第56話 日本シリーズ
ライガースが日本シリーズを決めた翌日、最後までもつれた対決で、パ・リーグの勝者も決まった。
埼玉東鉄ジャガースである。
シーズン中も一位で終わり、クライマックスシリーズも地元の優位を活かして、最終戦にて見事に勝ち抜きを決めた。
試合日程としては五日後に第一戦が、ジャガースのホームである埼玉ドームで行われる。
二戦した後は一日の移動日を挟んで甲子園で三試合を行い、また一日を挟んで埼玉に移動する。
毎年どちらのリーグのホームから始まるかは、そのシーズンの内容などとは関係なく、交互に始まると決まっている。
つまりこの年はライガースのホームが一試合少なく、そこそこ不利な状況なわけである。
甲子園で優勝するには、四連勝か四勝一敗で片付ける必要がある。
せっかくならば甲子園で胴上げは行いたい。
しかし戦力の分析をすると、ぎりぎりまでもつれる可能性もある。
問題はピッチャーの消耗度だ。
第六戦までもつれたジャガースの方が、ピッチャーの消耗は激しいかというと、そうでもない。
大阪と神奈川、どちらも限界までピッチャーを駆使したセ・リーグと違って、ジャガースの方はピッチャーが揃っているのだ。
もちろん柳本と山田は、ジャガース投手陣と比べてもエースクラスであることは間違いない。
だがこの両者を除くと、計算出来るピッチャーがジャガースの方が多いのだ。
理由としては、ごく単純な話。
ジャガースでは助っ人外国人のピッチャーを見つけてくるのが上手いのである。
ライガースも今年は、レイトナーをセットアッパーとして起用し、シーズン中は成功した。
しかしプレイオフでは、青山のほうの活躍が目立った。
あと監督の島野は、クローザーを務める足立の具合も分かっている。
普段からのほほんとした顔をして、マウンドの上でだけイケメンになる足立であるが、もちろん現在の足立の状態は知っている。
チームドクターやマッサージ師などから、年齢的にもう消耗から回復するのが間に合っていないどころか、第五戦の結果でそうなったかは報告を受けている。
それでもクライマックスシリーズでは、最後に日本シリーズ進出を決めた。
ただ出来れば、せめて一試合でも使えるだけの余力を残しておいてほしかった。
まあクライマックスシリーズのMVPを受賞したほどの投球をしただけに、足立も最後の力を振り絞ったと言える。
首脳陣の話し合いの中に、金剛寺に島本、そして元はジャガースにいた柳本が入ってくる。
相手がどういう投手起用をしてくるか。
監督もピッチングコーチも変わっていないので、おそらく選手起用も同じもはずだ。
ライガースは比較的選手の新陳代謝が早いチームであるが、矢沢は例外的にエースの地位にいる。
「矢沢かあ……」
島野監督がその名を呟くと、コーチ陣からも溜め息が洩れる。
MLB帰りの矢沢は、結局今季は18勝し、ジャガースの優勝の原動力となった。
福岡とのプレイオフでも一勝を上げて、あとは自慢の投手陣が機能し、つないでつないで勝った。
柳本からプレイオフでのジャガースの様子を改めて聞くと、首脳陣は彼を解放する。
あの投手陣総動員の神奈川との戦いで、柳本は疲れ切っていた。
日本シリーズも第一戦は、柳本は外す予定である。そもそも古巣の埼玉ドームで柳本を起用するのは、本人はむしろ気合が入るかもしれないが、あちらの応援もひどいことになるだろう。
今季の交流戦においては、大介は矢沢からホームランを打ち、チームとしても二勝一敗で勝ち越した。
はっきり言って三タテをくらった福岡が来るほうが、心理的には厳しかったかもしれない。
ただあの時点の矢沢は、日本に戻ってきて一年目、交流戦で六月の矢沢であった。
大介が八月からスパートをかけたように、矢沢の成績も後半に上向いてきている。
日本で頂点を取ってメジャーにいった男は、メジャーのより過酷な戦いを知っている。
その中でプレイオフを戦うために、体力を残しておいたのだ。
福岡に勝つためには、それが必要であった。
投手の力が充実しているジャガースに対して、ライガースは消耗が激しい。
柳本が第一戦に使うには消耗していることもそうだが、何より痛いのは足立の離脱だ。
あの上杉への最後のボールで、右肩の関節唇が完全にいかれてしまった。
チームへの影響を考えて話はしていないが、日本シリーズに投げられないどころか、おそらくはこれで終わりだろうと、本人までが言っている。
セーブのタイトルを取ったクローザーを、日本シリーズ前に失った。
これほどに大きな損失はない。
ジャガースは投手王国であり、強力なピッチャーを全ての試合の先発に出せる。
一試合目は間違いなく矢沢を使ってくるだろう。
矢沢の唯一の弱点は、その回復力だろうか。
年齢的なこともあるが、MLBでも年間のローテーションを通して回すことは難しくなり、それも契約がまとまらなかった理由である。
