216 ぬりかべ令嬢、神具の見学に行く。

 まさか大公家に招待されるとは思わなかったけれど、ミーナのことも心配だし、大公家のことを知る機会だと考えた私は、了承の返事を送ることにした。


 ちなみに、ミーナが送ってくれた封筒の中にはもう一枚の封筒と、便箋が同封されていた。

 ミーナの手紙にも返事は同封の封筒で、と書かれていたので、とりあえず返事を書いたのだけれど。


「えっと、マリアンヌは<ロワ・ブラン>の魔法って使える?」


「いや、私も使ったことがなくて……。もし使えたとしても、ヴィルヘルミーナ様の魔力を知らないんですよね」


「そうだよね。私も知らないしどうしよう」


 私はマリアンヌと話しながら便箋を封筒に入れる。


 封蝋は手に入るけど、印璽が無いなぁと思っていると、封筒がふわっと浮き上がって驚いた。


「えっ?!」


 不思議な現象に驚いていると、浮き上がった封筒が白い猫の姿に変化する。


「うわぁ……っ! すごい!」


「ほぇ〜〜。手紙の返送が自動化されているなんて、大公家はすごいですねぇ」


 どうやら返事を書くと自動で魔法が発動する仕組みらしい。


 私は白い猫が飛んで行けるように窓を開けると、「お手紙よろしくね」と言って猫を見送った。

 白い猫は『にゃーん』と一声鳴くと、ひらっと身を翻して飛んで行く。


「あんなに可愛い猫が届けてくれるなら、手紙のやりとりがとても楽しくなりますね」


「うん、本当。猫以外にも出来るのかな」


 私は猫もとても可愛いけれど、犬も良いなぁ……なんて考える。レグみたいな可愛い姿の<ロワ・ブラン>……とても良いかも!


 今度マリカに聞いてみよう、と思った私は、ちらっとマリアンヌを見る。

 さっきはミーナからの手紙を優先してしまったので、次はマリアンヌと話をしてみたいと思ったのだ。


「えっと、マリアンヌはお仕事大変じゃない? 結構忙しい部署みたいだし、悩みとかあったら相談に乗るよ?」


 自分でも話の切り出し方がちょっと不自然かな、と思うけれど、話術が巧みじゃない私は直球勝負で行くことにする。


 いつも明るいマリアンヌは、ぱっと見て悩みがあるようには見えない。それにマリアンヌも私に心配を掛けまいと、気取られないように振る舞うと思う。


 だけどマリアンヌは私にとって、姉のようで、友達のようで……とても大事な人なのだ。もしマリアンヌの心に憂いがあるのなら、私はそれを取り払ってあげたいのだ。


「え? 私ですか? 今の悩みは……うーん、そうですねぇ。悩みというか、早くレオンハルト殿下に目覚めて貰いたいなって。あ、これじゃお願い事ですね」


 マリアンヌはそう言って苦笑いを浮かべるけれど、何故かその表情が私にはとても悲しそうに見えた。


「どうしてそう思うの? あ、もちろんマリアンヌのお願い事を疑っているんじゃないよ? でも何か他の理由もあるんじゃないの?」


「…………」


 私の言葉にマリアンヌが沈黙する。それは肯定と同じ意味だと、私は判断する。


「マリアンヌは私にとって、とても大切な人なの。それこそ親友だと思ってる。だから大事な親友の、そんな悲しそうな顔を見ちゃったら心配になっちゃうよ」


「ミア様……」


「私に言えないことなら、無理に聞かない。だけど、私に出来る事なら教えて欲しいの。マリアンヌの笑顔に、私はいつも励まされているから」


(もしかしたら私に手伝えることは無い、って言われちゃうと、少し……いや、すごく寂しいけれど……)


 思わずしょんぼりとしてしまった私を見たマリアンヌが、「ミ、ミア様!」と慌て出した。


「いや、その、私がミア様に言えないことなんて無いんですけど……! えっと、ただ自分でもよく分かっていないと言うか、なんと言うか……っ!」


 どうやらマリアンヌ本人も、自分の今の気持ちがわからないらしい。


「そうなんだ。自分でもわからないなら仕方ないね」


「ミア様、心配してくださったのにすみません。でもさっきのお言葉、本当に嬉しかったです! 私にとってもミア様はすごくすごく大切な方なので……。だから早くレオンハルト殿下が目覚められて、ミア様専属の侍女に戻りたいなって」


