第232話 ゆるいお祭り
※ 基本的に大学編235話を読んでからこちらを読むのをオススメします。
×××
「あれ、樋口ってなんで来てねーの?」
「お前、それ普通に新聞に書いてあるはずだろうが」
金原に会って早々に、尋ねた大介である。
当然ながらレックスの金原は、樋口が選ばれていないのを知っている。
あの男は必要のないことには、労力をかけたくない人間なのだ。
もっともプロは人気商売であるし、他のチームのピッチャーの球を受けるチャンスでもあるはずだが。
監督推薦などでは、どうせ代打でぐらいしか使われない。
樋口の場合はそこまで読みきっている。
なお吉村が来ていないのは、コンディション調整のためである。
ただしレックスからは他に、ベテラン西片が出場していたりする。
上杉が投げて、樋口が捕って、大介が打つ。
それでセは勝てるような気がしていたのだが、上杉が投げられるのが三イニングだけと考えると、なかなかセの圧勝とも言えない。
大介にしてもお祭り騒ぎなので、知り合いが集まって楽しめればいいと思っていたのだが。
六月は完全に復調したように見えた大介は、ホームラン競争のバッティングピッチャーに、真田を指名したりする。
真田は確かにコントロールはいいが、本質的に打たれるのが大嫌いな人間だ。
それでも完全なコントロールを求められれば、投げてみせるあたりがプロである。
ホームラン王は本命が大介で、あとは西郷や井口に、外国人選手の名前が出てくる。
だが結局はぶっちぎりで、大介が優勝したのであった。
オールスターにおける注目の一つとしては、上杉が九連続三振出来るかどうかが、まず注目される。
たったの三イニングのため、体力の節約など考えなくてもいい。
そんな上杉の投げる九イニングは、パの選抜チームにしてみれば悪夢である。
織田やアレクといった、首位打者を競っているバッターさえ、バットに当てるのがやっと。
最近の日本シリーズでセの方が優勢が続いたのは、おそらく上杉のスピードに対応しようと、リーグ全体のバッターのスピード対策が進んだからだろう。
この三イニングの間にどれだけ点を取れるかで、セ・リーグオールスターが勝つか負けるか、かなり偏るのがここ数年であった。
ドラフト指名はここのところ、どちらかというとセの方の有利に働いている。
最多競合の選手がパの球団に行ったのは、織田まで遡らなければいけない。
その前の年の上杉も、その次の年の大介も、セ・リーグに行っている。
さらに言えばその次の、真田もセ・リーグに来ている。
ライガースの王朝は正直、二年連続で大介と真田を引くことが出来た、運の要素が強い。
さらにその強運は、西郷までも引き当てたことから、確実に野球の神様は、セの球団を贔屓している。
今年の最多競合新人の樋口もまた、セ・リーグに来ているのだ。
もちろんパ・リーグも前述の織田をはじめ、アレクや正也、島、悟に後藤といった、新人王クラスの選手を獲得している。
だがやはりその年一番の選手と期待されるのは、セ・リーグに集まっているのが最近の流れである。
しかし今年は大丈夫のようだ。
上杉正也、アレク、悟とこの五年間で三人の新人王を出してきたジャガース。
今年一本釣りした蓮池は、このオールスターに新人ながら、一番手として登場している。
オールスターのここまでに、10先発で無傷の6勝。
高校時代の怪我もあり、やや控え目に使っていて、この成績である。
大介としては交流戦で対戦していないだけに、ぜひここで戦ってみたかった相手である。
今年のパは蓮池の活躍もあり、やはりジャガースが強い。
福岡コンコルズがチーム再建に手間取っているため、今年はジャガースとマリンズが争っている。
おそらくはまたジャガースが勝つのだろうが。
一番二番と、セ・リーグのスター選手二人を内野ゴロに打ち取った蓮池。
前身がバネで出来ていると称されるこのピッチャーは、190cm以上の長身から、とんでもないスピードボールを投げてくる。
高校時代の最高は、甲子園で何度か記録した158km。
だがプロに入ってからは、160kmオーバーを何度か投げている。
蓮池はこのオールスターを、楽しみにしていた。
ピッチャーは最高で三イニングしか投げないため、基本的にはバッターとは一期一会。
思ったよりも通用している自分のピッチングに、慢心しかけているとは感じている。
だからこそ大介や西郷といった、超絶的なスラッガーと対決したかったのだ。
とりあえずセ・リーグの首位打者と、同じ高校の先輩である緒方はあっさりと料理した。
無闇に三振を奪うのではなく、打たせて取って球数を節約したのだ。
そしていよいよラスボスとの対決である。
大阪光陰に伝えられる、二匹の白い悪魔。
佐藤直史と白石大介を、おそらく最も高く評価しているのが、大阪光陰であろう。
実際に前者は大学野球で、人間技とは思えない実績を残している。
また大介の方も、簡単に言ってしまえば史上最強の三冠王だ。
お祭り騒ぎだ。勝利に固執することはない。
(まずはこのコース!)
