211 ぬりかべ令嬢、説明する。

「……なるほど、そうだったのですね! さすがマリカ様ですわ……! 素晴らしい才能ですわ……!」


 ヴィルヘルミーナ様は納得がいったらしく、晴れ晴れとした表情を浮かべている。もしかするとずっと気にしていたのかもしれない。


 ちなみに何の話をしていたかと言うと、以前、私が侵入者たちを攻撃した魔法を無詠唱ではないかと疑っていたヴィルヘルミーナ様に、マリカが魔導具の説明をしてくれたのだ。


 やはりマリカの言葉は説得力があったようで、協力をお願いして本当に良かったと、私はほっと胸を撫で下ろす。


「でもその魔道具、とても革命的ですわよね? 世界中が大騒ぎされるのではありませんの?」


「今は試作中。まだ完成していない」


「……まあ。そうですのね。では完成した暁にはきっと、世の魔法使いたちが嬉し涙を流しますわ。ようやく悲願が叶うんですもの」


 大昔、魔導国に実在していたという大魔導士が使っていた無詠唱魔法は、未だ理論が確立しておらず未知の領域のため、神話時代の伝説となっている。

 無詠唱魔法は世界中の魔法使いたちが生涯をかけて研究するように、誰もがその実現を夢見ている。

 それをマリカが正確には無詠唱ではないとはいえ、それに近い技術を開発したという事実が、この世界に衝撃を与えることは必至だろう。


 私はふと考える。

 今回の魔導具のヒントをくれたマリアンヌの存在は、この世界に計り知れないほどの影響を与えると、証明したことになるのではないか、と。

 そして彼女の持つ異世界の知識はとてつもなく貴重で、魔導国からしたらマリカ同様、喉から手が出るほど欲しい人材だと思う。


(さすがにマリアンヌの存在に気付くことはないだろうけど……)


 もし魔導国が何かのきっかけでマリアンヌの存在に気付き、あの時のように拉致しようと企んだ時のために、何か予防策を立てておいた方がいいかもしれない。


(えっと、マリアンヌに作ったお守りの効果は確か……)


 私は以前、サロライネン王国のランベルト商会ソリス支店で見付けた魔石を思い出す。

 魔石を見たマリアンヌが『ブルームーンストーン』に似ていると言っていたけれど、きっと異世界にあった宝石の名前だったんだと今ならわかる。


 マリアンヌの魔石には聖眼石の効果を付与したけれど、それはあくまで闇のモノ対策だ。私は今回の侵入者のような対人用に、強力な攻撃魔法を付与しようと決める。


(よし、お茶会が終わったら早速魔法を付与しよう!)


 差し入れて貰った軽食をつまみ、談笑している内に皆んなの緊張はすっかり解けていた。このまま行けばお茶会は問題なく終わるだろう、と思った時──それは起こった。


「あ。ミア様、お茶のおかわりは……っ、あ……っ!」


 ──緊張をほぐし過ぎたマリアンヌが、いつもの調子で私に声を掛けてしまったのだ。


「……っ?! やはりそうですのね……! 貴女たち、本当は姉妹じゃないのではなくてっ?!」


 ヴィルヘルミーナ様は、この部屋に来た時のマリアンヌの失言を覚えていたようだ。さすがに今回は誤魔化すことは出来ないだろう。


「あの、実は──「お黙りになって!! いくら義妹だからって義姉をこき使うなんて酷いですわ!!」……え? 義妹? 義姉?」


「今流行りの姉妹格差ものですわ! 人気のジャンルですのよっ! 義妹に虐げられた義姉の主人公が成り上がって義妹にザマァするのですわっ! その逆も然りですわっ!!」


「え? え?」


「貴女、義姉に報復されてもよろしいんですの?! 今のうちに謝罪なさいまし!」


 実はマリアンヌは私専属の侍女で──と説明しようとしたけれど、ヴィルヘルミーナ様は何か勘違いしていて、弁解する余地がない。


「義姉に敬称付きで呼ばせて、使用人のように扱うなんて……! 貴女のことを高く評価していたのに、がっかりですわっ!!」


(あ、高く評価してくれていたんだ)


 ヴィルヘルミーナ様は怒っているけれど、それは私とマリアンヌを心配してのことで。


「ふふっ……」


 しかも私のことを評価してくれていたことを知り、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ちょ、ちょっと貴女?! 何を笑って……え? マリカ様?」


 逆上しかけていたヴィルヘルミーナ様が、マリカが手を上げている事に気づいて静かになった。


「落ち着いて。マリアンヌはミア専属の侍女。姉妹でも、義姉でも義妹でもない」


 私が何を言ってもヴィルヘルミーナ様は聞かないだろう、と判断したマリカが代弁してくれた。


「……え? 姉妹ではない……? よく似ていらっしゃるのに……?」


 ヴィルヘルミーナ様が私とマリアンヌの顔を見比べて驚いている。確かに、私はアメリアさん仕込みのメイクをしているし、髪の色も合わせているから、事情を知る人以外は本当の姉妹だと信じてしまうと思う。