だから移動日も考えて、最低でも中四日ほどは休む必要があるだろう。
こちらは一試合目は捨てる。
二試合目に山田を持ってきて絶対に勝つ。足立の離脱は痛すぎるが、先発リリーフの全てを投入し、そこから四連勝を狙う。
矢沢が中四日で投げてくるとしたら、それは甲子園での三試合目となる。
ここで柳本を使うかどうか。
柳本の回復度合いにもよるが、ここで矢沢と投げ合って勝ってほしい。
打線陣の力は、おそらくこちらが上回っている。
そして下手をしなくても矢沢は、プライドによって大介との対戦を避けられないかもしれない。
元と言うよりは、ほぼ現役レベルの元メジャーリーガーが、ルーキーとの対決を、この大舞台で避けることは出来ないだろう。
自分のプライドによって勝利を逸する。プロの世界は殺し合いでもない興行なので、それが正しいのである。
首脳陣に加えて、全てを承知している金剛寺と島本が、この場には残っている。
プレイオフに入って、島本は全ての試合でマスクを被ってきた。
新しい戦力を育てなければいけないということは承知の上であるが、それでも今年は優勝がしたい。
監督から編成の方へも、来年の島本は、コーチ兼任選手としてほしいとは伝えてある。
若いピッチャーが台頭してきているライガースだが、正捕手候補を争う二人はさらに若い。
まだ島本の目がないと、投手陣の手綱を握るのは難しいだろう。
バッテリーコーチとして内定している。
金剛寺はコーチ兼任になるわけでもないが、チームの中心であることは間違いない。
なんだかんだ言って今年は、去年よりもOPSが上がっている。ホームランは減ったが打点も増えている。
大介が前の打順にいるおかげであろう。このクライマックスシリーズでは、大介はむしろヒットで出塁して、金剛寺の長打で返されることの方が多かった。
ジャガースとどうやって戦っていくか。
おそらく鍵となるのは、大介と金剛寺を軸とした、上位打線の得点能力だ。
ジャガースも得点能力は低くないが、足を使ってくることが多いので、打率に比べて得点が高いという状態になっている。
「初戦は高橋にいってもらおか」
捨て試合になる可能性の高い第一戦、柳本がまだ回復していないなら、少なくとも実績と格においては文句のない、高橋を持って来る。
若い頃には足立と一緒に、どちらも200勝を狙えるエースと言われていたのだ。
特に今も先発のローテーションを守る高橋は、もう少し打線の援護があれば、もう200勝に到達していただろう。
重要なのは敵地での二戦目、山田で確実に勝つことだ。
埼玉の第二のエースは、ほぼ山田に匹敵するか、それを上回る種村だろう。
プロでの経験と言うなら、高卒でいきなり新人賞を獲った種村の方が、ずっと優っている。
しかしライガースの首脳陣は、山田の方が潜在能力は高いと判断している。
種村は二年目でキャリアハイの数字を残したが、そこから伸びていない。
それでも充分にエースクラスではあるのだが、おそらく山田で勝てる。
重要なのは、大介である。
シーズン中が規格外だったということもあるが、クライマックスシリーズでは目立った活躍がなかった。
もちろん打率も出塁も高かったのだが、打点などの勝負を決める一発が少なかった。
さすがにプレッシャーがあるのかとも思うが、甲子園で連覇をし、ワールドカップでMVPに選ばれ、プロ野球の記録を塗り替えている大介が、そう単純にプレッシャーに負けているとも言えないだろう。
プレッシャーではなくテンションなのか。
甲子園の決勝のようなテンションが、日本シリーズのテンションが一致するか。
ホームゲームにおいては、おそらく日本で一番強力な応援がある甲子園で、どうにか勝ってしまいたい。
欠けてしまった戦力に未練を残しながらも、首脳陣は考え続ける。
日本シリーズ開幕までの、わずかな期間。
大介は二軍グラウンドでストレッチなどをし、甲子園で徹底的にバッティングを行う。
自分が納得するまでだ。
打つべきホームランを、クライマックスシリーズでは打てなかった。
16打数3安打1打点というのは、シーズン中の戦いと比べると、明らかに数字が悪い。
ただし出塁率は四割であり、盗塁を三回決めている。
シーズン中のどこか温い興行の試合としてではなく、日本一を狙うための確実な敬遠。
どこかでもっと厳しい気持ちにならなければ、日本シリーズを戦うことは出来ない。
埼玉は投手王国だ。そのエースクラスのピッチャーたちが、全力で抑えてくる。
だが大介は、どちらかというと楽観していた。
神奈川との試合は、上杉との勝負こそ10打数一安打であったが、他のピッチャー相手には六打数の二安打で、悪い成績とは言えない。
それに出塁率で見れば、上杉以外では九打席で五回出塁しているのだ。
上杉が圧倒的に強すぎるのだ。
たった一人で、日本の野球のゲームバランスを崩している。
大介もたいがい、人のことは言えないのだが。
