第85話 六月の結果

 ライガースの二連覇への最大の障害は、やはり神奈川グローリースターズであるらしい。

 ここまで七割近い圧倒的な勝率のライガースであるが、上杉の登板した三試合では、一つも勝ち星がない。

 この第二戦においても、上杉が投げているわけではないのだが、打線がつながらない。

 大介はヒットを打ったのだが、自分がホームを踏むこともなく、打点がつくこともなかった。

 ロバートソンも季節のためかやや調子を落とし、二戦目も落とすことになった。


 そして三戦目は高橋が先発である。

 ファンの間からでさえ、なんとか五回まで投げてリードしていてくれと祈られる高橋であるが、打撃戦になったのが、むしろ今のライガースにとっては良かった。

 初回から点を取られるが、こちらも取り返す。

 既に勝ち越しを決めていただけに、神奈川も新戦力の投手を試したということはある。

 しかしそれが、高橋以上に打たれた。


 五回が終わった時点で6-5と、一応は勝利投手の権利が高橋に発生している。

 そして六回からは、当然ながらピッチャー交代となる。

 高橋にとって幸いであったのは、短いイニング投げさせて調子を見ようと、復帰した柳本と山倉が、短いイニングを試すためにベンチに入っていたことである。

 六回を柳本、七回を山倉、八回を青山と、豪華なリリーフで点を取らせない。

 その間に味方も追加点を入れていて、九回にはクローザーのオークレイ。

 一点を取られたものの、9-6で無事に高橋に勝ちをつけた。


 これで高橋は名球界まであと四勝。

 若いピッチャーなら馬力でそれぐらいあっさりと取れそうだが、高橋はかなり打線の援護がないと、そしてリリーフの奮起がないと、どうしようもない。

 それに柳本と山倉がローテに戻るということは、二人が抜けることになる。

 だがここでも高橋は運がいいと言うか、真田がかすかな肩の痛みを訴えて、二軍に落ちることになったのである。

 そして六月下旬の日本の気候に、体調を崩していたロバートソンも調整のために二軍へ。

 運がいいと言うべきなのか。




 そして六月の末、対戦するのは大京レックス。甲子園での三連戦。

 このぐらいの時期になると、そろそろ大介レベルであると、オールスターの試合も視界に入ってくる。

 当然ながら大介も選ばれているし、上杉を上回る得票数で今年は全体でも一位となっている。


 だがまずは目の前の試合だ。

 二試合が終われば六月度も終わり、成績がはっきりする。

 どのみち大介の月間MVPは決まったようなものだが。

 今季絶好調のライガースではあるが、レックスとの対戦成績はそれほど圧倒的なものではない。

 七勝五敗と勝ち越してはいるのだが、レックスの順位を考えると、もうちょっと分がよくてもいいと思うのだ。


 ただレックスも、広島を落として四位と上がってきている。

 好調の要因はまず、投手陣の安定にあるだろう。

 エース東条は今年も勝ち頭であり、それに吉村と金原という二枚のサウスポーがローテを回している。

 吉村はまた一度短い期間を離脱してしまったが、すぐに復帰してまたローテに復活している。

 あとは豊田が一軍で活躍しだして、リリーフとして便利に使われている。

 空振りの取れるフォークを持つ速球派というのは、やはり使いやすいのだ。


 一戦目が山田と東条との対決となったわけだが、そこで活躍したのがライガースから移籍した西片である。

 猛打賞でチャンスを作ると、レックスは地味にヒットを重ねて犠打を打ち、得点に結びつける。

 そして東条は大介と勝負しながらも、決定的な役割を果たさせない。

 2-4というスコアで敗北。山田は三失点で敗戦投手という、やや気の毒な結果となった。


 二戦目は琴山が先発し、相手の金原と対決する。

 ここは前に一試合二つの三振を奪われた大介が理不尽な怒りのパワーで三打点を記録。

 5-4で勝利した。なお勝ち投手は琴山。


 三連戦なのであと一試合あるわけであるが、ここで六月の試合は終了。

 ざっと大介の成績が出されることになる。

 五月の打率が三割台になり、やっとまともな数値になるかと思われた。

 もっともその五月の打率も0.372であり、間違いなく首位打者レベルではあったのだが。

 しかし六月に入ってまた、打率を上げてきた。

 どうも他の人間とは、違う世界を見ながら野球をしているらしい。


 打率0.425 出塁率0.538 OPS1.566 これが六月の成績である。

 打率0.420 出塁率0.561 OPS1.491 これが今季の通算である。

 打率0.458 出塁率0.587 OPS1.543 これが四月。

 打率0.372 出塁率0.542 OPS1.350 これが五月。


 おかしい。

 スタートダッシュには大成功し、確かに一ヶ月程度であれば、こういった数字が出ることもある。

 だが既にシーズンは半分を過ぎ、成績は安定してくる頃なのだ。

 去年、上杉との対決の後に、調子を崩したことがあった。

 あれがなければこういった数字になるのか。

 ホームランは32本、打点は106点となっている。

 打率、打点、ホームランの全てが一位であるのは当然だ。

 一番競っているのがホームランであり、それでも六本の差がある。

 六月の数字で一番おかしいのは、OPSだろうか。

 長打力が圧倒的に上がっていると言える。

 出塁率は下がり続けているので、歩かされることが少なくなる代わりに、長打率が上がっているということだ。

 



