204 ぬりかべ令嬢、トラノマキを見る。
久しぶりにお茶会をした次の日、朝のお世話を終えてハルの部屋から出ると、さっき別れたはずのマリアンヌがいた。
「あ、お姉様。どうされたのですか?」
私とマリアンヌは姉妹設定なので、人目があるところではそれらしく振る舞わないといけない。仕事中にマリアンヌと会うのは初めてだったけど、ちゃんと妹っぽく出来たと思う。
それにしても、普段ハルの執務室で仕事をしているマリアンヌがこんなところにいるのは珍しい。何か急ぎの用事だろうか。
「……ぐっ、お、おね……! ……っ! ………………マリウス様がミアをお呼びなの。一緒に来てくれる?」
「はい、お姉様」
「……っ!!」
さっきからマリアンヌが顔を真っ赤にしてプルプル震えている。それでもちゃんと姉らしく演技しているから、流石女優だなと感心する。
宮殿はすごく広いので、皇族の居住区から執務室まで結構離れている。
私とマリアンヌは他愛ない会話をしながら、マリウスさんが待つというハルの執務室へと足を進める。
「マリアンヌ、何かあったの?」
私は人気がないのを確認すると、小声でマリアンヌに質問する。
「それがですね、とうとうここに『トラノマキ』の写本が届いたんですよ! ミア様も興味がお有りでしょうし、一緒に拝見できればと思ったんです」
「……! 『トラノマキ』が?! 私も見に行っていいの?!」
「勿論ですとも! ちゃんと鬼ち……マリウス様も同意してますよ」
帝国の基礎を築いたと伝えられる始祖の、その異世界の言語で書かれているという書物を書き写した写本が、遂に到着した。
一体何が書かれているのかと、長年研究されていたらしいけれど、言語形態が特殊らしく未だ解読されていないとマリウスさんが言っていた。
「マリアンヌはもう中を見たの?」
「いえ、ミア様とご一緒したくて、まだ何も見ていないんです」
どうやらマリアンヌは写本が到着したと知って、すぐに私のところへ来てくれたようだ。ハルを目覚めさせる手掛かりがあるかもしれないと、私を気遣ってくれたのだろう。
「いつも有難う、マリアンヌ……お姉様」
「……っ、当たり前のことだから、気にしないで」
にっこりと微笑んだ私に、マリアンヌもニッコリと微笑み返してくれた。でも口の端がピクピクとしているのは何故だろう。
「あ、そうそう。昨日話していた例の件も、き、マリウス様から許可をいただいたのよ」
「本当?! お姉様有難う! マリウス様にも後でお礼を言わないとね!」
礼の件とは神具<死神>のことだろう。早速マリウスさんにお願いしてくれたマリアンヌの仕事の速さに感謝する。
「……ぐふっ!! そ、そうね。後で一緒にお礼を言いましょうねっ」
……何だかマリアンヌの様子がおかしい。何かを我慢しているみたいだけれど、それもそろそろ限界に近づいているように見える。
「お、マリアンヌじゃないか。あれ? 誰この子?」
「あ、ホントだ。おぉ! すごく可愛いな! この子が例の妹さん?」
誰かいるな、と思っていたら、マリアンヌと知り合いの人たちだった。口調を妹仕様にしていて正解だったかも。
文官っぽい人たちに声を掛けられたマリアンヌが、気付かれないように小さく「チッ」と舌打ちする。
さっきまで顔を赤くして何かを我慢していたようだったけれど、今は酔いが冷めたかのように、スンッ……と真顔に戻っている。
「そうですよ。この子は私のとてもとても大切な妹なのです。だから絶っっ対にちょっかいかけたりしないで下さいね……?」
とても良い笑顔のマリアンヌだけれど、顔にビキビキと血管が浮かんでいるような幻覚が見える。声にも感情が込められていて、何だかすごい迫力だ。
「あ、ああ……。すまなかった。邪魔をして悪かった」
「い、妹さんには何もしないって……!」
文官っぽい人たちは、マリアンヌの迫力に怯えながら逃げていった。
マリアンヌはその人たちが去っていく姿を「ふんっ!」と言って見送っている。その様子を見る限り、さっきの人たちに対してあまり良い印象を持っていないのかな、と思っていたけれど。
「せっかくミア様妹Ver.を堪能していたのに……っ!!」
……どうやら私との会話を邪魔されて怒っていたようだった。
「お姉様が私のことを大切だって言ってくれてすごく嬉しいです! でも、あの人たちを追い払っちゃって良いのですか?」
「……っ! ふふ、大丈夫大丈夫。あいつら……あの人たち、よく声を掛けてきて鬱陶しかったし。これでしばらくは大人しいでしょ」
マリアンヌが晴れ晴れとした顔で言った。彼らに対して相当鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
(……っていうか、よく声を掛けられるんだ……)
確かにマリアンヌは美人だし、話しかけやすい雰囲気を持っているものね。ウォード家でも人気者だったし。
きっとマリアンヌのことが気になっている男の人は多いのだろう。さっきからすれ違う人たちもチラチラとこちらを見ているし。
それからしばらく歩いた私は、ハルの執務室前に到着した。
マリアンヌが慣れた様子で扉をノックする。そして「マリアンヌです。失礼します」と言って扉を開けると、「どうぞ入って?」と私の入室を促してくれた。
「失礼します」
一言断って入室すると、重厚感がある木目調の調度品で統一された室内が目に入った。
(わぁ……! ここがハルの執務室……!)
