第235話 代謝機能

 大介は怪我の治りが早く、疲労も抜けやすい体質である。

 筋力など骨密度などもあるし、反射神経も優れているが、とにかく体の丈夫さと治癒力だけは、確実にチートと言われてもおかしくない存在であった。

 骨折から一週間とには小指が動かせそうになって、二週間目にもう一度レントゲンを撮ってもらえば、ほぼくっついているのが分かった。

 それでもまだ骨折の痕が分かったため、そこから一週間も本格的な運動はしなかった。

 そして八月に入ると夏の甲子園が始まり、母校が勝ち進んでいく。

 後輩の練習を見に行ったりもしたが、それよりはやはり今のチームの状況の方が大変である。


 首位を走っていたライガースであるが、大介の離脱でさすがに得点力は落ち、さらに金剛寺の不調で、ほぼ五分五分の勝敗になっていく。

 それまでの貯金があるのでBクラスにまで急降下ということはないが、それでも四位のレックスがかなりの勢いで迫ってきている。

 ようやく練習やトレーニングの許可が出た大介は、やはり本当に人間なのかどうか、医者に怪しまれることになった。

 ただこの程度の治癒力の持ち主は、大介以外にもいないわけではないのだ。


 骨折してからまだ一ヶ月と経過していないが、とりあえず二軍のグラウンドには戻ってきた大介である。

 運動が出来ない間も、マシンの球を見ては、その球速を忘れないようにはしていた。

 二軍のウエスタンリーグでこんなのに出てこられたら、ピッチャーはたまったものではない。

 だがこれを抑えたら一軍に行けると思って、意外と勝負してくれる。


 ツーストライクまで追い込まれれば、大介は手を出す。

 そしてあっさりスタンドの最上段、ネットにまで飛ばしてしまう。

 いくら勝負するにしても、もっとボール球を混ぜるべきだろう。

 このあたり二軍のピッチャーは、やはり力だけでどうにかしようという意図が見える。

 ほとんどのピッチャーに対して言えることだが、プロの世界に入った直後は、ほとんどの選手は自分より上なのだ。

 強力なストレートを持っていても、それをどう使うかが問題になる。

 緩急を持っていなければ、ほとんどのピッチャーは通用しない。


 このツーストライクまでは見て、そこから一発で仕留めるということを、大介は一試合の中で三度行った。

 二軍監督からは、もうさっさと一軍に戻れというお達しが出た。

 そして上杉が投げないスターズ戦、甲子園期間中のため大阪ドームの試合から、復帰する大介である。

 今年は規定打席に到達せず、三冠の全てを失うのでは、と思われていた。

 だがここからの試合に全イニング出場すれば、余裕で規定打席に到達する。

 打率も打点もホームランも、まだ諦めるような差はついていない。

 打率は二位、打点は五位、ホームランは四位。

 ここからはもう、追いかけるだけだ。


 大介がいない間、ショートを守っていた石井がまたセカンドへ。

 ようやくセカンドの守りに慣れてきた黒田も、あえなくサードへ。

 そして大介はショートだ。もちろん三番として。


 金剛寺がスタメンから外れて、西郷はファーストと、完全に打撃に専念している。

 慣れないポジションだった黒田も、これでまたバッティングに集中出来る。

 長かった金剛寺の時代が終わるのだ。

 大介がチーム内の打撃成績の全てのトップを走っても、金剛寺の影響力は残っていた。

 それがついに終わる。




 大介の復帰戦はスターズとの三連戦、最初の試合。

 ホームではあるが甲子園開催中のため、大阪ドームで行われるゲーム。

 少し残念な大介であるが、やることはいつもと変わらない。

 本日のスターズの先発は、玉縄である。

 安定感抜群ながら、今年もあまり貯金の増えない玉縄。

 神奈川は上杉以外はピッチャーが壊れないように分業制をかなり徹底しているため、勝敗がつきにくいというのはある。

 上杉こそ壊れないように、大事に使わないといけないと、大介は思うのだが。


 二軍と違うのは、ピッチャーがしっかりと、大介を封じようとしてくる点。

 無謀にも正面から叩き潰そうとしてくる二軍とは、その試合の緊迫感が違う。

 なんだかんだ二軍は、野球で飯を食っていてもプロではない。

 やはり一軍で優勝を目指してこそ、プロ野球選手だと感じる大介である。


 一打席目は外角のボールを見逃して三振。

 大介にしては珍しく、際どいボールを振っていかなかった。

(やっぱ一軍のピッチャーは違うよな)

