23 ランベルト商会緊急会議(ディルク視点)
ミアさんが化粧水を作る過程を見せて貰ったけれど、その様子は想像の遥か上を行く凄さだった。複雑な魔法を使っているにも関わらず、流れるように作業するさまは圧巻だった。しかもミアさんはこの作業をごく自然にこなしていたのだ。
そして完成した化粧水は、わずかに光を帯びている気がするのは、きっと気の所為ではないのだろう。
確かに四属性で無詠唱の創造魔法というのは問題だ。いや、問題有りまくりだ。
しかし一番問題なのは、肝心のミアさん本人が自分の凄さを理解していない点だ。
これは一度きちんと話し合ったほうが良いかも知れない。
幸いここは研究棟だから話が部外者に聞かれる危険はない。それに人が来たらすぐドアベルの魔法具でわかるので、ある意味この研究棟は秘密の会議をするには丁度良い場所だ。
研究棟奥にある会議室に全員を集める。普段は商品開発のアイデアや意見などを交換する場所で、更に防音になっているので安心だ。
「「「「「…………」」」」」
集まったのは良いけれど、どこから話せば良いのか言葉が出てこない。
ミアさんは突然こんな所に連れられて、しかも皆んな無言なものだから不安そうにしている。
このままだと埒が明かないので、何とか責任者としての責務を果たすべく口を開いた。
「ええと、ミアさん。色々質問しても大丈夫かな? 結構深いところまで聞くことになると思うけど」
普通なら何を聞かれるか不安だろうに、ミアさんは気丈にも頷いてくれた。
「はい……! それはとても大切な事なのですよね? なら、私が答えられる範囲であればお答えさせていただきます!」
ミアさんがそう言って決意してくれたのならこちらも腹を括ろうか。
「えっと、僕の記憶が間違っていないのなら、四属性の魔力持ちはこの国において一人だけだったと思うんだけど。ミアさんはその一人ということで合ってるのかな?」
「ええと、多分……? 確かに珍しいと言われた事がありますけど……」
「じゃあ、君はウォード侯爵家のご令嬢で間違いないのかな?」
「……はい、そうです」
やっぱりそうかー! さすがにただの平民だと思ってはいなかったけど、まさかの貴族! しかも上位の侯爵家かー!! そう言えばウチの顧客だったー!!
「えっと〜。ウォード侯爵家と言えば王太子殿下の婚約者の〜?」
つい先日行われた王太子殿下の任命式と同時に、婚約者の発表がされたのだ。リクは婚約者がミアさんと思ったようだけど。
「いえ、私ではありません。殿下の婚約者は私の義妹でグリンダと言う名前です」
王太子殿下の婚約者は輝かんばかりの美貌を持っていると巷で話題になっている。なのでミアさんが婚約者だと勘違いしても仕方がない。
そう言えば、以前ウォード侯爵夫人とその令嬢らしき人物を見た事が有ったけど、正直余り印象に残って無い。普通の貴族と言う感じだった。その時は副店長が対応してくれたっけ。
しかしミアさんもハッとするほど美しいのに、全く噂で聞いたことが無いなんて。
僕が疑問に思っていると、ニコ爺が思い出したように話し出した。
「そう言えばワシ、ちらっと聞いたことが有るわい。ウォード侯爵家にはぬりかべと呼ばれている令嬢がおるとか何とか」
……ぬりかべ? 何だそれは。
「東の国の妖怪」
マリカが教えてくれたけど……妖怪? 妖怪って魔物?
