼントを贈ればいいかという話か?」

 この中では最年長の大江が問いかける。大卒三年目で、そろそろ寮を追い出される頃合だ。


 球団の寮というのは基本的に、選手を管理するのが目的である。

 もっとも管理と言っても悪いだけではなく、変な夜遊びを覚えたり、食生活が極端になるということを防いでくれる。

 あとは生活費があまりかからないというのも大きいだろうか。


 高卒は四年目、大卒は二年目というのが、寮にいるだいたいの目安だ。

 大江が残っているのは、その生活面を支えるのがまだ難しいという判断による。

 もっとも今年もそこそこ打撃好調なので、生活費に困ることは全くないだろうし、食生活面などは球団からのサポートもあったりする。


「お気に入りの女の子っていうか……世話になってる……いや、振り回されてる? いやいや、なんだかんだ言って色々世話になってるのは確かだし……」

 大介のこの言葉に、色気のあるものではないのか、となぜかほっとする一同である。

 だが逆にこの言葉は、親密な関係とも思われる。

 大介はこれまで、浮いた話がない選手だったのだが。

「それはお前、将来をある程度考えた関係というわけか?」

 大介は、まだ入団二年目なのである。

 野球選手は比較的若いうちに身を固める者も多いが、それでも最近は世間と同じく晩婚化の傾向はある。


 大介には女の気配はなかった。

 いやまあ、大阪に住んでいる姉が、たまに寮を訪ねて来ることなどはあったが。

 あとは本当に、女性人気があったとしても、そんな色っぽいものではなかったはずなのだ。

「将来かあ……」

 遠い目をしてしまう大介である。

 別に嫌いなわけではないが、あれを自分が引き受けなければ、世間はえらいことになるのではないかとも思う、

 それにまあ、一途に思ってくれているのは分かるのだ。

「結婚するなら、まあ寮を出ることにもなるだろうな」

「いや、向こうも学生なんで、そんな話にはなんないすよ。でもまあ、こっちに応援に来てくれた時のために、部屋ぐらいは借りておくかなあ」




 実際のところ大介は、既に一億円プレイヤーで、今年の成績から見ても、まだまだ年俸は上がっていくだろう。

 この七月はオールスターの後に日程調整の予備日があったが、上手く試合が消化出来ているので、一週間もないが休みとなる。

 去年とはまた違った日程なのが、はっきり言ってめんどくさい。


 ツインズが甲子園に来ることは、週末ならば頻繁にある。

 いつもホテルを取っているらしいが、彼女たちにしても大介にしても、どこかに部屋を借りた方がいいと思うのだ。

 その方が結局は安上がりだし、大介にしてもありがたい。

「まあ何か買うとしたら、御堂筋あたりにブランドの店は並んでるけどな」

「梅田の駅前にも店は入ってるだろ」

「まあ大阪駅近辺が無難だよな」

 そっちの話はそっちの話で、ちゃんとしたアドバイスも返ってくる。


 女っ気がないどころか、野球以外に何も趣味がなさそうに見えた大介。

 だが実際のところ、確かに他の趣味は少ないのだ。

 シーズンオフにはゴルフでもなどとは誘われたが、ぶっちゃけゴルフには全く興味はない。

 静止したボールを打つ競技が、どうしてあそこまで難しそうに見えるのかなどは、ちょっと興味はあるが。


 ともあれ大介は、ある程度の目星はつけた。

 あとは連絡をするだけである。

 考えてみれば今年は埼玉の後に東京というオールスターの日程なので、あちらで色々と物色するという手段もあるわけだ。

 一緒に参加する柳本は、埼玉には長くいたはずだし、向こうのことも詳しいだろう。

 それに参加選手の中では、東京で色々と豪遊していそうなメンバーもいる。


 大介自身は清貧とまでは言わないが、地味な人生を送ってきた。

 だがあのツインズどもは、見かけもある程度飾っているので、むしろあちらに案内してもらうことになるかもしれない。

 

 オールスター前日。

 大介は生まれ育った関東圏に戻ってくるのであった。




 オールスターの前には、フレッシュオールスターというものも行われる。

 入団から五年以内の選手がおおよその対象であるが、ぶっちゃけまだ活躍していない選手が選ばれる。

 これはファン投票などではなく、二軍の監督などが集まって、球団当たりに決まった選手の枠で振り分けられる。

 一年目や二年目でも、既に一軍で活躍していたら、選ばれることはない。

 だがまだ一軍に上がっていなくて、それでドラフトの一位や二位で指名された選手は、基本的に優先して選出されることになっている。

 なので去年の大介や、三年前の上杉、あとは二年前の織田なども出ていない。

 

