213 ぬりかべ令嬢、推理する。

 マリアンヌ曰く、ヴィルヘルミーナ様が持って来てくれたマツェチェク茶の匂いが何だかおかしいという。


「……もしかして、茶葉が古くなっているかもしれない、なんてことは……」


「無いですね。傷んだ臭いとも違うんですよ。ホント微妙な違いなんですけど」


 傷んだお茶の場合、酸っぱそうな匂いがするそうだけれど、問題のお茶は強いて言えば薬のようなものが混ざった匂いなのだそうだ。


 貴重だというマツェチェク茶を何度か淹れたことがある、マリアンヌだからこそ気付くことが出来たのだろう。でなければ、誰も気付かなかったかもしれない。


「……まさか、毒……?」


「その可能性はありますね。毒じゃ無いにしても、気付かれない程度に何かが入っていることは確かだと思います」


 マリアンヌの真剣な表情は、この件がイタズラでは済まないと言っているようだった。

 確かに、ずっとウォード侯爵家で働いていたマリアンヌからすれば、お茶に何かが混ざっているなんて許せないことなのだと思う。


 良い方に考えて、このお茶を彼女に贈った人が、好意で身体に良い薬を入れたとしても一言、贈る相手に断りを入れるはずなのに、ヴィルヘルミーナ様は本当に何も知らなさそうだし。


「とりあえず棚にあるマツェチェク茶を淹れてくれる? この怪しいお茶はこのまま保管して、一度調べた方がいいかも。明日マリウスさんに事情を説明して貰っていいかな?」


「はい、わかりました」


 ここで別のお茶に変えるのは不自然だし、予定通りマリアンヌには以前マリウスさんから貰ったマツェチェク茶を淹れるようお願いする。

 本当なら手に入らないというお茶だったから、お裾分けして貰えて本当に助かった。


 いつもマリウスさんにはお世話になりっぱなしで申し訳ないと思うものの、ついつい頼ってしまうので気を付けなければ、と思う。


 それからマリアンヌがお茶を淹れてくれている間、私はレグと遊びながら、マリウスさんに贈るお礼の品を考える。


(マリウスさんにプレゼントするとしたら、異世界関係のものがいいんだろうけど……。それはマリアンヌの領分だしなぁ。私が作れるものといえば……お守り、かな?)


 今度マリアンヌのお守りに追加で防御魔法と攻撃魔法を付与する予定だし、その時一緒にお守りを作ればいいかもしれない。


(うん、そうしよう! マリアンヌのお守りとお揃い……は流石にお節介かもしれないから、せめて青い魔石にしよう)


 マリアンヌの瞳の色は綺麗な青色だし、マリウスさんにも似合う色だと思う。


 マリウスさんへの贈り物が決まったタイミングで、マリアンヌがお茶の用意をして戻って来た。


「はい、お待たせしました! ちょっと手を加えて『ロイヤルミルクティー』にしてみました! お口に合えば良いんですけど」


 マリアンヌが持って来てくれたのは、すでにミルクが混ざっているお茶だった。

 

「へぇ……これが『ロイヤルミルクティー』なんだね。美味しそう!」


 マツェチェク茶とミルクの芳醇な香りが合わさり、とても良い香りが鼻をくすぐっていく。


「あら。もうミルクを入れて下さっていますのね。でも『ロイヤルミルクティー』だなんて初めてお聞きしましたわ。『ロイヤル』ってどういう意味ですの?」


 私もヴィルヘルミーナ様と同じく、『ロイヤル』の意味が気になった。きっと異世界の言葉だと思うけれど、口には出さないでおく。


「えぇ?! えーっと……私も詳しくはわからないんですけど……。とりあえず、ミルクで煮出したお茶のことだと思っていただけたら……? あ、そういえば、遊牧民たちがよく飲むお茶だと聞いたことがありますね」


 後から聞いた話では、『ロイヤル』は「王室」を表す異世界の言葉なのだそうだ。だけどヴィルヘルミーナ様に深く質問されると困るので、言葉を濁したらしい。

 もし調べてみて、そんな言語がなかったら不審に思われてしまうものね。


「まぁ……! ミルクで煮出したお茶だなんて、わたくし初めてですわ! マリアンヌさんは博識ですのね!」


「え、いや、そんなことはないですよ……。えへへ」


 ヴィルヘルミーナ様に褒められて、マリアンヌが照れている。


「ん。美味しい」


 気がつけば、すでにマリカがロイヤルミルクティーを飲んでいた。マリカの顔がほっこりとした笑顔なので、とても気に入ったことが見て取れる。


「こ、これは……! とても美味しいですわ! 普通のミルクティーとは違った美味しさですわ!」


 帝国の社交界ではミルクでお茶を煮出す飲み方は珍しいようで、ヴィルヘルミーナ様がロイヤルミルクティーの美味しさに感動している。


 私も一口飲んだけれど、確かに普通のミルクティーよりコクがあって、とても美味しい。


「さあさあ! プリンも食べてみてください! 病みつきになりますから!」


 マリアンヌが自信作であるプリンを皆んなに配る。甘い香りがしていて、これもすごく美味しそう。


「ふわぁあああ……っ!! こ、これは……っ!! 天国のお味ですわ……っ!!」


「たまらん」


「うわぁ……! すごく柔らかいし卵の味がとても濃い! 本当に美味しいよ!」


 とろとろのプリンは予想よりはるかに柔らかく、なめらかな食感がクセになりそうで、とても美味しかった。マリアンヌがどうしても再現したかった、と言っていた理由がわかったような気がする。


