第133話 やってきたもの

 ゴールデンウィーク中に行われる、甲子園球場での広島との三連戦。その初戦。

 復帰してから九試合で六本塁打というおかしなペースでホームランを量産していた大介の勢いが、ようやく止まりつつある。

 それでも他のホームランバッターと同じ程度には打っており、つまり四月の終わりの時点でトップであったので、そのままホームランダービーのトップには立っているのだ。

 本当に人間か、とはよく言われる。

 ただホームラン以上に、打率は下がってきている。


 バットコントロールによって打球の行方をある程度調整せず、とにかく飛ばすことばかりを考える。

 すると大きな当たりではあっても、野手の正面という打球が多くなる。

 普通のヒットよりもホームランの数が多くて、それでいて三振もほとんどしない。

 ホームランを打つためのマシーンにようであるが、それで決定打を打っているのだから何も言えない。


 第一戦は真田が先発ということで、打線陣も「まあそんなに点を取らなくても大丈夫か」と思っていうちに、無援護のまま終盤に入っていた。

 先に点を取られて慌てて拙攻を繰り返す中、大介はバット一振りで試合を振り出しに戻す。

 だが続くチャンスに代打を送られる。

 真田ならそのまま打たせた方が、得点の確率は高いのではないかと思わないでもない大介だ。

 だが首脳陣としては下手に打っていって、デッドボールにでもあったらたまらない。

「つーのがセとパの打力面での差と思うんだけど」

「まあそうかもしんないけどさ」

 大介の感想に、真田もある程度は納得する。


 セのピッチャーは打席に立つし、ある程度の打撃練習もしている。

 しかし試合においては基本的に、バッティングでの貢献は求められない。

 まあ一人で投げて一人で打つ、上杉のようなスタイルもあるが。


 パのピッチャーはピッチングに専念出来るというのもあるが、自分の打順で代打を出されず、自然と投げる状況は増えていく。

 また相手打線にもピッチャーがいないため、気を抜いて投げることが出来ない。

 この鍛えられたピッチャーを打たなければいけないため、パはバッターのレベルも自然と上がるということか。

 一応それらしい理屈に聞こえるが、実のところはどうなのだろう。




 そんな話の中、リリーフ陣が点を取られて、またも広島のリード。

 五打席目が回ってきた大介だが、勝負は避けられる。

 防御率ではリーグ二位の真田であるが、またも勝ち星がつかなかった。

 普通なら勝ってる試合で勝ち星を消されるのは、これが三度目である。

 ただ今日は、自分も一点を取られているので、文句は言えない。いや、一失点なら普通は文句を言うところなのだが、真田は言わないのだ。


 ライガースのリリーフ陣が、やはりまずい。

 今日などはセットアッパーの青山が打たれて結局は敗北したのだ。

 大介の復帰と同じタイミングで北海道から移籍してきたウェイドは、緩急を使って決め球にスプリットを持って来る。

 既に0勝0敗4セーブと、かなり素晴らしい成績を残している。


 ドームでからっとした北海道と、野天で夏には蒸す大阪。

 夏場になればまた話しも変わってしまうのかもしれないが、この季節ではしっかりと働いてくれている。

 問題はそこにつなぐまでのリリーフなのだ。

 青山も38歳になる。

 球威で押していた若い頃とは違い、投球術を駆使するようになってきた。

 だがそれだと、正捕手争いをしている滝沢や風間では、上手くリードをするのは難しい。

 テンポ良く投げられないと、ピッチャーは体力ではない部分を消耗するのだ。


 若手を中継ぎとして使うべきなのだが、勝ち星の貯金があまりないため、それも難しい。

 大量点差でリードして終盤を迎える試合というのが、なかなかないのである。

 大量点差で負けていて、それでも奮起して自分の仕事はしようという若手はいるのだが、それが結果にはつながっていない。

 そんな状態であるから、リリーフ陣の顔ぶれはコロコロと変わるのだ。


 