 ランナーがいる時の大介は、問答無用で敬遠した方がいいのではないか。

 そんな暴論が、ライガース以外の球団では囁かれている。

 だが大介のホームランは、かなりソロホームが多いのだ。

 もちろんランナーがいる時は、歩かされることが多いからでもある。


 ランナーがいる時は、確実に打点を狙っていく。

 ただしランナーがいなければ、自分一人で確実に点が取れるホームランを狙うということだ。

 状況に応じて、スイングを変えていく。バッティング練習でならば、狙って打球をファーストやセカンドのベースに当てることも出来るという。

 ピッチングマシンを使えば、柵越えをした後に任意の看板に当てることも出来るのだとか。


 四割バッターの誕生というのは、素直に野球人としては見てみたい。

 だがリーグが違うならばともかく、同じリーグで達成されたら悔しい。

 去年の打率は0.391であったが、八月と九月に限れば、四割を超えていた。

 今年は目立ったスランプがないのと、最初から全開なのが、これだけの成績に結びついたとも言える。


 打率ももちろん驚異的だが、打点やホームランの記録も更新する可能性がある。

 勝負を避け続ければそれらの積み重ねは減るが、今度は四球記録という、ある意味最もピッチャーたちにとって屈辱的で、バッターにとっては名誉な記録が更新される。

 去年の大介の127個。

 今年は現時点で78となっている。

 日本記録は158個であるが、実はこれはシーズンが130試合であった頃の記録である。

 一試合に一つは必ず四球を投げられる。

 シーズン中に出場した試合数よりも多い四球を記録した者は、これまでの長い歴史の中でも二人しかいない。

 大介はここまでで78試合に出ているので、ちょうど一試合に一度は逃げられていることになる。

 ただボール球をあえて打たなければ、数はもっと増えていただろう。


 白石大介をどう封じるか。

 これは各球団の首脳が頭を悩ませていることである。

 だが今のライガースには、弱点がある。

 強固な先発陣が、二人抜けているのだ。

 柳本が戻ってきたのに、真田とロバートソンが離脱。

 特にルーキーイヤーで、ここまで活躍すると思われていなかった真田の離脱は大きい。

 高橋が196勝目を上げたが、あとの四つが限りなく遠い。


 大介を封じられないなら、こちらはそれ以上に点を取って勝つ。

 オールスターまでもうすぐのこの時期、出場する選手以外は、それなりの無理をしてでもギアを上げていく。




 打たれる以上に打つというのは、それなりに説得力がある、チームの作戦である。

 真田とロバートソンが抜けた広島との三連戦、頭に柳本を持ってきたのはいいのだが、次が飛田と高橋である。

 飛田は去年16先発で6勝4敗。

 リリーフでも投げて、かなりローテーションを回すのに貢献してくれた。

 今年はキャンプから調子はいまいちで、中継ぎや第二先発として使われている。

 だがあまり数字はよくなく、先発でちゃんと試してみようと思っていたところだ。


 柳本はしっかりと七回までを一失点で投げて、また勝ち星を積み重ねてくれる。

 今年のライガースは、とにかくエースがしっかり勝ってくれるというのが強い。

 だが第二戦の飛田は、序盤からポロポロと失点をする。

 ノックアウトされるほどではないのだが、五回を終わったところでは相手にリードを許していた。

 もっともそこからチームは一度追いつき、リリーフがさらに点を取られるという展開で負けは消えた。

 負け投手となったのは、地味に今季初セーブ失敗のオークレイ。

 ここまで17個のセーブ成功だったので、これも痛い。


 第三戦は高橋である。

 どうにか点を取ってやろうと、打線陣も気合を入れるのであるが、それで点が取れるなら野球は精神論で勝てることになる。

 なので大介は二度も歩かされた状況から、二つの盗塁を決めた。

 五回を終わって5-3で、高橋は勝ち投手の権利を持っている。

 ここからレイトナー、青山とつなげて、7-3になったところで、去年はぼつぼつ先発でも投げていた二階堂を使う。

 一点は取られたが、クローザーのオークレイがその後を〆て、どうにか高橋に勝ち星がつく。

