208 ぬりかべ令嬢、困惑する。

 中庭でヴィルヘルミーナ様に追求されていた私は、彼女を狙った侵入者たちに襲われかけたけれど、駆けつけてくれたモブさんたち師団員さんに助けて貰い、事なきを得ることができた。


「いやいやいや、貴女侵入者たちを切り刻んでいましたわよね!? しかも呪文を唱えていないのではなくて?! お兄様ですら減殺呪文ですのに!! 本当に貴女は何者ですのっ?!」


 無詠唱で魔法を使ったところをヴィルヘルミーナ様に気付かれてしまった。魔道具を使ったと言い訳できれば良かったけれど、それでも起動呪文は必要だから、さすがに誤魔化すのは無理かもしれない。


 ヴィルヘルミーナ様が鋭い視線を私に向けてくる。もしかして私の微妙な表情の変化を読み取って、嘘か真か見極めようとしているのかもしれない。


 ……貴族は腹の探り合いのために、相手の表情を読むことに長けている、と誰かが言っていたし。


 私がなるべく表情を変えずにどうしようかと思っていると、マリウスさんが助け舟を出してくれた。


「ヴィルヘルミーナ様、彼女は筆頭宮廷魔道具師であるマリカ様と、とても親しい間柄なのですよ。そんな彼女のために、マリカ様が新しい魔道具を制作したのではないでしょうか」


 さすがマリウスさん、よく咄嗟にそんな言い訳を思い付くなぁと感心していると、ヴィルヘルミーナ様はその話をすっかり信じ込んでしまったようだった。


「まぁ……! 本当ですの?! あのマリカ様と親しい間柄なんですの?!」


「はい、私とマリカは親友なんです。よく一緒にお茶を飲むんですよ」


 魔法のことはともかく、マリカと親友だというのは本当なので、ヴィルヘルミーナ様に怪しむ隙を与えないためにも、マリカと仲良しアピールをしておくことにする。


「……まぁ……っ!! マリカ様と……っ!?」


 予想以上に、ヴィルヘルミーナ様が喰い付いた。

 同じ年頃の女の子が筆頭宮廷魔道具師として招聘されたのだから、興味を持って当然なのかもしれない。


 マリカと私の関係を知ったヴィルヘルミーナ様が、もじもじと私の方を見ている。

 何か言いたそうな視線に、どうしたのかな?と思っていると、衛兵さんや侍女さんたちが大慌てでやってきた。


「ヴィルヘルミーナ様……っ!! ああ、よくぞご無事で……!!」


 侍女さんたちはヴィルヘルミーナ様が襲われたと聞いて、慌てて駆けつけてきたらしい。

 無傷なヴィルヘルミーナ様を見て安堵した侍女さんたちが、今のうちにと彼女を連れて帰っていく。


 結局ヴィルヘルミーナ様は「えっ、ちょ」と戸惑いながら、そのままドナドナされてしまった。


(……あ! そう言えばまだ呼び出された理由を聞いていなかったや……)


 ヴィルヘルミーナ様が話そうとしたところに侵入者が来たから、結局話は有耶無耶になってしまったのだ。


(私を見極めるって言ってたけど……まあ、落ち着いた頃にまた呼び出しが来るよね)


