205 ぬりかべ令嬢、異世界語の難しさを知る。

 帝国の始祖様が残した異世界の書物『トラノマキ』の写本が届いたと聞き、私はマリアンヌと一緒にハルの執務室で、マリウスさんから写本を見せて貰った。


 マリアンヌは一番上の紙を見て『日本語』だと確信し、更に始祖様の名前が書かれていると私たちに教えてくれた。


「この文字が始祖様の名前で、『漢字』で『桜川 晴』って書かれているんです」


「なるほど。やはりこの文字が『カンジ』なのですね。この『カンジ』が難解で解読出来ない原因になっているのです」


「まあ、こんな文字、この世界には馴染みがありませんもんね。『日本人』でも覚えるのは大変でしたし! 『漢字』だけで千文字以上ありますから! あ、もっとか」


「……それはかなり高度な教育を施されていたのですね」


「そりゃもう『学歴社会』だったので! 『受験』もありましたし、学生時代は必死に勉強したってもんです!」


「ほう……これは興味深い」


 マリウスさんとマリアンヌが楽しそうに話している。『ガクレキシャカイ』とか、知らない単語がバンバン出ているけれど、マリウスさんはうんうんと面白そうにマリアンヌの話を聞いている。

 マリアンヌは前世の文字を見たからか、かなり興奮しているみたい。


「えーっと、次は……っと。あ、やっぱり前の世界についてのメモですね。便利な異世界知識のメモみたいですけど……んん?」


 次の紙の内容を見たマリアンヌが、何かに気付いたのか読む手を止める。


 さっきまで『トラノマキ』を見て興奮していたマリアンヌの表情が、何だか困ったような、難しいものを見た顔になっている。

 私はそうっと『トラノマキ』を覗いて見たけれど、何が書かれているかさっぱりわからない。


 大人しくマリアンヌの言葉を待つしか無いかな、と思い、様子を見ていると、マリアンヌが「う〜〜ん、これは……」と呟いた。


「どうしたの? 何が書いてあるの?」


 もしかして異世界のもの凄い知識が書かれているのかな……?


「えっと、それがですね……なんて言えばいいのかな……。うーん。その、原典の文字の形に似せてこの写本を書かれたと思うんですけど、『日本語』の場合、似たような見た目の文字でも全く違う意味の文字が結構あるんですよね」


 マリアンヌと始祖様がいた世界の、『ニホン』という国では『ヒラガナ』『カタカナ』『カンジ』『アルファベット』に『スウジ』を組み合わせて使うのだそうだ。


「しかも『数字』を表すのに『アラビア数字』と『漢数字』を使い分けますからね。そりゃ、この世界の人に解読なんて無理だったと思いますよ」


 マリアンヌが『トラノマキ』を見て困っていたのは、字形が似ている文字が間違って書かれていたから、らしい。


「『あ』と『お』とか、『ぬ』と『め』みたいに『ヒラガナ』だけでも似ている文字がありますから。これが更に『カタカナ』と『カンジ』、『アルファベット』と『数字』になるともっと数が増えるんですよ」


 『トラノマキ』の写本にはそんな書き間違いが結構あるようで、すぐに解読とは行かないみたい。


「例えば『石鹸』……こちらの世界にすでに存在する石鹸ですが、作り方に『右齢?に便用する油脂にマワをカロえて焜?ぜ合わせ』って書かれていますけど、実際は『石鹸に使用する油脂にアクを加えて混ぜ合わせ』になると思うんですよね」


 マリアンヌが教えてくれた内容になるほど、と思う。これは確かに意味がわからなくて困ってしまう。


「それに始祖様の文字にクセがあるともっと読めなくなると思います。人によっては『略字』で書きますから」


(『リャクジ』……そんなものまであるんだ……『ニホンゴ』って一体……)


 私は『ニホンゴ』の複雑さに驚いた。


「どうして『ニホンゴ』ってそんなに複雑なの?」


「え? えっと、確かに前の世界でも世界一難しい言語だと言われてましたけど……どうしてなんでしょうね? でも、とにかく色んな表現が自由に出来ますし、『日本語』は覚えてしまえば、自分の考えを正確に伝えることが出来る言葉だと思います」


 『カンジ』と『ヒラガナ』の組み合わせを少し変えるだけで、微妙な印象の違いを表現出来るのだと、マリアンヌが教えてくれた。


「貴族がそんな複雑な言語を使っていたのですか? ……と言うことは、もしかして始祖も貴女も貴族──」


「いえ! 違います! 『日本』では国民全員が同じ教育を受けるんです! それに貴族制度は廃止されてましたから貴族はいませんでしたよ! 他の国にはいましたけど!」


「国民全員……!」


 貴族平民関係なく同じ教育を受けていると聞いて、マリウスさんが驚愕している。貴族社会で構成されているこの世界では到底考えられないのだと思う。


「そう言えば『元日本人』の始祖様なら教育改革をやってそうですけど、帝国では『義務教育』はされていないんですね」


「確かに、始祖は国民の教育に力を入れようとしたと聞いたことはありますが……当時はまだ国政が安定していませんでしたし、公用語もありませんでしたから、教育方面に手を加えることが出来なかったのでしょう」


