第69話 連勝記録

 気の早い話であるが、連勝記録の更新が話題になっている。

 プロ野球の連勝記録はシーズン中が18連勝で、これが開幕からだと11連勝となる。

 次は大阪ドームを使って、一応はホームゲームで中京フェニックスを迎える。

 この対戦相手の順番も、連勝記録が期待される理由である。


 去年三位の広島と、四位ではあったが戦力は整えてきたはずの巨神。

 それに三タテを食らわせた後は、二年連続最下位の中京と、そして甲子園で大京レックスを迎える。

 去年11勝13敗1分で唯一セ・リーグで負け越したグローリースターズとの三連戦が、最後に組まれているのである。

 今年の立ち上がりも悪く、選手補強も成功していない中京相手には、確かに全勝出来るかもしれない。

 ただし次のレックスには、FAで移籍した西片がいる。


 西片はオープン戦こそ微妙な成績であったものの、開幕には一番打者として出場し、そこからは普通に三割を打っている。

 レックスは今年は、西片のFAも含めて野手陣が補強・成長し、オープン戦からそこそこいい数字を残している。

 あと、ここのところずっとBクラスで終わっているが、投手力は確実に上がっている。

 そこにライガースのことを良く知る西片が加わったのである。


 それはまあ先の話としてフェニックス戦である。

 フェニックスは去年から今年のシーズンオフにも、満足な戦力補強が出来たとは言えない。

 後藤の外れ一位で取った野手は、開幕からまだ二軍である。

 そして今年もスタートダッシュには失敗している。




「なんでフェニックスは弱いままなんかなあ」

「まあドラフトにことごとく失敗しているというか……とにかく得点が取れてないからなあ」

 初勝利以来、なんだか大介にほぼタメ口を利いている真田である。

 この二人は高校時代は敵対していたわけだが、逆に言うとそれは、仲間になれば話題が多いということでもある。


 フェニックスは主軸のMLB挑戦とFA移籍が重なり、それを留めるのに失敗したのが最大の原因である。

 よって得点力不足は言われていたのだが、今はとにかく打点が足りない。

 その点は自分でも分かっているので、この二年は野手を一位指名しているのだが、大介、後藤と競合でクジに負けている。

 もちろん代わりに取った外れ一位はいるのだが、初年度から成績を出してくる選手ではないというわけだ。

「つってもあそこ、一個上じゃ加藤を一本釣りしてたよな?」

「開幕ローテに入ってたけどな」

 盟友福島に、実績で完全に水を空けられていた加藤であるが、三年目の今年はローテーションに入っている。

 もっともそれは、予定されていたローテーションピッチャーがひどかったという理由があるのだが


 ライガースも、ここのところあまり育成が上手くいっているとは言えない。

 大介をはじめ若手の活躍が目立っていると言いたいところだが、超ベテランと若手の間の年齢層に空白があるのだ。

 具体的には30歳前後の年齢で、本来なら一番働き盛りのこのあたりが、西片が出て行ったため柳本しかいない。

 そしてその柳本は、そもそもFAで入ってきた選手である。


 世代交代は徐々にではなく、一気に行われる。

 足立、藤田、椎名、島本といったベテランが引退し、金剛寺の後継者が生まれれば、それで新生ライガースとなるだろう。

 投手陣も柳本はともかく、山田や琴山といったあたりはまだ20代だ。

 それこそ大介が金剛寺の後継者なのではとも言えるが、大介は大介だ。他の誰かの後継者ではない。

 金剛寺と高橋が引退したら、絶対に出せない選手はセットアッパーの青山以外、ほとんど20代になるだろう。

 ただそれはそれで、連敗した時の止め方などが分からないため、ベテランは必要になるのだが。

「つーかそんなこと言いに、出もしない試合見に来たのか?」

 真田はベンチのリストに入っていないので、急遽リリーフなどということも出来ない。

「いや、単純に他のチームの練習もみたいと思っただけで」

「さよか」