「え、そうなの?」


 まさかマリアンヌがそんなことを考えているとは思わなかった。


「もしかして、すごく仕事が辛いとか? 書類作業って大変なの?」


 ウォード公爵家では主に私の身の回りのお世話とかお掃除、デニスさんのお手伝いをしてくれていたから、慣れない書類仕事が大変なのかもしれない。


「あ、いえ、書類仕事は大丈夫なんです。前世でも色々やっていましたから。ただ、その……」


 マリアンヌがもじもじと言いにくそうにしている。

 私がマリアンヌが話してくれるのをじっと待っていると、意を決したらしいマリアンヌがぐっと顔を上げて言った。


「わ、私、マリウス様と一緒にいるのが、辛くって……!」


「え」


 私はマリアンヌの告白に絶句した。思いもよらない言葉にポカーンとなってしまう。


「あ、仕事は結構楽しいんです! でも、マリウス様がいると緊張しちゃって……! 席を外されるとほっとしちゃうんですよね。失礼な話だな、と自分でも思うんですけれど」


「えっと……それは、マリウスさんにお小言を言われるから、とか?」


「いえ、そんなに言われることはないんですけど、あの人存在感がすごくて。黙って仕事をしていても気になるんですよ」


 マリアンヌの話に私はなるほど、と思う。確かに出来る男というか有能そうというか、マリウスさんはオーラがあるものね。


「じゃあ、マリウスさんの補佐をやめたいってお願いしてみる?」


 私はハルが目覚めるまでは、使用人のままでいようと思っていた。だけどマリアンヌが望むなら、もう身分を明かしてしまおうと考える。


「……いやいや、それだとミア様が困りますよね? それにマリウス様との連絡手段がないと不便だと思いますし……」


「そんなの、大した手間じゃないよ。私はマリアンヌが幸せならそれで良いの」


「ミア様……っ!! 有難うございます、でも……。もう少し頑張ってみます! どうしても無理だと思ったら、その時はまた相談に乗ってください」


「うん、わかった。でもまた何かあったらすぐ教えてね」


「はいっ!」


 そうして、その後はマリアンヌとお茶をしながら愚痴をたくさん聞かせて貰った。

 愚痴と言ってもマリウスさんに対するものではなく、前の世界のような便利な機械が欲しい、と言うものばかりだった。


 たくさん愚痴を吐いたからか、マリアンヌがすっきりとした表情になったから、私はこれで良しと思うことにする。


 ただマリウスさんのことを考えると、前途多難だなぁ、と同情してしまうのは……仕方がないことだと思う。





 * * * * * *





 ミーナから手紙が届いた日から、何度か手紙のやり取りをして、明後日のお休みの日に大公家へお伺いすることが決まった。


 大公家へはマリカも来てくれることになり、前日から私の部屋でお泊りをして、マリアンヌと三人一緒に行くことになったのだ。


 そしてついに明日は大公家だ……という時に、何と<神具>の見学が出来るとマリウスさんから連絡が来た。

 どうやらマリカが<神具>を管理している部署に働き掛けてくれたらしく、異例の速さで許可が出たのだそうだ。


(マリカ……っ! 有難う! 後でお礼をいっぱい伝えよう!)


 私は早速<神具>を見学したいとお願いする。

 ちょうどマリカもお泊まりに来てくれるし、すごくタイミングが良かったな、と思う。きっとこれもマリカが便宜を図ってくれたおかげかもしれない。

 遅くなってしまうけれど、仕事が終わった頃に皆んなで見学させて貰う予定だ。


(神具……一体どんな形なんだろう?)


 私はハルのお世話をしながら、神具のことを考える。きっとゴテゴテとした豪華な装飾が施された一品なのだろう。……予想だけれど。


「ハル、今日やっと神具の見学が出来るんだよ。何か手掛かりが見つかれば良いんだけど」


 柔らかい日差しの中、眠るハルの寝顔は穏やかで、声を掛ければ今すぐにでも目を開いてくれるんじゃないかと思ってしまう。


 ──だけどその願いが叶わないことを、私はよく知っている。

 いくら私が声を掛けても、ハルが答えてくれることは無かったから。


「早くハルの声が聞きたいな……」


 結局『トラノマキ』にも、元アードラー伯爵の『黒い領域』にも手掛かりは無かった。今の私に思いつくのは、もう今日見学する<神具>だけとなってしまう。


「……もし、今回も手掛かりが無かったらどうしよう……」


 次こそは、と思いながら手掛かりを探して、結局見つからなかった時のショックは結構堪えるのだ。

 だからと言って、手掛かりを見つけるまで止める気はないけれど。


 私はハルの寝顔をじっと見つめながら、ハルが目覚めたら何をしようかと考える。


(ハルと一緒に市場に行ってみたいな……。そして美味しそうな物を買って、食べながら散策してみたい。それからランベルト商会に行って、ディルクさんやレオさんたちにも挨拶して……)


 宮殿の使用人たちは、届けさえ出せばお休みの日に好きなところへ行くことが許されている。

 それぞれ仲の良い人たち同士で人気のお店に行って楽しんだ、という話をよく耳にするし、私も何度か誘われたことがあった。


 実際、私が行こうと思えば、市場でもランベルト商会でもどこにだって行けるだろう。だけど、私が帝国で経験する初めてのことは、全部ハルと一緒に経験したいのだ。


 ──それはただ単に私の我儘だけれど、今はもう、その我儘は願掛けになっている。


「明日はミーナのお家に行くから、ここには来られないと思う。ごめんねハル」


 私は毎日ハルの顔を見に来ていた。それはお仕事がお休みの日も同じで、時間さえあればハルの部屋に通っていたのだ。


 だけど明日はお昼前にお呼ばれしているから、きっとハルの部屋には行けないだろう。


 私は窓を閉めて天蓋のカーテンを下す。そしてハルの寝顔をもう一度見ると、挫けないように心の中で気合を入れた。


「──じゃあ、行ってくる。またね」


 ハルに挨拶をしてから部屋を出ると、私は待ち合わせしている場所へと急いだ。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「217 ぬりかべ令嬢、神具を調べる。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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