第172話 大介の行方
年が明けた。
生まれた時から東京暮らし、高校進学を機会に母の実家である千葉に戻ってきた。
高校三年間はその祖父母の家に暮らしていたが、現在は大阪の寮住まい。
関東に来た時はむしろ、東京のツインズのマンションで過ごすことが多い。
あの二人は大介を甘やかすのが好きなのだ。
母の実家が、やはり一番の故郷であると、感じることは確かだ。
だが現在は伯父一家が戻ってきており、その家族が中心となっている。
祖母が喜ぶため、大介もこちらに戻ってくることは多い。
伯父の子供は女二人なので、男孫は大介だけなのだ。
考えてみると、母の再婚先も、女姉妹二人である。
千葉に戻るとそれなりにお邪魔する大介であるが、あそこは完全に他人の家だ。
(なんか俺の周りって、女は二人セットの場合が多いような)
従姉妹は二人、義理姉妹も二人、そしてツインズ。
別にエロゲーのような展開があるわけではないが、奇妙な一致である。
大学に進学した義理の妹にはお年玉をあげて、母の再婚先からは退散する。
こういう時こそツインズと一緒にいればいいのだろうが、彼女たちは正月の準備で忙しい。
田舎ではいまだに、正月を仕切るのは女性である。
もっとも男どもは、飲んでばかりいるのだが。
佐藤家に遊びに行こうかな、と思わないでもない。
だが大介は寮開きの日には、大阪に戻るつもりなのである。
それは二年目も三年目もしていたことであり、新入団のルーキーを迎えるためである。
今年は西郷が入寮してくる。
大介は四年目で、基本的にルーキーは、高卒なら四年目までは寮にいるのが規則だ。
ただ大介レベルであると、特別に退寮を許可されることもある。
真田などは特に、さっさと一人暮らしがしたいようである。
だが大介は、基本的には寂しがりやなのだ。
母子家庭で育った期間が長く、それ以降は逆に常に家に祖父母がいた。
今ここで生活を独立させても、食事などの管理が出来そうにない。
ツインズがやってきてくれるにしても、彼女たちも忙しいのだ。
練習場にもすぐ行ける楽な場所として、大介はとりあえず四年目も寮生活である。
本当は球団としては、大介のような高年俸選手には、早く出ていってほしいのである。
寮の部屋数は、無限にあるわけではない。
マンションを借りるような年俸の選手は、部屋を空けてほしいのだ。
だが大介はこのあたり、合理主義なところがある。
ただ本当に出ていこうと思えば、すぐにでも出ていける。
しかし今はまだ、野球が上手くなることに全力を注ぎたい。
今年のライガースは一位指名の競合で、見事スラッガーである西郷を引き当てた。
しかしそれ以降は、ピッチャーの指名の方が圧倒的に多い。
その中で大介が少し注目しているのは、明倫館のピッチャーだった品川である。
大介の父である大庭が監督をしている、明倫館出身のピッチャーである。
左のサイドスローで、最後の甲子園にも出場していた。
球速はサイドスローで144kmほど出ているので、素質としては充分であろう。
とにかく左の少ないライガースとしては、数年後に期待である。
大介とその父との連絡は、時おりしている。
18歳も年下の弟が出来たと聞いたときは、さすがに「おやじ頑張りすぎだろ」と思ったものだ。
だが大介の父は、かなり早めに大介を作っている。
まだ40歳そこそこなので、おっさんすぎるとまでは言わないだろう。
まだ写真でしか見たことはないが、普通の赤ん坊である。
ただ出産時に既に4000gあったそうな。
大介自身も身長は伸びなかったが、赤ん坊の頃はそれなりに大きかったという。
両親共に平均より高いのに、なぜ大介は平均以下であったのか。
遺伝子の不思議であるが、自分の子供はどうなるのだろう。
ツインズと関係を持つようになってから、大介はある程度、親になるという覚悟が出来てきている。
もっとも本格的にそれを考えるのは、二人が大学を卒業してからだろう。
あの二人を家庭に縛り付けるのは、何かおかしな気がする。
それにどちらと先に結婚したらいいのか。
いっそのこと先に子供が出来た方と結婚すればいいかな、などというエロゲーの主人公のようなことも考えたりする。
二人同時に妊娠などしたら、非常に困るわけだが。
プロ野球という特殊な世界ではあるが、既に三年を社会人として送った大介である。
かなり特殊ではあるが、社会人ではあるだろう。
この世界に入って、分かったことがある。
それは金銭が介在する以上、アマチュアとは違うということだ。
スランプを経験した時も、大介への罵声などはなかった。
ただ悲鳴のようなものは聞こえていた。