アウトローぎりぎりのストレートを、大介はあっさりと打った。
ボールはほぼ真っ直ぐに飛んで、センターのスコアボードを直撃する。
(は?)
蓮池は自分の力を過信していたと言うよりは、大介を甘く見すぎていた。
いくら現在、やや調子を落としているとはいえ、高卒からいきなり一軍のスタメンで、それも三冠王を取ってしまう。
そんな化け物は、もう今年がプロで五年目なのである。
大介と本気で勝負するなら、実力も経験もまだ全く足りていない。
愕然とする蓮池は、キャッチャーをしているウォリアーズの山下が、邪悪な笑みを浮かべているのを発見した。
(クソ変態、打たれると分かってたな)
山下は自他ともに認める特殊性癖の持ち主であるが、犯罪者ではない。
ただキャッチャーというのはことごとく、バッターの裏をかくための犯罪者的な思考を身につけやすい。
この後も蓮池はヒットを打たれたが、失点はこの一点だけであった。
後半戦において蓮池は、山下を目の敵にして、全力で抑えかかるようになる。
二日間に渡ってなかなか楽しいオールスターであった。
ピッチャーは大介を抑えにくるし、大介は遠慮なくそれを打つ。
まだ完全には戻っていないと思っていた大介であるが、ゾーンに来ると分かっていれば、ほぼ確実にスタンド送りに出来る。
パのチームの中でも、今年の優勝が既に見えかけているジャガースからは、正也と蓮池の二人がピッチャーとして選出されていた。
そこで少しでも大介の弱点を探ろうとしたが、結局はまともにゾーンで勝負したら、わずかのコントロールミスで打たれるということである。
確実に打たれないための方法は、やはり歩かせるしかない。
今年の大介は怪我の心配や、下手に一塁を空けるのを避けるために、あまり盗塁をしていない。
それでもこの時点で25盗塁と、リーグ三位の盗塁数である。
ただあまり歩かせてばかりいると、やはり盗塁はしてくるだろうし、後ろのバッターも充分に怖い。
三割を打っている金剛寺、そして三割に加えてホームランダービー三位の西郷と、ライガースの打線は厚いのだ。
ジャガースのように連打ではなく、長距離砲が揃っている。
もちろんジャガースも、年間二桁ホームランのバッターは揃っている。
しかし去年のライガースは大介と西郷とワトソンが、30本塁打以上を打っているのだ。
大介は60本以上ではないか、とは言ってはいけない。
西郷とワトソンがいることを考えると、なかなか大介を歩かせることも難しい。
去年の日本シリーズ敗北は、完全に運が悪かったということがある。
おそらくこの調子であれば、また覇権はライガースに戻ってくるだろう。
当のライガースの人間だけは、そんなに楽観視していなかったが。
今年の日程はオールスター後に少しだけ休みがあった。
オールスター明けの初戦は広島との甲子園対決なのだが、次にまた甲子園でのレックスとの対決がある。
現在の順位としては、一位がライガースでかなり二位のタイタンズとの差がある。
そこから三位のスターズ、そして四位のレックスとの差はあまりない。
強いチームの二つの要素を、大介は思い出す。
一つは突破力。トーナメント戦や日本シリーズなどの短期決戦には、必ず必要となる要素である。
そしてもう一つが、安定感だ。高校野球でもそれなりに必要だが、プロではこちらがかなり大切になる。
去年の大原などが、安定感があった好例である。今年も実は各種数値はそれほど悪化していないのだが、去年に比べると打線の援護がやや少ない。
ただそれでも山田と真田が安定して貯金を作り、大原はイニングを食べて少なくとも借金はしていない。
完全にローテに定着したので、このまま安定して投げてほしい。
甲子園に戻ってきての、広島との対決。
このカードはライガースの先発も、山田、真田、山倉と安定感のあるローテである。
山田と真田には勝ち星がつき、山倉もクオリティスタート達成と、ライガースの三連勝で終わった。
そしてついに、あの三連敗から間もない、レックスとの対決である。
大介はその日、練習を少し早めに切り上げて、レックス対策を考える。
とりあえずレックスというチームは、左ピッチャーが豊富なのだ。
そして樋口がスタメンになってからだと、確かにピッチャーの防御率は軒並上がっているが、特にその傾向はサウスポーに顕著である。
