第117話 閑話 残されし者

 二月から始まったキャンプは、順調に消化されていく。

 母校で同期や先輩と混じって調整していた真田は、二月のキャンプが始まった時点で、ほとんどもう仕上がっていた。

 柳本が去り、山田と琴山がWBCに参加するということで、おそらく開幕投手が回ってくるな、と覚悟をしている真田である。

 なんと言っても去年、優勝したチームで勝ち頭だったのだ。

 それも勝率は16勝1敗と、普通ならタイトルを取っていてもおかしくないレベル。

 同じリーグに神がいるからどうしようもないが。


 そんな真田が、ライバル視とまではいかないが、今年はブレイクするのではと思っているのが、一軍に帯同してきた一つ上の大原だ。

 高校時代はSS世代と同じ千葉県にいたため、一度も甲子園はおろか、関東大会にも出たことはなかった。

 だがSSに注目していたスカウトの目に止まって、案外高い四位で指名。

 去年の後半は二軍でかなり良かったらしいが、どうして終盤に一軍に上げてこなかったのか。


 一緒に投げていても、確かにスピードは当然ながら、強さが違う気がする。

「大原さん、今どのくらい出てるんすか?」

「いや、155kmは出てるんだけど、それだけじゃな」

 なるほど確かに球速だけなら真田よりも上である。


 現在の大原の課題は、チェンジアップらしい。

 元々スタミナがあるので先発完投型ではあるのだが、ストレート系だけで押すのはさすがに無理という話であり、高校時代に使っていた球などを、もう一度洗いなおした。

 その結果使えるようになったのが、チェンジアップとスライダーである。

 ツーシームも上手く腕が振れた時には、かなりの威力を発揮する。

 だが実戦で使うには、まだまだ変化量が足りない。


 ライガースは三月に行われるWBCに対して、ローテ投手二枚を提供した。

 シーズンまでには戻ってくるのだが、故障の可能性もあれば、激しい試合で消耗し、調子を落としてくるかもしれない。

 山田などは柳本がいた頃は、左右のエースとして認識されていたし、真田が新人王を取っても、やはり投手の中心だと思われている。

 大卒育成から二年目でブレイクし、今年は五年目。

 完全にローテに定着するかどうか重要なところで、日本代表に選ばれてしまうのは、運がいいのか悪いのか。


 若い体力重視で選手は選考されたが、むしろ調整の上手いベテランをもっと入れるべきだったのではと、真田などは思う。

 まあ要となる捕手に一人ベテランが入っているし、内野も外野もベテランが一人ずつはいるから、そこは大丈夫なのかなとも思ったが、実のところ監督に問題があるらしい。

 監督である島野は、確かに日本一になったチームの監督であるが、大介が入るまでの就任期間で、ライガースはBクラスであった。

 最下位だけにはならない五位キープで、選手が故障しまくりだったこともあって迎えた契約最終年に、大介が来て優勝。

 本人もあまり自信がないがゆえに、ベテランに睨みが利かなかったとか。

(それならそれで俺を選んでくれてもいいのにな}

 自信家であり、世界一のマウンドも知っている真田は、そんなことを思ったりもする。




 二月も後半になると、いよいよ代表組が抜けていく。

 大原と一緒にいる真田は、なぜこの人に妙な共感を覚えるかが分かってきた。

 白富東に、大介にボコボコにされたという共通項があるからだ。

 もっともSS世代と同年代であれば、多かれ少なかれボコボコにはされている。

 ただ甲子園でことごとく負け続けた真田と、千葉県でことごとく負け続けた大原は、特にその被害が大きかったというだけで。


 しかし、と真田は考える。

 大原は本当に、素質型のドラフトだったのだなと。


 ドラフトはもちろん、球団の戦力となりそうな選手を獲得するためのものであるが、その選手は主に二種類に分かれる。

 将来性組と即戦力組だ。

 ドラフト本指名と育成指名は、実のところ育成は金持ち球団の道楽じみたところがある。

 とりあえずちょっとでも良さそうであれば取っておこうという、育成指名は多い。


 将来性組というのは、今の実力はまだまだであるが、素質はあって数年後に一軍の主力として期待されている選手だ。

 実のところ高卒選手というのは、ほとんどが数年後を目途に取られている。

 一年目から大活躍する大介や真田は例外なのである。

 特に真田は高校時代に故障しているので、体作りが一年目と考えられたいたのだが、先発が足りなくなって一軍に呼ばれたという経緯がある。

 大介の場合は本当のプロでも通用するのかどうか、体格から最後まで不安視されていたそうだが、それはもちろん杞憂であったわけだ。

