21 ぬりかべ令嬢、魔法を披露する。

 研究棟でマリカさんとはお会いしたけれど、他の人が見当たらない。もしかしてここはマリカさん一人だけなのだろうか。


「ディルクさん、この研究棟に他の方はいらっしゃらないのですか?」


「ああ、勿論他にも居るんだけど。ちょっと待ってね」


 そう言うとディルクさんは奥の方へ向かって大きな声を出した。


「おーい! リク! 起きろー!」


「……!?」


「…………」


「……んあ〜?」


 ディルクさんが声を掛けた後、奥の部屋から寝ぼけたような返事が返ってきた。どうやら奥の方には仮眠室があるらしい。

 しばらくすると奥の部屋の扉がぎぎぃと音を立てて開き、のっそりと何かが出てきた。のっそりしたものをよく見ると、ボサボサの髪の毛をした男の人だった。


「ん〜? 何〜? 呼んだ〜?」


 リクと呼ばれた人(?)は頭をボリボリと掻きながらあくびをしている。どうやらまだ眠り足りないらしい。


「リク、いつ寝たの?」


「ん〜? わかんない〜」


 何だかのんびりとした口調の人だなぁ。顔が髪の毛で隠れてしまってよくわからないけど、声からして若い人のようだ。


「ああ、ごめんねミアさん。彼はリクと言って、ここのメンバーなんだけど開発では無くて修理や補修を主に担当しているんだ。ほら、リク。新人のミアさんだよ。挨拶して」


「リクです〜。よろしく〜。明け方まで修理してたからさ〜。こんなカッコでごめんね〜」


「いえ、遅くまでお疲れ様でした。私はミアと申します。どうぞよろしくお願いします」


 リクさんは魔道具はもちろん、美術品や絵画など幅広く補修出来るらしい。言わば修理のスペシャリストなのだそうだ。


「それから後もう一人居るんだけど……マリカ、ニコ爺知らない?」


「納品。もうすぐ帰る」


「ああ、そう言えば今日だったっけ」


 ディルクさんとマリカさんが話していると、ドアベルが軽快な音を鳴らし誰かが入ってきた。本当だ! さっきと音色が違う!


「ふぉっふぉっふぉ。誰かと思えばディルクの坊っちゃんじゃないか。おや? 随分めんこいお嬢さんと一緒じゃのう。遂に恋人が出来たのかの?」


「ニコ爺! 誤解されるような事を言わないで下さい! 彼女は新人のミアさんですよ。昨日連絡していたでしょう? 後、坊っちゃんはやめて下さい」


 丁度良いタイミングでニコ爺と言う人が帰ってきたようだ。豊かなヒゲをたくわえた人の良さそうなお爺さんと言った印象だ。

 ただ、私をディルクさんの恋人と言った時、一瞬だけどマリカさんの魔力が揺らいだような気がしたんだけど……。んん〜?


「ミアさん、彼がニコラウス、通称ニコ爺だよ」


「あ、ニコラウスさん、初めまして。ミアと申します。どうぞよろしくお願いします」


 ディルクさんに言われてハッとなり慌てて挨拶をする。


「ふぉっふぉっふぉ。こりゃまた若くてめんこいのう。ワシの事はお爺ちゃんと呼んでおくれ」


「お爺ちゃん……?」


 ニコ爺じゃなくてお爺ちゃんの方が良いのかな、と思ったのだけれど。


「ふぉっふぉっふぉ。良えのう良えのう。長生きはするもんじゃのう」


 ……大変ご満足いただけたらしい。


「ちょっとニコ爺、余りふざけないで下さいよ。ミアさん、無理に呼ぶ必要は無いからね?」


 ディルクさんがフォローしてくれたけど、お爺ちゃんって響き凄く良いかも。


「はい、でもお爺ちゃんって呼び方、何だかくすぐったい感じがして好きかもしれません。良ければニコお爺ちゃんと呼ばせていただいても良いですか?」


 私の言葉にニコお爺ちゃんはとても嬉しそうだ。


「ええぞい、ええぞい。おお……ニコお爺ちゃん……良い響きじゃのう。最高じゃわい。ほらほら、どうじゃディル坊。これで文句はあるまい? しかし物分かりの良いお嬢さんじゃのう。ワシは嬉しいぞい」


