第162話 躍動する魂

 日本シリーズが始まる。

 世間では真田の故障や大介の不調などで、久しぶりにパ・リーグ有利などと言われる日本シリーズである。

 クライマックスシリーズで五割を打っているのに、なぜか不調扱いされる大介であるが、一番調子の乗っているのは大原である。

 甲子園への出場は一度もなく、しかしながら高卒でドラフト四位指名と、不思議な指名順位と言われていたものだが、この三年目には完全にピッチャーとして開花した。

 23先発12勝7敗は完全にローテーション投手として立派なものだし、完投数や投球イニング数では、実は真田などよりも多い。

 完全にイニングイーターの先発投手であり、スロースターターだが完投能力がある。

 もちろんまだまだ磨くところはあるが、リリーフの弱い今年のライガースとしては、まさにほしいタイプのピッチャーになったのだ。

 なんだかんだいってこの五つの貯金がなければ、ライガースも優勝できなかった。


 今季の交流戦で、大原はジャガースと対戦している。

 第二戦の話だ。そこまでチームは15連勝をしていた。

 これ以上の連勝を阻止すべく、ジャガースは大介を三打席敬遠した。

 そして6-5のスコアで、ライガースの連勝を止めたのだ。


 大原は九回まで五失点と、そこそこの内容。

 機動力が武器のジャガースに、かなり走られての失点である。

 そこそこフィールディングも牽制もクイックも鍛えた大原であったが、ジャガースの場合は長きにわたるチームの研鑽の結晶だ。

 まだまだ相手にならなかった、ということであろう。


 だがあれからもう、三ヶ月以上も経っている。

 経験を積んだ大原は、同時に相手に研究もされている。

 だが研究をされていても、大原が成長する速度の方が速い。

 

 対戦するジャガースの先発は水沢。

 種村と並ぶジャガースのエースであり、大原が優るのは登板イニング数ぐらい。

 いや、それだけたくさん投げているので、奪三振などもそれなりに多いか。

 三点台半ばの防御率の大原だが、水沢のそれは三点を切る。

 だがやはり体力などでは、若い大原が上だろうか。

 水沢にしてもまだ20代、成長の途中である。




 相手のホームでの試合、ライガースに有利なことは一つ。

 先攻であると当然ながら、先制点のチャンスであるからだ。

 そしてこの試合、その想像通りに、初回ツーアウトから大介がレフトにホームランを叩き込んだ。

 広角に打ち分けることが出来る大介だが、それでも多いのはライト方向だ。

 ライト方向へのホームランが出にくい甲子園球場を本拠地に、67本もホームランを打ってしまった大介。

 外角の方が打たれる確率は低いと判断すれば、それは甘すぎると言えよう。


 大介のスイングは、自分のイメージの通りである。

 かなり近くまでボールを見てから、瞬発力でバットを振る。

 ミートしたボールはそのまま、低い弾道でスタンドに突き刺さるわけだ。


 自分のイメージ通りのスイングで、ボールを叩き切る。

 基本的に大介のバッティングは、そのイメージである。

 バレルゾーンを無視したかのような理論であるが、それでもしっかりスタンドにまで飛ぶのは、やはりその突出したスイングスピードによるのだ。


 重たいバットを使っていても、それをちゃんと操れるならば、ボールに激突した時のパワーは、軽いバットよりも大きい。

 大介はそうやって、ホームランを量産してきた。

 そしてそれからも、ホームランを積み重ねていくだろう。


 初回の表に大介のホームランで先制点を取る。

 ライガースが良く見る、勝利パターンの一つであった。




 ジャガースの特徴は、とにかく若い選手の活躍が多いということ。

 FAなどで移籍することがそこそこ多いチームなのだが、スカウトの目とコーチの育成によって、素質を上手く引き出す。

 それを徹底しているため、チームは若返って長いスパンでよい成績を残せる。

 ただ時々は、期待していた新人が怪我で伸びなかったり、スカウトの目が素質を正しく理解していなかったりで、数年成績が低迷することはある。


 パで一番安定しているのは、ここ20年を見れば福岡だろう。

 二番目が埼玉で、あとのチームはどこも年によって成績が変わる。

 それでもこの20年の間には、四つのチームが優勝している。

 優勝していない千葉と神戸も、もう少し遡れば優勝している。


 戦力の均衡はあまり上手くなっていないようにも思えるが、それでも20世紀に比べれば、昭和に比べればマシになったのである。

 今一番育成から戦力を育てるのが上手い福岡も、FAを取った選手は将来的な出場機会などを考えて、他の球団に移籍したりもする。

 ただこの四年間、数値的にはそれほど変わらないはずなのに、セのチームが連続して優勝しているあたり、団体スポーツなのに野球が、個人の活躍で勝敗が決まっているとも言える。