 玉縄は150kmオーバーの球速で、あのぎりぎりに投げ込むことが出来るのだ。

 それに感心して、見逃し三振をしてしまった。

 おそらく試合後、あの審判はミスジャッジだ、と叩かれるだろう。


 試合自体はライガースの先発山田も調子がよく、序盤では失点なしで展開する。

 そして二打席目、ランナーがいない状態で大介に回ってきた。

(ここもまた、勝負だよな)

 外角、一球目は外してきた。

 そして二球目は、ボールからゾーンへと少し変化してくる。

 大介はこれを素直にそのまま打った。

 ボールは鋭く回転しつつ、レフトスタンドへ。

 復帰一試合目からホームランを打ち、ファンへの復活をアピールしたのであった。




 大介の復活の祝砲で、一気に連勝街道、といかないのはアウェイゲームの多いこの時期のライガースの弱点である。

 それに大介も、完全に復活出来ているとは思えない。

 まず第一に、際どいコースを見逃している。

 バットすら振れない時間が長すぎて、自分の肉体の延長という感覚がなくなっているのだ。


 大介がぽんぽんと打ってくれるのを期待しすぎて、やや投手陣が安心しすぎたというのも悪かった。

 スターズ相手には勝ち越したものの、フェニックス相手に負け越し。

 そしてこの中で大介は、比較的勝負してもらったのにもかかわらず、あまり打率が上がっていかない。

 即ち、打点もホームランも増えていかない。

 正確には少しずつしか増えていかない。

 そして打率は下がっていった。 


 グラウンドの片隅で、バットを膝に抱え込みながら考える。

 怪我をする前の時点では、ホームランも打点も、少なくとも去年並のペースでは打てていた。

 復帰してから六試合で、ホームランは一本の打点は四点。

 平均的なバッターとして充分に有能であるが、大介の打撃としては物足りない。

 何より打率が、復帰後の数試合だけであるが、三割を切っている。


 大介がヒットやホームランを打って点が入っても、それが決勝点や致命的な一点になることも少ない。

 打つべき時に逃げられているということもあるが、それにしても巡り会わせが悪いと言うしかない。

 ただファンとしては、ここから大介の巻き返しを期待している。

 大介としても当然ながら、自分の成績にはこだわるつもりである。


 ホームランと打点を伸ばすためには、積極的に打っていかなければいけない。

 だが難しい球にまで手を出せば、打率の方が下がっていく。

 そんな状態の中で、スターズとの三連戦を迎える。

 今度は上杉の投げる試合が入ったローテーションになっている。


 宿命のライバル的になってきた大介と上杉であるが、個人では上杉が勝っていて、チームでは大介が勝っているというのが適切だろう。

 上杉は今年、キャリアハイの成績を残しそうだ。

 ここまでなんと既に25先発もしていて、21勝0敗。

 完投能力も恐ろしいし、回復力も恐ろしい。

 ノーヒットノーランまで達成しているので、大介が三冠王にまで成績を伸ばしても、シーズンMVPを取られる可能性が高い。

 八月中旬で21勝0敗といのは、強気な真田であっても、もう笑うしかない成績である。

 リーグ優勝を果たしてアドバンテージをもってクライマックスシリーズを戦えば、今度こそ日本シリーズに進出し、そこまで行けばもう日本一にもなれそうだ。


 他の球団のファンからは、もうさっさとメジャーに行けよと思われることしきりの上杉は、今年がプロ七年目。

 八年目でFA権が取れることを考えれば、今年のオフにポスティングというのが、一般的なメジャー挑戦のルートである。

 MLBではピッチャーの登板間隔が短いが、上杉にとっては普通のこと。

 中六日で先発を回すNPBにおいて、既に上杉はMLB基準の登板をしている。

 そして平気で完投もするのだから、あちらに渡っても活躍は出来るだろう。

 本人にその気がないだけで。




 大介も三年目の終盤当たりから、もうメジャー行けよと言われることが多くなった。

 確かにNPBのピッチャーでは、大介をまともにいって抑えることは難しくなっている。

 四年連続で三冠王で、ほとんど四割を打って、さらに盗塁王まで決めるような選手は、さっさとメジャーに行けと言うのは分かる。

 大介も四年目あたりからは、MLBという選択肢を持つようにはしている。だが今はまだ、やり残したことがあるのだ。

 上杉との対決がそうであるし、それ以外にも。


 金銭的に言っても、MLBでは若手の年俸は上がりにくい。

 一刻も早くMLBで活躍する必要があるならともかく、最大利益のためには、まだ日本にとどまっていればいいのだ。

(とりあえず今年の成績でMLB行くのはもったいないし、少なくともあと一年は……)

 大介はもう23歳になった。

 大卒の社会人なら一年目の新米だが、既に主力どころか、絶対戦力となっている。

 上杉がいなければ、もう今年あたりでポスティングを願っただろうか。

(いや、ねーな)