 第二戦の先発は山倉である。

 ここまで五試合に投げて三勝一敗と、勝敗の付く試合が多くなっている。

 安定して投げて、およそ七回か八回まで投げることが多い。

 完投完封するほどではないが、リリーフ陣の継投が上手くいきやすいのだ。

 もっとも打線が、それだけ援護しているということもある。


 時代は変わったと言っても、変わらないものもある。

 ピッチャーは、エースはその試合を、完投して勝ちたがるということだ。

 ただ山倉は大学野球を経由しているため、クローザーに任せる経験も多いのだ。


 八回二失点の充分な内容で、クローザーのウェイドにマウンドを託す。

 二点差なので、ここでまた勝ち星が付きそうだ。

 そしてその予想は正しく、ウェイドはランナーこそ出したものの、無失点で勝利をチームにもたらした。




 三連戦の最後の試合も、ライガースは勝利する。

 この試合もクローザーのウェイドが完全に機能して、オークレイは中継ぎに回っていた。

 そのオークレイも中継ぎとして、しっかりと一イニングを0に抑えてくれているのだ。


 大介が復帰してから、六連勝を含む10勝二敗。

 明らかにライガースは、新たな勝ちパターンを見出してきている。

 次の試合はまた東京に移動して、ホームランの出やすいドームでの試合だ。


 ここのところ打率は下がっているとは言え、未だに四割台の半ばはある。

 そして六試合連続でホームランを打っているのだが、ある記者が気付いた。

 いや、確かに前から、その傾向はあったのだが。

「白石選手、ちょっといいですか」

 若手のホープであるスポーツ新聞の記者も、大介に対しては丁寧に接してくる。

 中にはやたらと馴れ馴れしいおっさん記者もいるのだが、大介は別に態度では記者を差別しない。

「あ、短くまとめてくれるとありがたいんすけど」

 月曜日は移動して、次の日のナイターではあるが、長い時間は取られたくない。

「もちろん短いです。気付いてましたか、ホームランの記録」

「ああ、明日の試合で打てば、日本タイ記録なんですよね」

「それもありますけど、ほらこれこれ」

 見せたのはスコアである。

「この六試合で七本のホームランを打っていますけど、それ以外には一本の単打しかないんですよね」

「げ、マジですか」

 記憶を反芻しつつ、そのスコアを見る。

 確かにレックスとの第一戦は、二本のホームランを含む三安打であった。

 だがそこから五試合、ホームラン以外にはヒットがない。


 思わず自分でも額に手を当てる大介である。

 その期間もチームは四勝二敗なので、悪い傾向ではない。

 だが大介が普通にヒットも打っていた試合では、六連勝を記録している。

「ホームラン狙いすぎか」

 全く気付いていなかった様子の大介に、毒気を抜かれる記者である。


 31試合を消化した時点で、ホームランの数は17本。

 もちろんぶっちぎりのトップと言うか、この試合数は離脱していた期間も含めている。

 この調子でホームランを量産していったら、新記録どころか70本に届いてしまう。

 んなアホな、と言いたくなるペースで打っているのだと、ようやく言われて気付いた大介である。


 四月のバッティング成績は、24安打のうちの10本がホームランであった。

 だが五月は、八本のうちの七本がホームラン。

 自分の打撃成績ながら、これは頭がおかしいな、と思ってしまう大介である。

「狙ってなかったんですか?」

「いや、基本的にホームランは、守備がいくら頑張ってもアウトにされないから、常にホームランを狙ってますけど」

 ただそれに失敗したと感じた瞬間には、力を抜いて内野と外野の間に落とすことはある。


 野球は、チームで勝つものだ。

 たとえ三冠王が生まれても、チームが優勝できないなら意味がない。

 それに優勝すれば、ご祝儀で年俸も上がりやすくなるし、シリーズMVPなどを取れる可能性も高くなる。

「なんだかなあ。こんなんでいいのかな」

 首を傾げる大介に、質問した記者の方こそ苦笑するしかなかった。




 打撃は水物、という言葉がある。

 ちょっとした何かの変化で、急に打てたり打てなくなったりするものだ。

 大介の場合は結果が出ていたのだから、あのままホームラン意識のスイングで良かったはずなのだ。


 連続試合ホームラン記録は、六試合で途切れた。

 これはまあタイタンズが、三連戦の初戦で、まだしも大介と相性のいい荒川を先発で使ってきたからとも言える。

 ただこの三連戦で、大介はわずかヒット一本に終わる。

 ホームラン狙いというのは、つまりフルスイングのジャストミートを狙うということでもある。

