206 ぬりかべ令嬢、呼び出される。

 始祖様が書かれた『トラノマキ』の写本は、『ニホンゴ』が予想以上に複雑だったらしく、間違って字形が似ている文字に書き写しているため、解読は難航しそうだった。


「それでもある程度読めると思うんですけど、私が知らない単語や漢字を間違って書き写していたら、解読は流石に難しいかもしれません」


 マリアンヌも異世界の記憶があるとは言え、全てを知っている訳じゃないのだ。

 それに『カガク』は異世界の人にとってもかなり難しい技術らしく、マリアンヌもあまり詳しくないと言う。


「そう言えば、他の書物は見れないのですか? 先程は写本はまだ出来ていないって仰っていましたけど」


 マリウスさんが言っていた鮮やかな本の方も気になった私が質問すると、マリウスさんが少し困った表情をした。


「はい。写本ならお見せ出来るのですが、原典をお見せするのは難しいかもしれません。とにかく文字の量が多いのと、複雑な絵画が描かれているようで、写本作業が進んでいないのが現状です」


「え?! そうなんですか? 表紙だけでも見ることが出来たら大体の内容がわかるかもしれないんですけど……」


「なるほど。手を触れずに見るだけなら閲覧許可が出るかもしれません。管理担当者に掛け合ってみましょう」


 マリアンヌの提案を受けて、マリウスさんが閲覧を申請してくれることになった。

 今回は始祖様が書かれた覚書みたいだったけど、他の書物は異世界で作られた書物らしいので、見るのがとても楽しみだ。


 結局『トラノマキ』はこれからマリアンヌが解読していくこととなった。ただ、『トラノマキ』に書かれていることはほとんど実用化されている内容らしく、新しい技術が見付かるかはわからないようだ。


 それでも、『トラノマキ』の写本を正しい『ニホンゴ』に直していくことは、他の書物の解読に役立つと思う。





 * * * * * *





「そこの貴女。確かミアと言ったかしら? 少しお時間をいただいてもよろしくて?」


 私がいつものように皇后陛下のお世話を終え、ハルのもとへ向かっていると、廊下の影から人が出て来て驚いた。


「えっ! え、えっと……?」


 私に話しかけてきたのは、イメドエフ大公の息女であり、ハルの従姉妹ヴィルヘルミーナ様だった。背後にお付きの侍女を二人連れている。


 ヴィルヘルミーナ様は相変わらずもの凄い美少女で、輝く金色の髪の効果も相まってキラキラと輝いて見えた。


 思わず見惚れそうになるけれど、ヴィルヘルミーナ様が私に何の用だろう?、と不思議に思う。


「……申し訳ありません。只今勤務中ですので、一度皇后陛下にお伺いを立ててみないと私では判断出来かねます」


 今の私は皇后陛下預かりとなっているので、勝手に行動して何かあれば、陛下に迷惑をかけることになってしまう。

 だから一旦ヴィルヘルミーナ様にはお待ちいただいて、陛下にお伺いしようと思っていたけれど。


「〜〜っ!? な、なら仕方がありませんわね! じゃあ、仕事が終わったら中庭へいらっしゃい!」


「かしこまりました。お許し頂き有難うございます」


 有無を言わさずどこかに連れて行かれるのかも、と警戒したものの、意外なことにヴィルヘルミーナ様は仕事が終わるまで私を待ってくれるという。

 師団員さんやマリウスさんとの会話で、私はヴィルヘルミーナ様のことをかなり気が強い性格だな、と思っていた。でも本当はそんなイメージと違って、彼女はとても素直な性格なのかもしれない。


 私は去っていくヴィルヘルミーナ様の後ろ姿を見送ると、ハルの部屋へと向かう。

 最近知ったのだけれど、ハルの部屋がある居住区は皇族専有区域のため、貴族や使用人であっても許可が有る者しか入ることは出来ないのだそうだ。

 ヴィルヘルミーナ様の父親も皇族だけれど、今は大公家の当主なので貴族扱いらしい。

 それなのに先日、ハルの部屋の前にヴィルヘルミーナ様がいたということは、彼女がこっそり忍び込んだか、手引した人間がいるのかもしれない。


 忍び込んだのがヴィルヘルミーナ様だったから良かったけど、もしハルの命を狙った刺客だったら……と思うとゾッとする。


(帝国の中でも精鋭で構成されている飛竜師団員さんたちなら大丈夫だとは思うけれど……。念には念を入れてハルの部屋に結界を張っておこう。備えあれば憂いなしだもんね!)


