207 ぬりかべ令嬢、巻き込まれる。
仕事を終えた私は、ヴィルヘルミーナ様に呼び出された中庭へと向かう。
ヴィルヘルミーナ様の目的が何かわからないけれど、何故か酷いことはされないだろうな、という確信があった。
傍から見れば彼女の性格はキツく感じるけれど、それはいつも一生懸命だからだろう。
──きっと彼女は心優しい少女なのでは、と私は思っている。
私が中庭に着くと、すでにヴィルヘルミーナ様の姿があった。
「やっと来ましたのね。待ちくたびれましたわ」
「お待たせして申し訳ありません」
急いできたつもりだったけれど、ヴィルヘルミーナ様は随分前から待っていてくれたみたいだった。てっきり待たされると思っていたので意外に思う。
「……まあ良いわ。わたくしが貴女を呼んだのは、確認したいことがあるからですの」
ヴィルヘルミーナ様はそう言うと、手をサッと振り払った。すると傍に仕えていた侍女たちが頭を下げ、すっと離れていく。
(人払いしてまで確認したいことって何だろう……?)
緊張した私に向かって、ビシッとヴィルヘルミーナ様が指差して言った。
「お兄様が捜していたのは貴女でしょう?! 正直に仰って!」
「……は?!」
あまりにも直球に聞かれて驚いた。
(え、お兄様って誰のこと?! ……え、もしかしてハルのこと……?)
確かにハルは私をずっと捜してくれていたと言っていたし、いとこ同士って兄妹みたいなものだから、あながち間違ってはいないけれど。
でも髪の色や顔を変えているのに、どうしてヴィルヘルミーナ様はハルの探し人が私だって気付いたのだろう?
「あの、発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いませんわ」
「有難うございます。では、ヴィルヘルミーナ様が仰る”お兄様”とはどなたのことでしょうか?」
「おっお兄様はレオンハルトお兄様のことよっ! わたくし、お兄様がナゼール王国で人を捜させていたことを知っていますわ!」
「では何故、私がその探し人だと思われたのですか?」
「その人物の特徴が銀髪と紫眼だったからですわ! 貴女たち姉妹はナゼール王国から来られたのでしょう? 髪の色は違うようですけど、光魔法で色を変えられることはわかっていますのよ! お兄様はそうしてよく宮殿を抜け出していましたわ!」
ヴィルヘルミーナ様はドヤァと自信満々だ。
確かに彼女の推理は当たっているので、大したものだと感心するけれど。
「……それで、もし私がその探し人だとしたら、ヴィルヘルミーナ様はどうなさるおつもりなのですか?」
私を本人だと確定した瞬間、ヴィルヘルミーナ様が命を狙ってきたらどうしよう。
お母様から護身術は習っていたけれど、刺客が高ランクの暗殺者だったらとてもじゃないけど太刀打ちできないし。
こういう時、人間より闇のモノの方が相手しやすいのに、と思ってしまう。
「それは勿論、わたくしがお兄様に相応しい人物かどうか見極め──っ?!」
ヴィルヘルミーナ様が何かに驚いたのか、私の背後を見て言葉を途中で止めてしまう。
その瞬間、背筋が凍りそうなほど鋭い気配を感じたと思ったら、少し離れたところから「キャアアッ!!」という悲鳴とともに、”ドサッ”と人が倒れる音がした。
「──えっ?!」
私が慌てて振り向くと、そこには黒い装束で身を包み、手に凶器を持った如何にも暗殺者、と言った風体の人間が私たちを取り囲んでいた。
もしかして早速ヴィルヘルミーナ様が雇った暗殺者が、私を襲いに来たのかと思ったけれど、肝心のヴィルヘルミーナ様は恐怖で顔が真っ青になっている。
「大公の娘だな。我々と一緒に来て頂こう。さもなくばそこの使用人の命は無い」
「……な、なっなんですの貴方方はっ?! わたくしの侍女をどうしたのですっ?!」
どうやら暗殺者ご一行の狙いはヴィルヘルミーナ様のようだ。
さっき聞こえた悲鳴は侍女たちの声だと気付いたヴィルヘルミーナ様が、彼女たちの安否を酷く心配している。
「侍女たちは殺していない。しかし、俺たちの姿を見たその使用人には同行して貰う」
暗殺者の言うことが本当なら、侍女たちは気絶させられているだけで、死んではいないと言う。
そのことに安心したのだろう、ヴィルヘルミーナ様がずいっと私の前に出た。
「この使用人は全くの無関係ですわ! 連れて行くならわたくしだけにしてくださいまし!」
自身も怖いだろうに、私を庇おうとするヴィルヘルミーナ様に感動する。
やっぱり彼女はとても心優しい少女だったのだ。
