214 ぬりかべ令嬢、友達ができる2

 バルドゥル帝国とアルムストレイム神聖王国は両国とも「三大国」と称される巨大国家だ。


 だけど、アルムストレイム神聖王国──法国は純血主義で、昔は獣人やエルフやドワーフなどの亜人を迫害して来たという。

 今はだいぶマシになっているものの、それでも純血主義は根深く残っているようで、異世界人の血を引く帝国の皇族を法国の人間は内心蔑んでいるらしい。


 それは黒い髪を持って生まれたハルに対して顕著に現れていて、ハルのことを<忌み子>と呼んで侮蔑していると知ってしまった私は、法国に対して良い印象が全く無い。


 そんな法国だから、当然帝国との仲は最悪で、国家間の交流とかは一切ないのだそうだ。

 それは逆に言うと、帝国ではあまり知られていない、手に入らないものは大抵法国が関わっていることになる。


 もし本当にヴィルヘルミーナ様へ贈られたお茶に入っていたのが<呪薬>だとしたら、法国の関係者──それもかなり高位の人間がヴィルヘルミーナ様を狙ったことになるのだけれど。


(でも、どうして法国がヴィルヘルミーナ様を狙ったんだろう……?)


 ヴィルヘルミーナ様は最初の予想とは違い、とても明るく優しい令嬢だった。大公の娘だから、権力も──と、考えたところで気が付いた。

 例のお茶はヴィルヘルミーナ様に贈られたものではなく、大公に贈られたものなのではないか、と。


 マリウスさんも以前、大公は敵が多いと言っていたし、もしかすると法国も大公を狙っているのかもしれない。


「え、法国ですか?! それならマリウス様に伝えないといけませんね」


「うん、私も確認したいことがあるし、一緒に行こう」


 私はマリアンヌと一緒にマリウスさんがいるハルの執務室へ行くことにした。

 そしてマリウスさんに私の予想を伝え、例の怪しいお茶をもう一度見せて欲しいとお願いする。


「……ミア様の仰ることが当たっていると思います。私も以前から大公の動向に注意してはいたのですが……やはり大公は法国と何かしらの繋がりがあるのですね」


「やはり、と言うことは以前から不審な行動をしていたのですか?」


「はい。大公家にはお抱えの商会がありまして、その商会を通して法国側と取引を行っているようです」


 国家間での付き合いはないけれど、個人間での付き合いや取引を制限している訳ではないので、手に入れようと思えば帝国でも法国の物が手に入るらしい。

 ちなみに法国と取引をしていないランベルト商会は珍しいとのことだった。


「でも、取引しているだけでお茶に何か仕掛けると言うのも変な話ですよね?」


「取引で何かトラブルでもあったのかもしれませんね。詳しいことは調査してみないとわかりませんが」


 マリウスさんと話していると、マリアンヌが例のお茶を持って来てくれた。


「ミア様、こちらです」


 マリアンヌがお皿に乗せた怪しいお茶を私の前に差し出した。


「有難う。じゃあ、一度<浄化>してみますね」


 以前お母様が<呪薬>を飲んでしまった時、お腹にいた私が<呪薬>を<浄化>したと、お父様が教えてくれたことがあった。

 ならば、例のお茶に<呪薬>が入っている場合、<浄化>することで何かしらの反応があるかもしれないと思ったのだ。

 そこで私はお茶を少しだけ分けて貰い、<浄化>を試すことにしたのだった。


 私は怪しいお茶に手をかざすと、<聖火>で炙るように<浄化>する。

 すると、お茶から黒に近い濃い紫色の靄のようなものが立ち昇り、粒子となって消えていった。


 その様子はまるで、グリンダの身体をマッサージしていた時と色は違うものの、よく似た現象だった。 


「……これは一体……」


「うわぁ……。今、すっごく良くないものが消えませんでした?」


 マリウスさんとマリアンヌが、お茶から出たものに驚いている。


「私もあの色を見るのは初めてかも。詳しくはわからないけど、人の身体に良くないものなのは確かだね」


 こんな時、マリカかディルクさんがいてくれたら、色が表す意味がわかったかもしれない。まだお茶はあるし、今度お願いしてみようかな。


(あ、お父様にお手紙で<呪薬>のことを聞いてみよう……。でも、心配させちゃうかな……)