 私は自分の身分や事情を明かすなら、今このタイミングだろうと考えた。


「ヴィルヘルミーナ様、私の話を聞いていただけますか?」


「……っ、よろしくてよ! 何でも仰って下さいまし!」


 驚きでぽかんとしていたヴィルヘルミーナ様だったけれど、私が声をかけると「ふんっ!」と顔を背けながらも話を聞いてくれると言ってくれる。


「有難うございます。まず、私の本当の名前ですが、私はユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します」


「その名前……もしかして、貴女貴族ですの?!」


「はい。私はナゼール王国のウォード侯爵家出身です」


「どうして貴族令嬢が使用人をしていますの?!」


「それは……説明すると長くなってしまうのですが……」


「では、やはりその髪の色も魔法で変えていらっしゃるのね?」


「はい。髪の色もですが、メイクで顔を少し変えています」


「まあ、メイクで……?」


 私がメイクしていると聞いたヴィルヘルミーナ様の表情が少し曇ってしまった。やはりメイクで顔を変えていると聞いて怪しんでいるのかもしれない。


 私はヴィルヘルミーナ様を安心させ、信用を得るために素顔を晒すことにする。


「あの、メイクを落としてきますので、少しお待ちいただけますか?」


「えっ?! そ、そんな、無理をなさらなくても……っ」


 何故かヴィルヘルミーナ様が心配そうにしているけれど、素顔を隠した人間なんて誰も信じてくれないだろう、と思う。


「いえ、大丈夫ですから。すぐ戻りますので」


 私は断りを入れると洗面所へ行ってメイクを落とし、髪留めの魔導具を外す。ちなみにメイクは水魔法を使うと一発でキレイに落ちるのだ。


 私は元の姿になったことを確認し、部屋に戻る。


 何となく落ち着きがなく、そわそわしていたヴィルヘルミーナ様が、部屋に戻った私に気づく。


「お待たせしました。髪の色も顔も元通りで……って、あれ?」


 私の顔を見たヴィルヘルミーナ様の顔が、驚愕の表情から怒っているのか、どんどん真っ赤に染まっていく。


「……っ、さ、さ……っ!!」


「え?」


 何かを言いかけたヴィルヘルミーナ様の顔が更に赤くなり、身体がぷるぷると震えだしたかと思うと、とうとう感情が爆発したのか大声で叫んだ。


「詐欺ですわーーーーっ!! どうしてメイクを落としたら美しさが増すんですのーーーーっ!! そこは普通地味顔になるところでしょうっ?!!」


「え? え?」


「地味な顔をメイクで美しく見せていたと思っていましたのに……っ!! 心配して損しましたわっ!! 貴女本当に人間ですのっ?! 女神様じゃなくてっ?!」


「え、あ、はい。人間、です」


 何やらすごくヴィルヘルミーナ様が興奮している。私の本来の姿に、よほど驚いたようだ。


「信じられませんわ……っ!! 顔もですけど、髪色でこんなに印象が変わるものですの……?」


 未だ驚きが覚めやらないらしい、ヴィルヘルミーナ様がブツブツと呟いている。


「久しぶりに見るミア様のお姿ですね! 早く他の方にもお見せしたいですっ!!」


「ん、同意」


 そう言えばこの宮殿に来てからずっと髪色を変えていたので、本来の色に戻るのは久しぶりだった。私はすっかり茶色の髪の毛に慣れてしまっていたらしい。


「……あら? ウォード侯爵家……? ナゼール王国の……? 以前何処かで聞いたような……? え? でも……」


 ヴィルヘルミーナ様が何かを思い出しかけているのか、うんうんと唸っている。きっとそれは王太子と婚約していたグリンダのことだろう。


「恐らく、ヴィルヘルミーナ様がご存知なのは私の義妹、グリンダのことだと思います」


「え、義妹……? 本当ですの?」


 私はヴィルヘルミーナ様にことの次第を伝えた。


 説明するには色々ありすぎて、かなり省略したけれど、それでも長くなってしまった私の話を、ヴィルヘルミーナ様は黙ってじっと最後まで聞いてくれた。


 でも聖属性や無詠唱魔法のことまで話してしまうと、彼女に迷惑がかかるかもしれないので、私の力についてはまだ秘密にさせて貰うつもりだ。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

びっくりするほどユートピアなミーナさんでした。(意味不)


次回のお話は

「212 ぬりかべ令嬢、〇〇する。」です。

タイトルは決まってますが、あえて伏せ字で。


応援有難うございます!めっちゃ励みになってます!\\\\٩( 'ω' )و ////

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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