十章 プロ三年目 最高のシーズンオフ
第109話 両手に食虫花
白石大介、三年目の年俸は三億二千万。
上杉の二億を抜いて、圧倒的な記録大幅更新である。
だが、誰もが納得した。
あんな化け物みたいなプレイヤーは二度と出てこないと。
そしてチーム力の差はあったとはいえ、上杉のスターズに勝ってもいる。
クライマックスシリーズと日本シリーズを合わせた、今年のプレイオフの成績は、以下の通りである。
打席 48
打数 33
安打 19
得点 15
打点 22
本塁打 9
盗塁 8
打率0.576 出塁率 0.708 OPS2.254
人間の出せる数値ではない。
なおヒットは19本打っているが、そのほぼ半分の9本がホームランである。
つまり、0.272の確率でホームランを打っているのだ。
二割七分二厘と言えば、そこそこいいバッターの打率である。
そこそこいいバッターの打率でホームランを打つ化け物がいる。
なお長打率は当然10割を超えている。
15打席も、つまり三分の一近くの打席を回避されたしまったのだが、それに対して盗塁が八。
全て歩かされたときに走ったものではないが、それでもおかしすぎる。
シーズン中よりも、特別な試合で決定的な仕事をする。
お祭り男と呼ばれるかもしれないが、クラッチスラッガーである。
クラッチバッターでもクラッチヒッターでもないあたり、業が深いものである。
12月になると選手たちも完全に解放されて、大介も実家に帰る。
ただこの実家というのは、母の新しい家庭ではなく、今は伯父たちが住んでいる祖父母の家である。
田舎だけに部屋だけはあるので、大介の部屋もそのままだ。
元々物は少ないし、必要な物は大阪に持っていってしまったのだが。
ただここでも大介はあまり家にはいない。
短期合宿で自動車免許を取るのだ。
「なんかいい車ないかな~」
呟きながら調べている大介の車は、八桁の金額も出ていて、驚く伯父である。
「プロ野球選手はポルシェとかBMWに乗ってるイメージが強いけどな」
「いや~、最初は国産でしょ」
確かに販売店のフォローなども考えると、国産車は便利である。
「まあ目的によるけどな。恋人と二人で乗るなら、やっぱりポルシェとかフェラーリとかに憧れるけどな」
「二人?」
「ポルシェとかフェラーリは、そういうタイプ多いだろ。まだ結婚もするわけじゃないし、スポーツタイプの方がいいんじゃないか?」
「いや、別にかっ飛ばすことはないし、最低三人は乗れないと……」
その言葉に首を傾げる伯父であったが、とりあえず大介は免許を取るのが先である。
正直なところ寮の生活環境だと、自転車があれば充分なのである。
駅からは電車を使えば、下手に車で動くよりも、よほど便利である。
どうしても車を使いたいなら、タクシーを呼べばいいだけであるし。
ただドライブなどをするためには、どうしても車は必要であろう。
それに三人以上で乗れないと困る。
何を買うかは免許を取ってから決めることにして、合宿に向かう大介。
ちなみに、ツインズは今年の夏休みに、既に免許は取っていたりする。
「つーわけで車を選んでほしいんだが、なんでお前らもいるん?」
外車であると納車に時間もかかるため、事前に何がいいのか、結局自分では決められない大介。
なのでツインズを呼んだわけだが、明日美やイリヤまでついて来ていたりする。
最近は四人で一緒に遊ぶことが多いらしいのだが。
いや、この四人が一緒にいたら、色々な意味で危険だろうに。
「私はBMWがいいと思うわ。ドイツ車だし、販売店も多いから、色々と便利だし」
イリヤはドイツ推しらしい。
「ちょっと待て。まあ別に外車でもいいんだけど、予算は1000万まで、車高が変に低かったりしない。四人以上乗れる。これぐらいの条件はつけておくぞ」
「じゃあやっぱりBMWじゃない?」
イリヤのBMW推しが強い。
「あたしたちは~」
「フェラーリ乗ってみたい!」
赤いフェラーリは意外とツインズが好きらしい。
「フェラーリは1000万では買えないわよ。それに基本二人乗りでしょ、あれ」
イリヤが意外と詳しい。いや、普通の範囲内なのだろうか。
「じゃあポルシェは?」
「あれなら予算に収まるのもあるけど……あちらも基本的には二人乗りでしょ」
フェラーリもポルシェもスポーツカーの面が大きいので間違いではない。ポルシェの方は普通に座席の多めのタイプもあるが。
基本的にカッコイイ車というのは、二人乗りのデザインが多いのである。
乗り心地ではなく、性能面を追及すると、それは二人乗りになるのは当たり前であり、また車高も低くなる。
「ベンツは?」
とりあえずといった感じで明日美が言ってみたが、ツインズには不評である。
「ベンツはちょっと、違うと思う」
「もっと年齢層高めって言うか」
「あ、でもベンツは乗り心地良かった」
明日美がそんな発言をする。
ベンツ、ベンツか。
「まあお前ら二人と、ついでに誰か一人か二人乗せるだろうから、ベンツでもいいけどな。つーか意外と価格帯広いな」
