20 ぬりかべ令嬢、天才と出会う。

 朝食を食べた後、髪の毛を帽子に入れて深く被った私は、早速ディルクさんにお店の方へ連れて行かれ、売り場案内兼挨拶回りをした。


 このお店の店員さんはどの人も皆んな親切で、たくさん応援の言葉をかけてもらってとても嬉しかった。意地悪な人がいたらどうしようと思っていたけれど、いらない心配だったみたい。

 どうやらここで働く人たちは全員、このお店で働くことに誇りを持っているようだ。だから変に意地悪をして店の雰囲気を悪くする人が許せないらしい。確かに過去、意地悪な人が何人か居たらしいけど、そういう人は自然と辞めて行くので、人間関係はとても良いそうだ。


 それから化粧品を取り扱うフロアーへ行くと、これからは私も深く関わる事になるという事でゆっくり商品を見せてもらう。

 このフロアーの担当はアメリアさんと言う名前で、赤い髪に緑の瞳をしているスラッとした美人なお姉さんだ。アメリアさんのメイク技術は凄いらしく、まるで別人のように仕上げることが出来るらしい。一度その技術を拝見させていただきたい。


 ディルクさんがアメリアさんに私を紹介してくれた。ちなみにディルクさんはお店の中だからと、口調は店員さんモード(?)だ。


「こちらのミアさんにはー、商品開発部で主に化粧水を作ってもらう事になっているんですよー。今後のためにも、アメリアさんには色々と彼女にアドバイスしてあげて欲しいんですー」


「まあ! こんな可愛らしい女の子が商品開発部? 何だか勿体無いわ。ねえ、あなた私と一緒に売り場で働かない?」


 有り難いお言葉だけれど、人と接する仕事より今はものづくりをしたかったので、丁寧にお断りをした。それに忘れがちだけど、今の私は逃亡中だ。出来れば人の目に入らない場所でひっそりと仕事をしたい。


「あら残念。でもあなたの作る化粧水を楽しみにしているわ。私に一番に使わせてちょうだいね」


「ありがとうございます! その時は感想を聞かせてくださいね!」


 アメリアさんに楽しみと言われて有頂天になる。ちょろいな私。でも嬉しい!

 他にもアメリアさんは化粧品のことをわかりやすく説明をしてくれたり、人気の色を教えてくれたり……。私とたくさんお話してくれた。そんなアメリアさんは見た目も中身もとても素敵な人だった。


 アメリアさんと別れて次に向かったフロアーは、服や小物などを取り扱っているフロアーだ。さすが流行の発信地と言われる帝国に本店が有る商会だ。どれもお洒落ですごく素敵。社交界の綺羅びやかなドレスより魅力的に見える。

 私が感心するように眺めていると、朝見かけたジュリアンさんが居た。お客さんとお話しているところらしい。


「このロングスカートはしっかり防寒してくれますから、とても暖かいですよ。足元にはこちらのショートブーツがおすすめです。スカートにボリュームが有るので、上着はタイトなシルエットのものが良いですよ。例えば──」


 ……あれ? 意外とまともな接客をしている……?

 お客さんもジュリアンさんの提案に、顔を真っ赤にしてコクコクと頷いている。おすすめされた商品は全てお買い上げされるらしい。

 接客を終えたジュリアンさんに、ディルクさんが声を掛けた。ジュリアンさんが振り向くと目が合ったので、ペコリとお辞儀をする。


 ジュリアンさんの顔を初めて正面から見たけれど、明るめの茶色の髪の毛に茶色の瞳をしていて、てっきり金髪だと思っていた髪は、光に当たって金髪に見えていたらしい。なるほど、確かに自画自賛するだけは有るな、と思うほど綺麗な顔をしていた。

 そんなジュリアンさんが私に挨拶をしてくれたんだけど──


「わいジュリアン言うねん。よろしくやで」


 ──すごく訛っていた。


 ジュリアンさんの様子にディルクさんが苦笑いをしながら教えてくれた事によると、ジュリアンさんは緊張するか、すごくリラックスするかで出身地の訛りが出てしまうらしい。なので寮では結構訛る事があるそうだ。


「いやー、メッチャ可愛かったからびっくりしたわ。うちのモデルやってほしいぐらいや」


「こら!」


「わかってるってー。モデルはしゃーないけど、服欲しかったらいつでも来てや。見繕ったるからな」


「はい! その時は是非お願いします」


 でも、訛りがあるジュリアンさんはとても話しやすかった。そんな彼に親近感が湧く。


「あの、朝の庭で私ジュリアンさんを見かけたんですけど、あれは……」


 訛りのこともあるけれど、今のジュリアンさんと随分印象が違うので、つい聞いてみた。


「ミアさんアレ見てたん? 照れるなあ。アレはわいの朝の日課でな。自分に自信持たせるためにやってんねん。それとセンス磨きや」


 アレを毎朝やってるんだ。それに自信とセンス……?