日本シリーズで対決するジャガースは、確かに強いのだろう。
現役メジャーリーガー並と言ってもいい矢沢以外にも、ローテーションのピッチャーが全員、確実に貯金を増やしてくれそうな面子だ。
しかし、大介なら打てる。
交流戦でのジャガースとの成績では、大介は矢沢からホームランも打って、11打数の四安打三打点。
古巣を相手に柳本が投げて勝っている。
ただ柳本はファイナルステージの第五戦も先発したので、埼玉での試合では投げないと思われている。
甲子園の初戦が、おそらく柳本の先発であろう。
ベテラン陣の分析なども、柳本がクライマックスシリーズで消耗したこともあり、甲子園での一戦目にくるだろうと思われている。
試合前日に、ライガースは関東に向かう。
大介も関東大会ではあちこちに行ったが、埼玉もその中の一つだ。
ジャガースの埼玉ドームは、開放部のあるタイプのドームであり、場外ホームランが出ることもある。
収容人数は約三万人で、最近の野球人気の復権、観客動員数の高まりなどから、席の増設はここも言われているのだが、設計上それが難しいらしい。
人工芝は他のドーム球場でも同じであるが、大介としてはどうもしっくり来なかった。
実際の試合では、内野の部分にしかほぼいないショートの大介であるが、甲子園に慣れているせいだろうか。
特に緊張もせずにホテルでぐっすり眠り、練習のために球場へ向かう。
まだ開始までには時間がありすぎるほどあるのであるが、それでも球場入り口には並んでいる応援団やファンの姿があった。
ライガースファンはこんなところにまでいるのか、それとも遠征してきているのか。
最後の練習では、普段通りに大介は柵越えを連発し、特にこの球場の構造上、場外まで飛んで行く打球が何個もあった。
シーズン中に神宮では場外ホームランを打ったが、それ以外では場外まではない。
チームメイトもその打球の弾道を見ているが、この軌道を意識的に出来るのは、日本では大介だけだろう。
だからこそホームランを打ちまくり、さらに打率も高打率を維持しているのであるが。
それからはクラブハウスで待機する。
「今日は双子ちゃんも来るのか?」
なんだかんだ言って、一番大介との連繋も多い、黒田が話しかけてくる。
熱烈なライガースファンと言うよりは、大介応援団の二人は、既にチーム内でも知られている。
佐藤直史の妹ということもあるが、あの二人は受験生でもあるのに、普通に芸能活動をしているからだ。
「俺としては受験勉強しろよ、って言いたいんですけどね」
「やっぱり関西の大学か?」
「いや、東大」
「は? 東大って一芸入試とかあったっけ?」
「あいつら二人とも、死ぬほど頭いいんだよな。全国模試でも上位20位キープしてるし」
「え? マジ? 二人とも?」
「来年は学校の縛りもなくなるし、年齢の縛りもなくなるし、えらいことになるだろうけど」
この「えらい」というのはしんどいとかきついとかとんでもないという意味である。やや関西弁。
大介は野球特化の才能を持つ。
その才能の巨大さは、野球という方面においては、確かに比肩する者もすくないものだろう。
だがあの二人は、何をやっても最強である。
大介としてはそれより、直史は見に来るだろうか、と思っている。
ただ直史の場合、興味があったとしても、テレビで済ませてしまうことが多い。
直史の前で、打ってやりたい。
チームメイトではなくなり、最強の打者となった大介の姿を、直史はどう見るだろうか。
ただミーティングにより、今日の試合は捨ててかかると説明もされている。
日本シリーズのお祭り騒ぎの中で、ライガースのドラマを求める首脳陣が冷静なのは、ちょっと不思議であった。
実際は足立の離脱により、余裕がなくなっているからなのだが。
日本一か。
クライマックスシリーズの成績があまりよくなかったため、ここで奮起しようとは考えている。
それに交流戦でも一度は対決したが、矢沢とはもっと対戦してみたかったのだ。
七戦して、先に四勝した方が勝ち。
二試合したら今度は甲子園に移動と、シーズン中にもなかった形の連戦となる。
ただ特別感はすごいし、なんだか今からもう熱気が伝わってくる感じさえする。
少し外に出てみれば、森林公園の中に作られたかのような、独特の埼玉ドームの雰囲気がある。
この球場は交通のアクセスが悪く、それについては散々文句を言われることがある。
既に人が集まっているのは、そのあたりのこともかんけいしているのか。
前回はそんな余裕はなかったが、大介は球場のなかを探検する。
試合に出る選手だけの特権だ。もちろん入ってはいけないところもあるが。
散歩する間に落ち着いてきて、自分が落ち着いてなかったことに気付いた。
日本シリーズ。
プロ野球、今年最後のメインイベントが始まる。
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