 一回の裏の埼玉の攻撃も、大原は三番のアレクに打たれてランナーこそ許したものの、無失点で切り抜ける。

 出来ればいきなり先制点を取れた場合、その裏を三人で抑えると流れがきやすいのだが、失点を防いでいれば拮抗状態にはなる。

 埼玉はランナーが出ると、盗塁をしかけてくることが多いので、そのあたりがピッチャーにとってはめんどくさい。

 この初回もアレクは、いきなり盗塁をしかけて成功している。

 ツーアウトからならランナーは二塁に進んだほうが、得点の確率は一気に上がるからである。

 ただ四番の打球をショートゴロにしてしまうあたり、大介の守備での貢献は大きい。




 大原と水沢の投げあいは、ほどよい投手戦となった。

 時折ヒットは出るのだが、それが点には結びつかない。

 大介も二打席目には敬遠気味のボールを投げられ、塁に出るところまでで終わった。


 そして埼玉が追いつくと、またライガースも追加点を取る。

 シングルヒットで大介が出塁したあと、盗塁と進塁打、そしてタッチアップで一点追加。

 追いつかれた後にすぐにまた突き放すというのは、試合の流れ的には悪くはない。

 ただこの試合では、普段ならもっと簡単にゾーンに投げてくる大原が、それなりに球数を使っている。

 スタミナに優れたピッチャーではあるが、やはりプレイオフというのは感覚が違う。


 甲子園でも投げて、高校時代に達成出来なかった目標を果たした。

 そんな大原であるが、やはりシーズンの中の一戦と、プレイオフでは勝手が違う。

 様々な事情があったとはいえ、クライマックスシリーズでは投げることなく、日本シリーズの第一戦で投げていることは、かなりのプレッシャーである。

 もっとも普段からバッテリーを組んでいる風間や滝沢としてみれば、今日の大原は立ち上がりからテンションが上がっていて、ランナーこそ許したもののいい序盤を作れたと言える。


 そしてそこからスタミナに任せて、点は取られてもイニングを進めていくのが、大原のスタイルである。

 打撃陣の援護が絶対に必要になるが、それでもそれなりに安定して完投が出来る。

 そしてこの試合はおそらく、シーズン中のどの試合より、内容がいい。


 下手にフォアボールを与えることはなく、ちゃんと腕も振れていて球威もある。

 ほどほどにコントロールはあるが、上手く荒れた球もあって、高めの甘いところにはいかない。

 2-1というスコアのまま終盤に入っていくと、ライガースはもう少し援護してやりたいと思うようになるのだが、ジャガースはわずか一点差でも、あっさりとリリーフ陣に交代してくる。