ファンというか、応援する人に対する感情も変わってきた。
彼らを満足させることは、大介の収入にもつながる。
球場などでの大介のグッズは、ライガースの中でも一番売れている。
ユニフォームのレプリカや、各種グッズなどはよく売れる。
ただし大介スペシャルと呼ばれる木製バットはあまり売れない。
純粋に重くて長いからである。
もちろんコレクターズアイテムとして買っていく好事家はそれなりにいるが、実戦で使えるようなものではないのである。
社会人として重要なことは、まず金銭。
そして人間関係であろう。
大介は三年目まではとりあえず、倹約生活を送ってきた。
ただこのオフには、二代目の車を買ったり、馬を買ったりとかなり散財している。
だがこれだけ使っても、普通にセイバーお勧めの投資信託に入っていると、年利で確実に1.5%は増えていく。
本当ならばもっといいものもあると言ったセイバーであったが、安全性を第一とした。
大介がここに預けている金額は、持っている現金のかなりを占める五億。
一年で500万以上の収入となるので、下手な30代のサラリーマンより多い。
まあその三倍が、あのサラブレッドにはしたわけだが。
セイバーは呆れていたものである。
実は彼女もサラブレッドビジネスには、わずかだが出資していたりする。
ただそれはアメリカの競馬社会だ。
日本のそれは特殊すぎて、彼女の考えには合わない。
セイバーが道楽的に資産を使うのは、野球だけである。
それでも必ずリターンは考えているが。
人間関係については、とにかく伝手が重要だということだろう。
野球人としての人間関係は、全て実力が裏付けてきてくれていた。
よほどの馬鹿でない限り、野球のジャンルにおいては、大介に喧嘩を売るような人間はいない。
野球の開設者だかなんなのかよく分からない人間も、大介の成績の前には沈黙する。
逆に選手の良さを認める元三冠王などは、そのままの大介を褒めてくれる。
あそこまで自分自身にもちゃんと自信があれば、自分の記録を抜かれても、それを認めることが出来るのだ。
そしてプロになってからは、セイバーと連絡を取ることが多くなった。
資産運用の話だけではなく、彼女は色々な方面に顔が広い。
大介に会いたがる野球ファンの有名人は多いし、馬主になろうとしていると、金持ちの中にはそういった趣味の仲間が増えたりもする。
「高校時代は一億とか二億とか、何に使うんだとか思ってたけど、使おうと思えば使えるもんなんだなあ」
そう述懐する大介であるが、むしろ彼のようなポジションは、他の人間の企画したパーティーに、招待されることが多い。
そういう時のために、カジュアルなスーツも必要だったりする。
東京は東京で、遠征したらいくらでも夜の誘いが待っている。
だが大介は食事には後輩などを連れていくが、女遊びなどはしない。
それに大介だけではなく真田なども、夜遊びはしないタイプである。
野球に飢えているのだ。
日本人は豊かになったとか言うが、ハングリー精神というのは、相対的なものではない。
大介や真田といった選手は、とにかく野球が上手くなることが一番大切だ。
そして成績を残すことが大切だ。
ライガースは古くからのファンが多く、その中でも選手の面倒を見たり、女を紹介するタニマチの存在が大きい。
ファンなだけに無下に断ることも出来ないのだが、おおよその若手などは、それで調子に乗ってしまうことが多い。
大阪人というかライガースファンは、良くも悪くも選手との距離感が近い。
だがその手の可愛がり方は、選手を甘やかし、成長を阻害することが多い。
選手にとって本当にファンへのサービスがしたいなら、そういった交流をするのではなく、面白い試合を続けることだ。
試合で勝って魅せる。
それがプロというものだ。
一緒に酒を飲んで酔っ払って、翌日の試合に醜態を晒すことは、プロの姿ではない。
誘惑は甘く強く誘うが、それに負けた者はプロの世界から去っていく。
大介の場合はそもそも、贅沢に興味がないことが、才能の一つであったろう。
目標は50歳を過ぎてもプレイすること。
他人に教えるのは、あまり得意ではない。
それでも圧倒的な眼力から、何をどうすればいいのか、ある程度分かってしまうのだが。
年が明けて、新入団選手の入寮日。
まだキャンプまで自主トレの期間であるこの日、ルーキーたちがやってくる。
既に家庭を持っている社会人以外は、高卒で四年、大卒などでも二年は寮に入るのが、ライガースの決まりである。
そしてそれを、大介は待っていた。
大介の三年目、つまり真田の次の年のドラフト。
