209 ぬりかべ令嬢、招待する。
マリカとマリアンヌに許可を貰った私は、早速ヴィルヘルミーナ様をお茶会に招待することにした。
皇后陛下にも相談したところ、是非誘ってあげて頂戴、と言って貰えたので、私から貴族のご令嬢に話し掛けても咎められる心配はない。
ちなみにお茶会の場所は、私たちの部屋にさせて貰うつもりだ。
もしかするとヴィルヘルミーナ様は違う場所を希望するかもしれないけれど、それはマリカが目立ちたくないと言っているので、という理由を付けてお断りする予定になっている。
私がいつものように皇后陛下の部屋へ向かっていると、案の定視界の端に金色の髪の毛が映る。
そわそわと落ち着きがない様子のヴィルヘルミーナ様を目に止めた私は、ぺこりと頭を下げて挨拶した。
「…………」
案の定、何かを言いたそうにしているヴィルヘルミーナ様に、今日は自分から声を掛ける。
「ヴィルヘルミーナ様、私に発言の許可を頂けますでしょうか?」
「……っ! よ、よろしくてよっ!」
私が許可を求めると、ヴィルヘルミーナ様が上擦った声で許可をくれた。
顔を上げた私がヴィルヘルミーナ様を見ると、口の端がピクピクしていて、まるで笑顔になりそうな顔を無理やり抑えているようだ。
「恐れながら、三日後の午後に私たち姉妹と筆頭宮廷魔道具師マリカ様の三人で、自室ではございますが、ささやかなお茶会を開くことになりました。もし失礼でなければヴィルヘルミーナ様にもご参加──「参りますわっ!!」……有難うございます」
予想通り、ヴィルヘルミーナ様がめちゃくちゃ喰い付いた。私が言い終わる前に承諾してくれるほど、めちゃくちゃ乗り気で驚いた。
「わたくし、珍しいお茶をお持ちいたしますわっ!! 一般人は見ることすら出来ないお茶なんですのよっ!!」
「それはとても嬉しいです。有難うございます。お茶好きの姉も喜ぶと思います」
「うふふ。楽しみにしておいでなさいな」
ヴィルヘルミーナ様は頬を紅潮させ、自慢気に胸を反らす。
とても嬉しそうな表情に、私はもっと早く気付いてあげれば良かったと思う。
「はい、とても楽しみにしています」
「うふふふ……っ。では、わたくしはこれで失礼しますわっ!」
ヴィルヘルミーナ様はそれはもうニッコニコで去っていった。
去り際に彼女の侍女さんが私に頭を下げてくれたので、私も笑顔で挨拶した。
侍女さんがホッとした表情をしていたので、今までずっとヴィルヘルミーナ様に付き合わされて大変だったんだろうな、と思う。
結局、ヴィルヘルミーナ様とお茶会の約束をしてから彼女の姿を見ることはなくなり、私の生活はいつも通りに戻ったのだった。
──そうして、あっという間に時間は過ぎ、お茶会当日となった。
お茶会は午後からだけど、少し早めに来てくれたマリカとマリアンヌも一緒に、私はハルの部屋へとやって来ている。
以前、ハルの部屋に張った結界がちゃんと効果があるか、マリカが魔眼で視てくれることになったのだ。
「ハルおはよう。今日はマリカとマリアンヌが来てくれたよ」
私は寝ているハルに挨拶をする。
毎日見ているけれど、やっぱりハルの寝顔はとても綺麗だった。
「ハルに会うの久しぶり」
「私もです! ……それにしても眠っていても綺麗な男性ってどうなんでしょうね? 『ファンタジー世界』だからってズルいです!」
マリアンヌがハルの寝顔を見てぼやいている。確かにハルは寝顔すら芸術作品のようだから、マリアンヌの気持ちもよくわかる。
……『ファンタジー世界』というのがよくわからないけれど。
「まあ、ハルは皇后様によく似ているから……って、あれ?」
私とマリアンヌが話していると、ハルの部屋の扉を誰かがノックしていることに気付く。
「失礼します。ああ、ミア様たちもいらっしゃいましたか」
「あ、マリウスさんお疲れ様です」
「……げ。……お疲れ様です」
「(ぺこり)」
扉を開けて入って来たのはマリウスさんで、仕事の合間にハルの様子を見に来てくれたようだった。
「殿下は相変わらず変化無しですか……」
マリウスさんは未だ眠り続けているハルを見て、少し寂しそうに呟いた。
「色々試してはいるのですが……良い方法が無くて……」
「……そうですか。あ、そう言えば以前お聞きしていた神具見学の件、申請が下りたそうです。近日中に見学できそうですよ」
「えっ!? 本当ですか?! 有難うございます!」
ハルを目覚めさせる手掛かりの一つとして、以前からマリウスさんに神具を見学したいとお願いしていたのだ。
マリカが魔眼で視てみると言ってくれているし、何かの手掛かりが見付かれば良いのだけれど。
「……はい。それはそうと、今日は休暇ではなかったのですか? 皆さんお揃いでどうされたんです?」
今日は仕事が休みのはずの、私とマリアンヌがマリカも一緒にハルの部屋にいたので、マリウスさんも不思議に思ったのだろう。
「えっと、それがですね……」
私はことのあらましをマリウスさんに説明した。