 ライガースは若手が成長しているから勘違いされるが、あまり育成の上手いチームではない。

 これはもう大昔からの伝統で、理由としては色々と言われることがある。

 一つにはファンが厳しいこと。そしてもう一つはファンが甘いこと。

 代々タニマチである存在からは、ライガースの若手として甘やかされることがあるし、そして一般のファンは不甲斐ない内容の試合では、平気で野次ってくる。

 ライガースに必要な選手は、メンタルの強い選手である。

 そしてもう一つ、自分に厳しい選手だ。


 高校や大学で、散々に厳しい環境に置かれていて、プロの世界ではむしろ解放されたと感じる者も多い。

 契約金が数千万ともなれば、いきなりリッチな気分になるのも仕方がない。

 だがプロともなれば、敵は味方の内にこそ多い。

 アマチュアと違ってプロの世界では、試合に出られるということが、本当に年俸に直結するのだ。


 下に向かって厳しかったり、あるいは当り散らす先輩選手は、むしろまともな方である。

 狡猾な者は酒や女の味を憶えさせ、堕落の道に引きずり込むのだ。

 もちろん首脳陣としては、そんな状況は許しておけないのだが、そういった欲望は上手く折り合えば、モチベーションのアップにもつながるのだ。

 野球選手は野球をしていなければ、ただの人である。

 それを理解している者が生き残り、そして活躍していく。




 継投するジャガースのリリーフ陣を見て、一人ぐらいほしいな、と思ってしまう島野。

 もちろん自軍のピッチャーのいるところで、そんなことは言えない。

 ジャガースはリリーフの育成と、そこから先発やセットアッパーなどの、適性を見つけるのも上手い。

 ライガースが今、一番必要としているのが、中継ぎだ。

 オフにはフロントにも伝えて、そこを補強してもらおうと考える島野。


 ただそんな中、九回まで試合が進んでしまった。

 そして九回の表、2-1のままライガースの最後の攻撃が終わる。

 一応クローザーであるウェイドは、準備はしてある。

 だが今日の大原の調子からいって、最後まで投げることも出来るのではないか。


 そう思った島野であるが、大原の球威が落ちているのは間違いない。

 そもそもシーズン中でさえ、完投して一点だけに抑えた試合など、全くないのだ。

 ここはウェイドで勝つ。

 落とすことを前提で考え、イニングイーターである大原を使ったのだから、ここまで一失点で投げてくれたことが意外すぎる。

 大舞台であるのに、しっかりと投げられたのは評価出来るのだ。


 今季はクローザーとして、しっかりと一点差などの厳しい場面でも、実績を残してきたウェイド。

 ライガースは早々に、来季の契約も考えている。

 ただ中継ぎのレイトナーとオークレイの二人は、平均から見るとそこそこの仕事はしているのだが、中継ぎなのに勝ち負けがかなりついていて、来季の契約は微妙である。


 九回の裏は下位打線ということもあって、埼玉は代打も出してくる。

 今年上がってきた打撃好調な選手を中心に、実績のあるクローザーに対して挑ませていく。

 だが初対決はピッチャー有利の言葉通り、しっかりとそれを抑えていくウェイド。

 三者凡退にて、2-1でライガースの勝利。

 大介もホームランを打ったが、今日の主役は八回まで一失点で投げぬいた大原だろう。


 正直に言うと、高校時代の大原は大介にとって、球がちょっと速いだけの雑魚であった。

 だが二年間をプロの二軍で揉まれてきて、しっかりと土台の力をつけてきた。

 そして今、日本シリーズの初戦で投げて、勝ち投手となっている。

(不思議な感じだよな)

 大介としてはそう思うしかない。




 かつて共に戦った仲間は、全て違うチームにいる。

 そして敵として戦った相手が、同じチームで共に戦っている。

 黒田、大原、真田に毛利と、舞台を変えても野球は野球。

 そして楽しむことには変わりはない。


 プロで戦っている相手でさえ、日本代表ともなれば、同じチームで戦うことになる。

 その中に、プロに進まなかった仲間もいるのは、少し不思議な感覚であったが。


 真田が離脱して、他のピッチャーの調子も、決して言えはしない第一戦。

 大原で勝てたことはかなり大きい。

 それに大介が単に打つだけではなく、得点に大きく貢献している。

 スターズとの戦いの時にはあった、よく分からないチームを包んでいた重苦しさは、この試合にはなかった。


 やはりスターズは、上杉の影響は大きいのか。

 雨天での延期があったとはいえ、五試合のうちの三試合に先発してきた上杉は、やはり無茶苦茶だったのである。

 だからこそその重石をのけたライガースは、得点こそそれほどではないが、伸び伸びとプレイ出来たと言えるだろう。


 とにかくこれで、一勝は出来たのだ。

 二連戦の敵地で、一勝でも出来たというのは、かなり大きい。

 それも首脳陣は内心では、勝てないだろうがイニングを食って、リリーフ陣を休ませることが出来ると思った大原先発の試合である。

 今年のシーズン、12勝7敗は立派なものであったが、防御率などはずっと勝ち星の少ない、琴山や飛田とあまり変わらなかった。

 だが投げたイニングの回数では、圧倒的に優っていた。


 このまま完投能力を保ったままで、より緻密なピッチングも出来るようになれば。

 そしたらライガースは、さらに使える先発が増えていくことになる。

(せやけどまあ今年のオフは、中継ぎ補強やな)

 島野の来季の構想と、球団のフロントとの構想は、またすり合わせをする必要があるであろう。

 それよりも先に、明日は第二戦。

 ライガースは三連覇への道を、順調に進んでいる。

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