第二章 バルドゥル帝国

150 ぬりかべ令嬢、帝国へ向かう。

 ハルが貸してくれた馬車に、私とマリカとディルクさんにマリアンヌ、もう一台の馬車にランベルト商会の三人が乗り込んだ。そして護衛を兼ねた師団員の三人が馬に乗り上げると、それぞれの馬車の御者から出発の号令がかかる。


 そうしてお父様とエリーアス様に見送られながら、私達一行は王宮を後にした。


 私は馬車の窓から、お父様の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 お父様も私が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれた。


 お父様の姿が見えなくなった瞬間、私の心に言いようのない寂しさが込み上げて来て……胸が張り裂けそうになる。

 

 ずっと疎遠だったお父様と話し合う事が出来て、今までの疑問も解消されて……ようやく普通の父娘に戻れると思っていた。

 もう一度関係を築き直し、失われた時間を取り戻して行けると思っていたのに……。


 後悔と自責の念に囚われかけたその時、私の耳に別れ際のお父様の言葉が聞こえて来た。


『今まで頑張ってきた君が、幸せにならない筈がない。絶対大丈夫だからね。応援しているよ』


 ──それは、私を勇気付けてくれるためのもので。


『ほら、レオンハルト殿下が待ってる。行っておいで』


 ──そして、ハルのもとへ行こうと決意した私を後押しして、送り出してくれた、優しくて力強いお父様の声。


 私は顔を上げてマリカを見ると、笑顔でお礼を伝える。


「マリカ、お父様の声を集音してくれて有難う!」


「……ごめんなさい。勝手に集音して」


 私が先程聞いたお父様の声は、マリカが魔道具で記録してくれたものだったのだ。


 マリカは手に握っていたブローチ──集音の魔道具を私に見せると、申し訳なさそうな顔をする。


 以前、この集音のブローチについてランベルト商会で協議した事があった。

 この「集音」出来る魔道具は画期的な発明だけれど、場合によっては個人の私生活や家庭内の私事などの、人が秘密にしたい事まで暴いてしまう事になりかねない。だからこの魔道具の取り扱いには幾つかのルールが必要だと云う事になったのだ。

 その幾つかのルールの中に、「人の会話を勝手に集音しない」と云う項目があるので、マリカはルールを破った事を気にしているのだろう。


「それでも、私はもう一度お父様の声を聞けて嬉しかったよ」


 少なくとも私にとって、今回マリカは間違った使い方をしていない。道具を使う人の思惑によって、それは武器にもなるし救いにもなる。要は使い方次第なのだ。


 お父様とお別れをしたのだと実感した途端、襲ってきた罪悪感や自己嫌悪に押しつぶされそうになった私は、もう少しでお父様の想いを無下にするところだったのだ。


「だから、有難うマリカ」


 私がもう一度お礼を言うと、マリカもようやくホッとしたのか、可愛く微笑んでくれた。

 その柔らかい微笑みを見て、マリカが自然と感情を出す様になってくれた事に、成長を感じて嬉しくなる。


「えっと、もし良ければそのブローチを譲って貰いたいんだけど……駄目かな?」


 今はまだ貴重な魔道具だから、難しいかもしれないけれど。


「ん。元からそのつもり」


 私の心配を他所に、マリカはあっさりとブローチを渡してくれた。


「え! 良いの? まだそんなに数が無い貴重品だよね?」


 慌てる私にマリカは「問題ない」と言ってくれたけれど、やっぱり心配だった私は思わずディルクさんに視線を投げた。……通訳して欲しいという意味を込めて。


 すると、私の視線の意味を理解してくれたディルクさんが、苦笑いしながら教えてくれる。


「この魔道具だけど、今度帝国と共同開発する事になってね。レオンハルト殿下とマリカが一緒に改良する予定なんだ。資金も十分貰っているし量産出来るように準備しているところだから、マリカが言う通りミアさんにあげても問題ないよ」


 私はそんなところまで話が進んでいる事に驚いた。マリカは帝国の魔道具師になるのだから、当たり前と言えばそうなのだけれど。


「殿下とマリカは魔道具や術式の方で随分と意気投合したみたいでね。僕から見ても、二人が揃ったら最強なんじゃないかって思うよ」


「確かに、二人って似ていますよね。まるで兄妹みたいで、見ていると微笑ましいです」


 私はハルとマリカが一緒に話しているところを思い出す。気兼ねなく接する二人に、正直ヤキモチを焼いた事もある。マリカはディルクさんが大好きだと云う事は十分理解しているけれど。


 そんな私の言葉に、ディルクさんが何やら考え込んでいる様だ。ディルクさんも何か思う事があるのかもしれない。


「……これは、あくまでも僕の憶測だけど」


 そう言って、ディルクさんが話し始めた。


「マリカは帝国のとある部族の長の娘でね。色々有って僕が引き取る事になったんだけど……。その部族と言うのが皇族に縁があるらしくて。もしかしたらマリカの髪の色は一種の先祖返りなんじゃないかって、僕は思っているんだ」


「先祖返り……と言う事は、ハルと同じ……?」


 ハルの黒髪も帝国の始祖となった異世界人の髪の色が先祖返りしたものだと聞いた。


「マリカの場合、何らかの理由で黒髪ではなく白髪になったのかもしれない。同じ魔眼を持っているしね。殿下は魔法に、マリカは術式に造詣が深いし。二人には規格外の共通点が多いから、あながち間違っていないと思うんだ」


「……なるほど。なら二人は限りなく兄妹に近い他人かもしれませんね」


「ハルは弟ポジ」


 私達の会話を聞いていたマリカがぼそっと呟いた。

 その内容が微笑ましくて、私とディルクさんは思わず笑ってしまう。

 年齢はハルの方が上だけど、精神的にはマリカの方が上なのだそうだ。


「そこは譲らない」


 マリカにとってそれはとっても重要な事らしい。ムッとした表情が何とも愛らしい。


 そんなマリカを見て、私はディルクさんの立てた仮説にすごく納得する。もしマリカが髪の色を黒に変えたら──ハルに似ているのかもしれない。


 ……それはちょっと……いや、かなり見てみたいかも。



* * * * * *



お読みいただき有難うございました!

長らくお休みさせていただいておりましたが、連載を再開させていただきます。

以前のようなペースではなく、取り敢えず週一回か二回ほど更新したいと思っていますので、お付き合いのほど、どうぞよろしくお願い致します!


次のお話は

「151 ぬりかべ令嬢、初めて宿に泊まる。1」です。

今回の旅のメンバー紹介話です。

新キャラ多いです。今のところ重要キャラではないですが……。(予定は未定)


更新はTwitterの方でお知らせしています。

次回もどうぞよろしくお願い致します!

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