05 ハルとの出会い5
「……お気づかいありがとうございます。ただ、恥ずかしながら手持ちが無いので、こちらの品をいただく訳にはいかないのです」
「何を仰います! もちろん、お代は結構ですよ。こちらとしましては既に十分な対価をいただいておりますからな」
──でもその対価は私ではなく、恐らくハルが払ってくれるものだ。
「いえ、そう言う訳には「じゃあ、こうしよう!」
なかなかうんと言わない私の言葉を遮って、ハルが思いついた様に言う。
「その香水は取引の代償に俺が貰うから、それをミアにお礼としてプレゼントするよ! どう? それなら良いでしょ?」
お礼にしては高すぎるプレゼントなのだけど……でも、これ以上断るのはハルにもハンスさんにも申し訳ないし。
良く無い頭でどうすれば一番良いか考えて──そうだ!
「ありがとう、ハル。じゃあ、その『ミル・フルール』は私がハルから買い取るね」
「え?」
「あ、でも……その、買い取るって言ったけど……本当はね、持っているお金全部出しても足りないの……」
思わず勢いで買い取るなんて偉そうなことを言ってるくせに、お金が足りていない事が恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「……だから、足りない分はこのネックレスで払えないかな……?」
私は服の中から形見のネックレスを取り出すとハルに見せる。
ネックレスを見たハル達がはっと息を呑むのがわかった。
「お嬢さん、それは……!」
ハンスさんが驚きに目を瞠り絶句してしまった。
……やっぱり買い取りは無理かな? お義母様が価値なしと捨てようとしたものだし。
「ごめんなさい……今はこれしか持ってないから、全然足りないと思うけど……その分出来たら割引してくれたら嬉しい……な」
さすがに厚かましかったかな? たとえ五万ギールあったとしても全然足りていないし……。
「……っ! ミア! そんな事ぶっ!」
感極まった様な顔をして、私に抱きつこうとして来たハルの顔を、マリウスさんが押しのけた。
「〜〜! 痛ってぇ〜〜!!」
「ハル大丈夫!? 今首がグキって言ったよ!?」
心配する私をよそに、マリウスさんは手をひらひらさせながら言った。
「ああ、いいのいいの。こいつ丈夫だから。で、ミアさんに聞きたいんだけど、このネックレスはどうしたの?」
「お嬢さん、これを何処で手に入れたんです?」
マリウスさんと我に返ったハンスさんが食い気味に聞いてきてちょっと怖い。
「あの、母の形見なのですが……何か……?」
あれ? もしかして価値があったりするのかな?
「ミアのお母さん亡くなってたんだ……」
ちょっと期待してしまった私の横で、ハルが悲しそうな顔をして呟いた。その顔が悲痛そうだったので慌てて弁解する。
「うん、一年ぐらい前に病気でね。でもいっぱい愛情はもらったし! 助けてくれる人達もいるから!」
努めて明るく振る舞う私にハルは「そっか……」と一応納得(?)してくれたみたい。
「お母さんの形見か……失礼だけど、他に遺品は何か残ってるかい?」
ハンスさんがネックレスを眺めながら質問してきたけれど、他はすべてお義母様に取り上げられてしまったから、このネックレスが私の全てだ。
「……いいえ。他は何も……」
私の言葉に「うーん」とハンスさんが唸った。
「じゃあ、これはミアが持っていなよ! 大事な形見なんでしょ?」
ハルがネックレスを私の手から取ると、今度は首にかけてくれた。
思わず近くに来たハルの綺麗な顔にドキッとする。
「……え、でも……」
「いいからいいから! 本当は俺がプレゼントしたいけど、ミアは受け取ってくれないんでしょ?」
「無理無理! とてもじゃないけど無理!」
「ミアさん、本当にそれで良いの? せっかくだし貰っておけば?」
「いえ、それが良いんです。ハルのおかげでもう手に入らなかったはずの『ミル・フルール』を買う事ができるなら、それだけで十分です」
「……ミア……!」
「ふーん。欲が無いねー。しかもまけてって言ってるけど、それ、ハルに食べさせた代金分でしょ?」
……うっ。黙っているつもりだったけどマリウスさんにはバレちゃってる。
「ミア、本当?」
言葉に詰まってしまった私に、確かめる様にハルが顔を覗いて来たので、仕方なしに頷いた。
「……うん」
「……そっかー。そんな大事なお金を使ってまで俺を助けてくれたんだね」
ハルが眩しそうなものを見る様な目をして私を見る。
改めて言葉にされるとすごく恥ずかしくて思わず俯いてしまう。
「──では、商談成立ですかな」
話がまとまったと判断したハンスさんがホッとした表情を見せる。もしかしてすごく心配させてしまったのかも。
「ハンスさん、貴重な品をありがとうございます」
「いやいや、先ほども申し上げた通り、こちらにとって得はあれど損はありませんからな。こちらの方がお礼を言わなければならないぐらいです」
「ハンス、手間を取らせた。詳しい話はまた帝国に戻ってから頼む」
「それは勿論です。いつでも私をお呼びください。馳せ参じます故」
綺麗な袋に入れて貰った「ミル・フルール」をハルから受け取り、代金が入った袋をハルに渡す。
──無事、「ミル・フルール」が手に入った。すごく嬉しい……!