ベンツは「でもお高いんでしょう」と言われるイメージの高いメーカーかもしれないが、実はそこそこ庶民的な値段で買える車種もあったりする。
サブブランドであるマイバッハなどは、どうやっても1000万の新車はないが。
「国産車はどうしたんだよ。織田さんなんかレクサス一択らしいぞ」
「日本車はなぜか高級ブランドを国内では販売してないからよね。ホンダとか日産は外国なら高級車も多いけど。それでも1000万ぐらいで買えるし」
やはりイリヤは詳しい。
「お前、なんでそんなに詳しいの?」
「車の好きな芸能人は多いのよ」
まあ確かに、芸能人は高い車に乗っていそうではあるが。
「つーかお前、アメリカに住んでた割りにアメ車は推さないんだな?」
「アメリカ車は案外日本では販売店が限られていたり、あと純粋に故障しやすいから」
「へ? そうなの? 俺はアメ車ってとにかく頑丈なイメージがあったけど」
イリヤの意見は偏見である。安いアメ車は確かに壊れるし、自分で整備する必要がある。というか日本よりもずっと、自分で整備してしまえる人間が多い。
実際には壊れやすさはそこそこ、そして自分でも直せる。
これがアメリカ人の車の感覚だ。
そしてやはりフェラーリやポルシェなどの需要は高いし、ロールスロイスなどは金持ち御用達である。
大介の感覚としては、フェラーリとかポルシェは、かっこつけすぎである。
プロ二年目、次で三年目の若造が乗るには、確かにデザインは若者向けなのかもしれないが、高い。
それに二人乗りというのは大きなマイナスポイントどころか、それだけで考慮外となってしまう。
「とりあえず俺が合宿から帰ってくる間に決めとけよ。候補三つぐらいに絞ってくれ」
かくして自動車免許の合宿に向かう大介であった。
白石大介は勉強が出来ない、というのは誤りである。
勉強が出来ない人間が、県下トップクラスの、毎年東大京大合格者を出している高校に、入れるはずがないのだ。
要するに脳のリソースを、勉強から野球に割り振っただけで、地頭自体は悪くない。
見事に試験を合格して戻ってきた。
もっとも大介の場合、試験会場が騒ぎになったのだが。
下手な芸能人よりもはるかに知名度があり、国民栄誉賞を辞退した男である。
親しくなればそれなりに、色々と尋ねられるものである。
大介はオープンな性格なので、だいたい普通に受け答えする。
大介の長所は、庶民感覚を忘れないことである。
ライガースの一位指名、しかも競合11球団という前代未聞の事態から、周辺は常に騒がしかった。
だが大介はブレなかった。野球の実力を伸ばすことが、今の自分にとっての最大の使命だと分かっていたので。
甘やかそうとしてくる人々とは全て距離を取り、そしてプロの感覚に馴染もうとした。
今から思えば、プロと高校の一番の違いは、コンディションの仕上げ方だ。
高校野球は、春はセンバツに合わせて仕上げればいいし、夏はそれに向けて徐々に調子を合わせていく。
大会の初日に合わせるのではなく、甲子園へ、そして甲子園の決勝へ、全てのバイオリズムを合わせてくのだ。
それが一番上手かったのが直史だ。その点は間違いなく大介よりも上手かった。
だがプロのシーズンではどうなのか。
直史の持つ刃は、確かに鋭い。
だがあの、あらゆる意味で人間を超越したようなコントロールは、プロの長いシーズンでは通用するのか。
大介は通用すると思っていたが、頑なに直史がプロ入りを拒否したのは、一試合だけのための渾身の仕上げを、ずっと維持するのは無理だったからではないか。
12月は野球選手にとっては、完全なオフシーズンである。
もっともハワイなどに行ってキャンプをしたりする連中もいるそうだが。
大介は今年は、やるべきことがあるので地元で調整をする。
一応プロが母校の高校で練習することは、禁じられていない。
禁じられているのは技術指導であるが、大介の場合は逆に、国立に教えを乞うたりする。
今さらこのレベルのバッターに、自分の指導が必要だとは思えない国立であったが、大介はかなり感覚的に打つタイプだ。
そして、どうしてそんな体勢から打てるんだ、というボールも打ってしまう人間である。
高低で言うなら、自分の肩ぐらいまでのボールは普通にホームランの打球が打てる。
低めも掬い上げて、それをライナー性の打球にしてしまう。
さすがに難しいのは、ワンバンしてコースが変わるボールである。
だがこれも場合によっては打ててしまう。
バットが届く場所であるならば、打てないわけではないだろうというのが、大介の考えである。
国立の指導は、人間に対するものである。
サイヤ人は自分で修行してくれと思わないでもないが、教えられることがないわけではない。
白石二世、などと呼ばれていた悟はこれを見て、完全に自分はその器ではないと悟った。
あれは才能とかどうとかではなく、種族が違う。
競馬の世界などでもいるではないか。セントサイモンのように強すぎて、レースが成立しなくなった馬が。
だがその大介を封じる上杉や、高校時代は互角以上に戦った真田など、プロには何人か同じような化け物がいるのだ。
プロに行く。
