第119話 閑話 打ってはいけない
直史が合流した。
ご機嫌でマシンの170kmを広角にスタンド入りさせる大介であるが、他の強打者が自信をなくすので止めてさしあげろ。
あとドームがいくら飛ぶからといって、看板広告にガンガン当たる打球を打つのも止めてさしあげろ。
シーズン中はそんなホームランを打ったら賞金が出るらしいが、WBCにはそんな約束はないのだ。
お前はいつも、常に、普段から、やりすぎるのだ。
ここには四年前、ワールドカップで集結したU-18のメンバーが六人いる。
玉縄、福島、織田は三年生で。
そして大介、直史、樋口は二年生で参加した。
そしてMVPを大介が受賞し、ベストナインでは織田と大介、そして救援投手部門で直史が選ばれた。
あの年がどれだけすごいメンバーが揃っていたのか、後から見るとよく分かる。
大学に進んだため選ばれていないメンバーもいるが、実城や本多あたりは、ようやく三年目で本格的に実力を発揮してきたので、あと一年後だったらなと思う者も少なくはない。
そして直史や大介の同世代からは、上杉正也と島、そして井口が参加している。
名門タイタンズにて、二年目でクリーンナップを打った井口は、打率0.303にホームラン28本と、二年目にしてその真価を発揮したと言っていい。
あとは正也と島は、パの新人王を最後まで争った二人である。
二年目にはさらに成績を伸ばして、ローテの一角を完全に占めることになった。
これに上杉と峠を加えたのが、24歳以下のメンバーである。
不思議なことにこれより上になると、25歳まで年齢が飛ぶ。
上杉の影響によって、その下の世代には才能が育ったといわれる所以だ。
懐かしいはずはない。先日の壮行試合で戦った相手である。
ただ味方として戦うのは、確かに懐かしい。
「とりあえず大介、お前打ちすぎるなよ」
直史の言葉に、不審げな顔をする大介であるが、直史は続ける。
「普通にMVPが取れるぐらいの成績で抑えて、勝負する者みな葬らん、なんてことはするなってことだ」
確かにそうでも言っておかないと、全打席ホームランを狙って、半分ぐらいは入れそうだよな、と思う樋口である。
最初はよく分かっていないような大介であったが、昨年のシーズンを考えれば分かる。
内角をいくら攻めても打ってしまう大介は、高めも低めもおかまいなしだ。
物理的に届かない外に投げられたら、さすがに打つことは出来ない。
どうでもいい場面で数を稼ぐためにホームランを連発するのではなく、ここぞという場面に打ってほしい。
「上杉さんと俺でつなげば、完封ぐらいは出来るだろ」
直史のさりげなくもない、明らかな己への自信である。
大会のピッチャーの球数制限を見ると、ピッチャーの起用と運用をどうするかで、優勝出来るかどうかが決まると言ってもいい。
ただもちろん野球というのは、ピッチャーがいくら敵を0で封じても、一点は打線が取ってくれないと、勝てないスポーツである。
どうやって点を取るかが重要になってくるのだが、直史にとっては一番単純で確実なのが、大介のホームランだ。
しかし昨年のシーズンを見れば分かるとおり、大介が化け物だと周知された二年目、対戦相手はかなり露骨に勝負を避けてきた。
バットを持たずに打席に入るパフォーマンスをしようかと思ったのも、一度や二度ではない。
だが、ボール球でも割と簡単にホームランにしてしまう大介であるが、WBCには問題がある。
球数制限があるため、あちらのチームは歩かせると判断すれば、申告敬遠で歩かせてしまうことが出来るのだ。
一応は勝負をする態を見せながら、実は敬遠。
その甘く入った球を打ってしまうという大介の作戦が、使えないのである。
なのでチャンスの時には勝負してもらうため、どうでもいい展開の時にはホームランを打つなという話である。
無茶苦茶なことを言っているなとは、ワールドカップ体験組は思わない。
そもそもあの時も似たようなことを言っていた。
ただ大介を甘く見て、安易に勝負してくるピッチャーは多かったが。
プロに入ってその試合や成績は、普通に世界中のどこからでもアクセスできるようになった。
特に去年は四割打者の誕生で、おまけにホームラン王と盗塁王も取っていたので、世界中でかなりの話題になったのである。
試合前から既に、マークされていることは間違いない。
ならば大会中にある程度凡退をして、脅威度を下げておく必要があるのだ。
なんだか自分のやってる野球と違うな、と思うワールドカップ組や大介の同期である。
「佐藤は面白いな」
上杉でさえそう言ってしまうようなものだが、そこまで言わせる大介がおかしいのである。
直史としてはもし自分が相手チームの監督であれば、全打席敬遠が一番だと考える。
まあ実際のところはやはり、ツーアウトから歩かせて、得点の確率を低くしていくだろうが。
ちなみにそんな器用なことが出来るピッチャーも、直史ぐらいしかいない。
馬鹿馬鹿しい提案であるが、大介の場合は一考の余地がある。
本人としてもボール球を無理にホームランにすることは、フォームが崩れる可能性があるので嫌なのだ。
と言いつつも打ってしまうあたり、まさに天性のホームランアーティストと言うべきか。
