202 ぬりかべ令嬢、相談する。1
「このお茶はアベスカ国特産のマツェチェク茶です。すごく収穫量が少ない希少なお茶だそうですよ」
マリアンヌが私とマリカに淹れてくれたお茶は、帝国皇室に献上された品なのだそうだ。
とても珍しい茶葉なので流通はしておらず、上位貴族でも一部の人しか飲むことが出来ないらしい。
「そんな貴重なお茶を分けてくれるなんて、マリウスさんって優しいね」
「優しいだなんて! とんでもない!! あの鬼畜眼鏡、ミア様の前では猫を被ってますから!! このお茶だってきっとミア様への贈り物のつもりなんですよ!!」
マリアンヌの様子を見て、マリウスさんにすごく仕事でこき使われているんだな、と同情する。
だけどマリアンヌの言葉は、彼女に対してマリウスさんが素の姿を見せているということになる訳で。
それは彼がマリアンヌに心を許しているって意味だと思うけれど、自分のことに鈍いマリアンヌは気付いていないようだ。
「これは興味深い」
どうやらマリカも二人の関係に興味津々らしい。だけど敢えてツッコまずにいるので、マリカも静観するつもりのようだ。
「マリカ様もお茶に興味が? なら、飲み比べされますか? この前貰ったメイズリーク産の茶葉、すっごく良い香りなんですよ!」
「飲みたい」
マリカの言葉をマリアンヌは勘違いしているようだけれど、マリカはわざわざ訂正する気は無いらしい。
マリカが私の視線に気づき、コクリと頷いたので、私も同意の意を込めてコクリと頷き返す。
マリアンヌには悪いけれど、私も二人の関係がこれからどうなるか気になるので、マリカと一緒に温かく見守らせて貰おうと思う。
それからマリアンヌが淹れてくれたマツェチェク茶は、花のような甘くて爽やかな香りがしてとても美味しかった。
マリアンヌが「この茶葉ならミルクティーにしても美味しいかもしれませんね」と言っていたので、今度試してみようと三人で約束する。
「じゃあ、次のお茶に行きましょう! 私は以前飲んだことがあるんですけど、メイズリーク産のこのお茶、バランスが良くておすすめなんです! 渋みも抑えられていて飲みやすいし、すっきりした喉ごしでお菓子との相性がすごく良いんですよ!」
マリアンヌはそう言うと、見覚えのある菓子を持ってきてくれた。
「これって……マリアンヌが作ってくれたの?」
「はい、久しぶりに食べたくなっちゃって、休憩の合間に厨房をお借りしたんです……賄賂として鬼畜に幾つか持っていかれちゃいましたけど……」
マリウスさんのあだ名が鬼畜眼鏡から鬼畜へと変化している。きっとお菓子を取り上げられて悔しかったのだろう。
「賄賂って……。ふふ、もしかしてマリウスさんが厨房に口利きをしてくれたんだ?」
宮殿の厨房にまで顔が利くなんて、マリウスさんって本当に偉いんだな、と思う。
「……はい。甘いものが食べたいって漏らしたら、じゃあ作れって。あの人鬼畜のくせに甘い物好きみたいで、このデニッシュペストリーもすごく気に入ってたんですよ」
マリアンヌが作ってくれたお菓子は、ウォード家使用人の間で「禁断の甘味シリーズ」と呼ばれていた、ゴルゴンゾーラチーズのデニッシュペストリーだった。
「こ、これは……!」
デニッシュペストリーを見てマリカが超反応している。以前マリカもこれを食べて嬉し涙を流していたものね。
「有難うマリアンヌ。すっごく美味しそう。懐かしいな……」
私はデニスさんやダニエラさん、エルマーさん達を思い出す。
(今日は色んな人を思い出す日だなぁ……)
そう言えば帝国に来てからアレコレと忙しかったので、お父様に連絡をするのをすっかり忘れていた。きっと心配しているだろうから、今度手紙を書かないと。
マリアンヌがお皿にデニッシュペストリーを取り分けていると、甘い香りに釣られたらしいレグがトコトコとやって来た。
「わふぅ」
「あ、レグ! どこに行ってたの? 一緒に座る?」
「わふっ」
私が膝をポンポン叩くと、レグがひょいっとジャンプして膝の上に登る。そして座りやすいポジションを決めるとコロンと丸まった。
「ふふふ、もふもふだね」
私はレグを撫でながらその柔らかい毛並みを堪能する。
私とマリアンヌが働いている間、レグはずっと部屋で眠っていて、時々庭園や宮殿近くの森をウロウロしているそうだ。
意外なことに宮殿の人達の反応も良く、よく可愛がって貰っていると聞く。
レグはとても可愛くて賢いので、いつの間にか宮殿の人気者になっていたようだ。
そうして私達は、マリアンヌが作ってくれたデニッシュペストリーを味わいながら、お互いの近況を報告し合うことになった。
マリカは魔道具制作に集中したいのに、あちこち会議やら晩餐会に呼ばれて辟易しているそうだ。
「ディルク成分が足りない」