それはつまり、大介と同じステージに立つということである。
大介とは短い期間であるが、一緒にプレイしたはずの、孝司と哲平はプロ入りを選択した。
自分もそのルートを辿ると思っていたのだが、本当に正しいのかと疑念が浮かんでしまう。
「よっしゃ、これで今日は最後」
10球ほどをフェンスのほぼ同じ位置にぶち当てて、大介の練習は完了する。
12月はクリスマスと年末で、世間も騒々しい。
クリスマスは無理だと言われたので、その前に大介はツインズを誘った。
冬の海は寒いが、これはこれでオツなものである。
風が強く、二人は髪を抑えながらも、暗灰色の空と海を眺めている。
遠くを鳥が飛んでいる。
カモメかな、とも思うがそんなことを気にしたことはなかった。
強い風に服を膨らませて遊んでいる双子は、こんな時ではなんだが幼く思える。
海が見たいと言われた時は、冬場に海かとも思ったものだが、生命の輝きの薄い光景の中で、双子は風に踊っている。
本当にいいのかな、と思う。
佐藤家の双子は自由だ。
自由すぎると言ってもいい。そしてその能力は、良い方に使えば多くの人を幸福に出来る。
だがその判断を、あの二人はしない。
好んで悪事を行うというわけではないが、善行を積むことはない。
だから誰かが、捕まえておいてやらないといけないと思うのも確かだ。
それにここまで二人が一緒にいるのを見ていると、片方だけというのはむしろおかしく感じる。
仕方がないことなのだ。
「おーい、そろそろ次行くか?」
適当に食事でもしたい。
車に乗るが、運転するのは大介ではない。
初心者の大介に運転させるのを反対し、ツインズの一方が運転する。
珍しく個室などを予約していた大介は、料理が来る前にツインズの間に差し出したものがある。
貯金通帳だ。
「何これ?」
「貯金通帳」
「それは分かるんだけど」
「見てみ」
開いた貯金通帳に並んだのは、九桁の数字。
「分かりやすくまとめてあるけど、同じぐらいのを保険とか証券とかにしてあるから」
大介の収入は、契約金と出来高で一億五千万。
初年度の年俸は1600万の格安であった。
二年目の年俸は一億五百万。
それに出来高で合計三億二千万。
今年の年俸は、そのまま三億二千万で、また出来高も存在する。
だが税金がおおよそ半分近くは取られる。
これに野球の年俸以外の、メーカーとの契約金や、CMの出演料、テレビ番組の出演料などで、色々と稼がせてもらった。
あとはセイバーに相談に乗ってもらって、金融商品に投資している。
リスクの極端に少ないものということで、あまり増えてはいないが、それでも充分だろう。
「つーわけで、六億貯まったから、嫁に来い」
一人の男性の生涯賃金が三億と言われるが、二人分の人生を受け止めるには、これぐらいのものが必要だった。
大介の言葉を聞いて、目を瞠るツインズの表情は珍しい。
「……いいの?」
「むしろ俺の方が、二人ももらっていいのかって話になるんだが」
関係性で言えば、妻と愛人ということになる。
あるいは両方とも結婚しないことで、内縁関係にするというのもありだが。
そうすると相続関係が複雑なので、結婚はした方がいい。
「もう俺は覚悟決めたけど、お前らこそ本当にいいんだよな」
そう言いつつ、大介は二人の指に嵌った指輪を示す。
「幸せに出来るかどうかは分からないけど、なんとか一生面倒見るだけの金はたまったから」
それが六億円の意味であった。
なお、国民栄誉賞辞退も、これに関係する。
事実上の重婚をしているような人間が、そんな賞をもらったらまずいだろうという判断である。
同性愛と同じように、重婚だって別に、人類にとって普遍的な悪ではない。
昔は一人の男が、正室に側室を持っていたし、今でも妻を多数持つ国はある。
様子を窺っていた大介であるが、二人が涙を流すのは同時だった。
「すまん! やっぱりどっちかにするしかなかったのか!」
「違うよ~」
「嬉しいよ~」
そしてツインズは席を立ち、左右から大介に抱きついた。
同じ体臭が、大介を包む。
この双子はこんなところまで同じなのだ。
しばらくはしがみつかれるのに任せていた大介であるが、ポンポンと二人の頭を叩く。
「で、どうする? 結婚式するか? つか、未成年だからお前らは親の同意が必要だよな?」
ツインズは三月生まれなので、まだ18歳だ。
親の同意がなしで結婚出来る年齢ではない。
「ん~、とりあえずは恋人でいいよ~」
「そうだよ~、イチャイチャしようよ~」
「「お兄ちゃんへの挨拶は、近いうちにしてもらうけどね!」」
それが一番恐ろしい大介である。
まだ大学生である二人は、大阪に行くことは難しい。
大介はしばらくは寮で生活し、二人が卒業してから、方針を固めることになるだろう。
「で、だ。じゃあ正式にお付き合いするとして、どうやっていく?」
この質問に、ツインズは顔を見合わせる。
だがこの展開は、事前に分かっていたことだ。
「「二人一緒に!」」
どうやら大介は枯れ果てるようである。
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