 バラバラだった部族をまとめ上げ、帝国を作り上げた始祖様は、まず各部族が使っている言語を統一するため、公用語を作成することから始めたのだそうだ。


 肝心の言語がなければ教育を施すことは出来ない。教育改革以前の問題だったと思う。


 ちなみに当時、帝国領土内で使われていた言語はかなりの数で、始祖様や研究者、文官たちはとても苦労したらしい。

 そうして帝国の公用語が完成する頃には結構な時間が経過していたらしく、公用語が定着するまで更に時間が掛かったという。

 でもそのおかげで、公用語は帝国だけに留まらず大陸中に広まって行き、国同士の交流が凄くやりやすくなったと聞いたことがある。


 始祖様の偉業は数知れず伝えられている。その分、やりたい事があっても全てに手が回らなかったのだろう。


「……そうですよね。異世界で国を作っただけでも凄いことですもんね……。私が知ってるレベルの異世界の知識は既に実用化されてましたし……」


 マリアンヌも前世の記憶を思い出した時、異世界の知識を使って『チート』がしたかったらしい。だけど、既にほとんどのことが再現されていたらしく、早々に断念したのだそうだ。


「さすがに『自動車』や『飛行機』は再現されていませんけど、そんなの私にだって無理ですし! 『エンジン』の構造とか知ってるわけないですよね! だからせめて『料理チート』をしてみたかったのに、それすら再現されているとは……! 『トンカツ』はともかく『唐揚げ』や『ラーメン』まで! 始祖様は絶対食いしん坊ですよ!!」


 マリアンヌは『チート』が出来ず余程悔しかったようで、地団駄を踏んでいる。普段、凛とした雰囲気なのに、こういうところは子供っぽくて可愛いなと思う。

 マリウスさんもそんなマリアンヌの姿に笑っているのか、顔をそらしているけれど肩がプルプルと震えている。


「……そ、そうなんだ。きっと始祖様は料理が好きだったんだね!」


 全く異なる世界で異世界の料理を再現するなんて、自身が料理をやっていなければ凄く難しいことだし。


「そうですよ! 『料理男子』の属性まであるなんて反則ですよ! それにしても始祖様ってどんな方だったんでしょうね? この写本は前の世界についてのメモっぽいから、ご本人のことは書かれていないでしょうし……っあ! ああ!」


 マリアンヌがパラパラと写本を捲りながら感嘆の声をあげる。何か良いことでも書いていたのかな?


「ふぉーっ! 始祖様は『オタク』だったんですね! え、写本でコレって、めっちゃ絵上手くないですか?! あ、コレ何の『キャラ』だろう……? こんな『アニメ』あったかなぁ……? え、すごくない?」


 落ち着いたと思ったマリアンヌが再び興奮している。かつて無いほどの喜びようだ。


 何が書かれているのだろう? と思って覗いてみると、人物画が描かれていて、部分部分に説明らしき文字が書かれていた。


 私はその人物画に見覚えがあって、懐かしくなる。


「あ、これ、ハルが着ていた『軍服』だ……!」


 以前、王国で飛竜さんたちを見せて貰う時に、ハルや師団員さんたちが着ていたのがこの『軍服』だった。

 『軍服』を着たハルは本当に格好良くて、気を緩めると気絶しそうだった。本当によく堪えられたな、と思う。


「あ! そう言えばお屋敷に来られた時、殿下が着ていらっしゃいましたね! もうホント格好良かったです! 私『二次元』が至高と思っていましたけど、殿下を見て認識が変わりましたもん! 『ドルオタ』の気持ちがすっごくわかりましたし!」


「ふふふ、ハル格好良かったよね! それにあの時はマリウスさんや師団員さん達も軍服を着てくれていて……本当に格好良くて……! 私圧倒されちゃったよ!」


「え」


 私があの時を思い出していると、何故かマリアンヌがショックを受けたような表情をしていた。そして私とマリウスさんを交互に見ている。


「お褒めいただき光栄です。軍服は公式の場ぐらいしか身に着けませんからね。またお披露目できる機会があれば良いのですが」


「……」


 マリウスさんの言葉にマリアンヌがしょんぼりしてしまう。その様子に私はあ、そうか、と気が付いた。


 ──マリアンヌはマリウスさんの軍服姿が見られなくてショックを受けているんだ……! と。


 だけど、その感情は格好良い姿が見られなかったことじゃなくて、自分が知らないマリウスさんの姿を、他の女性たちが知っている……そんな嫉妬混じりの感情なんじゃないかな、と推測する。


 ……それでも、マリアンヌ本人は気づいていないだろうけれど。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

久しぶりの更新になってしまいすみません!(人∀・)


実際、日本語ってすっごく難解ですよね。

おいどん、未だにニホンゴワカリマセン。(おい)


次回のお話は

「206 ぬりかべ令嬢、呼び出される。」です。

ミアを呼び出したのは一体……? みたいな。バレバレでしょうけど。(*ノω・*)テヘ

なんか体育館の裏に呼び出されるみたいなタイトルですね。

でもあながち間違っていないという。(´∀`*)ウフフ


コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!(*´艸`*)

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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