「わいは服を売るだけやのうて、お客さんの魅力を引き出す手伝いもしとるんや。自分に魅力無くてそんなん出来へんやん? 自分に自信ある人間て魅力的やろ? せやからああやって自分に自信つけてるんや。まあ、わいが美しいのは自明の理やけどな」


 な、なるほど……! そう言えばこのお店の人達はそれぞれがとても魅力的だった。だからこのお店は活気があって人気なのだろう。良い商品があっても、それを売る人が自信を持っていなければ買う方は大丈夫かと不安になるものね。

 ……私もいつか自分に自信を持てるようになりたいな。


「じゃあ、センスは?」


「ここのバラ園ってメッチャ自然な感じやん? 自然の中にいると色んな感覚に刺激があってな、センスが磨かれるんや。例えば色やな。自然の配色ってメッチャ参考になるねんで」

 

 ジュリアンさん曰く、一本の花からでもいろんな色を見つけることが出来て、その配色パターンは服や小物の色を決めるのにとても参考になるらしい。


 うわー……勉強になるなあ。私も花やハーブは好きだけど、そういう観点から見たことがなかったな。

 そうやってジュリアンさんと話しているうちにすっかり打ち解けてしまい、ジュリアンさんの認識が変人からちょっと変わった人へとチェンジした。


 そうしてお店中を回り終わり、次は昼食を摂ってからディルクさんに商品開発部へと連れて行って貰う予定だ。

 お店の裏口を出ると従業員の寮と庭があるという配置になっていて、寮へ行くには庭を通る事になる。食堂は庭に面しているので、庭にいると昼食の準備をしているのだろう、料理の良い匂いが漂ってきた。





 * * * * * *





 美味しい昼食を食べ終わると、とうとう商品開発部だ。そこで働くことになるのだと思うとドキドキしてしまう。

 商品開発部はお店の中にあるのかと思っていたけれど、どうやら別の場所にあるらしい。


 ディルクさんと再び庭に出ると、朝にちらっと見た蔓バラに覆われた建物の前に連れてこられた。近くで見ると、レンガ造りのちょっと古い建物だった。蔓バラが小窓を縁取っていてとても可愛らしい。おとぎ話に出てきそうな雰囲気だ。

 するとディルクさんが建物を差して言った。


「ここが商品開発部がある研究棟だよ」


 へ……ここが……?

 どちらかと言うと武骨な倉庫っぽい場所をイメージしていたので意外だった。


 モールディング装飾された重厚な扉を開けると、軽やかで優しい音色のドアベルが鳴った。

 すると奥からトコトコと小さい女の子が歩いてきた。わあ! 可愛い!

 失礼ながらこの商会の雇用基準は顔ではないかと疑ってしまう。皆さん優秀だというのは十分理解しているけど。


「やあ、マリカ。お待ちかねの新人さんだよ」


 マリカと呼ばれた女の子は銀に近い白髪で赤い目をしている。肌は透き通るように真っ白でとても可愛い。身長は私より頭一つ分低い。


「マリカはこの商品開発部の部長でね、魔導具開発の天才なんだ」


 魔道具を開発するには魔法に対する深い造詣が必要になる。ということはマリカさんは多種多様な魔法を理解しているという事だ。


 すごい! こんなに可愛くて天才だなんて……! そんな人と一緒にお仕事出来るなんて……! うわぁ、緊張するなあ……。


「私はミアと申します。精一杯がんばりますのでご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします!」


 つい硬い口調の挨拶になってしまったのは許して欲しい。


「……ん。マリカ」


「…………」


 あれ? 終わり? まさかの無口キャラ!? まさかここで出会えるなんて。マリアンヌが喜びそう。


「ははは。マリカはちょっと寡黙な女の子でね。誤解されやすいけど、とても良い子だから仲良くして欲しいな」


「はい! 勿論です!」


 むしろこちらからお願いしたい。お屋敷では年上ばかりだったから嬉しいな。


 マリカさんは私の顔をじっと見た後、「こっち」と言って奥へ案内してくれた。

 研究棟の中は天窓から差し込む光でとても明るい。テーブルの上には山積みになった本や紙の束、用途がよくわからない器具などが。うーん、まさに研究室って感じ!


「マリカさんはどんな魔道具を作っているんですか?」


「色々」


「マリカ、それじゃあわからないよ。ミアさん、マリカが作った魔道具は多種多様でね。わかりやすいのは入ってきた時に鳴ったドアベルかな」


「ドアベルが魔道具なんですか?」


「うん、そう。さっき鳴った時はただのベル音だったでしょう? これは私達に害意が無いからだよ。もし害意が有る人間が来ればすごい音が鳴る様になっているんだ」


「すごい! 魔道具でそんな事がわかるんですか!?」


「わかる」


 どことなく自慢げなマリカさんにほっこりする。

 しかし自分の語彙力が皆無なので、すごいとしか言いようがないのが怨めしい。もっと他の表現が出来ないかしら。


 でも一体どんな術式を使えばそんな事が可能なんだろう? きっと凡人にはわからない理屈なんだろうけど……はあ、すごいなぁ。

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