 昨日のピッチングによって、真田は確実な存在感を示した。

 今は一応先発ローテーションは埋まっているが、高橋の枠がある。

 純粋に実力順に考えるなら、真田の方が今の高橋よりは上だろう。

 ただこのあたりは微妙なのだが、高橋はオールドファンに人気があるのだ。

 200勝ピッチャーが誕生するのを、この目で見たいという気持ちはあるだろう。


 つまり大介のすべきことは、高橋を全力で援護しさっさと200勝を達成させ、その後に真田を入れること。

 これが出来れば、今年もライガースは優勝出来る。

 実際はそんなに甘くはいかないが。

 今年の柳本といい、去年の山田といい、良いピッチャーでもそれなりに小さな故障で戦線離脱をすることは多い。

 真田はその狭間を埋めて、存在感を示すべきだろう。

 あと、打巡と打者によっては、真田にはクローザーの適性もあると思う。

 左打者が連続しているところで真田を出したら、打たれる気がしない。

 実際に昨日の試合でも、左打者からの被安打は0であった。


 このところ上杉、本多、大滝などといった、150km半ばから160kmを投げる高校生がポンポンと出ていたが、ピッチングは球速だけではないのだ。

 もちろん興行面を考えれば、球速もファンを沸かせる重要な要因だろうが。

 真田のスライダーは左打者にとっては、ヒットを打つどころかバットに当てることさえ難しい。

 そしてそのスライダーが頭にあると、伸びのあるストレートが打てなくなる。

「さて、じゃあそろそろ行くかな」

「お疲れ~」

 そう言いながら、クラブハウスで観戦する予定の真田なのだが。

 他球団のクラブハウスは、ちょっと敷居が高い。



 

 フェニックスとの試合が始まる。

 地元開幕とは言え、まだ甲子園が使えないこの時期、ファンも選手も精神的な地元開催だとは思っていない。

 三連戦の初戦、ライガースは山田を充分に調整してローテーション通りに起用。

 対するフェニックスも、エース冬川が先発である。


 どんなチームも、大概は低調な年が続くことはある。

 球界の盟主であると自認するタイタンズでも、かつて大選手が監督となったその年に、球団史上初めての最下位を記録してしまったりした。

 もっともその翌年には優勝という、離れ業も行っているのだが。


 フェニックスの弱点は、明らかな打力不足である。

 ポスティングとFAとを重ねてしまったあたり、編成の弱さが見える。

 そこから得点力の不足が始まり、点を取れないことが投手のモチベーションの低下にもつながっている。

 今年から監督も交代して、轟新監督の元で体制を立て直そうとしたが、ドラフトのくじ引きで負けていたりと、あまり幸先は良くない。

 ただ現役時代はシュアなバッティングで知られた轟監督、打線陣の改善にはかなり手をいれているようだ。


 監督を代えるというのは、確かにチームカラーを変化させるには最も重要だろう。

 轟もまずは選手のメンタルから変えようとはしているらしいが、なかなかチームの変革は、選手獲得と補強の段階で上手くいかない。

 FA、トレード、外国人。

 ドラフトでいい選手を引けなかった場合に、球団はこのあたりで補強するしかない。

 ただFAには選手側の事情もある。

 西片などは家庭の事情が大きかったため、多少有利な契約でも、名古屋には行かなかったであろう。

 今年レックスと契約した彼は、三年六億円の出来高別という年俸だと推定されている。


 トレードにしても、フェニックスには使える駒があまりなかった。

 金銭トレードという手段なら別だったのだろうが、それも成功していない。

 あとは外国人が二年連続で大外れで、、それも低迷の大きな原因となっている。

 今年の助っ人外国人ラズロックは、年齢こそ40歳といっているが、メジャーで打点王を取ったこともある強打者だ。

 メジャーのスピードボールに対応出来ずに、平均球速は落ちる日本に来たとも言われているが、今度はストライクゾーンの違いと変化球の大きな曲がりについていけていないらしい。