 胸の奥のしこりとなって、残っているものがある。

 それを解消する手段など、もうないと思っている。

 

 これをどうやって消し去ればいいのか。

 自分自身ではどうにもならない、誰かに頼らなければ消えない、この痕。

 だがとりあえずは今年、ここから三冠王を目指すべきだ。


 怪我というアクシデントはあった。

 それさえも乗り越えるのが、真のスーパースターであろう




 神奈川スタジアムにおける、スターズとの三連戦のカード。

 ここにライガースは、強いピッチャーのローテで当たることが出来た。

 第一戦は山田が好投し、最後にはウェイドが〆、まずは一勝。

 八月の半ばでありながら、既に両軍かなりの疲労が蓄積している。

 それと比較すれば休んでいた大介は元気いっぱいだ。

 三打数の一安打、そしてそれがホームランであった。


 地味なようであるが、これで大介はルーキーから続いて五年連続で100打点を達成。

 正確には去年までは、四年連続で160打点以上を記録している。

 ちなみに100打点が五年以上続いた選手は、大介以外には三人しかいない。

 そもそも打点記録は一位から四位まで、全て大介が持っている。

 打率は三位まで、ホームランを一位と二位と考えるなら、大介の本質はスラッガーではなく点取り屋だ。


 第二戦は今年から先発復帰し、既に19先発して15勝3敗。

 貯金の数もすごいが、ほとんどの試合でちゃんと勝ち負けがついている。

 負けた試合も全て三失点以内で、完封も二度達成。

 上杉さえいなければと、まさに上杉勝也被害者の会の新代表となるに相応しい活躍である。


 この試合も七回まで無失点で、リリーフに継投。

 既に五点を取っていたライガースは、二点を返されるも逃げ切りに成功。

 真田は16勝に勝ち星を伸ばし、ハーラーダービーでは単独の二位である。

「もう上杉さん除いたタイトルと、大介除いたタイトル作ってくれないかな。セのピッチャーもバッターも、タイトル取れなくで悲惨だろ」

 正直なことを言ってしまう真田であるが、怪我をした去年は除いて、一年目14勝の二年目16勝と、あと防御率のタイトルなども、取っていてもおかしくないのだ。


 そして第三戦。

 このローテの並びでは、やや弱い山倉の先発となる。

 相手は予想通りと言うか、ローテどおりに上杉。

 山田と真田であれば、どうにか勝機は見えただろう。

 だが山倉は19先発で7勝7敗。

 借金を作らないという点で立派なローテ投手だし、試合結果を見れば11勝8敗と、かなりチームの勝利に貢献している。

 だが、今日の相手は上杉である。

 その時点でほぼ、貧乏くじを引いたことは決定である。


 


 アウェイでの試合なので、当然ながらライガースが先攻。

(実際に見る上杉さんはどんな感じなのか)

 今年は上杉との三度目の対決になるが、過去には飛田と大原が当たって完封負けを喫している。

 スターズは微妙に登板間隔を調整し、主にタイタンズに上杉を当ててくることが多かった。

 だがレックスがBクラス集団の中から飛びぬけてきて、Aクラスとの成績を有利に展開している。

 シーズン優勝ももちろん重要であるが、上手くプレイオフに体力を残しておくのも重要だろう。


 あっさりと上杉は、先頭の二人を三振で切って捨てた。

 170km前後を普通に出してくる上杉であるが、今年は交流戦のあたりから、変化球を使うようになっている。

 それは高速シンカーだ。


 これまで上杉の武器と言えば、まず第一にそのフォーシームストレート。

 そしてムービング系のボールで、凡打を打たせるというものであった。

 緩急のためにチェンジアップはあったが、それでも140kmは出るというもので、高速チェンジアップというおかしな名前で呼ばれている。

 しかし新しく使い始めたシンカーは、球速はやや落ちるが、かなりの変化のあるシンカーとなっている。


 上杉もまた、進化している。

 ただでさえストレートだけでもまともに打てそうな選手は少ないのに、これ以上の高みに登ってどうするのか。

 決まっている。大介を封じ続けるのである。

(今年はいまのところ、八打数でヒット一本だけ)

 それも単打で、打点さえもない。

 上杉は先日のレックス戦で、ノーヒットノーランを達成した。

 今年の上杉は、今までよりもさらに進化している。


 まずこの打席で考えることは、シンカーを見極めること。

 それが無理であれば、この試合でもノーヒットノーランをされてもおかしくない。

 大介を相手に普通のバッターに対するのと、同じように投げられる唯一のピッチャー。

(この人をどうにかしないと、優勝は難しいだろうな)

 復帰後の大介の、最難関の戦いとなる。

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