22 ランベルト商会研究棟にて(マリカ視点)

 店長のディルクから従業員全員に通達があった。その内容は、新しく人を雇ったので仲良くする事、その人の存在を秘匿する事……であった。

 一つ目はわかるけど、二つ目の秘匿と言う部分が気になった。……訳有りかな?

 まあ、今までも実家の都合や前の職場とのイザコザなど、問題を抱えた人がいた事があったので、きっと今回も同じ様なものだろう。

 どんな問題が有ってもディルクが認めた人なら喜んでお迎えしよう。


 しかし聞いた話によると、その新人は若い女の子ですごく可愛いらしい。しかも優秀な人材のようで、ディルクがかなり強引に勧誘したと聞いた。

 ディルクが公私混同する人で無い事はわかっていても気になってしまう。

 もしディルクがその人の事を好きになったので勧誘した──なんて事だったらどうしよう。


 ……はっ! いけない、いけない。つい余計な方へ考えてしまった。昔からの悪い癖だ。


 私はディルクから新人を預かるのだ。彼の期待に応えられるように、しっかりと指導しなければ。

 ──でも仲良く出来るかな。出来たら良いな。

 私は口下手で喋るのが苦手だから誤解されるかも知れない。ディルクに嫌われたらどうしよう……って。

 結局私は何度も思考の海に沈んでは浮上するを繰り返し、その日を迎える事となった。





 * * * * * *





 遂にこの時が来てしまった……。もうすぐ噂の新人がやって来る時間だ。

 リクはまだ起きないし、ニコ爺は不在。ならばここは私が対応せねばなるまい! マリカファイト!


 緊張して待っていると、ドアベルが鳴った。優しいこの音色はディルクの音だ。

 皆んなには同じベル音に聞こえているけれど、本当は魔力の流れを感じられる様な、鋭い感覚を持っている人間なら音の違いがわかるのだ。


 フフフ。良い音だなあ……一日中聞いていたいぐらい。今度音を保存できる魔道具作ろうかしら。そうすればディルクの声も保存できるし。……よし! そうしよう!


 私は迎え入れるために玄関へ向かうと、そこにはディルクと帽子をかぶった女の子が居た。

 ……ああ、ディルク。今日もやっぱり格好良い……素敵!


「やあ、マリカ。お待ちかねの新人さんだよ」


 そうして私に微笑むディルク…………っ……尊い……!! これ後光が差してない? まるで魂が洗われるよう……


 ……はっ! いけない、いけない! ついディルクの笑顔に見惚れてトリップしてしまったわ。

 それにそう言えばそうだった! ここの研究棟は三人しかおらず、しかもそれぞれが多忙なので人員の補充をお願いしていたのだった。けれどここはある意味最高機密を扱う場所なので、なかなか人選が難しく、しばらくは無理かと思っていたのだ。

 昨日からディルクの事ばかり考え……げふんげふん。すっかり忘れてた。念願の新メンバーだ! しかも女の子!


「マリカはこの商品開発部の部長でね、魔導具開発の天才なんだ」


 そんな……天才だなんて……! わかっていたけど改めてディルクにそんな事言われたらテーレーるー! ディルクったら褒め上手!

 ディルクの言葉を頭の中で何回もリピートする。うむ。やはり早々に魔道具を開発せねば。

 ……とか何とか考えていたら、新人の女の子が帽子を脱いだ。ゆるくウェーブがかかった綺麗な銀髪が肩や背中に流れ落ちる。そして隠れていた顔が現れたのだけれど……。


 ──あれ? 妖精さんかな? それとも天使?


 ……ものすんごい美少女がそこに居た。このお店で美男美女は見慣れていたはずだけど、これはもう次元が違いますわー。


「私はミアと申します。精一杯がんばりますのでご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします!」

 

 ヤダ何この子! すごく素直で良い子じゃない! 私に勝てる要素皆無。さよなら私の初恋……。でもやっぱり好き! そうよ! まだ負けた訳じゃないわ! 迎え撃つのよマリカ!!


「……ん。マリカ」


「…………」


 ……アカン。口下手なの忘れてた。

 最初の印象は大切だから、ここでガツンと先輩としての威厳を示さねばいけないというのに!


「ははは。マリカはちょっと寡黙な女の子でね。誤解されやすいけど、とても良い子だから仲良くして欲しいな」


 そんな! 良い子だなんて! なに今日は誉め殺しの日? もっと褒めて良いのよ? それに私の事よく見てくれているのね! 嬉しい! 好き! 


 ……って、ダメダメ。今は新人さんよ! 気をしっかり持たないと。

 そう思って自制しているとミアさんがとても良い笑顔で返事をした。


「はい! 勿論です!」


 ──女神様かな?


 ミアさんはニコニコと笑顔で私を見ている。その笑顔に害意は全く無くて、純粋に喜んでいるのがわかる。


「こっち」


 照れているのがバレるのが嫌だったので、誤魔化そうとしたらそっけなくなってしまった……。ごめんね! 恥ずかしかっただけなの!