ディルクさんも本店で次期会頭の引き継ぎをしているらしく、最近会っていないから寂しい、とマリカが愚痴をこぼす。
相変わらずディルクさん一筋のマリカがとても可愛らしい。
「ミア、ハルはどう?」
マリカも忙しいのに、ずっとハルのことを気にしてくれていたようだ。私はこの機会に、相談に乗って貰うことにする。
「……うん。相変わらず、かな。毎日魔力を注いでいるけれど、全然変わらなくて。魔力の流し方に問題があるのかな?」
「魔力は血液のようなもの。全身に万遍なく流れているのなら問題はないはず」
「そっか……じゃあ、何が問題なんだろう」
「あの、目覚めない呪いとか、そういう類のものでは無いんですか?」
「呪いなら初めての時に解呪されている」
「あ、そっか。あの時の光は凄かったですもんね」
健康面だけで言えば、今のハルの身体は健康そのものなのだ。なのに目覚めないということは、心が起きるのを拒否しているのか……。わからないことだらけで、どうすれば良いのか全く思い付かない。
「マリアンヌがいた世界でも同じようなことがあった?」
「うーん、私がいた世界では殿下の今の状態を”植物状態”って言うんですけど、でもミア様の御力で脳に異常は無いんですよね? なら、ファンタジー世界にしか無い未知の力なのかなぁって」
マリアンヌがいた世界には魔法が存在せず、代わりに”カガク”が発展していると聞いている。
私達がいる世界の理と前世の世界の理が全く違うので、マリアンヌはとても戸惑ったそうだ。
「前の世界に”進んだ科学は魔法と変わらない”って言葉がありましたけど、魔法は科学と違って原因と結果がすごく曖昧だから、今でも不思議に思うんですよね。そういう不思議な、科学で説明できない事象を前の世界では”神の領域”って言ってましたけど」
マリアンヌの話を聞いて、ハルが目覚めないのは人間の力が及ばない、それこそ神の力が影響しているからなのかな、と考える。
「じゃあ、マリウスさんが言っていた<魂の核>が破壊されたという話は、比喩でも何でも無くて、本当に……?」
法国で封印されていた第十三神具<死神>が本物で、<魂の核>が破壊されたから目覚めないのであれば、いくら聖属性を持っていても、ただの人間である私にはどうすることも出来ない。
──魂の復元なんて、それこそ”神の領域”なのだから。
「で、でも! 法国には不思議アイテムがまだあるんですよね? だったら<魂の核>を元に戻すアイテムもあるのでは?」
しょんぼりしてしまった私に、慌てたマリアンヌが元気付けようとしてくれる。
法国は秘密主義だから、どんな秘礼神具を所持しているのかはわからないけれど、マリアンヌが言う通り、可能性はまだ残されているのだと、自分を鼓舞する。
「有難うマリアンヌ。そうだよね、まだ方法はあるよね」
ハルを目覚めさせる為に、法国へ向かうことも視野に入れなければならなくなった。けれど、私は必ずハルを目覚めさせるのだと心に固く誓ったのだ。
最悪、捕まって<花園>に閉じ込められたとしても、私の力を引き換えに何らかの情報は引き出せるかもしれない。
「ミア、神具を見せて貰おう」
今までずっと考え事をしていたらしいマリカがその口を開いた。
「何か思い付いたの?」
「私が魔眼で神具を視る」
「確かにマリカ様の魔眼なら、何か新発見があるかもですね! 私鬼畜、じゃないマリウス様に確認してみます!」
マリウスさんは神具を回収したと言っていたから、お願いすればきっと見せてくれるだろう。だけど<死神>なんて呼ばれているし、危険なものには変わりないので、重々気をつける必要はある。
「マリウスさんが許可をくれたらすぐにでも神具を見に行きたいけど……マリカは大丈夫? すごく忙しいんだよね?」
「ん。ハルのことが最優先だから。平気」
「私も! 私も連れて行って下さい! 鬼ち、マリウス様から許可をもぎ取りますから!」
「ふふ、有難う。マリカとマリアンヌが一緒にいてくれるとすごく心強いや」
私は頼もしく、優しい二人に感謝する。
そして<死神>と呼ばれる秘礼神具に手掛かりがありますように、と願った。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
マリアンヌさん、ミアとマリカからウォッチされている件。(・∀・)ニヤニヤ
次回のお話は
「203 ぬりかべ令嬢、相談する。2」です。
引き続きお茶会です。
マリアンヌが知識チートを……?なお話です。
コメントに♡本当に有難うございます!めらっさ励みになってます!(*´艸`*)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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