「全力で同意ですわ! こんなに美味しいスイーツは初めてですわ! どこの国のお菓子を再現されたのかしら? 私にも教えていただきたいですわ!」


「え」


 やはりというか何というか、ヴィルヘルミーナ様はものすごくプリンをお気に召したらしい。だからマリアンヌに作り方を教えて貰って、いつでも食べられるようにしたいのだろう。


 だけど国名を聞かれたマリアンヌが答えに困っている。

 今回は流石にロイヤルミルクティーのように誤魔化せないかも、と考えた私は助け舟を出すことにした。


「申し訳ありません、ヴィルヘルミーナ様。このスイーツは我が侯爵家に伝わる”禁断の甘味シリーズ”の一つで、門外不出のレシピなんです」


「まぁ……! そんな魅惑的なシリーズが……?」


「はい。もしよろしければ、次の機会に別の甘味シリーズをご用意いたしますよ?」


「あらあらまあまあ!! 嬉しいですわ!! ぜひ別のシリーズもいただきたいですわっ!!」


 やはりヴィルヘルミーナ様も年頃の女の子。スイーツには目がないようで、”禁断の甘味シリーズ”に興味津々だ。

 これなら、今後スイーツの由来を聞かれても誤魔化すことができるだろう。


「……ミア様、ありがとうございます……!」


 マリアンヌが小声でお礼を言って来たので、私はにっこりと笑顔で返事をした。


 私にとっても異世界の食べ物はとても興味深いし、これからも食べてみたいので、マリアンヌが気兼ねなく料理できるのならとても嬉しい。


 そうして、ヴィルヘルミーナ様をお迎えしたお茶会は恙無く終了した。

 初めはどうなるかと思ったけれど、ヴィルヘルミーナ様の人となりを知ることが出来たし、仲良くなることが出来て、とても有意義だったと思う。




 ちなみにお茶会が終わってしばらくした頃、帝国の社交界で「ロイヤルミルクティー」が大流行することになる。

 ヴィルヘルミーナ様が令嬢たちにその美味しさを布教したのだろう。


 そんな大人気の「ロイヤルミルクティー」の流行にマリアンヌが関わっていたと知ったマリウスさんは、彼女に「異世界のものを再現する場合は必ず事前に相談するように」と釘を刺したらしい。


「自分が大丈夫か確認してからじゃないと、人に教えちゃダメだって言うんですよ! もう、やりづらいったらないですよ!」


 マリアンヌはそうぼやいているけれど、きっとそれは、マリアンヌを守るためのマリウスさんなりの妥協策なのだろう。


 彼女の持つ異世界の知識の価値は計り知れないから、そうして制限しないと欲深い人間に利用されるかもしれない。

 だからマリウスさんは出来るだけマリアンヌに自由を与えながら、遠回しに彼女を守っているのだ。


 私はいつかマリアンヌが、マリウスさんにすごく大切にされていることに気づくと良いな、と思う。





 * * * * * *





 ──ヴィルヘルミーナ様とお茶会した次の日。


 私がハルのお世話を終えて廊下を歩いていると、マリアンヌが廊下の反対側から歩いて来た。


「あれ? マリアンヌ……お姉様、どうされたんですか?」


「ぐふっ……。お、お仕事中ごめんなさいね。ミアに話があって……。少しいいかしら?」


「はい、大丈夫ですよ」


 姉妹設定の切り替えが出来ていなかったので、いつも通りに呼びかけたところを慌てて修正する。

 マリアンヌも私のお姉様呼びにまだ慣れていないのか、興奮して顔が赤くなっている。


 取り急ぎ、人気がないところまで移動すると、マリアンヌに何があったのか聞いてみた。


「どうしたの? 何か問題でもあったの?」


「それが、例の怪しいお茶をマリウス様に調べて貰うようにお願いしたんですけど……。帝国では知られていない異物が入っていたらしいんです」


「異物?」


「はい。それが毒なのか薬なのか、それすらわからないらしいんですよね」


 この世界で「三大国」と称されるほど巨大な国で、今や世界経済の中心となっている帝国でもわからない”異物”。


 世界中のありとあらゆる物が集まる帝国で、手に入らない物があるとすれば、それはきっと──。


「──法国、が関係しているかもしれないってことかな?」


 私はふと、以前お父様から聞かされたお母様の話を思い出す。


 ──呪薬。


 人を苦しめるために作られた、呪いの薬だ。




 * * * * * *



またもや久しぶりの更新になってすみません!


お読みいただき有難うございました!

久しぶりにかの国の影がちらほらと。


次回のお話は

「214 ぬりかべ令嬢、〇〇2」です。

過去にあったタイトルのその2です。

どのタイトルか分かったらすごい!かも。


応援有難うございます!めっちゃ励みになってます!\\\\٩( 'ω' )و ////

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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