24 ぬりかべ令嬢、秘密になる。
ディルクさんが侯爵家との取引停止を告げたけど、出禁になったのはお義母様達だけの様で一安心だ。
ランベルト商会はとても大きい商会だと言うことはわかっていたけれど、まさか帝国の皇族御用達だったなんて……! それは実質帝国一の商会という事だ。なら、王国の一貴族の取引が停止したぐらい気にする必要も無いのだろう。
もうお話は終わりなのかな? と思っていたら、どうやらここからが本題らしい。
「ちょっと聞いて良いかな? ミアさんは自分の作った化粧水を今まで誰かに見せた事はある?」
「はい、お屋敷の皆んなは知っていますよ」
「それは夫人達もかな?」
そういえばお義母様達には言っていなかったな。
「……いえ、お義母様達は知らないと思います。わざわざそんな話をした事なんてありませんでしたから」
お義母様達とは家族らしい会話は勿論、世間話すらした事が無かったのだと今更ながらに気付く。
私が思い出しながら返事をするとディルクさん達から負のオーラが滲み出て来た……様な……?
「あ! でも! 二人共化粧水は愛用していましたし、アロマオイルを使ったマッサージはとても気に入っていたみたいです! 二人に毎日全身マッサージしていましたから!」
ギリギリギリ
……!! どこからか歯ぎしりの音が……怖い!
私はこれ以上私のせいで雰囲気が暗くならないように「おかげで筋肉が付いたんです!」と、なるべく明るく言ってみた。けど……。
「アイツら……どう懲らしめてやろうか……」
「地獄見せたるでぇ」
ヒィ!? だ、誰!? 何だか不吉な言葉が聞こえて来た様な……?
……でもこれって、私の境遇に怒ってくれているんだよね? 私自身そんな感情が麻痺してしまったのかよくわからないけど、私の代わりに怒ってくれているのが嬉しい。
「夫人達に知られずに済んだのは僥倖だったね。彼女達が知っていたら、君を手放す様な事は絶対しなかった筈だよ」
え、そうなの……?
「ちなみに作り方はいつも同じかな? この前お店で見せてくれたものと今回のものでは効能に差がある様だけど」
「あ! そういえばいつもは魔法を詠唱して作っていました。今日はつい緊張しちゃったので詠唱を忘れてしまいましたが……」
「なるほど……詠唱の差か……」
ディルクさん達がうんうんと頷きながら何か理解し合ってるけど、私には全くわからない。
「えっと、私が作った化粧水は良いものなのでしょうか……?」
だとしたらとても嬉しい。お義母様達はともかく、ダニエラさん達にはたくさん残してきたから、いっぱい使ってくれたら良いな。
私の質問に、ディルクさんが少し言い難そうに答えてくれた。
「ミアさんが今回作ってくれた化粧水だけど、良いものどころか効能が凄すぎてね。このままこれを売る事は出来ないかな」
……! それは売り物としての価値が無いという事だろうか……。
だとしたら期待した分ショックが大きいんですけど……!
「ああ、誤解しないで欲しいんだけど、価値が無いとかじゃ無いから。逆だからね?」
明らかに落ち込んでしまった私にディルクさんが弁解してくれた。
でも逆って……?
「これは化粧水と呼んでいい範囲を超えているんだ。余りにも効能が良すぎてね。もしこれを流通させてしまえば世界は大混乱を起こすと思うよ」
そんなに……? いや、でも……。
「普通の作り方ですよね?」
「「「「普通じゃ無い」」」」
……あ、そうですか。
「そもそも、その認識がおかしいんだよ。普通は全ての工程を魔法で完結させようと思わないからね? 今日見せてくれたのは四属性を持つ君だけのオリジナルの製法だよ」
そうだった……。便利だったからつい使っていたけれど、本来ならそれは普通では無かったんだ。
ディルクさんに言われ、今まで自分がやってきた事に茫然となる。
「どうして今まで君の様な存在が公にならなかったのか不思議だったけど、君が置かれていた環境を知って納得したよ。君は使用人同様に過ごしていたんだよね? だから本来であれば、貴族が受けるはずの魔法学の授業を君は受けていないんだ」
「なるほどのう。じゃからミアちゃんの魔力の特異性を誰も知らなかったのじゃな」
「もし君が貴族としてきちんと教育されていたのなら、その教師経由で何処かに情報が流れていたと思うよ。たとえ悪意が無かったとしてもね」
なんと! 知らないところで自分の噂が広まってしまうなんて……まるで社交界のようではないか……怖すぎる!
「でも私は四属性とは言え、魔力量は人並みですよ? グリンダの方が余程魔力が多いのに」
そんなに四属性は希少なのかな? それぞれの属性持ちが四人居れば済むのでは?