そしてハンスさんに挨拶をしてからお店を後にし、ハルたちと一緒にもと来た道をたどる。
本当に素敵なお店だったな、と思いながら空を見上げると、もう空が橙色に染まりかけていた。
朝早くに屋敷を出て来たのに、随分時間が過ぎていたみたい。
「早く帰らなきゃ……!」
あまり遅くなってしまうとまたお義母様に怒鳴られてしまう。もしかすると食事を抜かれてしまうかもしれない。
慌ててハルたちの方を見ると、その向こうから何やら白いものが飛んでくるのが見えた。
「……あれは」
その白いものは鳥だったみたいで、ハルの頭の上をくるりと一回転すると、今度はハルの腕に留まり、「ぴぃ」と一声鳴いたと思ったらその姿が手紙に変わった。
急ぎの用事の時に使われる風の魔法だ……! 話に聞いたことはあったけど、見るのは初めてだ。
受け取った手紙を確認するのかな?とハルを見てたら、手紙を開けずにポケットに仕舞い込んでしまった。
「ええ! 手紙読まなくて良いの!?」
「いいのいいの。どーせ内容なんて読まなくてもわかってるし」
けろっとした顔で言うハルの後ろから、にゅっと手が伸びて来てポケットの中からさっきの手紙を取り出した。
「ロワ・ブランを使ってまで連絡して来るって事は、すごーく急ぎの用事なんだからさー。ちゃんと読んであげなよー」
ちなみにこの「ロワ・ブラン」は任意の相手の魔力を辿って連絡を取り合う事ができる魔法だ。
マリウスさんが、取り出した手紙の封筒を破って中を確認すると、ジロリとハルを睨む。
「これ以上待たせるのは、ハルにとっても良く無いよ? わかるよね?」
マリウスさんが言い聞かせる様に言うと、ハルは苦い顔をしていたけれど、しばらくすると諦めた様に「ちっ」と舌打ちをした。
「わーったよ。また閉じ込められたらたまんねー。今日はおとなしく帰る事にするよ」
「今日はってところが気になるけど、まあいいや……。ミアさん、俺たち急いで帰らないといけなくなったみたいなんだ」
「……ミア、送ってあげられなくてごめん……! 俺、もう行かないと……」
「ううん! まだ明るいし、ここまで来たら大丈夫! 早く帰ってお父様を安心させてあげて?」
本当はお別れがすごく残念で寂しかったけど、気づかれない様に無理やり笑顔を作ったのに……。
そんな私を見るとハルは少し寂しそうな顔をして──そっと私を抱きしめた。
「ひゃあ……! ハ、ハルっ……!」
突然のことに驚いて思わず変な声が出てしまった。……すごく恥ずかしい! 全身が真っ赤になっているのが自分でもわかってしまう。
「ミア、助けてくれてありがとう! 君に逢えて本当に良かった……!」
「……わた、私も……! ハルと出逢えて嬉しかったよ……!」
私も背中に腕を回して、ハルをそっと抱きしめる。
「またミアと会いたいな。どうすれば君に会える?」
「……そ、それは……その……」
今日みたいに外に出られる事なんて滅多に無い。約束したとしても果たせるかどうか……。
「ハル、いつまで抱きしめてるの? ミアさんが困ってるよ」
マリウスさんに言われ、ハルが渋々と腕を外し、体温が離れていく。
「ミア、お願いがあるんだ。今度会う時まで、この指輪を預かっててくれない?」
ハルがそう言って胸ポケットから指輪を出す。その指輪は白っぽい金色をしていて、文字の様な細かい模様が彫られていた。
あれ? お母様のネックレスとよく似た材質のような……?
「……!! ハルっ……!!」
その指輪を見たマリウスさんが珍しく狼狽える。そんなマリウスさんにハルが一言。
「黙れ」
「……! しかし……!」
それでも尚、声を上げようとしたマリウスさんを、ハルが威圧を込めた鋭い目で制す。
「……っ! わかったよ……。でも、どうなっても知らないからね」
マリウスさんが降参とでも言う様に両手を上げてため息をついた。
「……ああ、全ての責任は俺が取る」
マリウスさんは納得した様だけど、大丈夫なのかな……? 二人にしかわからない事情があるっぽいんだけど。
「ええっと、ハル、大丈夫なの……? すごく大切な指輪なんじゃ……」
「そう、すごくすごく大切な指輪なんだ。だから絶対無くさずに持っていて欲しい」
言っている事はメチャクチャだったけど、ハルの真剣な目に押されたら断れるはずも無く……。
ハルから受け取った指輪をきゅっと握りしめる。ハルの体温が無くならない様に。
何だか私のハルへの執着がすごい。
出逢ったばかりなのに、ハルが絡むと簡単に感情が揺さぶられてしまう。
──どうして……?
そんなのは考えるまでもない簡単なこと。
──そうだ、この感情が恋だ。私はハルに恋をしたんだ。
私は決意を込めて、こっくりと頷いた。
「……わかった! 絶対無くさない様にする! ……だから……だから、また必ず王国に来てね……?」
「うん! 約束する!」
キラキラと輝く様なハルの笑顔を目に焼き付ける。いつでも思い出す事が出来る様に。
──ハルとまた会える約束ができて嬉しい。
別々の国で暮らしている私たちが、簡単に会う事は出来ないだろうけど、指輪を持っている限り、この約束はずっと続くんだ──
──そうして私たちは再会を約束してお別れした。お互いの姿が見えなくなるまで、手を振り続けながら。
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