212 ぬりかべ令嬢、合格する。

 私はヴィルヘルミーナ様に出自とハルと出逢ってからの経緯を簡単に説明した。


 八年前にハルが誘拐された件は、ヴィルヘルミーナ様の父親である大公が絡んでいることもあり、倒れていたハルを助けたとは言わず、偶然出会ったことにしている。


「……やはりそうでしたのね。お兄様がずっとずっと探していたのは……貴女でしたのね……」


 ヴィルヘルミーナ様が少し寂しそうに呟いた。

 彼女は彼女でハルに好意を持っているようだし、目の前に恋敵が現れたのだから、気が消沈するのも仕方がないと思う。


「あの……その、ヴィルヘルミーナ様はやっぱり──……」


 私はヴィルヘルミーナ様に聞こうとして言葉を止める。

 何故なら、その後に続く”ハルのことを好きなんですか?”という質問をする資格が、私にあるのか疑問に思ったからだ。


「……何でもないです! すみません!」


 私は人の気持ちを探ろうとした自分を烏滸がましく感じて、思わずヴィルヘルミーナ様に謝罪する。けれど──


「ええ、確かにわたくしはお兄様が大好きですわ。それこそ小さい頃からずっと。でも……それが恋なのか、今はもうわからないんですの」


 ──言葉を止めたのに、私の意を汲み取ったヴィルヘルミーナ様が、その胸の内を明かしてくれる。


「えっ……」


 予想外の言葉を掛けられ、思わずヴィルヘルミーナ様を見ると、彼女は優しく微笑んで──……いたのが、突然キリリッとした表情に豹変した。


「ご存知だと思いますけれど、お兄様はすっごくモテるんですの!! それはもうとてつもなく!!」


「え? えぇ? あ、は、はいっ!」


 突然ヴィルヘルミーナ様が私の両肩を掴んで力説してきた。その迫力に、私はコクコクと頷くことしか出来ない。


「お兄様は絶世の美女として名高い皇后陛下の美貌を受け継いでいらっしゃいますから、下手な女性よりもお美しくて……! ”絶世の美男子”の称号を神から与えられた至高の存在ですの!! かねてより帝国の令嬢たちからは絶大な人気がございましたわ!!」


「あ、はい、わかります」


 八年前のハルもとても綺麗だと思ったけれど、成長したハルはさらに綺麗で格好良くなっていた。再会してから何度も見惚れてしまったし。


「そんなに人気の……人気なんて言葉じゃ足りませんわね……崇拝? むしろ神? なお兄様なのに、浮いた噂一つもなくて……! 一部の令嬢たちの間ではマリウスと禁断の恋をなさって「ぶふぉぉおっ!!」いるんじゃないかと囁かれていましたの。でもその倒錯的なところが逆に熱狂的な信者を爆発的に増殖させたのもまた事実ですわ」


 熱く語るヴィルヘルミーナ様の言葉に、マリアンヌがお茶を吹き出し、赤い顔でぷるぷると震えている。マリウスさんがハルと恋仲と思われていることに驚いたのかも。


 確かに、ハルとマリウスさんは昔からとても良いコンビだと思う。それに二人が並んで立っているだけで、その周辺が別世界のようだものね。すごく目の保養になるし。


「ですから、そんな神なお兄様と釣り合う女性はこの世に存在しないのではないか、というのがここ最近の帝国内での共通認識ですの。お兄様に殺到している求婚の申込みのほとんどが、権力に目が眩んだ貴族たちで、令嬢たちはむしろ遠慮しているのが実態ですのよ」


「……え?」


「考えてご覧なさいまし! どれほど着飾っても自分より美しい人間が常に隣にいて、それが夫って……! 悲惨以外の何ものでもありませんわ!! しかもその惨めな生活が一生続くんですのよ……!! 嗚呼、なんて恐ろしいのかしら……っ!!」


 ヴィルヘルミーナ様曰く、ハルが美しすぎて、生半可な美貌では太刀打ちできないと悟った令嬢たちからは、逆に結婚したくない相手ナンバーワンになっているのだそうだ。


 それでもハルと結婚したい、と思うのは大抵が他国の王女や貴族令嬢で、自身の美貌に自信を持っているからか、性格に難がある人ばかりだという。


「いくら美しくても性格が悪い皇后なんてとんでもありませんわ!! 性悪が国母になるなんて百害あって一利なしですわ!!」


「た、確かに」


 皇后陛下や女王陛下のように地位が一番高い女性の人柄によって、その国の品格が左右されたりするので、性格に難が有りすぎてもダメなのだと思う。いくら上辺を取り繕っても、雰囲気でわかっちゃうし。


「──で、わたくしが何を言いたいかというと、以上の点を踏まえて審査した結果、お兄様の伴侶として貴女は合格ですわっ!! 想像だに出来なかったお兄様のお相手が実在して目の前にいるなんて……!! わたくし感無量ですわっ!!」


「え? え? 合格……?」


「類稀な美貌と謙虚で奥ゆかしい性格! かと思えば侵入者に立ち向かう果敢な姿勢……! さすがお兄様ですわっ!! 人を見る目まで神だったとは思いませんでしたわっ!! お二人が並んだ姿を早く見てみたいですわっ!! きっとお似合いですわっ!!」