ホームランを打つための嗅覚が優れている。
加えて高打率であるのだから、もうどうしようもない。
大介と勝負させる方法。
それはもちろん一つには、後ろのバッターも強打者を入れておくこと。
そしてあとは、歩かせた方が損だと思わせることだ。
「なのでリーグ戦においては、積極的に盗塁を狙ってもらう。幸いと言うべきか日本以外のバッテリーは、盗塁に関して無頓着な場合が多い」
なぜかクラブハウスの一室を使って、ミーティングの主導権を握っている直史である。
そういうことを考えるのは、普通なら監督やコーチ、あとはアドバイススタッフである。
直史としてはデータに関してはセイバーの手を借りたかったのだが、彼女は彼女でやることが多いらしい。
そして監督や分析班と違い、直史と樋口が作戦を考える理由。
それは単純に、二人が頭がいいからである。
ここにいる野球選手は監督やコーチも含め、高卒と野球で大学に行った人間が大半。
東大合格レベルの頭脳を持つ二人は異質である。
もちろん野球に関しては猛烈に回転する頭脳を持っている者もいるが、そういう選手は逆に、大介の非常識さに慣れていない。
あとは同じように直史の非常識さにも慣れていない。
日本のお家芸であるスモールベースボールを基準にしつつも、最先端の野球理論で勝負する。
文句を言いたいのなら、壮行試合で直史から一点でも取っておけば良かったのだ。
あの試合でスタメンではなく、直史と対戦していない者もいる。
だがとりあえず、大介の非常識さを有効に活用出来るのは、それほど多くはない。
そもそも四番を打たなくていいのか、という疑問さえ持っていたりする。
直史も大介も、三番打者最強論の信者である。
チームの事情があったとは言え、高校時代に初回に先行で得点することの有利を、魂にまで刻み付けられた。
ライガースも三番起用に成功して、下手をすれば二番に持って来ようかなどという案もあったりする。
打席が多く回ってきたほうが、ホームランを増やすのは確実に有利だからだ。
さすがにまだ新しすぎて、導入はしていなかったが。
点を取るための方法は、基本的に大介以外はスモールベースボールである。
大介の場合はかなり例外だ。絶対に守備陣のいるところへ打つよりは、外野の頭を越える打球をライナーで打っていった方が、アウトになりにくい。
昔MLBではホームラン競争が行われた時代、単打よりもホームラン数の方が多いという、わけのわからないことがあった。
大介の場合はそこまで極端ではないが、長打と単打を比べたら、圧倒的に長打の数が多い。
得点の方はそれでいいだろう。
あとは相手をどう抑えるかだ。
「勝也さんを最大に使えるかどうかで、優勝出来るかどうかは決まると思います」
これは樋口の説明である。
樋口は根回しの大切さを理解しているので、ちゃんと監督とも話はしている。
だが首脳陣の見解も、全く同じであった。
上杉をどう使うかで、この大会の勝者は決まる。
日程からしてまず、上杉を決勝で使うためには、準決勝を休ませるか、30球までしか使えない。
つまり使えるとしても一イニングなのである。
準々決勝で使いすぎたら、準決勝では全く使えない。
しかし相手によっては、準々決勝に力を入れる必要があるだろう。
「ちょっと待て」
樋口の説明に、その上杉が待ったをかける。
「佐藤はどうなんだ」
上杉のみならずNPBから選出されているピッチャーは、直史こそが秘密兵器であるという認識がある。
確かに主力兵器は上杉なのであろうが、直史への期待も大きい。
「確かに対戦相手が持っているデータは、ナオが一番少ないですね」
甲子園でも他のピッチャーに任せることが多く、大学での成績は……圧倒的すぎて逆に参考にならない。
とにかく投げればだいたい、完封はしてしまうのだ。
三振も20個以上奪うことさえある、変化球主体ながら奪三振能力も高いピッチャー。
何より大きいのは、球数が少ないことだ。
他のピッチャーはもちろんエースであるのだが、上杉でさえ平均的な球数は、直史よりも多くなる。
もちろん対戦している相手が、プロと学生では違いもあるだろう。
それにプロに比べると確実に、直史のデータは出回っていない。
また出回っていたとしても、大学一年生の頃から比べても、明らかに直史のスペックは上がっている。
高校時代既に、球速以外は完成されたピッチャーだと言われていた。
球速が上がったことで、他の変化球の威力も格段に上がったと言える。
少なくとも入学時のスペックでは、ストレート主体で日本代表と戦うことなど出来なかっただろう。
「ナオも使いますけど、出来るだけ手の内は見せずに勝ちます」
樋口が直史に求めるのは、パーフェクトでも完封でもない。
球数を低く抑えた上での完封だ。
第一ラウンドであるリーグ戦は、コールド狙いでいきたい。
このあたりは首脳陣の誰にも共通の認識である。
ただ同じグループにキューバがいるので、ここだけは確実にピッチャーを揃えて勝っておくべきだろう。
それ以外はどこを相手でも、出来ればコールドを狙っていく。
そして大介は必要以上に打つな。
どうしろと?