私が疑問に思っていると、その疑問に答える可愛い声が。
「量では無く質」
「マリカさん……?」
今まで余り喋らなかったマリカさんが突然喋ったので驚いた。
「貴女の本当の属性は聖属性。四つの属性はその派生でしか無い」
マリカさんの言葉にそこに居る皆んなが耳を傾ける。
「しかも魔力濃度が濃い。だから少量で済む」
マリカさんの言葉には不思議な力があった。だからか、意外な内容の筈なのに、マリカさんの言葉は私の胸にすとんと落ちた。
──そうか。私の魔力は聖属性だったんだ。
「マリカの言葉を疑うつもりは無いんじゃがの。もしそれが本当じゃったらミアちゃんはまさか……」
え。なに何? まさかって何?
「そう言えば最近、法国がにわかに騒がしいと取引相手の商人が言っていたな。大司教に何かが有ったらしいけど」
「法国は秘密主義ですから~。余り外に情報が出て来ませんし~」
「ならばこれからは法国の動きに注視せんといかんのう。ワシも伝手を使って情報を集めるぞい」
……よくわからないけれど、法国やそれに繋がる神殿へは行かない様にした方が良さそうだ。うん、気を付けよう。
そして今度こそ話は終わりかと思ったけれど、再びマリカさんが呟いた。
「魔導国」
「「「……あ!」」」
マリカさん以外の三人が驚いてる。ん? 魔導国? 今度は何があるの?
「そうじゃったのう。無詠唱があったのう」
「創造魔法もですよ~」
「マリカ、もしこの事を魔導国が知ったらまずいかな?」
「来る」
え? 何が来るの? うーん。誰か説明してくれないかなあ。
「今のところ魔導国に怪しい動きはこれと言って無さそうだけど……ちょっと前に研究院の院長が代わったぐらいかな? でも時々奴らが来るからね。ちょっと心配かな」
「そうじゃのう。しかしミアちゃんが外で魔法を使わなければ、そう問題も無いんじゃないかの?」
「奴らはマリカ狙いだからね。ミアさんと会わなければ大丈夫だと思うけど」
「でも油断大敵ですね~」
……う。油断しないように気を付けよう。でもマリカさん狙いって? 気になる!
「マリカさんは誰かに狙われているんですか?」
「ああ、狙うというか、マリカの才能を欲しがっている人達は大勢いてね。結構引き抜きの打診が多いんだよ」
魔道具製作の天才だもんね……場合によっては巨万の富を得ると言われているし。そりゃあ誰でも引き込みたくなるよね。
「魔道具を製作するには各属性の事を熟知せんといかんからのう」
「なるほどです! だからマリカさんは魔法にとても詳しいんですね! 聖属性の事なんて私は知りませんでした!」
ずっと四属性だと思っていたから、新たな属性を教えて貰ってちょっとワクワクする。
「それにマリカは<変位の魔眼>を持っていてね。魔力の性質や動きが視えるんだよ」
おお! 天才でしかも魔眼持ちだなんて……すごい! 可愛い!
「珍しい魔眼でね。他には帝国のレオンハルト殿下が持ってるらしいよ」
「帝国の……」
うーん、帝国か……一体いつになったら行く事が出来るんだろう……?
これから頑張って化粧水を大量生産して、お金を稼ぐつもりだったのにな。でも私の作る化粧水は売れないらしいし。もう作れないのかな。
「あの、私の化粧水はもう必要ありませんか?」
だったらどうしよう。役に立たない人間を雇うなんてしないよね。ろくに働かないまま無職になるなんて嫌だなぁ……。
そんな私の心配をディルクさんは笑って否定してくれた。
「とんでもない! そんな勿体無い事しないよ。詠唱ありならぎりぎり売っても誤魔化しはきくけどね。詠唱なしはさすがにそのまま売ることは出来ないけれど、濃いのなら薄めれば良いんだよ。その分販売量が増えるしね。濃度によって金額を変えて売れば、誰でも買う事が出来て喜ばれると思うよ」
「ディル坊は商魂たくましいのう」
「さすがです~」
良かった! 作り続けでもいいんだ!
「そう言えばミアさんの事を、うちの親父には伝えないといけないんだけれど……良いかな?」
そうか。ハンスさんは会頭だから、お店の事を報告する義務があるんだ。
「内容がこれだし、手紙で報告なんて事は危険過ぎて出来ないけどね。親父がここへ来たらその時直接話そうと思うんだけど」
「わかりました! 私は大丈夫です!」
やったー! ここで働き続けられるんだ! よーし! 頑張るぞー!!
「それじゃあ緊急会議はこれで終わりかな。では結論。ミアさんは『聖女と大魔導師候補になる可能性がある』という事はランベルト商会の機密事項となりますので、秘密保持契約書に基づき他言無用です。皆さんわかりましたか?」
「うむ。わかったぞい」
「は~い。秘密にしま~す」
「了解」
……え? え? 何? 聖女と大魔導師って何!? お伽噺じゃないの!?
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