「え、あ、はい? 有難うございます……?」


 何だかよくわからないけれど、ハルのお相手として私は合格したらしい。


 てっきり嫌味を言われるか牽制されると思っていたのに、まさかこんなに早くヴィルヘルミーナ様に認めて貰えるとは思っていなかったから、正直びっくりした。


「お兄様はわたくしの憧れで、それこそ小さい頃はお嫁さんになりたいとずっと思っていましたわ。でも、八年前ナゼール王国から帰ってきたお兄様は、まるで人が変わったかのように勉学や鍛錬に励むようになって……」


 ヴィルヘルミーナ様の少し遠い目をした表情に、昔を懐かしんでいる様子が伝わってくる。

 彼女の話を聞いて、私も以前皇后陛下から同じお話を教えていただいたことを思い出す。

 ハルが私と再会した時のために、とても頑張ってくれていたのだと改めて知ってすごく嬉しい。


「……その時、きっとお兄様の世界を変えるような出来事がナゼール王国であったのだと、わたくし気付きましたの。それから人を探していることも知りましたわ。だからマリウスがナゼール王国から二人の女性を連れて来たと聞いて、お兄様の探し人がやっと見付かったのだと思っていましたのに……使用人だったと聞いて正直ガッカリしていましたのよ」


「あ、それは私がそのようにマリウスさんにお願いしたので……」


 マリウスさんは宮殿内に各国の諜報員が潜んでいると言っていた。

 だからハルがまだ目覚めていない以上、私の存在が公になるのは危険だからと匿ってくれようとしたのを、私が使用人として働きたいと申し出たのだ。


「まあ、そうでしたのね。わたくしすっかり騙されましたわ!」


 ヴィルヘルミーナ様がぷりぷりと怒った顔をするけれど、そんな表情すらとても愛らしい。


 初めは『妖精姫』と称されるように、ヴィルヘルミーナ様のことを可愛くておっとりしている方なのかと思っていたけれど、こうして接してみると全然そんなことはなく、優れた洞察力と自分の考えをしっかりと持った、とても魅力的な人だった。


「皆さん、そろそろおやつの時間にしませんか? ヴィルヘルミーナ様からいただいたお茶をお淹れしますよ」


 私の出自を話し、ヴィルヘルミーナ様から合格をいただいたところで丁度良い時間になったらしく、マリアンヌの提案でお茶をしようということになった。


「今日のスイーツは『とろとろプリン』です! 固まるか固まらないかという絶妙な食感で、スプーンですくうと、とろーりとろけるんですよ!」


 マリアンヌが作ってくれたのは、異世界でブームになったことがあるという、かなり柔らかいプディングだ。マリアンヌがいた国では『プリン』と呼ばれていたらしい。


「まぁ……! プディングがとろけますの?! すごく美味しそうですわっ!! 『プリン』って呼び方も可愛いですわっ!!」


 可愛い容器に入れられたプディングを見たヴィルヘルミーナ様が、感嘆の声を上げる。

 そんなヴィルヘルミーナ様の反応に、マリアンヌが嬉しそうに語り出した。


「ふっふっふ! このプリンは自信作なんですよ! 私、トロっとクリーミーで濃厚な味わいのプリンがずっと食べたくて!! だから記憶を頼りに再現してみたんです!! この世界は固いプリンが主流でしたからね! しかも甘いだけでコクもありませんし!」


 マリアンヌの自信満々な様子からして、『プリン』の再現は上手く行ったようだ。


「お茶はどれにしましょうかね。個人的にプリンにはミルクティーがよく合うと思うんですけど、それで良いですか?」


「もちろんですわ! おまかせしますわ!」


「マリアンヌが淹れるミルクティーは美味しいし、私も飲みたいな」


「私も」


「……わふぅ……」


 飲み物がミルクティーに決まったものの、紅茶が飲めないレグはとても悲しそう。ちなみに人用のプリンもレグの身体には悪いらしく、あげてはいけないのだそうだ。


「ごめんねレグ。プリンはダメだけど、りんごとヨーグルトなら大丈夫だよ」


「わふっ! わふわふっ!」


「はぁ〜〜〜〜っ!! 可愛いですわっ!! 愛らしいですわっ!!」


 ヴィルヘルミーナ様が、レグの尻尾をふりふりしている姿に癒されている。


 すっかりレグにメロメロなヴィルヘルミーナ様を眺めながら、ミルクティーを待っていると、お茶の容器の蓋を開けたマリアンヌが「あれ?」と首を傾げている。


「どうしたの?」


 私が声をかけると、マリアンヌがちらっとヴィルヘルミーナ様を見た後、小声で囁いた。


「……えっと、ヴィルヘルミーナ様からいただいたお茶の中にマツェチェク茶があったので、このお茶でミルクティーを淹れようと思ったんですけど……何だか匂いがおかしい気がするんですよね」


 マツェチェク茶は以前マリアンヌがマリウスさんから分けて貰った希少なお茶で、一般に流通しておらず、上位貴族でも一部の人しか飲むことが出来ないと聞かされていた。


「産地や商会が違うなら匂いも違うんでしょうけど、前に飲んだマツェチェク茶と同じものなので、おかしいなって」


 お茶に詳しいマリアンヌが言うことだから、間違ってはいないと思う。

 それにヴィルヘルミーナ様の様子におかしいところもないので、彼女もお茶の異変は知らないようだ。




 * * * * * *



久しぶりの更新になってすみません!


お読みいただき有難うございました!

おやおや、何か雲行きが怪しくなってきましたよ…。


次回のお話は

「213 ぬりかべ令嬢、推理する。」です。

タイトルは変更するかもしれません。


応援有難うございます!めっちゃ励みになってます!\\\\٩( 'ω' )و ////

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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