218 ぬりかべ令嬢、大公家へ行く。


 アルムストレイム神聖王国にある大神殿の奥深く、聖櫃に封印されていた第十三神具──<死神>。


 ハルの身体を貫き、<魂の核>を破壊した原因である神具なら、ハルを目覚めさせる手掛かりがあると思っていたけれど……実際の神具を調べてみたところ、何の変哲もないただの槍だという結果になった。


「幾重にも防御魔法を施されたレオンハルト殿下に重傷を与えた槍ということで、我々魔術師団の研究室でも、ありとあらゆる方法でこの槍を調べてみましたが、結果は『古い槍』とのことです」


 キストラー卿を始めとした、魔術師団に所属する研究員の人たちも、神具について調べてくれたそうだけれど、結果はマリカと同じだったそうだ。


「では、<神具>と呼ばれるような特別な力は無い、ということですか?」


「……はい。そのような反応はありませんでした」


 私が気になっていたことをマリウスさんが質問してくれた。だけどやはり「普通の古い槍」という結論になるようだ。


 もしかすると、ハルの<魂の核>を破壊した時点で、神具はその力を失ったのかもしれない。


(──ああ、本当に何の手掛かりも見つからなかった……)


 思いもよらない結果に、私はまるで出口のない迷路に迷い込んだような、もがいても這い上がれない谷底に落ちたような、そんな絶望感に囚われてしまう。


 ハルがいない未来への不安と、声が聞けない寂しさ、笑顔が見れない悲しみに、心が押し潰されそうになったその時、かすかな声がどこからか聞こえて来た。


(……誰? 誰かいるの……?)