「それは無理だな。俺達を見たものは、すべからく始末するように命令されている。ただ、その使用人は使い道がありそうだからな。命だけは助けてやっても良い」
顔はよく見えなくても、雰囲気で下卑た目を向けられているのがわかってゾッとしたものの、あのアードラー伯爵の時ほど恐怖は感じない。
それにしても宮殿の中庭にいるのに、人が全然通りかからないのは、ヴィルヘルミーナ様が私と会うために人払いしたからだろうか。
こんな危機的な状況なのに、それでもきっとすぐ助けに来てくれるはずだと、今頃急いで駆けつけてくれているだろう、と確信がある私は、何とか時間を稼げないかと考える。
だけど、考える間もなく侵入者たちがロープのような物を取り出し、私たちを拘束しようと近付いて来た。
私は咄嗟にヴィルヘルミーナ様を守るように立ち塞がると、風魔法でロープごと侵入者を切り裂いた。
「ぎゃああああああっ!!」
風は止むことなく、幾つもの風の刃が次々と侵入者たちを切り刻んでいく。
「うわぁあああ!!」
「ぎゃあっ!! て、手がっ!!! 俺の手がっ!!!」
「ぐわぁあああっ!!」
ある者は腕を切り落とされ、ある者は肩や腹に大きな傷を負い、夥しい量の血を流している。
「くぅっ、こ、この小娘っ!!」
「何だこれはっ?! 魔道具かっ?!」
「くそっ!! 何だこの魔法?!」
真空の刃は目に見えず襲いかかってくるので、侵入者たちは半ばパニックになっている。まさかこんな小娘に攻撃されるとは思わなかったのだろう。
ろくに抵抗できず、風の刃に傷を負わされた侵入者たちが次々と倒れていく。
「……え? 一体どうなってますの……?」
ヴィルヘルミーナ様が侵入者たちの惨状を見て絶句している。
正直私もここまで普通の風魔法が強力だと思わなかった。今まで私が使った風魔法は聖属性の結界ぐらいだったので、加減がわからなかったのだ。
「……ちいっ!! き、今日のところは、撤退だっ!! 退くぞ……っ!!」
侵入者たちのリーダーらしき人物が指示を出すけれど、逃げるにはダメージが大きく、少し遅かったようだ。
「お前らっ!! 動くなっ!!」
逃げようとした侵入者たちを、モブさんを始めとした師団員さんたちがいつの間にか包囲していた。
「こいつらを拘束しろっ!!」
「はいっ!!」
モブさんがそう命令すると、師団員さんたちがあっという間に侵入者たちを拘束していく。その手際の良さに流石精鋭部隊だと感心する。
「ミア様の魔法は凄いですね」
傷だらけの侵入者たちが連行されていく中、マリウスさんが私たちのもとへやって来た。
「遅くなってしまい申し訳ありません。ミア様のお手を煩わす前に拘束したかったのですが」
「いえいえ、早く来て下さって助かりました。……精霊さんにもお礼をお伝え下さい」
私が侵入者たちに遭遇しても余裕があったのは、精霊さんがマリウスさんにその事を伝えてくれると思っていたからだ。
「……おや、ご存知でしたか」
「……はい。精霊さんの気配をよく感じますので」
マリウスさんは精霊さんたちと連携して宮殿内に異常が無いか注意し、陛下たちやハルを守る役割を担っているのだろう。
ちなみに私たちは他の人に聞こえないように小声で会話をしている。このことはあまり知られない方が良いだろうと判断したのだ。
「……あ、貴女は一体……っ?! 何者なんですのっ?!」
ヴィルヘルミーナ様が怯えた表情で私に向かって言った。突然侵入者たちを魔法で切り刻んだので、怖がらせてしまったらしい。
「え? 皇后陛下付きの侍女ですが」
「嘘ですわーーっ!!! 侵入者を一瞬で切り刻む侍女なんて聞いたことがありませんわっ!! 侍女に扮した護衛か傭兵ではありませんのっ?!」
今の私は本当に皇后陛下付きの侍女なのだけれど……ヴィルヘルミーナ様は信じてくれないようだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
相変わらずの亀更新ですみません!(人∀・)
次回のお話は
「208 ぬりかべ令嬢、○○○」です。
タイトルがネタバレになりそうなので伏せているのではなく、
ただ単にまだ決まっていないだけ。(*ノω・*)テヘ
コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!(*´艸`*)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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