 不振の外国人を四番に使い続けるのに意味があるのか。

 確かに年齢は、金剛寺も今年で40歳となるが、衰え具合は人によって違うのだ。




 投手陣が頑張ってくれている間に、なんとか点を取らなければいけない。

 現役時代は豪快なフルスイングが代名詞であった轟も、監督となってからは小技を多く駆使してくる。

 それが意外と当たるのだが、なかなかロースコアからは脱却できない。


 ただこの日も、なかなかライガースには主導権を握らせない試合をしてきた。

 ランナーのいる状況で大介をあっさりと敬遠し、続く金剛寺にも打たれて一点を失ったが、グラントの内角攻めで追加点は許さない。

 そのうちグラントはキレるかもしれない。

 そして打線も、点にこそはつながらないが、三者凡退に終わるイニングを作らない。


 嫌な野球だな、と島野は感心する。

 フェニックスのチーム全体に、試合に対する執着が感じられる。

 現役時代はどちらかというと雑なプレイをしていたような轟であるが、本当に雑であれば打点王などは取れない。

 プレイは雑に見えても、そこに至るまでには様々な試行錯誤がある。

 おそらく指導者、指揮官となってからは、その面を出しているのだろう。

 野球選手には確かに天才の中の天才と言える人間はいるが、努力しない天才でまともな成績を残している者はいないだろう。


 試合自体は、ライガースが押し切れない展開で進んだ。

 山田も一失点はしたものの、そこからの追加点は許さない。

 ただ試合の流れがライガースのものにならず、山田からリリーフにつなげるのが怖い。

 責任回数の六回を終えても、島野は交代の判断が出せない。

 ここまで連勝を続けてきたのも原因ではある。長期的に見れば、山田に疲労を蓄積させるのが悪手だとは分かるのだが。


 ただピッチャーにとっても、多いイニングを投げて完投するのは、評価の対象になる。

 リリーフ陣もここまで毎試合投げることが多く、少しは休ませてやりたいのも確かだ。

「鉄人、完投したいか?」

「したいですけど、勝利優先でいいです」

「う~ん、じゃあ完投やってみっか」

 山田としても柳本ほどではないと言われる完投能力を、ここで払拭しておきたい。

 先発完投がなくなってきている時代ではあるが、、やはりピッチャーでエースともなれば、先発完投に拘るのだ。


 島野としても計算はある。

 柳本が戻ってくるので、山田が疲労で一回ローテを飛ばしても、どうにかなるのだ。

 それにローテ候補だった、去年勝ち星を上げている選手も、それなりに試していきたい。

 山田は去年途中で短期間離脱したこともあるので、大切に使いたいということもあるのだが、それで試合を落としたらどうしようもないし、長いシーズンでは無理をしてもらう場面はある。

 その時のために、余裕のあるシーズン序盤で、耐久力を確かめておきたい。




 この日の大介は、本人としても不本意な、ヒット一本の記録に終わった。

 もっとも一打席は敬遠されているので、相変わらず出塁率は異次元の状態である。

 しかし開幕からの連続打点試合記録は六で止まった。

 

 プロ野球は興行である。

 八百長は許されないが、その中で盛り上げていくのが、監督や選手の仕事であろう。

 しかし大介に対しては、勝負しようとしないのが当然ともなってきている。

 あまり勝負を避けられると、確かにバッティングも調子が悪くなってしまうのだが。

 大介は実戦で調子を整えるタイプなのだ。


 試合としては3-1で勝利。

 山田も153球で完投と、よりピッチャーとしての完成度を上げていっている。

 チームとしては、柳本が欠けてさえ、良い状態が維持されている。

 フェニックスも復調の兆しはあるが、まだピースが足りていないのだろう。




 ライガースは結局、この三連戦も全勝で、いよいよ甲子園での試合となる。

 九連勝で当然ながら、セ・リーグではトップを走っている。

 投手陣も柳本が順調に回復し、本当の本拠地で大京レックスを相手に、地元の開幕を迎えることとなる。


 ただし、その中でも大介は嫌な予感がしていた。

 タイタンズとカップス相手に、圧倒的な打撃を見せてしまったせいだろうか。

 元々それまでの試合でも、歩かされることは毎試合あった。

 ただそれは勝負をした上でフォアボールということが多く、ゾーン際はボールであっても打ってしまったりしていたのだ。

 高めに外したストレートが、案外シングルヒットになったりはした。


 今はボール球を打って、無理矢理ヒットにしている。

 さすがの大介であっても、ボール球を確実にヒットにすることは難しく、長打も打てない。

 開幕からの連続試合安打は続いているが、それがなかなか点に結びつかないのだ。

 毎試合四球を与えられて、連続試合出塁記録などという、変な記録も見えてくる。

 だが、とにかく長打が出ない。


 打率が五割、出塁率が七割、OPSは1.8という人外の記録が、開幕の九試合で出ている。

 だがフェニックス戦から明らかに、大介対策とも言える四球攻めが多くなっている。

 今はボール球でも打てれば打っていっているが、大介が単打になるならば、それは充分に成功だろう。

 打球の飛ぶ方向もコントロール出来ないため、ライナー性のフライアウトが多くなっている。


 そして次の三連戦、レックスの第一戦先発予定は、吉村となっている。

 大介から逃げるのを、恥とは思わないピッチャーだ。

 それでも甲子園での野次で、ある程度は勝負せざるをえないのだろうが。




 五試合連続でホームランなし。

 普通なら当たり前のことであるが、大介にとっては当たり前ではない。

「バット持たずに打席に入るぐらいのパフォーマンスはするべきかな?」

「それはやめろ」

 周囲の若手から、全力で止められる大介である。

 ただ日本のプロ野球においては、四回も実際に行われている。

 そしてそのままちゃんと敬遠していたそうであるが、今はもう申告敬遠がある。

 

 大京レックスは吉村の他にも、若手でいいピッチャーが多い。

 ここのところペナントレースはやはりBクラスの常連であるが、若い選手が育ってはきているのだ。

 チーム一番の勝ち星を稼いでいるエースの東条が、今年でまだ25歳と若いというのも、これからに期待の持てる理由である。

 吉村が果たして、大介に勝負してきてくれるだろうか?


 ゾーンに入ってくれば打つ。

 今の大介の調子は、自分でも良いと分かっている。

 どうにか勝負してくれないかと、贅沢な悩みを持つ大介であった。


×××


 そういえば「第四部D 群雄伝」を不定期投下することにしました。

 感想などで出てきたキャラを、その都度取り上げようと思っています。

 なお一話目は、プロ一年目の鬼塚の話です。

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