 大介の場合はミートがずれてもスイングスピードでボールを飛ばしていたのだ。

 それが下手にコンタクトを考えると、打球に力がなくなり、フライやライナーでアウトになる。


 三振の数は全く増えていない。

 またフォアボールで塁に出て、ホームに帰ってくることもある。

 だが三試合連続でホームランが出なかっただけで、不調扱いされるのが大介である。

 いやそれ、普通だから。


 また間が悪いことは重なるものである。

 神奈川に移動しての第一戦は、雨で中止になってしまった。

 どちらも野天の球場なので仕方がないことだが、これで今季神奈川との試合は、三試合も延期になっている。

 シーズン終盤に回されて、疲れるのはピッチャーである上杉を抱える神奈川であろう。

 だがもしもその終盤がリーグ優勝にかかっていた場合、上杉が嫌な感じの登板間隔で投げてくる可能性もある。


 長いシーズンを戦う上では、やはりバッターが安定して成績を残す必要がある。

 だが短期決戦の要は、やはりエースの存在なのである。

 それとは別に、大介は練習を必要としていた。

 ホームランが打てなくなったのはどうでもいいが、打点を取るべき場面で、ヒットが打てなかった。

 ウェイドの初めてのリリーフ失敗で負けた試合であったが、自分が打っていればもっと楽な場面で登板できる試合であった。


 準備された広いホテルの部屋で、素振りを行ったりする。

 また二戦目からは雨が上がったので、ちゃんと練習も出来るようになった。

 だが試合では、ポテンヒットが一本出ただけである。


 シーズン序盤の高打率によって、いまだに成績は目だって落ちてはいない。

 だがこの数試合の大介は、明らかにスランプに陥っていた。

 神奈川はローテの関係で、上杉が投げてくる試合はなかった。

 それなのに、二試合とも落としてしまったのである。

 原因としては明らかに打線の援護不足。その中でも大介の不振であった。




 次の試合は甲子園でのフェニックス三連戦。

 それまでに大介は、自分のスランプの原因を探らなければいけない。

 そう、これは本当のスランプだ。

 一年目に上杉と対戦して、その後に陥った擬似スランプとは違い、明確な理由がない。


 ただ、分析によると大介のボールとのコンタクトの位置が、やや後ろになっている。

 そしてほんのわずかな観測数であるし、まだ統計にも出せないのだが、スイングスピードが落ちている可能性がある。

 練習中のスイングには、問題はない。

 だがホームランが出なくなったこの五試合は、アウェイでの試合であったのだ。

 ホームでの開催においては、どういう結果が出るのか。

 それを観測したら、スイングスピードやコンタクトの感触など、はっきりとした数値が出るのかもしれない。


 チームとしてはようやく白星が増えてきたところに、首位神奈川との試合で二連敗。

 ここ数試合、大介は敬遠される場合が少なくなり、おそらくスランプに気付いている者は多い。

 たった五試合ホームランが出なかったからといって、去年だってそれぐらいはあったことなのだが。

 むしろシーズン序盤が、WBCの影響を受けていて良すぎたと言った方がまだしも自然だ。


 しかし、このフェニックスとの試合。

 第一戦において、大介は内野の間を抜く、単打一本に終わった。

 ボールを見て、その軌道を予測し、切るようなイメージでボールを叩く。

 手の中に残るそのイメージが、湧いてこないのだ。


 これはまずい。

 早急に対処しなければ、元に戻すのにどれだけの時間がかかるか。

 そもそもどうやったら、元の調子を取り戻せるのか。


 高校時代のことを考えても、確かに不調のときはあった。

 だがあの時は今とは逆で、心理的な問題が大きかったのだ。

 どうする、どうする、どうする。

 いよいよバッティングコーチのアドバイスなどが必要とされる場面であるが、前と今の比較も難しい。

 現象だけなら今は、ボールにコンタクトする位置が、懐深くになりすぎている。

 だからもっと前で打てばいいのだが、どうして前で打てていないのか。

 スイングスピードは、確かに試合では少し低くなっていた。

 練習ではいくらでも飛ばせるのだ。だが試合では上手くいかない。反応できていないのだ。


 打率が低下し、ホームランと打点で、二位以下の選手が迫ってくる。

 ひたすら打ちまくっていた一年目や、計算出来た二年目と違い、これこそまさにスランプなのだ。

(こういうことってあるもんなんだな)

 どこか他人事のように思いながらも、深いため息をつく大介であった。

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