215 ぬりかべ令嬢、招待される。

 ヴィルヘルミーナ様から”ミーナ”呼びを許された私は、身分構わず敬語もなしでミーナに接することにした。


「うん! ミーナとお友達になれて嬉しい! 私、前からミーナとお友達になりたかったから……」


 これは紛れもない、私の本心だ。


 私はミーナと出会ってから、ずっと友達になりたいと思っていた。その時はミーナのことを恋敵だと思っていたから、無理だろうと思っていたけれど。


 だけどミーナと会うたびに、彼女の素敵なところをたくさん知ることが出来たし、ハルとのことも応援すると言ってくれた──そんなミーナを好きにならない訳がないのだ。


「ミミミ、ミアがわたくしとっ?! ええっ?! わ、わたくし、ずっと嫌われていると思っていましたのに……!」


「え? どうして?」


「それはその……初めてお会いした時、ジロジロと見てしまいましたし……。傲慢な令嬢だと思われたのではないかと、心配でしたの……」


 ミーナは初対面の印象が悪過ぎたのではないかと、後悔していたらしい。


「ふふ、傲慢とか全然思わなかったよ。ただ、すごく気が強そうだな、とは思ったけど」


「そ、それは……! 下手に出ると舐められますから……!」


 貴族の中でも最上位の「大公家」の令嬢であるミーナは、社交界でもその地位を確立するために、頑張って強気な性格に見えるように振る舞っていたのだそうだ。


「大公の娘っていうのも大変なんだね……って、そうだ! すっかり忘れてた!」


 ついミーナと話してしまって、怪しいお茶のことを忘れるところだった。


「ああ、そういえばお話があると仰っていらしたわね。どのようなお話なんですの?」


「うん、それなんだけど、実は──」


 私は先日のお茶会に差し入れてくれたお茶の中に、”異物”が入っていたとミーナに告げた。

 入っていたのは明らかに良くないものだけれど、まだ<呪薬>かどうかも判明していないので、とりあえず”異物”ということにしておく。


「な、なんてこと……! まさかあの中に”異物”が……?!」


 やはりミーナにとってもお茶のことは寝耳に水だったようだ。すっかりミーナの顔が青ざめている。


「あのお茶の贈り主ってわかるかな? それかどこで購入したかわかるなら、教えて欲しいんだけど」


 大公家ほどの家柄なら、毎日のように贈り物が届いているかもしれない。その中から入手先を調べるのは大変だと思うけれど。


「わかりましたわ。屋敷に戻り次第、すぐに調べるようにいたしますわ」


「信じてくれて有難う! あ、それとミーナと連絡を取りたい時はどうすれば良いのかな?」


 今日はたまたま会えたけれど、ミーナも貴族令嬢として色々忙しいだろうから、すぐに連絡が取れる方法があればとても助かる。


「それなら、良い方法がありますわ! ああ、でも今は魔石がありませんわね。魔石があればすぐなのですけれど……。少しお待ちになって」


 ミーナはそう言うと、離れたところで待機している侍女を呼び寄せ、魔石を持ってくるように指示を出した。


「え、魔石ってそんなにすぐ手に入るの?」


「ええ、もちろんですわ。魔術師団には魔石が常備されているんですのよ」


 帝国の宮殿の敷地内には魔術師団と騎士団、飛龍師団など国を守る戦力として幾つかの師団が編成されているらしく、その中の魔術師団には魔道具を開発する部署があるという。


「じゃあ、マリカがいるのも……」


「ええ、魔術師団ですわ。でも魔術師団の管轄ではありますけれど、マリカ様が筆頭魔道具師として招聘されましたでしょう? 魔道具師団として魔術師団から独立させる動きが上層部であるそうですわ」


「うわぁ……なんだかすごいなぁ。さすがマリカ!」


「ところが、肝心のマリカ様が団長になるのを渋っておられるそうですの」


「……なるほど。きっと忙しいのが嫌なんだろうね」


 ただでさえ忙しいのに、これ以上肩書きが増えちゃうとディルクさんと会う時間がなくなってしまうものね。


 そうしてミーナと話していると、侍女さんが魔石を持って戻って来た。


「ご苦労様」


 ミーナは魔石を受け取ると、再び侍女さんを下がらせて私に魔石を手渡した。


「この魔石にミアの魔力を込めて下さいまし。そんなに大量の魔力を込める必要はありませんわ。ミアの魔力がわかる程度で大丈夫ですのよ」


「う、うん」


 何が何だかわからないけれど、とりあえず魔石に少しだけ魔力を込めてみる。

 聖属性持ちだとわかると驚かれるだろうから、調整する必要があるけれど。


「……こんな感じかな?」


「ええ、これで大丈夫ですわ。では、また後ほどこちらからご連絡いたしますわね」


「えっと、私はどうすれば良いの? 連絡方法は……」


「うふふ。それは秘密ですわ。ミアは楽しみに待っていて下さいまし」


 結局、ミーナは連絡方法を教えてくれなかった。でも楽しみにしていて、と言われたし、大人しく待つことにする。


「では、わたくしはこれで失礼いたしますわ。ミアはまだこれからお仕事かしら?」


「うん、そうなの。私も仕事に戻るね。ミーナも時間をくれて有難う。連絡待ってるから」


「もも、もちろんですわっ! ミアもお仕事頑張って下さいまし!」


 ご機嫌なミーナと別れた私は、仕事をしながら<呪薬>のことやハルのことを考えている内に、その日の業務を終えていた。

 つい仕事中に考え事をしてしまったけれど、身体は覚えていたようで難なく過ごすことが出来た。


 それから仕事を終えた私は、部屋に戻りマリアンヌに淹れて貰ったお茶を飲んで一息つくと、執務室での出来事を思い出す。


(うーん、マリアンヌに様子がおかしかった原因を聞いても良いのかなぁ……?)


