25 ぬりかべ令嬢、自覚する。

 聖女と大魔導師、と言う言葉が聞こえて来たけれど、私に何か関係があるの? 法国と魔導国の人だよね。私は王国生まれの王国育ちですよ?


 戸惑う私を見てディルクさんが不思議そうな顔をしている。

 いや、不思議なのは皆さんの会話なのですが……。


「……ミアさんはもしかして、聖女も大魔導師も知らない……とか?」


 ディルクさんに聞かれてコクリと頷いた。


「……はい、お恥ずかしながらお伽噺の内容でしか知らなくて……凄い人たちなんですよね?」


 昔お父様が読んでくれたお伽噺に出てきたのは覚えている。子供向けに脚色されたであろう内容だったので、実際の人物がどの様な人達なのかはよくわからないけれど。


「人と称して良いものかわからないけどね。色々と伝説や逸話は残っているけど、それはまた今度教えるよ。肝心なのはそれぞれの魔力や能力かな」


 ディルクさん曰く、聖女はその名の通り、神の恩寵を受け聖属性の魔力を与えられた女性の事だそうだ。聖女は神に祈る事で様々な奇跡を起こすらしい。法国の教皇が神託を受けて聖女を選定し任命すると言う。

 対して大魔導師とは、はるか昔に居た四属性の魔法を無詠唱で使用することが出来た元魔導士で、その様々な魔法で未開地帯を開拓し、後に魔導国を建国したそうだ。そして大魔導師と讃えられ、その後人々に請われて魔導王として即位することになった……らしい。

 なるほど……そりゃそんな存在が居たら国としては手に入れたくなるよね。


「聖女と大魔導師の事は大体理解出来た?」


「はい。とてもすごい人達なのですね」


「ははは。ちなみに二人の共通点はわかるかな?」


 え、共通点……? 何だろう?


「すみません、わかりません」


「まあ、普通はそうだろうね。僕もそうだったし。これは知識の受け売りだけどね、二人の共通点は<無詠唱><多重属性><創造魔法>だよ」


 ……? ……あ! そうか……。

 聖女の「祈り」は<無詠唱>、「様々な」は<多重属性>、「奇跡」は<創造魔法>になるんだ。

 そして大魔導師も同じ様に<無詠唱>で、<多重属性>の<創造魔法>で未開の地を開拓した、と。きっとその様子は人々から見たら奇跡の御業だっただろう。


 ディルクさんから聞かされた話にうんうんと納得していると、「理解が早くて助かるよ」と褒められた。えへへ。


「しかしミアさんに教育の機会を与えなかった夫人達の罪は重いね」


「万死に値する」


「これからここで学べば良いんですよ〜」


「そうじゃそうじゃ。ワシがミアちゃんに色々教えてやるからのう。お爺ちゃんに何でも聞いておくれ」


「……ありがとうございます!」


 ここの人達はなんて優しいのだろう……。私の身分や境遇を聞いても蔑むことなく接してくれる。この人達に出会えて本当に良かった。


「……という事で、なぜ機密事項になるかわかるよね?」


 あ、そうでした。つい良い感じだったのでこのまま話が終わるかと思ったけど、考えが甘かったようです。


「私も二人と同じ共通点があるから……ですよね?」


「そうだよ。これで君がどれぐらい規格外の存在か自覚してくれたかな?」


「はい……」


 ここまで言われてしまうと、もう知らないふりは出来ないし、逃げ道はない。

 私はきっと、心の何処かで自分の異常さを認めたくなかったのだ。


「だったら良かった……。このままだと君は国同士のイザコザに巻き込まれてしまうからね。自覚してくれたのなら自衛も出来るだろうし」


 ……!! またもや不穏な言葉いただきましたー!!


「あの、国同士とは……?」


「あ、ごめんごめん。それも知らないよね。今度は世界情勢の話になるんだけど、法国と魔導国は仲が悪いんだよ。それぞれの国の成り立ちとかも関係有るんだけどね」


 いつも法国と言っているけれど、正式名称はアルムストレイム神聖王国と言う。

 世界中に教会がある世界最大派閥の宗教で、至上神を信仰するアルムストレイム教の総本山が有る国だ。大聖堂や神殿は華麗で繊細な装飾が施され一見の価値が有るとか。

 そして魔導国は正式名称ヴェステルマルク魔導国。

 世界一魔法の研究が進んでいる国で、新しい魔法や魔道具などは魔導国で発明されたものが多いらしい。私が持っている鞄も魔導国で作られた、空間魔法が付与されている魔法鞄だ。


 この二つの国は、表面上普通に交流が有るものの、水面下ではどちらが優位に立てるか競っているそうだ。

 仲が悪いのは考え方の違いらしく、法国は神から与えられた魔法を私利私欲のために使うのものではない、と主張しているのに対し、魔導国は与えられた魔法を好きに使って何が悪い、便利になるなら良いではないかと言うスタンスらしい。