「それって人を魅了する類の?」
それなら納得するけれど、僕達の会話を聞いていたミアさんが慌てて訂正したのでどうやら違うらしい。
「違います! ぬりかべは姿の見えない壁のような魔物だそうです! 私はいつも壁と同化するような姿をしていたので……」
イマイチ想像できなかったのでミアさんに解説を求めると、それをきっかけにウォード侯爵夫人とその娘が行っていたミアさんへの非道な仕打ちが明らかになって来た。
「私の本当の名前はユーフェミア。ユーフェミア・ウォード・アールグレーンです。騙す様な事をして申し訳ありません」
ポツリと呟いたミアさんは俯いていて、その姿はとても儚げで小さく見えた。それはまるで昔のマリカの様で──自分に自信がない人間の姿だ。
ミアさんは義母や義妹から自尊心などを徹底的に潰されたのかも知れない。そう思うと心から怒りが湧いてくる。
「しかし何じゃのう。将来の国母たる女性が、その様な性悪じゃったとは……。その王太子は節穴かのう」
うーん。確かに。ニコ爺の心配も良くわかる。
「王太子殿下は聡明で知識や思考力が優れていると評判だけど、性格までは見抜けなかったのかな? もしくはそのグリンダと言う義妹は余程猫を被るのが上手いとか」
「王太子は美術や芸術方面に造詣が深いと聞いた事があります〜。その義妹の美貌に魅せられたのでは〜?」
リクの考察になるほど、と思っていると、マリカがぼそっと呟いた。
「魅了の魔法。光魔法の応用」
ミアさんの話から推測したのだろう、マリカがそう結論付けた。
「マリカが断言するなんて珍しいね」
「ん、間違いない」
どうやらマリカはマリカで、ウォード侯爵夫人と義妹に憤慨しているらしい。いつもより口数が増えているので良くわかる。
「でも魅了か……。店でチラッと見た事が有るけど、別段魅力的には見えなかったな」
店内で魅了を使われたのであれば僕も効果範囲内だった筈。
そんな僕の疑問に答える様にマリカが言った。
「たぶん眼鏡。光が屈折」
……ああ、なるほど。魅了自体が光魔法の応用だから、眼鏡のレンズが一種の盾になったと言うことか。
であれば、眼鏡を掛けていれば魅了には掛からないと言う事なのだろう。なら宰相の息子辺りは魅了に掛かっていない可能性があるな。息子の名前何だっけ?
「では、エリーアス様は魅了に掛かっていないかも知れませんね」
ミアさんが出した名前で思い出した。そうそう、エリーアスだ。今後の為に、その彼とは何か繋がりを持っていた方が良いかもしれないな。
「そう言えば、酷い男と無理矢理結婚させられそうになったって言うのは……? やはりお相手は貴族かな?」
その話題を出した途端、目に見えてミアさんの顔色が悪くなる。
「何じゃと! ミアちゃんが結婚じゃと!? そんなもん百年早いわい! ワシは認めんぞい!」
「ニコ爺ってば〜。孫バカだね〜」
いやいや、問題はそこじゃ無かろうに。しかしミアさんの顔色から察するに、もしかしてその相手というのは……いや、さすがにアレは無いよね?
そう思いたいけれど、ミアさんの口から出た名前はやっぱりその貴族の名前で。
「相手は、その……アードラー伯爵と言う貴族で……」
ご存知ですか? とミアさんが伺う様に聞いてきたけれど、正直その名前を聞きたく無かった。名前を言ってはいけないあの人を、ミアさんは余り知らないのだろう。
巷では歩く猥褻物、名前を聞くだけで妊娠する、伯爵の姿を見たら女は赤ん坊から老婆まで全て隠せ、もし気に入られたらそこで人生終了、いくら逃げても何処までも追いかけて捕まえてしまう。今まで逃げ切った人間はおらず、捕まったら最後、二度と日の目を見ることが出来ない……などなど、怖ろしい噂は数知れず。
「これまた厄介な人物を……」
「何じゃと……!? 寄りにも寄って彼奴じゃと? それはいくら何でも酷すぎるわい」
「え〜? 手を付けられないほど悪い子でも、名前を聞くと途端に更生すると言われるあの人〜?」
ニコ爺とリクは知っていた様だけど、マリカは誰か知らずにキョトンとしている。
……良いんだよマリカ。世の中には知らない方が良い事もあるんだよ。
しかしウォード侯爵夫人は余程ミアさんを憎んでいるらしい。でもこれで決断出来る。
「その様な評判の人間と交流があるウォード侯爵夫人達とは今後一切の取引を停止しよう」
僕がそう言うとミアさんが驚いた顔をした後、心配そうに聞いて来た。
「それではお店の経営に支障が出てしまいます。国母を出した家と取引を停止すれば、どれ程の損失が出るか……」
「大丈夫だよミアさん。うちの取引相手は幅広いんだ。あの帝国の皇族とも直接取引しているぐらいだからね。だから逆にうちとの取引を切られた方が痛手は大きいんだよ。むしろ怪しい連中と手を切れて清々するよ」
僕の話にミアさんは納得した様だったけれど、ウォード侯爵家で働いている人達には融通して欲しいと頼まれた。とても良くしてくれたらしい。
「うん、わかったよ。使用人の人達とは引き続き取引するから安心して? まあ、夫人と義妹は出禁にするけどね」
その方がミアさんの為にも良いだろう。ミアさんが見つかる可能性は出来るだけ少なくしたいからね。
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