 ニコお爺ちゃんのテンションにディルクさんがため息をついている。「まあ、ミアさんが良いなら……」と納得してくれたけど。何だか申し訳無い。


「話を戻すけど、このニコ爺はこう見えて宝飾彫金師でね。物凄く手先が器用なんだよ」


「ワシ、ドワーフの血が半分流れておるからのう。加工なんかも得意じゃぞい。何ならワシがミアちゃんにアクセサリー作っちゃうぞい」


 ニコお爺ちゃん、半分ドワーフなんだ! ドワーフと言えば高度な鍛冶や工芸技能を持っていると評判だったっけ。

 私が感心しているとディルクさんがコソッと教えてくれた。


「実はニコ爺、ミアさんも知っている例の香水瓶の加工をした彫金師の師匠なんですよ」


 ええ!! 衝撃の事実! あの彫金を施した帝国屈指の彫金師が、ニコお爺ちゃんのお弟子さん!? 好々爺然として優しそうな感じなのに本当はすごい人だったんだ。私にも彫金とか教えてくれるかな?


「ふぉっふぉっふぉ。ワシの事はさて置き、ミアちゃんは何が得意なんじゃ? お爺ちゃんに教えておくれ」


「あ、はい、得意というかそれしか出来ませんが、私はハーブを使った化粧水やマッサージオイルを作るのが好きで……ディルクさんにも評価いただいた化粧水を主に作って行こうかと思っています」


「うんうん。そうかそうか。如何にもミアちゃんらしいのう。じゃあお爺ちゃんにその化粧水を作るところを見せてくれんかのう?」


「はい、わかりました。では場所をお借りしても良いですか?」


 ニコお爺ちゃんのお願いで化粧水を作る準備をしようとした私に、ディルクさんが慌てて声を掛けてきた。


「ミアさん、それは化粧水の製造方法を皆んなに見せる事になってしまうけど、ミアさんはそれで良いの?」


 ディルクさんが気を遣ってくれたけど、特別な事はしていないしなぁ。寧ろ秘密も何も無くてガッカリさせるかも。


「いえ、大丈夫です。これからここで皆さんと一緒に働くのに、隠し事なんてしたく有りませんから」


 にっこり笑ってそう言うと、ディルクさんも嬉しそうに微笑んでくれた。


 化粧水を作るための準備をしたけれど、さすが商品開発部だけあって必要な道具は全て揃っていた。

 準備も終わったので早速作って見る。


 えっと、お屋敷から持って来たドライハーブを出して……と。

 今回は五種のハーブ……カミツレ、ラベンダー、ローズマリー、サルビア、ハマメリスにしよう。

 それぞれ風魔法で粉砕したものを不純物を取り除きながら調合用のこね鉢に入れて混ぜ合わせ、水魔法で出した水を火魔法で沸かして鍋に入れ、そのまま火魔法で加熱しながらハーブを煮出す。

 煮出したハーブ液を土魔法で作ったザルに上げて濾したら今度は火魔法で熱を取って……。

 ハーブ液の熱が取れたらハチミツを入れて、かき混ぜたら完成!


「良し!」


 時間はそう掛からなかったと思うけど待たせちゃったかな?

 私はディルクさん達の方を向くと、「出来ました!」と瓶に入った化粧水を見せたのだけれど。


「「「「…………」」」」


 おや? 何故か全員固まっていますよ?


 ……あれ? 大雑把過ぎて驚いているのかな? でもいつもと同じ作り方だし、質も同じだと思うんだけど。


「あの……やっぱり作り方間違ってますか?」


「「「「いやいやいや!」」」」


 おお! 皆さん同じリアクションだ。仲が良いなぁ。


「ちょ、ちょっとミアさん! 君はもしかして四属性の魔力持ちなの?」


 ……あ! そう言えば四属性って珍しいんだっけ。


「ワシ、耳が遠くなっちゃったのかのう……。ミアちゃんの詠唱が聞こえんかったんじゃけど……」


「って言うか〜。道具ほとんど使って無いよ〜」


「色々と酷い。良い意味で」


 何だかすごく驚かれてる。


 ……はっ! そうか!


「魔法は詠唱した方が良いんですよね? すみません、うっかりしてました」


「違う、そうじゃない」


 初めてディルクさんから真顔でツッコミを入れられてしまいました。

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