 ……そりゃ仲良く出来ませんよね。


「そんなお互いを牽制し合ってる国が有利に立つために必要なのは何だと思う?」


「……それは……」


 ──聖女や大魔導師──もしくはそれに準ずる存在、象徴。

 神から新たに使わされた聖女、国を建国した魔導王の再来……。


 そんな存在を二つの国が放って置く訳がない。しかも最悪それ以外の国も身柄の確保に動き出すかも知れない。


 それは確かにまずいかも。考えが甘すぎた。


「あの、法国や魔導国に見つかればどうなりますか……?」


「そうじゃのう。簡単に言うと奪い合いじゃな。お互いなんやかんや難癖つけて、王国に身柄を要求してくるじゃろうな」


「法国の大聖アムレアン騎士団や、魔導国の冥闇魔法騎士団が出てきたらもう終わりだね。魔王でも逃げられないね」


「万一〜、捕まりでもしたら、もう二度とその国からは出られませんね〜」


「拘束監禁」


 ひえー! それだけは御勘弁願いたい! そんなの、侯爵家に居た方がまだマシじゃないか。やっと自由になれたのに!


「今ならまだ間に合うから自重しようね。それにミアさんは帝国へ行って、ハルと再会するんだろう?」


 ディルクさんの言葉にハッとなる。

 ──そうだ、私は約束を果たさなければならないのだ。


「……はい、今までどれだけ私が無知だったのか、それが凄く良くわかりました! これからは自分の身を守るためにも色々学んで行こうと思います!!」


「良かった……やっと理解してくれた……」


「まあまあ、自分の事が自分でもわからんなんて事は誰にでもあるじゃろうて」


「一歩前進ですね〜」


「……ハルって誰?」


「あ」


 マリカさんの言葉に全員が食いついてきた。ディルクさんには協力して貰う手前話したけれど、他の誰にも話したことが無かったんだ。


「ミアさんごめん!」


 私が秘密にしていた事を、周りに漏らしてしまったと思ったディルクさんが凄く申し訳なさそうに謝ってくれる。


「いえ、大丈夫ですよ。知られて困ることでもありませんし」


「いや、でも……それは……」


 何故かディルクさんがすごく困っている。なんかもごもご言ってるけど。


「何じゃディル坊。えらい歯切れが悪いのう」


「秘密にしているわけじゃないんです。ハルは私の初恋の男の子で……」


「なんと! ミアちゃんの初恋じゃと!?」


「甘酸っぱいね〜」


「初恋……」


 うう、改めて口に出すと恥ずかしいかも。


「今は帝国にいると思うんですけど、その……ハルといつか再会しようね、と約束していて」


「ええのうええのう。青春じゃのう」


「素敵」


「約束の場所とか決めてるの〜?」


 リクさんの言葉に、浮ついていた心が一気に現実に戻る。

 そうなのだ。いつか再会しようとしか約束していないんだ。


「再会の約束だけで場所とかは結局決めていないんですけど、ハンスさんと取引していたのを思い出して……」


「ハンスとは会頭かの? ならばかなりの有力者の息子かのう?」


「なるほど〜。会頭を頼りにここへ来たんだね〜」


「愛」


 マリカさん! そんな「愛」だなんて……! いや、愛はあるけど! ありまくるけど! ストレート過ぎて恥ずかしい!

 みんな結構恋バナが好きらしく、色々白状させられてしまった。恋バナには年齢や性別は関係ないらしい。


「七年……ずっと好き……」


 特にマリカさんの食いつきはすごかった。女の子だもんね!


「ええと、みんなそろそろ……」


 ディルクさんが何とか話を終わらせようとしていたけれど、皆んなの勢いは止まらない。


「何だか昔を思い出すのう。ワシも若い時はこう見えてブイブイ言わせとったんじゃよ? ワシが作ったアクセサリーをプレゼントしようもんなら、どんな可愛い子でもイチコロじゃったわい」


「ニコお爺ちゃんの作ったアクセサリー、私見てみたいです!」


「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか。見るだけじゃのうて、プレゼントしちゃうぞい。指輪か? 首飾りがええか?」


 ニコお爺ちゃんはご機嫌だけど、簡単にアクセサリーとか貰っちゃったら後で怖いかも。凄く価値が有りそうだし。


「いえ、指輪はハルから預かっているのがあるし、母の形見のネックレスもあるので今のところは……」


 結構です、と言いたかったのだけど。


「しょぼーんじゃの……」


 とてもニコお爺ちゃんが残念そうにするので、つい「また欲しいものがあったら言いますね」と言ってしまった。


「そうかそうか。待ってるぞい!」


 ニコお爺ちゃんのご機嫌が直ってホッとしていた私は、ディルクさんの顔色が悪くなっている事に気づいていなかった。


「見たい」


「え?」


「ハルの指輪みたい」


 マリカさんがそんな事を言うなんて意外だったけど、マリカさん達には見せても良いかな、と思い服の中からネックレスを取り出そうとして──


「ちょっと待った! その指輪って、まさか──!!」


 ディルクさんが何かに気付いて慌てて静止したけれど、すでに遅く。

 私の首からネックレスに通された指輪が溢れた、その瞬間──


「「「「──────!!」」」」


 声にならない声が、部屋中に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る