 あんなスプラッタな光景を見たのだし、ヴィルヘルミーナ様もしばらくはショックで寝込んじゃったりするかもしれない。貴族のお嬢様なら失神レベルだろうし。


 ……なんて、暢気な私は考えていたのだけれど。





 * * * * * *





 ──中庭で私とヴィルヘルミーナ様が侵入者たちに襲われた数日後。


 捕まった侵入者たちは、尋問する間もなく全員自害してしまった、とマリウスさんがとても残念そうに教えてくれた。


「今回の件は十中八九イメドエフ大公絡みでしょうが……。あのクソ……ゴホン。あの方はあちこちで恨みを買っていますから、主犯を特定するのは至難の業でしょうね」


 イメドエフ大公と言えば、八年前にハルを殺そうとした張本人だ。


 マリウスさん曰く、イメドエフ大公は典型的な悪役貴族で、それはもう権力に強欲なのだそうだ。

 わかりやすい悪役なのに、尻尾だけは掴ませないという用意周到さを持ち合わせているため、中々証拠が揃わず実質無罪放免となっているらしい。


「それでも今は大分大人しくなりましたけどね。まだ裏で何か企んでいるのかもしれません。ミア様もどうかお気を付け下さい」


「……はい。わかりました、けど、あの……」


 私はマリウスさんに目で訴えた。


「……ああ、アレですか。アレはしばらく放置しておけば、その内どこかに行っていると思いますよ。どうぞお気になさらず」


 いや、「アレ」って……。前から思っていたけれど、彼女に対するマリウスさんの扱いはやっぱりヒドイと思う。


 私は視界の端にチラチラと映る金色に、どうしようかと考える。


 襲撃された次の日から、私は毎日こうして視界に金色の髪の毛を映していた。

 その金色の髪の持ち主はもちろん、ヴィルヘルミーナ様で、何故か私の周りをウロウロとしているのだ。


 どうやら私の心配を他所に、ヴィルヘルミーナ様のメンタルは早々に回復したらしい。襲撃されたショックもなかったようで、普段通りお元気そうだ。


 ちなみに、私は彼女を見かけた時は、失礼のないように挨拶をしている。

 でも、ヴィルヘルミーナ様は私に何かを言いたそうにするものの、モジモジするだけで一向に言い出さないのだ。

 そんな彼女に、私はどう対応すればいいのか、とても困っていた。


 今の私は皇后陛下付きの侍女で、王国にいた時のように侯爵家令嬢の肩書がないから、大貴族のご令嬢であるヴィルヘルミーナ様に、私から話しかけることは出来ないのだ。






「うーん。おそらくですけど、その方はマリカ様のファンで、きっとミア様に紹介して貰いたいんじゃないですか?」


 仕事が終わり、使用人部屋に戻った私は、マリアンヌが淹れてくれたお茶を飲みながら、ヴィルヘルミーナ様のことを相談していた。


「……ああ! なるほど! そうかも! さすがマリアンヌだね!」


「ふっふっふ。これでも私、人間観察はよくしていましたので!」


 返ってきたマリアンヌの答えに、私は言葉通り感心する。もっと早く相談すれば良かったと後悔したほどだ。


「そう考えたらヴィルヘルミーナ様には申し訳ないことしちゃったかも。明日お会いしたらお声掛けしてみようかな。……マリカいい?」


「ん。構わない」


 私はたまたま部屋に遊びに来ていたマリカに許可を取る。私が襲撃されたと聞き、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。


「……ツンデレ妖精姫……興味がある」


「遂に妖精姫とご対面ですね! 話だけは聞くんですけど、お姿はまだ拝見していなかったから、すごく楽しみです!」


 マリカもマリアンヌもとても乗り気で安心する。

 私もこれを機に、ヴィルヘルミーナ様と仲良くなれたらいいな、と思う。


「……お茶が美味しい……疲れがとれる……」


 マリカがお茶を飲んでほぅっと溜息をついた。白い頬が色づいて、溜まっていた疲労が無くなったことが見てわかる。


 最近、マリアンヌにお茶を淹れて貰う時は、いつも私が魔力で出した聖水を使っているのだ。

 ちなみにマリアンヌも毎朝、水筒に多めの聖水を入れて仕事場に持って行っている。


「あ、そうだ。マリカにお願いがあるんだけど」


「?」


 私はマリカに襲撃された時のことを説明した。そしてマリウスさんが誤魔化してくれたことも。


「……なるほど。無詠唱……再現……」


 私の話を聞いたマリカが考え込む。何だかすごく難しいことをお願いしてしまったみたいで申し訳なくなる。


「ミア様は頭の中で魔法を再現していらっしゃるんですよね? もうそれ最強の『チートスキル』ですよね! 私も想像力だけなら誰にも負けない自信があるのに……! 羨ましいです!」


「う……うん? そ、そうかな……? 有難う」


 マリアンヌが羨望の目で私を見る。でも『チートスキル』って何だろう?

 それが何なのかわからないけれど、きっと褒め言葉なのだろう。


「呪文って短縮できないんですかね? 私でも魔法を使う時いつも面倒だなぁって思いますもん。『早送り』とか出来ればいいのに」


「……『早送り』? そこのところ詳しく」


 マリカがマリアンヌのボヤキに超反応した。その様子に、私は既視感を覚える。


(あ……! これは質問攻めに会う前兆……!)


 以前、マリアンヌの呟きを拾ったマリカがマリアンヌを質問攻めにして、彼女を涙目にさせたことがあった。

 もしかするとマリカが再びマリアンヌを涙目にしてしまうかもしれない。彼女を涙目にしたらマリウスさんに怒られそうな気がするのは……私だけだろうか。


「あれ? この世界は『早送り』の概念が無いんですか? えっと、『早送り』は『録音』や『録画』したものを普通の速さより早く進めることなんですけど……」


「『録音』や『録画』って?」


「え、またこのパターンですか? えっと、『録音』は声や音を記録することで、『録画』は……うーん、『動画』……じゃなくて、例えば風景や人物が動く様子を記録することなんですけど……伝わりますかね?」


「それ!」


「え? は? それ、ですか?」


 マリアンヌの言葉を聞いたマリカの頭の中に、何かが閃いたようだ。


「うん。『集音』の魔道具が使える」


「あ! なるほど! あのブローチだね! 良いかも!」


 私はマリカが発明した魔道具を思い出す。アードラー伯爵を有罪に出来た優秀な魔道具で、しかも可愛いブローチ型だから、誤魔化すのにぴったりかもしれない。


 マリアンヌのおかげでマリカが無詠唱魔法を再現する方法を思いついてくれたから、ヴィルヘルミーナ様を誤魔化すことが出来そうだ。


「二人とも有難う! 一人だったらずっと悩んでいたところだったよ!」


「え、えへへ。ミア様のお役に立てたのなら嬉しいです!」


「ん。私も良い情報を貰った。これはイケる」


「こうしてヒントになるのなら、私の知識も無駄じゃありませんね!」


 マリカからも褒められ、マリアンヌはとても嬉しそうだ。


 そうして、心配事が減った私は、良いアイデアが浮かんで喜んでいるマリカと、役に立てたことが嬉しいマリアンヌと一緒に、ほのぼのとした女子会を楽しんだのだった。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

ミーナさん、ストーカー気質があるっぽい。(酷)


次回のお話は

「209 ぬりかべ令嬢、○○○」です。

相変わらずタイトルがまだ決まっていない模様。(*ノω・*)テヘ


コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!(*´艸`*)

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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