217 ぬりかべ令嬢、神具を調べる。


 仕事を終えた私が向かった先は、宮殿の敷地内にある魔術師団本部だ。


 ちなみに魔術師団はマリアンヌとマリウスさんたちが働いている執務室とは反対の方向に位置している。

 本当はマリアンヌたちと合流してから行こうかと思ったけれど、位置的に直接行った方が速いということで、魔術師団本部の前で待ち合わせることになったのだ。


「あ、マリカ! お仕事お疲れ様」


「ん、ミアも」


 私が待ち合わせ場所に行くと、すでにマリカが待っていてくれた。

 目立たない場所にいるにもかかわらず、周りからチラチラと視線を向けられているのは、やはりマリカが有名人だからだろう。


「マリカが神具見学の申請を手伝ってくれたって聞いたよ。本当に有難う。私はとても助かったけれど、マリカは無理しなかった?」


「大丈夫。私も興味があったから」


「本当? なら良いけど……。あ。じゃあ、今度は私がマリカのお手伝いをするから、何かあったらすぐに言ってね」


「ん」


「そういえば、まだマリアンヌが来ていないね……って、あれ?」


 私とマリカが一緒に会話をしていると、見覚えがある一台の豪華な馬車が、エントランス近くに停車した。


 御者の人が降りて来て馬車の扉を開けると、中からマリウスさんが現れた。

 そしてマリウスさんは馬車から降りると振り返り、馬車の中に向かって何かを言うと、すっと手を伸ばした。


 マリウスさんが伸ばした手に、誰かが手を乗せたな、と思っていたら、何とその人はマリアンヌだった。


 マリウスさんとマリアンヌは一緒に馬車に乗って来たらしい。


 紳士なマリウスさんがマリアンヌをエスコートしている姿はとても格好良くて、まるで王子様のようだ。


 だけど、そんなマリウスさんにエスコートされているマリアンヌは、とても恥ずかしいのか顔が真っ赤になっていた。


 ……きっとエスコートが恥ずかしいんだろうな。


 マリアンヌがマリウスさんにエスコートされ、馬車から出てきた瞬間、周りの空気が騒めいた。


 二人を見た人たちがひどく驚いているよう……な気がする。


 ただでさえマリウスさんは目立つ人なのに、そんな人と一緒にいればマリアンヌまで注目されてしまいそうだけれど……。


「ハルツハイム卿が女性をエスコートしているぞ!」


「これは驚いた!」


「あの方はどなたでしょう? 服からして使用人、よね?」


「貴族のご令嬢ではありませんわね。初めて見るお顔ですもの」


「あのハルツハイム卿が女性をエスコートしているだけでも驚きなのに、その相手が使用人だとは……!」


「これは驚きましたな」


 周りの人の言葉に耳を傾けてみると、皆さんマリウスさんの行動にひどく驚いているようだった。


「やはり興味深い」


 周りの人たちの様子に、マリカも興味津々だ。いつも眠そうな目が今はキラキラと輝いていた。


 周りの注目を集めていることに気付いているはずなのに、マリウスさんは全く意に介さないようで、いつも通り飄々としている。


(うーん、普通貴族が使用人をエスコートするなんてあり得ないことなんだけど……。でも敢えてマリウスさんがそう行動したってことは……もしかして外堀を埋めているなんて……ない、よね? 考え過ぎだよね……?)


 思わず私がマリアンヌの心配をしていると、二人が私たちのところへやって来た。


「お待たせしました。ここは人の目も多いですし、一先ず中へ入りましょうか」


 (……人が多いってわかっていてエスコート……やっぱりわざとやってる……?)


 私が疑いの眼差しを向けていることを知ってか知らずか、マリウスさんが私たちに促した。


「……ソウデスネ」


 確かに、私たちを見る人の視線が増えて来たので、これ以上騒ぎにならないよう、皆んなで魔術師団本部の中へ入ることにする。


 魔術師団本部はかなり大きい建物で、その中をローブを纏った人がたくさん行き交っていた。きっとそれぞれが優秀な魔術師なのだろうな、と思う。


ふと私が横を見れば、マリアンヌが嬉しそうに「ふわぁあ……!」と、建物の中を見渡していた。


「まさにファンタジーの世界ですね! 長いヒゲのお爺さんいないかな……」


 キラキラした瞳でマリアンヌがそう言うけれど、残念ながらここには若い人が多いみたいだった。


 私とマリアンヌがキョロキョロしている中、マリウスさんとマリカは慣れた様子でスタスタと歩いていく。

 そんな二人に気づいた人たちは一瞬驚いた顔をすると、さっと避けてくれるので、自然と道ができていく。


「マリウス様、お待ちしておりました」


 私たちが向かう先に、初老の男性が立っていた。マリウスさんを出迎えるために待っていてくれたらしい。


「キストラー卿、お出迎え有難うございます」


 初老の男性はこの魔術師団本部の管理をしている人で、キストラー伯爵家の当主も務めているのだそうだ。


「とんでもございません。ハルツハイム公爵家次期当主様をお迎え出来、光栄の極みでございます」


 キストラー卿はそう言って恭しくお辞儀をすると、「さあ、皆様こちらへどうぞ」と私たちを案内してくれた。


 案内された場所には、以前見た乗り物型の魔道具「エレベイトン」があって、それを見たマリアンヌが「え、まさかこれ……! 『エレベーター?!』」と驚いていた。


 始祖様と同じ世界の記憶があるマリアンヌが「エレベイトン」を知っているのは当然だと思っていたけれど、名前が微妙に違っていたのはきっと、異世界語が正しく伝わっていなかったからかもしれない。