 彼女の様子がおかしかったのはきっと、マリウスさんがヴィルヘルミーナ様のことを「ミーナ」と愛称で呼んでいたからだと予想しているけれど。


 ちなみに私よりも先に部屋に戻っていたマリアンヌは、いつもと様子が変わらなかった。

 だったら蒸し返さない方がいいよね、と思っていると、窓の方からコンコンと音がしていることに気付く。


「え?」


「ミ、ミア様っ!! あ、あれっ!!」


 マリアンヌが窓を見て驚いている。もしかして不審者?! と思い、慌てて窓をの方へ振り向くと、そこには信じられない光景が。


『にゃ〜〜ん』


 私の目に飛び込んできたのは、真っ白な色の猫が窓の外でふわふわと浮かんでいる姿だった。


「か、可愛い……っ!!」


「きゃーーーっ!! すっごく可愛いーーーーっ!!」


 真っ白な猫とは言っても、何だかもこもことしていて普通の猫とは違うように見える。まるで猫の形を模したような造形だ。

 もしかして本物の猫じゃないのかもしれない。


「か、可愛いけど大丈夫なのかな? 一体この猫はなんだろう?」


「ミア様大丈夫ですよ!! 可愛いは正義、という言葉がありますから!」


 ……確かに、嫌な感じは全くしないから、悪いものじゃないと思うけれど。


「じゃ、じゃあ、私が窓を開けてみます!」


 白い猫はずっと窓の外にいて、部屋の中に入りたそうにしているので、マリアンヌが窓を開けてくれることになった。


「マリアンヌも気をつけて! うん、いつでもいいよ!」


 私は万が一のために、<聖火>でいつでも攻撃できるように警戒しておく。


「行きますっ!」


 マリアンヌが思い切って窓を開けると、白い猫が『にゃーん!』と部屋に入って来た。


 そして私の前で『にゃにゃ〜〜ん』と鳴くと、くるりと回転して可愛いポーズをとった後、その姿が変化する。


「えっ?! これ、もしかして……っ?!」


 白い猫が変化したのは白い封筒で、私は白い猫が風魔法の<ロワ・ブラン>だと気が付いた。


「あっ! これ<ロワ・ブラン>だったんですね! 猫の形をしているのは初めて見ましたよ!」


 私も見たことがあるけれど、普通<ロワ・ブラン>は白い鳥の形をしているのだ。それなのに猫の形にするなんて、とてもすごいことだと思う。


「あ、ミーナが言ってた連絡手段って、これだったんだ!」


「……え、ミーナ……?」


 私とミーナが昼に会って話したことを知らないマリアンヌが、怪訝そうな表情を浮かべている。


「あ、えっと、実は……」


 私はマリアンヌに事の顛末を説明した。


「なるほど、そうだったんですね! 突然ヴィルヘルミーナ様を愛称で呼ばれるから驚きました! お友達になれて良かったですね! 私が言った通りでしょう? ミア様のことを知れば、誰でも好きになりますって!」


 マリアンヌが自分のことのように喜んでくれる。私が以前言っていたことを気にしてくれていたのだろう。


「有難う、マリアンヌ」


 いつも私のことを一番に考えてくれるマリアンヌには、本当に感謝してもし切れないと思っている。

 だから、せめて私もマリアンヌのために、何かしてあげたいと思っているのだけれど……。


 私はマリアンヌとの話は後にして、とりあえず今はミーナから来た手紙を読むことにする。


 真っ白だと思っていた封筒には透かし模様が入っているらしく、光にかざしてみると家紋のようなものが浮き上がった。

 封をしている封蝋に押されている印璽とよく似た紋章なので、もしかするとこの紋章が大公家の家紋なのだろう。


「えーっと、どれどれ……」


 封筒から便箋を出すと、これまた紋章が入った上品な色合いの便箋に、綺麗な文字が綴られていた。

 その内容は、屋敷に戻ってすぐ贈り物のリストを確認したけれど、なぜか例のお茶の贈り主が記載されていない、ということだった。


 そしてそのことを家族に相談したら、他の贈り物も調べることになったらしく、そのことで私に詳しく話を聞きたいので、屋敷に来てくれないか、とのことだった。


「……えっ!」


 思わず驚いた私に、マリアンヌが「どうしたんですか?!」と声を掛けて来た。


「あ、ごめんね。ちょっと驚いちゃって。……えっと、どうやら私たち、大公家にお招きされたみたいなの」


「げっ?!」


 大公家に招待されてと聞いたマリアンヌもひどく驚いている。

 確かに、大公家……というよりイメドエフ大公はある意味、私たちの敵みたいな存在だものね。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「216 ぬりかべ令嬢、神具の見学に行く。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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