ホームランは一試合に一本まで、打率は五割までに。
そんな小学生の遠足のおやつのような制限を、かけなければいけないのだろうか。
それでもアメリカや韓国や台湾などは、充分に戦略を練ってくると思うのだが。
現実的に考えて、日本がリーグ戦を突破するのは難しくないというか、それが順当だと思う。
問題は舞台をアメリカに移して行われる、決勝トーナメントである。
対戦相手はアメリカを筆頭に、韓国、台湾、プエルトリコ、キューバ、メキシコなどなど、東アジアと南北両アメリカあたりが強敵となる。
ここをどうやって打ち崩していくかだが、実際のところピッチャーを上手く運用すれば勝てると思うのだ。
日本という国の野球は、高校レベルでも既に、全体の試合を見た戦術理解が選手の中にある。
なのでランナーを出せば、それを進めて確実に一点を取るという手段に、非常に長けている。
メジャーリーガーが一人や二人あちらにいようと、他の部分が弱ければ、そこを突けばいいだけなのである。
バッターは単打までに抑えて、ピッチャーはロースコアゲームを意識する。
国全体が平均的に強いのは、むしろ東アジアの韓国や台湾だ。
しかしそこは全体的に、日本の方が全ての部門で上回っている。
普通にやれば勝てる相手で、足を掬われないことが重要である。
今回参加のピッチャーの中で、プロでも特に安定した防御率を誇るのは、上杉と直史を除けば、リリーフの福島や、クローザーの峠あたりであろうか。
これに緊急の時のために、ロングリリーフとして直史と上杉を運用していく。
ここまでやればまず勝てるだろう。
第一回の開催の時も、日本が優勝できたのはピッチャーの起用による。
温存すべきピッチャーを温存して、対戦チームのピッチャーは既に球数制限なども加え、消耗していた。
ほとんど全てのピッチャーが、夏の甲子園や、甲子園にいけないまでもあの夏の高校野球を経験していれば、ピッチャーはタフになる。
そして首脳陣も含めて、トーナメントを戦い抜くという意識が、常に存在するのだ。
今回もメジャーのピッチャーが参加できず、色々な理由で参加していないピッチャーは多いが、それでも若手の強力なところを、しっかりと集めてきた。
これで相手の打線をロースコアに抑えて、あとは打撃である。
単純なパワーピッチャーであれば、大介が打ってしまえる。
上杉の登場によって日本のプロは、速球への対策に追われることになった。
上杉以外の投げる試合を勝つというのも、デタラメではあるが戦略の一つである。
しかし日本シリーズにでも出てくれば、上杉を打てないことには勝ちようがない。
その点シーズンで優勝し、神奈川を一勝のアドバンテージをもって迎えることが出来たライガースが、最終的にクライマックスシリーズを制したのも分かる話である。
日本シリーズで戦うよりも、クライマックスシリーズで戦った方が、神奈川相手には勝ち進みやすい。
それを証明したのがライガースである。
速球への対策は上杉を見据えてやれば、他のピッチャーはどうとでもなる。
変化球への対策は、直史を見据えてやれば、これもどうにかなる。
あとは左投手対策ぐらいか。
今回は左投手が、特に左の長所を活かした左投手が、あまり多くはない。
吉村や金原、あとはポスティングで海外にいった柳本、日本を離れない荒川などがいたら、ピッチャーの陣容は左の面でもさらに分厚くなったろう。
「あ、左のスライダーとかカーブ対策なら、俺が左でなげますよ?」
「なんでもありだな、お前は!」
直史の万能投手具合に、突っ込んだのは誰だったのか、誰も知らない。
×××
明日か明後日あたりから4.5が投下出来ればいいな……。
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