先発は吉村と金原がいるが、それ以外にもリリーフ陣にサウスポーはいる。
先発はともかくリリーフ陣の防御率が極端に改善するというのは、かなり珍しいことではないだろうか。
その性質上、すぐに上がったり下がったりするのも確かだが。
樋口は確かに、キャッチャーとしての技術は極めて高い。
だがワールドカップやWBCなどの言動や行動を見ていると、人望でチームを掌握するタイプではない。
頭は抜群にいいはずだが、高校時代もキャプテンは上杉正也であった。
もしも樋口がレックスのチーム全体にまでてこ入れすれば、さらに強くなっていくだろう。
しかしおそらくであるが、そういうことが出来るタイプではないのだ。
直史からの又聞きになるが、直史と共に主力となっていたが、大学のチームでは浮いていたという。
それでも実力が圧倒的であったので、使わざるをえなかったとか。
キャッチャーとしての技術なら、ジンとどちらが上かと聞いたこともある。
直史が当たり前のように、樋口であると答えた。
ただ、キャプテンとしてチームを勝たせるのは別だとも行っていた。
大介から見て樋口の特徴は、最適解と次善策の巧妙な使い分けであると思う。
難しい場面では、後から考えればそれが最適だったのだと、回答を見てから分かるのだ。
そしてここではそれしかないだろうという時は、むしろ次善の選択を示してくる。
リードにおいて大切なのは、結果を残すということだ。
ジンも言っていたが、リードに正解はない。あるのは成功と失敗だけだ。
そして樋口はレックスのピッチャーを使って、大介を三試合ともソロホームランだけに抑えた。
試合の点差は、一点差が二試合で、二点差が一試合。
勝ったのだから、樋口のリードが成功で正解であったということか。
甲子園にて行われるのは、前の三連戦と同じ。
あと一ヶ月もせずに甲子園が始まるので、ここからはしばらくはロードが多くなる。
大阪ドームがあるのだから、今はさほど不利ではないとも言われる。
だがライガースの応援団は、やはり甲子園でないと、そのパワーを発揮しきれない。
この甲子園での試合で、また負けるのはまずい。
ただしライガースのローテは、キッド、大原、山倉と、強いほうのローテではないのだ。
キッドは今年、当初はリリーフのセットアッパーで使われるはずであった。
ところが飛田の不調により、ローテにまた組み込まれたのである。
ここまでの試合は、先発では七試合投げて二勝二敗。
防御率は3.24と、先発としてはなかなかのものである。
大原と山倉も、なかなか試合を壊さないピッチャーだ。
今年のライガースが四月は五分五分であったのに、五月以降に一気に躍進できたのは、試合の序盤で先発が崩れて、大炎上で敗戦処理という過程が、ほとんどないからである。
崩れたとしてもせいぜい、二回で五失点程度で、どうにか逆転してもおかしくないぐらいの数字だ。
ただ樋口がリードするレックスのピッチャーは、間違いなく手強くなっている。
例年通りに吉村が肘の不調で、ローテが少しずれている。
そして第一戦で投げてくるのは、あの青砥だ。
高校時代、千葉県の浦安西で、エースとして投げている。そして普通に負けている。
ドラフト下位指名で入ってきたのだが、既に大介の知る青砥ではなくなっている。
フォームはかなりサイドスローに近くなり、シンカーも投げるようになっている。
去年までは長いイニングの中継ぎとして投げることが多かったが、今年からは先発に本格的に転向。
そして勝ち負けの借金が出ない程度のピッチングはしているのだ。
(相棒は深津だったかな? あいつはどうしたんだろ)
わざわざ調べない大介は、青砥の情報に注目していく。
球速はそれほど速くない。140km台前半がほとんどである。
ただカーブにカットにスプリットとシンカー、チェンジアップまで揃っている。
軟投派に思えるが、コンビネーションの中で投げてくる、サイドスローの140kmオーバーはそれなりに打ちにくいものだろう。
おそらく樋口のようなキャッチャーならば、その力を十全に発揮してくる。
(今日はちょっと、打率にこだわってみようかな)
大介は少しでも、自分が進化する方法を探っている。
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