210 ぬりかべ令嬢、お茶会を開く。

 ハルの部屋から出た私たちは、あまり人が通らないルートを使って自室に戻った。未だマリカは有名人だから、誰かに見られると大変なことになってしまうのだ。


 部屋に着いた私は、早速マリアンヌにお茶会の用意をお願いし、マリカにはレグの相手を頼み、部屋の中を見渡して、どこか問題はないかとチェックする。


「うーん、念の為<浄化>しておくね」


 私は風の魔法でホコリを集めると火の魔法で燃やし、水の魔法で清浄した。


「……<聖域>?」


「わふぅ?」


 マリカがレグを撫でながら、掃除が終わった部屋を見て呟いた。

 ハルの部屋同様、この部屋も祓い清められ、邪なモノは入ることが出来ないぐらい浄化されたようだ。


 ある程度前日から用意していたけれど、『妖精姫』と称される大貴族のご令嬢がお越しになるのだ。粗相があってはいけないと思うと、つい気合が入ってしまう。


 ──それに私はこの機会に、ヴィルヘルミーナ様に自分のことを明かそうと思っている。


 いつかは明かさないといけないことだし、両陛下やマリウスさん以外にも、帝国で味方を作っておく必要がある、と私は考えたのだ。

 それがヴィルヘルミーナ様なら、歳は近いし貴族令嬢たちの知り合いも多いだろうし。

 帝国の貴族社会へ足を踏み入れる為にも、彼女の協力は必要不可欠だろう。


 たとえ彼女がハルを殺そうとした父親の娘だとしても、彼女自身のハルを想う気持ちに嘘はない、と私は信じている。

 それに、ヴィルヘルミーナ様は侵入者たちに襲われた時、身を挺して私を庇ってくれたのだ。それだけでも、信用に値する人だと思う。


 ちなみに明かすのは身分だけで、私が聖属性だというのはまだ明かすつもりはない。


「午後までもう少し時間がありますし、何か召し上がりになりますか?」


「そうだよね。何か軽く食べておいた方が良いよね」


「……肉が良い」


「わふっ!」


 マリアンヌの提案に、マリカがぼそっと呟いた。

 レグもお肉が良いのか、「ボクも!」と言っているように聞こえる。


 最近マリカはお肉を率先して食べようと頑張っているらしい。

 マリアンヌからお肉を食べた方が成長すると聞かされ、野菜中心だった食生活に、お肉をプラスすることにしたのだそうだ。


 それはディルクさんに早く追い付きたい、と願う気持ちから生まれた行動なのだろう。


 そんな努力が報われたのか、以前に比べてマリカの身長は少しづつ伸びて行っている。そのせいか、最近のマリカはどんどん垢抜けていき、更に可愛さに磨きがかかっている。


「じゃあ、ローストブルのサンドイッチはいかがでしょう?」


「美味しそう! それ良いかも!」


「食べる」


「わふぅ!」


 今日は使用人用の食堂で食べる訳にはいかないので、簡単な軽食しか作ることが出来ないけれど、それでもマリアンヌはいつも工夫して美味しい料理を出してくれるのだ。

 本当にマリアンヌは素敵なお嫁さんになると思う。


 メニューが決まり、今から作ろうとなったところで、”コンコン”と、部屋のドアをノックする音がした。


「はい、どなたでしょ──……えっ?!」


「参りましたわっ!! お招きいただき有難うございますわっ!!」


 まさか、と思っていたら、やって来たのは本当にヴィルヘルミーナ様だった。


 約束の時間までまだあるし、少し遅れて来ると思っていたけれど、随分早くお越しになったようだ。


 頬を染め、満面の笑みを浮かべて立っているヴィルヘルミーナ様からは、楽しみで仕方がない、と言った雰囲気が伝わってくる。


「ミア様、どなたがいらっしゃ……っ!! あっ!!」


 部屋の中だったから油断したのだろう、まだ姉妹モードに切り替わっていないマリアンヌが、いつも通り話してしまう。


「……ミア様……?」


 マリアンヌの台詞がバッチリ聞こえたらしい、ヴィルヘルミーナ様が訝しげな視線を私に向けてきた。


「とりあえず中へどうぞ。狭いところですが、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」


 私はいつもの調子でヴィルヘルミーナ様を部屋へ招き入れた。変に慌てるとますます怪しまれるからだ。


「……え? 何ですのここ……。本当に使用人部屋ですの? まるで心が洗われるようですわ……!」


 怪しんでいたのも忘れ、ヴィルヘルミーナ様が喜びに満ちた声を上げる。何だかこのままにしていたら祈りだしてしまいそうだ。


「……さすが<聖域>」


「……わふぅ」


 ヴィルヘルミーナ様は私が浄化した部屋の空気に触れて、聖属性の名残を感じたのかもしれない。彼女はかなり純粋な心の持ち主のようだった。


「え、えっと……。どうぞお座り下さい。すぐにお茶をお持ちしますね」