 ちなみに上杉などは、高卒でも即戦力と見られていた。


 即戦力とは大卒や社会人である。

 当然ながら22歳とか24歳でプロに入ってくる人間は、既にそこまで成長していると考えられてもおかしくない。

 少なくとも肉体的には完全に成長完了しており、あとはプロに慣れていくだけという観点だ。


 大原の場合は肉体的には、既に出来上がっていた。

 ただ問題は厳しい相手との対戦経験や、コンビネーションの組み立て、あとはフィールディングなどの基礎技術が、まだまだ未完成であったことだ。

 それを一年目にはとことん教えられて、二年目には試合でも活躍。

 まだ安定感がなかったので、シーズン終盤の試合には呼ばれなかった。




 完全なエリートコースを歩んできた真田としては、高校野球で活躍することは、野球人生の上では本当に大切なのだなと思う。

 シニア世界一、超名門大阪光陰、ドラフト一位、新人王。

 これほど順調な野球人生は、上杉や大介でも歩んでいない。

 だいたいが中学時代はあと一歩が足りなかったり、全くの無名であったりする。

 ただプロに入ってからだと、案外無名な選手が大成すると、長く続いていくような気もする。

 統計など出していないので、なんとも言えないが。


 ある程度仕上がった若手などから、紅白戦が行われていく。

 真田は大原とは継投で投げたり、あるいは投げあったりした真田であるが、これは今年はローテに入るな、と確信する。

 特徴としては、ややスロースターターなところがある。

 高校時代はそこを攻められて、特に白富東などは初回に大介がホームランを打ってきて、いきなりチームの心を折ってきた。

 真田としてはあの学校は、確かに選手も強かったが、監督の采配にも隙はなかったように思える。


 そういったグラウンドの外の試合の流れを、大原はまだ掴みきれていない。

 ローテ枠を争う相手ではあるが、真田としてはまだ自分とは差がありすぎて、競争相手とは思えない。

 そもそも真田レベルになってくると、いくら競争相手がいても圧倒的な力量があるので、ローテから外れることはない。

 なのでSS世代被害者の会として、真田と大原の間には、共通の話題がある。


 ただ、真田にはあって大原にはないこと。

 それは佐藤兄弟の存在である。

 もちろん大原も投げ合って負けてることはあるのだが、それ以前に打たれまくっていた。

 大原としては真田を凄いやつだと思っている。

 大原にとっては白富東というのは、打撃のチームであった。

 ボコボコに大量点を奪われていた白富東を相手に、真田は15回を無失点に抑えたのだ。

 なので大原には、真田にはある直史や武史への敵愾心はない。


 真田はやはり特別であることは確かだ。

 普通なら高一の夏から最後の夏まで、全てを制覇してもおかしくないような、チーム力と個人の力。

 だが現実では、一度も優勝出来なかったのだ。

 甲子園を制覇するのは、世界一になるよりも難しいということか。

 もっともあの、佐藤兄弟と白石大介がいた世代が、異常であったとも言える。


 その意味では、上杉は不思議だなと大原は思う。

 四回も決勝まで進んでいながら、結局は一度も勝てなかったからだ。

 だが最後の夏にはあの、試合には負けたが上杉は勝った、という伝説が生まれた。

 球数制限などがない時代であれば、引き分け再試合を何度もこなして、優勝しただろうと言われる最後の夏。

 あの化け物じみたスタミナと耐久力は、同じ化け物である佐藤直史より、さすがに上だと思う。




 一軍のキャンプに参加した大原は、待遇の違いに愕然としたらしい。

「二軍はプロ野球選手じゃないな……」

 それが素直な感想らしい。

 一軍で活躍して、勝利に貢献してこそプロと言うなら、二軍はなんと言えばいいのだろうか。

 野球をして、試合をして、給料も出ている。

 プロであることは間違いないと思うのだが、何かが違うとは思うのだ。


 本当のプロというのは、なんなのだろう。

 一軍でプレイしていた真田には、なんとなく分かる。

「人気がないとプロじゃないな」

 なるほど、そういうものか。


 子供が純粋に憧れる対象。

 自分にはとても出来ない、まさにプロフェッショナルなプレイを、見せる。

 見せることで金を得たら、それがプロだと思う。

 ただしいくら人気があっても、勝利に貢献できなければ、やはりプロとは言いがたい。


「あんた開幕からチャンスもらえるだろうし、さっさと年俸一億目指そうぜ」

 だいたい二億ぐらいが、スーパースターの値段だと、真田は思っている。