 <神の揺り籠>にはそういう危険なものから守る効果は無いようなので、試しに部屋中に結界を張ってみよう、と考えている内にハルの部屋に到着する。


 私の姿を見て、ハルの部屋を警備してくれている師団員さんが挨拶をしてくれた。


「ミア様、お疲れ様です」


「あ! ミア様! お疲れさまです!」


「こんにちは、お疲れ様です。午後はベンさんとラウさんがお当番なんですね」


 ベンさんとラウさんはモブさんと一緒に帝国まで護衛してくれた師団員さんだ。こうして気心が知れている人と会えるととても嬉しくなる。


「はい。気は抜けませんが、身体は休めることが出来ますからね。訓練に出なくていいから助かりますよ。ははは」


「最近寒くなってきましたから、室内の警備が楽で……あ、マリウス様にはどうかご内密に」


「ふふ、わかりました。内緒にしておきますね。でも私、ずっと立っていないとダメだから退屈かもって思っていました」


 午前と午後に交代するから、まだマシだとは思うけれど、それでも立ちっぱなしだし、退屈じゃないかと思っていたけれど、意外とそうでもないらしい。

 確かに厳しい訓練を避けることが出来るなら、たまにはこういう当番も良いかもしれない。


「いやいや、それがここの当番、やりたがる奴らが結構いるんですよ」


「そうそう、最近なんか特に志願者が増えまして、毎回当番決めは戦場ですよ!」


「そ、そんなに……?!」


 精鋭揃いの師団員さんたちでさえ避けたい訓練って……! きっと相当厳しいのだろうな、と想像するだけで恐ろしくなる。


「……多分、ミア様の考えは違うと思います」


「確かに訓練は厳しいですけど、皆んな癒やしが欲しいんですよ」


「え? 癒やし?」


 どうやら私の考えは間違えているらしい。思わずきょとん、とする私に二人が苦笑いを浮かべている。


「ミア様の笑顔に皆んなが癒やされているってことですよ」


「うんうん。ミア様はどうかそのままでいて下さいね!」


「あ、えっと、はい!」


 お二人の言葉の意味から察するに、どうやら師団員さんたちは私の笑顔をお気に召してくれているようだ。

 なら、これからはもっと気さくに接しても良いのかもしれない。今までちょっと遠慮していたところがあるし。


 その後はベンさんとラウさんに励まされながら、ハルの部屋に入り、お掃除やマッサージを済ませていく。

 それから、いつものようにハルに魔力を注いでいくけれど、やはり今日もハルに変化が訪れることはなかった。


 でも、それでも毎日続けていきたい、と強く思うのは、最早一種の願掛けなのかもしれない。


 私は気を取り直して、ハルの寝室全体に結界を張ることにする。


 ヴィルヘルミーナ様のこともあったし、いつ何時暗殺者がやってくるかもわからない。

 ならば、ハルに悪意を持つ者が侵入できないようにして、それでも侵入されたら聖火で燃えるように結界を重ねがけしたらどうだろう、と考えた。


 そうして私は目を瞑り、結界のイメージを頭に浮かべる。


(強固な壁で部屋を覆って、死なない程度に聖火で燃やす感じかな……? 侵入者から情報を得ないといけないし、殺しちゃダメだよね)


 私の身体から出た銀色の魔力が部屋を包むように広がっていき、溶けるように消えていく。

 ちゃんと結界を張れたと思うけれど、一度マリカに確認して貰った方が良いかもしれない。


(マリカに見せたら、きっとオーバーキルだって言われちゃうんだろうな……)


 何だか段々自分の考えが物騒になっているような気がする。だけどハルを守るためだし、念には念を入れないと、と自分に言い聞かせておく。


 結界も張ったし、今日のお仕事はこれで終りとなる。もうちょっとハルの寝顔を眺めていたいけれど、この後ヴィルヘルミーナ様との約束があるのだ。


 私は気合を入れ直して、ヴィルヘルミーナ様が待つ中庭へと向かったのだった。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

めっちゃ久しぶりの更新です!すみません!(人∀・)


次回のお話は

「207 ぬりかべ令嬢、○○○」です。

タイトルでネタバレになりそうなので伏せときます。

ミアとミーナの女の戦いが今始まる!みたいな。(嘘予告?←)


コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!(*´艸`*)

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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