「あっ、そうですわっ! 約束していた茶葉をお持ちしましたのよ! どうぞ召し上がって下さいまし!」


 ヴィルヘルミーナ様はそう言うと、持っていた袋を私に手渡した。


「わぁ! 有難うございます! えっ、こんなに……?!」


 袋の中には綺麗な箱に入った茶葉と、マリネにガレット、パイ包み焼きなど、軽食がたくさん入っていた。


「わ、わたくし、まだお昼をいただいておりませんの! ですからついでに持参したのですわっ! あ、貴女方もまだなのでしたら、分けて差し上げてもよろしくてよっ!」


「有難うございます。どれも美味しそうで、とても嬉しいです」


 ヴィルヘルミーナ様がそっぽを向きながら言うけれど、顔が赤いので照れ隠しなのがモロバレだ。

 きっと、皆んなで一緒に食べたくてわざわざ用意してくれたのだろう。


「……おお……! まさにツンデレ……っ!」


 マリアンヌがヴィルヘルミーナ様を見て目をキラキラさせている。


「……これは興味深い」


「わふぅ?」


 レグを抱っこしたマリカが、ヴィルヘルミーナ様をじっとみつめていると、マリカに気付いたヴィルヘルミーナ様の顔がパァッと輝いた。


「あ、貴女様が、ママ、マリカ様ですのねっ! お初にお目にかかりますわ! わ、わたくし、ヴィルヘルミーナ・エミーリエ・イメドエフと申しますっ!」


「ん、マリカ」


「わたくし、ずっとマリカ様とお会いしてみたいと思っていましたの! わたくしよりお若いのに魔道具作りの天才だなんて……! 尊敬いたしますわっ!!」


 ヴィルヘルミーナ様から熱烈な挨拶をされたマリカの表情は微動だにしない。でも心の中ではきっと喜んでいる……のだと思う。


「まあ! すごく可愛い子犬ですわっ! くりくりのお目々が愛らしいですわっ! わたくしに撫でさせて下さるかしら?」


「わふぅ」


 まるでレグが撫でていいよ、と許可するように一言鳴いた。

 前から思っていたけれど、レグは本当に人語を理解しているのかもしれない。


「なんてお利口さんなのでしょうっ! はわわ……! もふもふですわっ!! 素晴らしい毛並みですわっ!!」


 憧れのマリカと会え、更に可愛いレグを見てテンションが上がったのか、ヴィルヘルミーナ様は夢中でレグを撫で回している。


「もふもふもふもふぅ! お腹の毛がたまりませんわ……っ! ………………あ」


 私たちの視線に気付き、我に返ったヴィルヘルミーナ様の動きがピタリと止まる。


「………………ごほんっ! た、大変失礼いたしましたわ。貴女たちにまだ挨拶していませんでしたわね。改めまして、ヴィルヘルミーナ・エミーリエ・イメドエフですわ。今日はお招きいただき有難うございますわっ!」


「あ、初めまして、マリアンヌと申します」


「ミアです。招待に応じていただき有難うございます」


 夢中でモフっていたのを見られて恥ずかしかったらしいヴィルヘルミーナ様は、羞恥に頬を赤らめつつも、見事なカーテシーを披露してくれた。


「……ふうん。良く似た姉妹ですわね」


 私とマリアンヌを見比べたヴィルヘルミーナ様は、少し不思議そうにしながらも、何も聞いてこなかった。先程のマリアンヌの失言は気にしないことにしたのかもしれない。


「お茶を用意してきますね。お持ちいただいたお茶は後ほどスイーツと一緒にお出しします」


 マリアンヌは私から軽食が入った袋を受け取ると、お皿に綺麗に盛り付けてくれる。

 それからカップに用意していたお茶を注ぐと、とても良い香りが部屋中に広がっていった。


「まあ……! この香りはアップルヤード産のお茶かしら」


「そうなんです! よくご存知ですね! クセがなくてスッキリとしていますから、食事の時はこのお茶かなって!」


「確かにそうですわ! 食事の時に香りがついたお茶を出されると、料理の味がわからなくなりますもの!」


 用意したお茶を言い当てられたマリアンヌが嬉しそうに笑っている。

 ヴィルヘルミーナ様はお茶に詳しいらしく、マリアンヌとお茶談義で盛り上がっている。


 初めはどうなることかと思っていたけれど、ヴィルヘルミーナ様はすっかり皆んなと打ち解けていた。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

グイグイ行くミーナさんでした。


次回のお話は

「211 ぬりかべ令嬢、◯◯◯。」です。

未だにタイトル決まってねっす。そろそろネタ切れ?_(┐「ε:)_


コメントに♡本当に有難うございます!めっちゃ励みになってます!❤(ӦvӦ。)

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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