 ディルクがその様子を見てくすっと笑っていたので、照れ隠しなのは彼にバレバレなのだろう……くそう悔しい! でも好き!


「マリカさんはどんな魔道具を作っているんですか?」


 こんな私に話題を振ってくれるミアさん。コミュ力高し。


「色々」


 いや、ホントに色々作っているから! 説明が面倒くさいわけじゃないから! コミュ力低くてごめんね!


「マリカ、それじゃあわからないよ。ミアさん、マリカが作った魔道具は多種多様でね。わかりやすいのは入ってきた時に鳴ったドアベルかな」


 さすがディルク! 私専属の通訳みたい! 好き!

 ディルクがいればもう私は喋らなくても良いんじゃ無いかな? それに私専属って響き、スッゴく良くない? ホント、私専属になってくれないかな? でもそれって実質結婚って事よね。新婚旅行は何処が良いかしら?


「すごい! 魔道具でそんな事がわかるんですか!?」


 ……おっといけない。また思考の海で泳いでいたわ。ディルクと海で泳ぐのも良いけれど、浜辺で追いかけっこも捨てがたい。


「わかる」


 フフフ。ディルクの音ならね。


 そう言って無い胸をそらして自慢げな私をミアさんが温かい目で見る。やめて! そんな目で見ないで!



 ──その後、リクを紹介していたらニコ爺が帰ってきた。


 しかし私はその時ニコ爺が放ったセリフで愕然とした。


「ふぉっふぉっふぉ。誰かと思えばディルクの坊っちゃんじゃないか。おや? 随分めんこいお嬢さんと一緒じゃのう。遂に恋人が出来たのかの?」


 ……恋人……恋人……やっぱりそうなの……?


「ニコ爺! 誤解されるような事を言わないで下さい! 彼女は新人のミアさんですよ。昨日連絡していたでしょう? 後、坊っちゃんはやめて下さい」


 あ、なーんだ。やっぱりね! 誤解だよね! 私を弄ぶなんてディルクったら悪い人! でも弄ばれてみたい! 好き!


 そしてお互いを紹介し終わった私達は、ミアさんが化粧水を作るところを見せて貰うことになった。


「ミアさん、それは化粧水の製造方法を皆んなに見せる事になってしまうけど、ミアさんはそれで良いの?」


 ディルク曰く、その化粧水はとんでもない性能を持っているとの事だった。だから製造方法は特殊なのではないかと思っていたけれど。研究棟にある道具で事足りるようだし、本人も全く気にしていないようだ。結構肝が据わってるのかな。


「いえ、大丈夫です。これからここで皆さんと一緒に働くのに、隠し事なんてしたく有りませんから」


 しかもこのセリフ! ちょっと良い子過ぎない?

 でもディルクや皆んなはその言葉が嬉しかったらしい。……勿論私も。


 そうしてミアさんが化粧水を作り始めたんだけど……何やこれ!? 驚きのバーゲンセールやでぇ!! ……あ、ついジュリアンの癖が。


 って! ミアさんは四属性の魔力持ち!? しかも無詠唱……!! あんな魔法見たこと無い!!


 風の魔法でハーブを粉砕しているけど、飛び散らないように結界を張っていて。

 水の魔法で魔力の塊のような──これは聖水? それに近い水を作り出して。

 火の魔法で加熱しているけど、まさかの聖火!? 植物のえぐ味やアクを浄化して。

 土の魔法でろ過するために作ったザルは、液体を通す時更に効果が付与され、熟成した状態になっていて──。


 ──これは四属性それぞれが聖属性を持っている!! そんな事が可能だなんて!!


「出来ました!」とミアさんが化粧水を見せてくれたけれど……液体が光で煌めいている。これは最早化粧水じゃ無いよね? これアカン奴や……!


 その化粧水を見て皆んな呆然としていた。ミアさんが反応の無い私達を不思議そうに見ているけれど、皆んなそれぞれ今の魔法を見て頭の中を整理しているのだろう。


「あの……やっぱり作り方間違ってますか?」


「「「「いやいやいや!」」」」


 そんな訳あるか!! と皆んなの心が一つになった瞬間だった。

 さすがディルクが従業員全員に緘口令を敷いただけは有る。これは外に出してはいけないものだ。


 ──聖なる四属性の魔力──


 これは法国に伝わる聖女の力そのもの。そして、


 ──詠唱破棄の創造魔法──


 魔導国で伝説になっている古の大魔導師と同じ才能。


 法国と魔導国がミアさんの存在を知ってしまったら──世界を巻き込むミアさん争奪戦が始まるかも知れない。本当にこの人は……


「色々と酷い。良い意味で」


 もしかするとランベルト商会はとんでもない爆弾を抱え込んでしまったのかも知れない。けれど──。

 私達を信用して秘密を明かしてくれた、この優しい少女を守っていこう、と。私は心の奥でそう固く決心した。


 ──肝心の本人は全く無自覚のようだけど。


「魔法は詠唱した方が良いんですよね? すみません、うっかりしてました」


「違う、そうじゃない」


 ほんまそれな!

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