 今年もアレクや後藤などは出ていないし、真田も怪我をしていなければ、むしろオールスターの方に選ばれていただろう。

 なおライガースは前年の優勝チームなので五人の割り当てがあり、去年の大介と山倉、今年の真田が入らないので、今年の二位の山本が選出された他、三位の毛利も選ばれている。

 一軍のオールスターと違って東と西での対決となるため、三人ずつを出すイースタンの方が有利に思われるが、なぜかウエスタンの方が勝っている回数は多い。


 この試合でもウエスタンが有利に勝ち進んでいたが、目立ったのは実城だろうか。

 福岡が一位指名で獲得した、高校通算100ホームランを打っていた、神奈川湘南の実城。

 だがプロに入団してから今年で三年目、スタメンでの出場はない。

 あとは同じくイースタンなら大滝だろうか。

 一軍ローテとして期待されたが、成績を残せず二軍落ちしている。


 最近は本多がようやくタイタンズの一軍ローテに回ってきたので、あの年の競合となったドラフト選手の中では、実城が一人まだ成果を上げられていない。

 ただ実城は左利きなので内野のファーストに守備位置が限定されていたり、強打者の多い福岡の中では、なかなかポジションが奪えないという理由はある。

 ワールドカップでは西郷を差し置いて四番として活躍していたので、このもたつきは誰にとっても意外であった。


 だが、今年の後半には上がってくるかもしれない。

 四打数の二安打で一ホームランと、まともな数字を出してきたのだ。

 もっとも対戦するピッチャーもまた、二軍のピッチャーではあるのだが。




 この翌日から、二日間続けてオールスターは行われる。

 また去年と同じく、試合前には余興でホームラン競争が行われる。

 だがここで異色の組み合わせが実現した。

 大介に対するバッティングピッチャーとして、上杉が名乗りを上げたのである。


 普通こういうのは、同じチームのピッチャーか、それがいなくてもピッチャー経験者に頼むことが多い。

 だが大介と上杉は、事前に決めていたのだ。

 今年のホームラン競争では、場外ホームランを打ってもらおうと。

 残念なことに今年は二試合ともドームで行われるのだが、埼玉ドームは壁のない半開放型の球状である。

 大介が打つとその打球は、観客席のはるか上を通り過ぎていく。

 この演出があった後に、いよいりょオールスターゲームが始まるわけである。

 もっともお客さん的には、場外級の打球を10本も打った大介のホームランだけで、既にお腹一杯だったかもしれない。


 オールスターは割とこちらも、パのチームが強いことが多かった。

 しかしピッチャーに上杉、バッターに大介がいると、ほとんど反則である。

 三イニングの間に上杉から点を取るのは、ほぼ不可能に等しい。

 そして大介は、ポンポンとホームランを打ってしまうわけだ。


 お祭り騒ぎなだけに、ピッチャーは逃げられない。

 なのであっさり大介も、ホームランを打ってしまえる。

 ただしっかり正面から勝負してもらえば、それなりに野手正面への打球となって、アウトにはなるものである。

 もっとも二試合でホームラン三本の六打点と、MVPを取ってしまったりはする。


 そして上杉は上杉で、また九人連続三振、しかもバットを折ること二回と、その鉄腕ぶりを発揮するのだ。

 セ・リーグが現在強いのは、はっきり言ってこの二人がいるからである。

 そして動員観客数も、セ・リーグはどんどんと上がっている。

 上杉の投げる時の神奈川戦も多いが、大介の場合は野手なので毎試合出てくる。

 よってライガース戦はどの球団も、ドル箱として大切にするわけだ。


 かつてはタイタンズとの試合が、セ・リーグにおいては観客動員に重要な位置を占めていた。

 だが一人のスタープレイヤーの出現で、その地位は完全にライガースに移ってしまっている。

 スポーツの世界というのは、恐ろしいものである。




 そして、オールスター終了後の夕方。

 なぜかお高い店については、上杉が案内をしてくれることになっていたりする。

 やはり古くからの名家の出であると、そういう付き合いが多くなるらしい。

 試合においては敵であったり、今回のように味方であったりと、ポジションは色々と変化する。

 この日にはまた、それが大きなものとなる。


 オールスターをツインズと共に見に来ていた権藤明日美が、これにも同行してきたのである。

 上杉が案内してくれる以上、どうせ三人にはならないのだからと、大介もツインズも思っていた。

 だが運命の歯車というのは、意外なところから動いていくらしい。


×××


 群雄伝更新してます。

 織田+鬼塚 織田×鬼塚でも鬼塚×織田でもないので間違わないように。

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