 これで197勝。

 だが真田やロバートソンが戻ってきたら、出場機会は激減する可能性が高い。


 チーム自体は圧倒的なトップを走っている。

 その中でなら、高橋の記録に協力するのもやぶさかではない。

 それに首脳陣も考えた。

 真田が戻ってきたら、少しの間はセットアッパーで使おうかと。


 真田は左殺しの左ピッチャーだ。

 相手のバッターが左が続く時に投入できれば、圧倒的な制圧力を発揮してくれるだろう。

 レイトナーのリリーフとしての能力は、傑出したものではない。

 青山はそれよりは上であるが、やはり確実性がやや低い。


 真田は悪魔のスライダーに、緩急をつけるカーブ、そしてそこから伸びのあるストレートで三振を取ってくる。

 ランナーがいる状態でマウンドに送っても、メンタルが強いのでリリーフ成功はありえそうだ。

 何より高橋が五回までしか投げないのなら、もう一枚はリリーフがほしかったのだ。

 もちろん現状か考えると、しばらくしたら先発に戻ってもらう必要があるだろうが。




 六月の下旬、つまり真田とロバートソンが抜けてから、チームの勝率は下がっている。

 直近九試合だと四勝五敗と、あまり調子が良くない。

 ただそれは抜けた二人の代わりに入ったピッチャーのせいというわけでもなく、山田が負けていて高橋が勝っていたりする。


 投手の分業化が叫ばれて久しいが、やはり高橋にも六回までは投げてほしいものだ。

 ならば残りの三回を、真田も入れた三人で回せば、無失点に近い勝利の方程式が作れる。

 左で三振の奪えるリリーフというのは、それだけ貴重なのである。

 だが二人が回復してくるまでには、もう少しの時間がかかる。


 七月の本格的に蒸し暑くなってきたこの日。

 ライガースはドームでの三連戦である。

 タイタンズのエース加納は、ライガースとの相性の悪さを指摘され、もう一組の三連戦のローテに移ってしまった。

 この日の先発は山田と荒川の対決。


 在京範囲内の球場でしか投げない荒川。

 だが今年もそのホームゲームでは、無敗のピッチングを行っている。

 内弁慶とでも言えるのかもしれないが、強いことは間違いない。


 タイタンズは現在、上とも下ともそこそこ差のある三位。

 もちろん上を目指すのが王道であろうが、下には絶対に落ちてはいけない。

 AクラスとBクラスでは、日本一を目指せるかどうかで、明らかにチームの士気が違うのだ。

 山田と荒川のエース級対決で、どちらも落としたくないのは当然である。

 

 だがこんな状況でも、大介は勝負を避けられる。

 歩かされたら当然盗塁を狙っていく。今年の大介の盗塁成功率は、九割に近い。

 ただ荒川の場合左ピッチャなので、それも難しいのだが。


 緊迫した投げ合いが続く。

 点を取ったら、点を取り返す。

 戦力をぶつけ合う中で、大介だけがほぼ敬遠のボール球を打たされる。

 試合としてはともかく、大介としては拍子抜けである。

 荒川にはあの大きく曲がるスライダーがあるのだから、大介と勝負しにきてくれても良さそうなのに。




 この日の試合は結局、2-2の同点で決着した。

 両方のピッチャーが最後まで投げきってしまうという、首脳陣としては頭の痛い内容であった。

 ただライガースと違ってタイタンズは、ここから遠征が続くのである。

 つまり関東限定の荒川は、たっぷりと休めるということだ。


 一方の山田は、最近やや疲労が蓄積している。

 それがここにきて、延長までの完投である。

 ライガースの先発陣が、あっという間に苦しくなってきた。


 去年も試したピッチャーには、他にも二階堂がそこそこの成績を残している。

 だが山田を一度登録抹消するとなると、真田はやはり先発に戻したくもなってくるのだ。

 プロ野球は勝利を目指すものだが、勝利だけを目指すものでもない。

 高橋の200勝への道は、まだ険しさが残っている。

 それを助けるチームにも、色々と問題は出てくるだろう。


 オールスターまであと五戦。

 ここでまた金剛寺が故障者リストに載ることになるのだった。

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