203 ぬりかべ令嬢、相談する。2

「そう言えば、もう元アードラー伯爵と面会はされないんですか?」


 私とマリカがデニッシュペストリーを食べていると、ふいにマリアンヌが尋ねてきた。


「その内また行かなきゃいけないとは思うけど、急ぎではないかな。どうして?」


 ヴァシレフの<黒い領域>に保存されているアルムストレイム教の歴史に興味はあるけれど、今はハルを起こすことが最優先だ。

 だから<黒い領域>を本格的に調べるのは、まだ先の話になると思う。


「いえ、その神具のことは何も記録されていないのかな、と思いまして」


「<黒い領域>から特定の項目を探すのは困難」


 マリカが言う通り、<黒い領域>に膨大な量の情報が保存されているのはわかっていたけれど、とにかく量が多過ぎた。

 ヴァシレフから再生されたアルムストレイム教の歴史も、止めなければもっと長く語っていたんじゃないかな、と思う。


 だから記録全てを再生するにはかなり時間がかかるだろうし、その中から欲しい情報を聞き出す手段もない。

 それにヴァシレフの横で、神具の話が出るまでずっと話を聞き続けるのは精神的にも辛い。


「ああ、なるほどです。検索できないのは不便ですね。せめてデータだけでも何処かにコピーできれば良いのに。そしてそれをイケボで再生してくれたら、ずっと聞いていられるんですけどね」


 マリアンヌが残念そうに言うけれど、『イケボ』って何だろう? やっぱり異世界の言葉なんだろうけれど。


「そこのところ詳しく」


 マリアンヌのつぶやきにマリカが超反応した。マリカも『イケボ』が気になったのだろうか。


「え? え? どれのことですか?」


「全部」


「ええ〜〜? ちょっと待って下さいね。考えをまとめますので……」


 マリアンヌの言葉がマリカのセンサーに引っかかったらしい。何か良いアイデアが出れば良いけれど。


「……えっとですね。私がいた世界には『パソコン』という便利な道具がありまして。そのパソコンを『インターネット』に繋げれば世界中のネットワークに接続できて、検索すれば欲しい情報がすぐわかるような仕組みがあったんです」


「『パソコン』と『インターネット』をどう繋げるの?」


「えっ?! え、っと、普通は『電話回線』で?」


「『電話回線』って何?」


「え、あ、う、その、えーっと……? 遠く離れた人と会話できる技術で……」


「どうして離れた人と会話できるの?」


「あう、あう……っ そ、それは……! で、『電線』とか『電波』とか……?」


「それは何?」


「ひーっ!!」


 マリカがマリアンヌを質問攻めにしている。異世界の技術について興味があるのはすっごくわかるけれど、だんだんマリアンヌが涙目になってきた。


「マ、マリカ、ちょっと待ってあげて! マリアンヌも落ち着いて!」


 話の内容はよくわからないけれど、話が逸れてきているような気がした私は一旦会話を止めて貰う。


 そうして、落ち着いたマリアンヌにもう一度話をして貰ったところ、ヴァシレフの<黒い領域>の中身をどこかに移して『データベース化』し、その『データベース』から必要な情報を探し出せるようにすれば、知りたいことがすぐわかるから便利、と言いたかったらしい。