 「エレベイトン」改め「エレベーター」に乗った私たちは、地下にあるという魔道具を保管している部屋へと案内された。


「こちらの保管部屋には魔力を遮断する術式が展開されています。危険な魔道具もありますので、お手を触れないようにお願いいたします」


 キストラー卿から注意を受け、緊張しながら中に入ると、壁に備え付けられている棚やガラスケースの中に、いろんな魔道具がたくさん保管されていた。


「このケースの中の魔道具は歴史的価値や資料的価値がある大変貴重なものたちです。ちなみにケースは魔導国から取り寄せた特別製で、保存魔法が掛けられているのですよ」


「へぇ……保存魔法……! うわぁ、私初めて見ました!」


「確かこのケースを手に入れるために、当時の師団長がとても苦労なさったと聞いております」


 魔道具を見て興奮しているマリアンヌに、キストラー卿が嬉しそうに説明している。マリアンヌが逐一反応してくれるから、キストラー卿も説明のしがいがあるのだろう。


 ちなみに、保存魔法などの空間魔法は魔導国の王族が持つ固有の魔法だから、帝国で再現するのはほぼ不可能だと言われている。

 きっと、保存魔法が掛かったこのケースは私が想像も出来ないほど高額だと思う。


(もしぶつかって割っちゃったら……っ! 弁償なんて、とてもじゃ無いけど無理だよね)


 私にも薄くなったとはいえ、一応魔導国王家の血が流れているらしいので、空間魔法を練習すればその内使えるようになるかもしれないけれど。


 キストラー卿から保存されている魔道具について、説明を受けながら歩いていると、ついにお目当ての<神具>が置かれているケースの前に到着した。


「こちらが見学をご希望されていた<神具>です」


 そう言ってキストラー卿が指したケースの中には、一本の黒い槍が保管されていた。


「……え、これが?」


 ──誰ともなく漏れたその声は、ここにいる全員が思った言葉だと思う。


 何故なら、ハルの<魂の核>を破壊するほどの威力を持つ秘礼神具の一つ──第十三神具<死神>は、私が予想していたキラキラで豪華な装飾が施された神秘的な槍では無く、無骨で一見するとただの棒のようだったからだ。


「この槍が殿下の身体に刺さっていなかったら、私もこの槍が<神具>だと思いませんでしたね」


「私、もっと神々しい金ピカな槍を想像していましたけど……正直、価値があるようには見えないですよね」


 マリウスさんとマリアンヌの言葉通り、誰もこの槍を<神具>だと気付く人はいないと思う……見た目だけならば。


「マリカから視てどう? すごく魔力が溢れ出てるとか、何かわかる?」


 私は<魔眼>で視てくれているであろう、マリカへと声を掛けてみたけれど。


「……何も無い」


「えっ」


「この槍からは何も感じない」


「……そんな……っ」


 私の予想に反して、マリカは槍からは何の力も感じないと言う。


 マリカが<魔眼>で視てくれたのなら、その結果は正しいのだと思う。

 今まで私が<魔眼>に助けて貰ったことは数え切れないほどあったし、何よりマリカを心から信頼しているのも私自身なのだ。


 だけど、”今度こそ”と期待していた分、ハルが目覚める手掛かりがまた一つが消えてしまったことに、さすがの私もショックを受ける。


(<神具>も『黒い領域』も『トラノマキ』もすべてダメだなんて……っ、一体どうしたら……)


 この<神具>に手掛かりがないのなら……もう、私にハルを目覚めさせるための手段は何も無い──そう思うと、私は目の前が真っ暗になってしまう。


(……ハルは目を覚ませない……? もうハルの笑顔を見ることは出来ないの……?)


 悪いことばかりが思い浮かんで、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。


「……ミア、泣かないで」


 マリカの心配そうな声に、私は自分が泣いているのだと初めて気が付いた。


「あれ……?」


 泣くつもりなんてなかったのに、次から次へと涙が溢れてくる。


「ミア様……っ」


 マリアンヌはハンカチを取り出すと、そっと私の涙を拭ってくれた。


「……っ、ご、めんね……っ。泣くつもりじゃ、なかったのに……」


 ここにいる全員に心配を掛けていると、頭で理解していても、心がついて来てくれない。

 泣き止みたいのに、涙は私の意思とは関係なく溢れては零れて、深い闇の中へと落ちていった。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「218 ぬりかべ令嬢、大公家へ行く。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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