執務室の中は予想以上に広く、大きな窓から光が差し込んで、部屋の中を照らしている。正面の壁にはこの国の国旗と竜の意匠を施したタペストリーが掛かっていて、左右の壁には本や資料、書類などが収納されている棚が設置されている。
窓際の大きな机には誰も座っておらず、ここがハルの席なのだとわかる。
ハルがここでずっと仕事をしていたのだと思うと、何だかワクワクしてしまう。真剣に仕事をしているハルもきっと格好良いに違いない。
そしてハルの机の前には、横並びで幾つかの机があり、そこで師団員さんたちがそれぞれの仕事をこなしていた。
「ミア様、わざわざご足労いただき申し訳ありません」
私が執務室を見渡していると、マリウスさんがやって来て挨拶してくれた。
「いえ、こちらこそ呼んでいただき有難うございます。それと神具の方も閲覧許可を頂いたと聞きました。無理を言って申し訳ありません」
マリウスさんにはアレコレとお願いばかりで、本当に申し訳なく思う。ただでさえ忙しいだろうに、いつも気遣ってくれてとても良い人だと思う。
「いえ、ミア様のお願いなんて可愛いものですよ。それにハルの──レオンハルト殿下の為でもありますから、どうぞ遠慮なくお申し付け下さい」
「はい……っ! 有難うございます!」
私は笑顔でマリウスさんにお礼を言う。協力してくれる人達の存在が、今の私にはとても有り難い。
「では、こちらの部屋へどうぞ」
マリウスさんが執務室の奥にある扉を開け、隣の部屋へと案内してくれた。
この部屋は貴重な資料に機密文書や、高価そうな魔道具が保存されている部屋のようだ。
「こちらが『トラノマキ』の写本になります」
マリウスさんがそう言って見せてくれたのは、立派な箱に収められている紙束だった。
紙には見たこともない文字が書かれている。
「……っ!? 『日本語』……!!」
マリアンヌが紙に書かれている文字を見て驚愕している。その様子に、始祖様とマリアンヌは同じ世界から来たのだと確定した。
「やはり、貴女がいた世界と同じ文字なのですね?」
「……どうやらそのようです」
マリウスさんの質問をマリアンヌが肯定した。マリアンヌの答えを聞いたマリウスさんの目が喜びに満ちていく。
「ならば、同じ言語で書かれている他の書物も、貴女なら読めると言うことですね!」
「え、他にも本があるんですか? 『虎の巻』だけじゃなく?!」
『トラノマキ』以外にも異世界の書物が存在していると聞いて驚いた。
「はい。そちらの方はまた違う様相の書物ですが。聞くところによると、鮮やかな色で描かれているようです」
「もしかして『カラー』の本……? え、何の本だろう。『雑誌』?」
「そちらはまだ写本できていないので、原典を見ていただくしか無いのですが……。とりあえずは『トラノマキ』を確認していただけますか?」
「わかりました。……あの、この紙は直接触っても大丈夫なんですか?」
「まあ、写本ですからそのまま手にとっていただいて結構ですよ」
マリウスさんから許可を貰ったマリアンヌが、恐る恐る『トラノマキ』を取り出した。
そして一枚目の紙をじっと見ると、「え……」っと絶句している。
「マリアンヌ、どうしたの?」
「……えっと、この『トラノマキ』の著者……始祖様のお名前が書かれていて、つい驚いてしまいました」
「始祖様の名前?!」
「はい。ここに『桜川 晴』って。本当に『日本人』なんだなって思うと、つい……」
マリアンヌの言葉に、私は初めて両陛下に謁見した日を思い出す。
(そう言えばハルのあだ名は始祖様の名前から来ているんだっけ)
「始祖の名前が『サクラガワ・ハル』……伝承と一致しますね」
これでマリアンヌと始祖様は、元は同じ世界の人なのだということが確定した。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
マリアンヌは妹設定のミアが大好物のようです。
そして始祖様の名前判明です。
次回のお話は
「205 ぬりかべ令嬢、異世界語の難しさを知る。」です。
トラノマキの解読は……? みたいな。
コメントに♡本当に有難うございます!すっごく励みになってます!(∩´∀`)∩ワーイ
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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