 ちなみに『イケボ』とは、「魅力的な男性の声」という意味だそうだ。


「私の声の好みはレオンハルト殿下と、悔しいですが鬼畜眼鏡、それと王国の王宮にいらしたもう一人の眼鏡の方ですね!」


 マリアンヌの好みの声の主にエリーアスさんがいた。そう言えばあの人も落ち着いた声をしていたっけ。


「あ、ディルクさんの声も好きですよ! あの方は少し高めですよね」


「そう。穏やかな声が良い。いくらでも聞ける」


「じゃあ、元アードラー伯爵の声をディルクさんの声に似せたら苦痛じゃなくなりますよ」


「……っ! 確かに」


 マリアンヌの提案に、マリカはすごく納得したようだ。早速何かを思い付いたのだろう、じっと考え事をしている。


「本当にマリアンヌがいた世界はすごいなぁ。魔法がないのにそんな事までできるなんて」


 科学の世界は魔法があるこの世界よりずっと文明が進んでいて、すごく生活しやすそう。話を聞けば聞くほど、この世界と違う事が多くて驚いてしまう。

 これは確かにハルも科学の技術を再現したいだろうな、と思う。


「偉大な先人たちのおかげですね。でもその分、問題も色々ありましたけど」


 マリアンヌが言う問題とは、以前話してくれた環境破壊のことだろう。


「だけど、この世界の魔法で科学の技術を再現しても、エネルギーは魔力ですからね。自然を壊さずに済むのは有り難いなって」


 確かに、空気が汚れたり水が飲めなくなるのはとても困る。魔法で水を出せるとは言え限界があるし。


「早く『トラノマキ』が届くと良いね」


「はい、何が書いてあるか今からすごく楽しみなんです!」


 現在『トラノマキ』は輸送中で、そろそろ宮殿に届く予定らしい。私も異世界の言葉がどのようなものかすごく気になっている。


「……あ! ミア様、そう言えば今日殿下のお部屋に侵入しようとした人がいたって小耳に挟んだんですけど、本当ですか?」


「え、侵入……?!」


 マリアンヌが言っているのはミーナさんのことだとすぐわかったけれど、侵入者扱いって……。マリウスさんはミーナさんに対して本当に容赦がない。


「それは侵入者じゃなくて、面会をしたいってマリウスさんに掛け合ってた人だよ。ハルの従姉妹のヴィルヘルミーナ様で、すっごく可愛い人だったよ」


「殿下の従姉妹?! 可愛い?! すっごく?!」


「聞いたことがある。”妖精姫”と呼ばれている」


「妖精姫?! おおっ!!」


 ミーナさんの存在を初めて知ったマリアンヌがすごく興奮している。マリウスさんから彼女の話は聞いていなかったらしい。

 あれだけ可愛い子なんてそうそういないし、マリアンヌが見たらすっごく喜びそう。


「とても可愛いけど、師団員さんやマリウスさんにも抗議していたから、意外と気が強いのかも」


「ほほう! それはますます……! どんな方が見てみたいなぁ」


「よく皇后様陛下の部屋へ来ているみたいだけど、執務室とは離れてるしね」


 何となくマリアンヌがミーナさんと会えるかどうかは、マリウスさん次第だろうな、と思う。


「あ、その方はもしかして、殿下のことを好きなご令嬢でしょうか?」


 私はマリアンヌに聞かれ、皇后陛下の部屋の前での出来事を思い出す。あの時の私を見るミーナさんの目は、何かを探るような感じだった。


「多分そうだと思う。何となくだけど、私を警戒しているような雰囲気だったし」


「ああ、若くて可愛い子が来たらライバルになるかもって思っているのでしょうね。でも既にミア様と殿下は婚約していますし、二人の間には誰も入り込めないと思いますけどね!」


「同感」


 マリアンヌの自信たっぷりの言葉にマリカもうんうんと頷いている。自分以外の人に言われると何だか恥ずかしい。


 でも、ハルが意識不明の状態ということもあり、私の存在はまだ公にされていないから、ミーナさんにとって私は大好きな人を奪いに来た女になると思うと、すごく申し訳ない気持ちになる。


「私もハルを取られたくないけど……。でもミーナさん、ハルをとても心配してくれているの」


 きっと私達が王都に着く前から、それこそハルが戻ってきた頃から、ミーナさんは面会を申し出ていたと思う。


「私、本当にハルを想ってくれている彼女と仲良くなりたいなって思ってるんだけど……やっぱり難しいよね……」


 普通なら、私はミーナさんに嫌われても仕方がない立場なのだ。


「……こればかりは本人次第。だけど可能性はある」


「そうです! ミア様のことを知って貰えれば、妖精姫もミア様を好きにならざるを得ませんって!」


 マリアンヌの言葉は嬉しいけれど、万人に好かれるのはさすがに無理だと思う。それが恋敵だったら尚更だ。


 それでも、こんなにミーナさんが気になるのはきっと、好きな人にずっと会えない辛さを、私が身を持って経験しているからかもしれない。


 私の望みもミーナさんの望みも叶えるために、やるべきことは唯一つ──ハルを目覚めさせることだけ、ただそれだけなのだ。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


マリアンヌさん、声オタ疑惑。(違)


次回のお話は

「204 ぬりかべ令嬢、トラノマキを見る。」です。

ついに登場トラノマキ!なお話です。(まんま)


コメントに♡本当に有難うございます!すっごく励みになってます!(*´艸`*)

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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