「……なるほど、侵入者対策ですか。そこまで気遣っていただき有難うございます」
「いえいえ。用心するのに越したことはありませんから」
結界を張るだけでハルの安全が確保できるのなら、いくらでも結界を張っちゃおう。
「……ん。問題なくオーバーキル」
「えっ」
聞こえてきた呟きに、まさかと思ってマリカを見ると、何かを理解したような、納得した表情をしていた。
マリウスさんと話している間に、マリカは魔眼で結界を確認してくれたらしい。
結果はやはり予想通りというか、やり過ぎたようだった。
「オーバーキルって……そんなにすごい結界が張られているんですか?」
マリカの出した結果に、マリアンヌが青い顔で部屋を見渡している。
「そう。城塞よりヒドイ」
マリカがこくりと頷いた。
「え、いや、城塞って……。そんなにヒドイの?」
ちなみにヒドイヒドイと言っているけれど、この場合は良い意味だと私は思っている……いや、そう信じたい。
「ん。ベヒモスが踏んでも壊れない」
「そんな『筆箱』じゃないんですから」
ちなみにマリカが言う「ベヒモス」とは、長い鼻と大きい耳を持つ巨大な魔物のことだ。貪欲で一日に千の山に生える草を食べてしまうと言う。
そんなマリカにマリアンヌが異世界語でツッコミを入れている。
「ほう……それはすごい結界ですね。それなら結界が壊される前に到着できそうです」
マリウスさんが魔眼の結果を聞いて嬉しそうに声を上げる。
恐らくマリウスさんも精霊さんに頼んで、この辺りの警備をしてくれているのだろうけど、執務室からここまでは距離があるから、駆けつけるには時間が掛かってしまう。
だから強い結界があれば、時間稼ぎになるのだろう。
「ミア様が殿下のお世話をして下さるので本当に助かっています。今まで適する者が見付かりませんでしたから」
心底安心したようにマリウスさんがお礼を言ってくれた。
「……あ。そう言えば、今まではどなたがハルのお世話をしていらっしゃったのですか?」
「主に私や皇后陛下ですね。陛下以外の女性は無理ですし、偶に信用できる師団員に交代で当たらせていましたが……。何せ誰でも良い訳ではありませんので……」
「……! ああ、なるほどです。うんうん、よくわかりますとも。殿下はお綺麗ですものね!」
マリアンヌが珍しくマリウスさんに同意している。
どういう意味だろう、と不思議に思っている私に、マリアンヌが「ミア様は腐らないで下さいね!」と真剣な顔で訴えてきた。
「う、うん……?」
何だかわからないけれど、ここはとりあえず頷いておいた方が良さそうだ。
「では、私はこれで失礼します。皆様、良い休日をお過ごし下さい」
マリウスさんは私たちに挨拶すると、颯爽と部屋から出ていった。きっと執務室に戻って仕事の続きをするのだろう。
「……マリウスさんも大変だね」
「普段の仕事量もハンパ無いですからね、あの人。一体何時寝ているんだか……」
マリアンヌがマリウスさんが出ていった扉を見て心配そうに言った。
「いつもマリアンヌはマリウスさんと一緒にいるものね。やっぱり心配だよね」
「はぁっ?! わ、私は別に心配なんか……っ あの人が元気なのは知っていますしっ、どうせ健康ですしっ」
図星を突かれて慌てたマリアンヌが、顔を赤くして必死に否定するけれど、その必死さが逆に怪しいっていうことに本人は気付いていないようだ。
(……あれ? そう言えば……)
私はふと気になった。どうしてマリアンヌはマリウスさんが健康だと知っているのだろう、と。
「なるほど。確かに健康。彼からはミアの──「わーっ!! わーっ!!」……」
何かに気付いたマリカの言葉を、マリアンヌが慌てて遮った。
真っ赤な顔でマリカの口を塞いでいるマリアンヌを見て、私はピンっと気が付いた。
(……あっ! マリアンヌが毎朝聖水を持って行くのって……! なるほど、そういうことなのね!)
彼女は彼女なりに、マリウスさんのことを大切に思っているらしい。
だから毎朝私が作った聖水を持っていき、彼にお茶を淹れているのだ。
マリアンヌが隠したいのなら、このことは知らないふりをしてあげよう。
──きっと、マリウスさんにはお見通しだと思うけれど。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
筆箱のネタ、何人の方が気付くでしょう……?(*´艸`*)
自分も実際のCMは見たことがありませんが。(えー)
次回のお話は
「210 ぬりかべ令嬢、お茶会を開く。」です。
濃いメンツのお茶会です。普通のお茶会で終わらない予感。(゚A゚;)ゴクリ
コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!❤(ӦvӦ。)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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