当然ライガースは何人も指名しているのだが、新人でベンチメンバーに長くいた者はいなかった。
もちろん数年後を見なければ分からないが、とりあえず即戦力がいなかったことは間違いない。
今年の即戦力は、まず西郷。
大学において速球も変化球も、ことごとくパワーでスタンドに運んでいた。
何よりも同じチームに、直史と武史がいたのだ。
どちらにも既に対応できる力があると思って間違いない。
大介は中継ぎピッチャーが不足しているライガースが、それでも西郷を指名したのは、金剛寺の後継者を探してのことだと分かっている。
そもそもまだ二軍には、左も含めてピッチャーはたくさんいるのだ。
それでも去年は、確実に中継ぎのピッチャーが不足していた。
ドラフトでも大卒ピッチャーを二位と三位で取り、左のサイドスローである品川を四位で取った。
西郷を欲しかったのは確かであるが、それなりのピッチャーの補強は出来たのではないか。
今年もまた、怪我人が出なければ、リーグ優勝を狙っていける。
空いた外国人枠は、まだ埋まっていないものの、サウスポーの中継ぎあたりを、どこからか持ってきてほしいものである。
大介は年俸更改の場において、別に口を出すわけではないが、そういう話を少し聞いている。
一選手相手には特別なものだと思えるが、大介は間違いなく特別である。
そして新人選手による合同自主トレに、大介は勝手に混ざっていた。
別に悪くはないのだが、はっきり言って首脳陣としては邪魔である。
だが大介が、なぜかバッティングピッチャーなどをしてくれたりと、自分なりに調整しているのは分かる。
毎日いるわけではなく、数日間留守にすることもある。
だがキャンプ入りはまだ先なのに、既にほぼ仕上がっているのは確かだ。
そして新人選手の中では、西郷は間違いなく即戦力であった。
寮に近接した二軍球場で、この新人合同自主トレで、ぽんぽんと当たり前のように全ての球を、ネットにまで運んでいく。
大介と比べると、フライ成分の強い打球。
基本的にスイングは、全てホームラン狙い。
だが変化球に空振りすることも少ない。
ホームランバッターでありながら、大学のリーグ戦で何度も首位打者を取っているのだ。
走れない以外には、間違いなく即戦力の開幕一軍だ。
ただし、どのポジションを守らせるというのか。
西郷は高校時代はサードかファーストを守っていた。
大学では主にファーストだ。
巨体ではあるが、一瞬の瞬発力には長けている。
ファーストではその巨体を活かし、暴投の送球を何度もジャンプして捕ったものである。
現在のライガースは、ファーストを金剛寺、サードを黒田が守っている。
レフトは大江、ライトはグラントであるが、この両者はポジションを交代することもある。
ちなみに金剛寺は一応、外野を守ったこともある。
だが現在の金剛寺に、フライへの対応で走る外野を、任せてもいいのかどうか。
誰が弾かれるかは、キャンプの終わりの開幕を待ってみないと分からない。
大介という、史上最強のスラッガーが、ショートを守っているというのが異常なのだ。
セカンドの石井は、ファーストやサード、そして外野に慣れた選手が入るには、難しいポジションである。
それに石井もライガース打線の中では目立たないが、打率はそこそこいいのである。
いっそのこと西郷に、キャッチャー挑戦をしてもらうというのはどうだろうか。
体形的には昭和のキャッチャー体形であるとは言える。
また高校時代は、持ち回りでピッチャーもやる桜島であったため、肩も相当に強い。
クジで引けたのは、間違いなく強運である。
金剛寺の引退は、間違いなく近い。
その時に四番を打てるのは、外国人打者に全く引けを取らない、西郷しかいない。
だが今年一年だけの話をするなら、一位指名からピッチャーを選んでいくべきであったろう。
現場の首脳陣と、フロントの間では、意見が一致しないこともある。
大介、金剛寺、グラント、西郷。
怪我さえなければ、年間30本前後は打てる豪華な打線である。
だがそれだけに逆に、誰かが弾き出される。
そしてその確率が高いのは、ショートの大介が広い守備範囲を持つため、黒田である可能性が高い。
サードで西郷とポジションを争うか。
数年後には、金剛寺が引退するのは間違いない。
その時に、ちゃんとポジションをまた奪えるのか。
ドラフトで西郷が指名されて以降、黒田がどう考えていたのか。
ポジションを奪い合うのがプロ。
だとしてもやはり、人々の思惑は交錯するのである。
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