 現在の自分はまだ若手で、何年も連続して成績を残しているわけではない。

 ただ、開幕投手は自分ではないかと思っている。


 ライガースはセンバツ甲子園のある関係上、せっかく前年に優勝していても、アウェイの球場で開幕戦を行うことがほとんどだ。

 柳本がいなくなった今、山田がWBCで疲れて帰ってくるだろうから、おそらく地元開幕の方に回されるのではないか。

 ならば他に、開幕を投げるような選手がいるのか。

 それよりは二年目で、去年のチームの勝ち頭である真田を、開幕戦で使うのも不思議ではない。


 ライガースは今、急激な若返りが進んでいる。

 神奈川もそうであるが、一人の超新星の存在によって、チームの改革が進むことはある。

 そしてライガースのポジションで、一番ほしいのは四番だろう。

 大介が四番を打てばそれでもいいのだろうが、むしろ球団的には、二番ぐらいがいいのかとさえ考えている。

 首脳陣ではなく、フロントの考えだ。

 去年は前陣未踏、規格外の四割を打った大介に、次に期待されるのはホームランの記録更新だ。


 実のところ外国人選手を合わせても、初の出場試合から、最速で100本塁打に到達したのが大介である。

 しかもあれだけ勝負を避けられながら、50本以上のホームランを打っているのだ。

 ただこのまま日本でプレイして、15年間連続で50本を打っても、通算記録は更新出来ないというあたり、現在の日本のホームラン記録はバグっている。

 一シーズンで60本を打った選手は、NPB史上では一人だけ。

 とりあえず大介に期待されるのは、これを抜くことであろう。

 一年目で59本、二年目で58本と、歴代二位と三位の記録には名前を連ねた。

 あとはシーズン記録と通算記録の更新が期待される。

 幸いと言ってはなんだが高卒で入ってきているので、活躍出来る期間は長いだろう。

 55本をあと14年続けたら、世界記録を更新できる。

 ……14年間、連続でホームランを55本打ち続ける。

 いくらなんでも無理だろうと思うのだが、そもそも打点記録の更新や、打率四割も無理であったのだ。


 真田としては去年のシーズンで、既に優勝の味を知ることは出来た。

 あとはどれだけ自分の成績を積み重ねるかだ。

 同じく高校で入ってきたのだから、目標はやはり200勝であろう。

 去年と同じ16勝を、あと12年続けたら200勝に届く。

 さすがに無理かな、と思わないでもない。

 真田は自分でも感じていることだが、耐久力が人間離れしたピッチャーではない。

 完投能力のあるサウスポーではあるが、去年もわずかだが離脱した時期はあった。


 それと腹が立つのは、同じリーグには上杉がいることだ。

 上杉のせいでどうしても、タイトルを取ることが出来ない。

 それにスライダーのような変化球を決め球としていれば、肩や肘に異常が出ることも考えられる。

 おそらく少しでも回復力が落ちてきたら、プロでは通用しなくなる。

 それまでに勝って勝って勝ちまくって、年俸を上げていかないといけない。


 認めよう。自分は上杉や佐藤のような化け物ではないと。

 その上でこのチームのエースにはなる。

 30歳までだと考える。

 普通の社会人であれば、これからが働き盛りだと言える30歳。

 しかしそこまでを、自分のプロ野球人生の限界だと考えて、逆算して成すべきことを果たしていく。

 とりあえず今年は開幕。そしてチームの勝ち頭。

 真田もまた、この時代を代表するエースの一人であるのだ。




 そして別に、エースを諦めていないのが大原である。

 真田は確かに、完成度が非常に高いピッチャーだ。

 球速では自分が優っているが、真田にはそれを圧倒する投球術がある。


 魔球と呼ばれるスライダーを、相当な精度で投げ込む。

 こんな真似は、自分には出来ない。

 だが肉体の頑健さは、自分の方が上だろう。


 真田が考えているのと、全く逆のことを大原は考えている。

 自分は馬力で勝負するピッチャーであり、真田のような切れ味はないが、棍棒のような安心感を手に入れたい。

 簡単で、純粋に殴りつけるための、原始的な武器。

 それを投げ続けて、登板数を増やし、長く一軍に君臨し続ける。

 勝ち負けはあまり貯金は作れないかもしれないが、しっかりとローテを回す投手になるのだ。


 考え方は全く違っても、目指すべき先は同じ。

 今年もまた優勝し、年俸をしっかりと上げていくのだ。

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