 お父様には帝国に着いた時と、皇后陛下付きの侍女として働くことになった時に、お手紙で報告している。


 王国と距離があるから、まだ手紙が届いていないかもしれないけれど。


「では、大公への対応はどうしますか? 私から連絡したとしても聞く耳を持たないかもしれませんが」


「え、そうなんですか?」


「はい、私はレオンハルト殿下の側近ですから。色々と恨みを買っていますので」


 マリウスさんの言う「恨み」はきっと、皇位継承に関わるアレコレのことだと思う。大公はずっと皇位を狙っていたそうだし。


「じゃあ、ヴィルヘルミーナ様にお願いするしかありませんね」


 私はヴィルヘルミーナ様にお茶のことを話して、協力してくれるようにお願いしてみようと考える。


「ああ、お茶会でミーナと打ち解けたそうですね。少しわがままなところはありますが、基本良い子ですから、どうぞ仲良くしてやって下さい」


「はい、もちろんです!」


 以前はヴィルヘルミーナ様に対する扱いがヒドイと思ったことがあるけれど、何だかんだとマリウスさんもヴィルヘルミーナ様を大切に思っているらしい。

 昔からの幼馴染だし、彼女の人となりをよく理解しているのだろう。


「マリアンヌ、ヴィルヘルミーナ様となるべく早く会おうと思うんだけど……。どうしたの?」


「……えっ?! い、いえっ! ついぼうっとしちゃって……! すみません!」


 相談しようと思いマリアンヌを見ると、珍しくぼんやりとしていたようで、はっと我に返っていた。


「もしかしてどこか具合が悪い? 大丈夫?」


「いえっ!! 元気ですから!! 体だけは丈夫なんで!」


「体調が悪いなら今日はもう休みますか? よければ部屋まで送りますが……」


 マリアンヌは大丈夫だと言うけれど、それでも心配そうなマリウスさんがマリアンヌに休んでいいと言ってくれる。


「だだだ、大丈夫ですって! ミア様の聖水を飲んでる私に病気はありえませんから!」


「……確かに」


 顔を赤くして動揺しているマリアンヌだけど、聖水を飲んでいるのなら本人が言う通り大丈夫なのだろう。

 その効果を知っているからか、マリウスさんもすんなりと納得している。


「……えっと、じゃあ、ヴィルヘルミーナ様に都合をお聞きしないとダメだよね。できれば早めが良いんだけど……」


 今回のお茶のように、他の贈り物も危ないかもしれないから、ヴィルヘルミーナ様には大公家への贈り物には触らないように、と伝えたい。

 だけどよく考えたら、彼女へ連絡する方法を聞いていなかったことに気づく。


「ああ、それなら私の方からミーナに連絡を入れますよ」


「え、いいんですか? 有難うございます、助かります!」


 ヴィルヘルミーナ様と連絡がつき次第、マリウスさんが教えてくれることになった。

 今度彼女と会った時は連絡が取れる方法を聞いておかなければ。


「じゃあ、私は仕事に戻るね」


「…………えっ?! あ、はい、ではお送りします!」


「ううん、大丈夫。一人で戻れるから」


 またもやぼんやりしていたマリアンヌの申し出を断って、私は皇后陛下の部屋へ戻ることにする。私よりぼんやりしているマリアンヌの方が危なっかしいし。


 それからハルの執務室から出て歩いていると、衛兵さんや文官さんの何人かから声を掛けられた。

 私もここで働き出して一ヶ月になるので、顔を覚えてくれた人たちが増えたんだと思う。


 声を掛けてくれた人に笑顔で挨拶を返しながら歩いていると、ヴィルヘルミーナ様が侍女を連れてこちらに向かって歩いて来た。


「あら、ミア。ご機嫌よう」


「ヴィルヘルミーナ様にはご機嫌麗しゅうございます」


 先ほどマリウスさんからヴィルヘルミーナ様に連絡をして貰えることになったけれど、早く贈り物のことを伝えたかったので、失礼を承知で話を聞いて貰うことにする。


「……あの、大変失礼だとは存じますが、今お時間を少々いただけますでしょうか?」


 お茶会で仲良くなって、私の出自も明かしたとはいえ、周りの目もあるので失礼がないようにお願いする。

 そんな私の様子を見たヴィルヘルミーナ様が侍女さんたちに手で合図すると、侍女さんたちはすっと後ろに下がった。


「よろしくてよ。ここで立ち話もなんですし、あちらの中庭へ参りましょう」


「有難うございます」


 私はヴィルヘルミーナ様の後をついて行く。侍女さんたちも少し離れたところからついて来ていて、その様子にとてもよく教育されているなぁと感心する。


 宮殿の中庭には、季節に合った色とりどりの花が美しく咲き誇っていた。

 所々にベンチがあり、休憩できる作りになっている。


 ヴィルヘルミーナ様は奥の方のベンチに座ると、私を手招きした。


「ここならよろしくて? 何か大事なお話がありそうでしたけれど」


「お気遣い有難うございます。突然の申し出にお応えいただき感謝いたします」


「……まあ! ここには侍女もいないのだから、そんなに固くならなくても大丈夫ですのよ! それに二人の時は”ミーナ”と呼んでいただきたいわ! わたくしを”ミーナ”と呼ぶ人は家族以外ではお兄様とマリウスだけですのよ! ミアは特別ですわ! 敬語もいりませんわ!」


 ヴィルヘルミーナ様からのありがたい申し出を聞いた私は、あ、と思う。


(マリアンヌの様子がおかしかったのは、もしかして……?)


 ちょっとマリアンヌのことが心配だったけれど、私の予想が当たっているのなら納得だ。


「有難う、ミーナ。じゃあ、これからそうさせて貰うね」


 私は遠慮せずに”ミーナ”呼びをさせて貰うことにする。きっとその方がミーナも喜ぶと思ったのだ。


「……っ!! か、構いませんわっ!! わたくしたちはもう、その……っ、お、お友達ですもの……っ!!」


 ミーナが顔を赤くしつつ、そっぽを向いてしまう。でも口元がによによとしているから、すごく照れているのだと思う。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「215 ぬりかべ令嬢、招待される。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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