 聞こえて来たのは泣き声で、聞いているだけで胸が苦しくなるような、そんな悲痛な声だった。


「────様、ミア様! 大丈夫ですか……?!」


「……え、あれ……?」


 マリアンヌに声を掛けられて、ふと正気に戻ってみると、さっきまで聞こえていた泣き声がぴたりと止まる。


「……ああ、良かったです! 何度お呼びしても反応がないから心配しました」


「そうだったんだ……ごめんね。何だかぼんやりしていたみたい……なんだけど……」


 私は泣き声が気になって、思わず周りをキョロキョロするけれど、私たち以外誰も部屋にはいなかった。もちろんマリカやマリアンヌたちも泣いていない。


「どうしたの?」


 辺りを見渡す私を見て、マリカが不思議そうな顔で聞いて来た。


「あ、うん、さっきまで泣き声みたいな声が聞こえていたんだけど……二人には聞こえなかった?」


「聞いてない」


「ええっ?! わわ、私も聞いてませんけど……っ! ま、まさか幽霊……ですか?」


 私の質問にマリアンヌの顔が真っ青になる。そういえば昔から怖いものが苦手だったっけ。

 反対にマリカは全く動じていない。魔眼で色々視ているから、幽霊も怖くないそうだ。……何が視えているのか、聞くのが怖いけれど。


「……うーん、確かに聞こえたと思ったんだけど……」


「ここには年代物の魔道具が保管されている。何かが取り憑いていてもおかしくはない」


「マ、マリカ様まで!! もう、そういう話はやめましょうよ〜〜っ!!」


 マリアンヌが涙目になって必死で訴えてくるので、本当に泣き出してしまう前に幽霊の話はここで終了することにする。

 そんなやり取りをしている内に、ふと気が付けば、落ち込んでいた私の心はずいぶん軽くなっていた。


「ごめんごめん、私の気のせいだったみたい。用事も済んだし、そろそろ帰ろうか」


「はいっ! 早くここから出ましょう! そうしましょう!! さあ! さあ!」


 すっかり怯えてしまったマリアンヌに背中を押され、あれよあれよという間に保管部屋から外に出されてしまう。


 明日は大公家へ行くことになっているし、神具の確認も終わったので、今日はもう部屋に帰ってゆっくり休んだ方がいいかもしれない。


 私は見送りに来てくれたキストラー卿にお礼を言い、まだ話が残っていると言うマリウスさんと魔術師団本部の前で別れ、マリカやマリアンヌと一緒に部屋へ戻った。


 結局手掛かりは見つからず、ひどく落ち込んでしまったけれど、いつも通りのマリカや賑やかなマリアンヌのおかげで、気持ちを持ち直すことができたと思う。


 それによくよく考えれば、完全に手掛かりが無くなった訳じゃない。

 私が知らないことがこの世界にはたくさんあるし、まだ元凶である法国についても調べていないのだ。

 だから法国に行けばきっと、何かしらの手掛かりがあるはずなのだ。


 ──たとえその結果に、ハルの目覚めが叶わなかったとしても、私はハルが生きていてくれる限りずっとそばにいたい、と思う。





 * * * * * *





 魔術師団本部で神具を調べた翌日。

 今日はミーナのお屋敷に招待された日だ。


 身支度を済ませ、使用人用の門から外へ出ると、一台の豪華な馬車が停まっていた。


 昨日見たマリウスさんの馬車も豪華だと思ったけれど、それでも装飾は最小限に抑えられていて、機能性を重視していた造りだったと思う。

 だけど目の前にある馬車は白い外装に金の装飾が施されていて、如何にも高位貴族が所有している馬車なのだと一目でわかる豪華さだった。


「ふぇ〜〜。あの馬車キラキラしてますねぇ。でもどうしてこんなところに停まっているんでしょう」


 マリアンヌのいう通り、ここは宮殿の裏にある使用人用の出入り口だし、貴族が来るような場所じゃないのだけれど。


「失礼します。ミア様、マリカ様、マリアンヌ様でしょうか」


 私たちが馬車の横を通り過ぎようとすると、その馬車の御者らしい人が私たちに声を掛けて来た。


「えっと……」


 誰かわからない初対面の人に、正直に返事していいのか躊躇っていると、御者らしい人が慌てて付け加えた。


「ああ、すみません。私はイメドエフ家の者でベルマンと申します。ヴィルヘルミーナ様より大切な客人を迎えに行くように仰せつかり、こうして参った次第です」


「……あ、そうだったんですね。これは失礼いたしました。お迎えに来ていただき有難うございます」


「ヴィルヘルミーナ様がお待ちですので、どうぞお乗りください」


 御者さんに促され、私たちは馬車へと乗り込んだ。

 馬車の中は外装よりさらに豪華で、細かい彫刻が施された金の内装に赤いベルベットの椅子やクッションが品良くまとめられていて、乗り心地もとても良かった。


「ほぇ〜〜。すごく豪華な馬車ですねぇ……。これって本物の金ですよね」


「さすが大公家」


 マリアンヌとマリカも初めて見る豪華な馬車に興奮気味だ。

 この馬車一台で屋敷が買えるのでは、と思うほど高級な馬車に、いかに大公家が裕福なのかよくわかる気がする。


 それからしばらく馬車に揺られていると、ずっと同じ長い壁が続いていることに気がついた。


「……え、これってもしかして……大公家の?」


「随分長い壁ですよね。きっとここが大公家なんでしょう」


 それから間も無くして馬車が停車した。やはり私とマリアンヌの予想は当たっていて、大公家の敷地はとても広大だった。


 馬車と同じように金で装飾された大きな門をくぐると、よく手入れされた庭に綺麗な噴水があり、そのずっと先に屋敷らしい建物が見えた。


「ひぇ〜〜っ!! これ、もう一国の宮殿並みじゃないですか……!!」


「大きい」


「街が一つ入りそうだよね」


 皇家に次ぐ家門だと知識で知ってはいても、実際こうして見てみると、本当に権力があるのだな、と実感させられてしまう。


 それから私たちはずらっと並ぶ使用人さん達に迎え入れられ、豪華絢爛な廊下を案内されながら、ミーナが待つ部屋へと到着する。


「お待ちしておりましたわ! さあさあ、こちらへお越しになって!」


 金で装飾された白い華美な扉を開けると、ミーナが満面の笑みで出迎えてくれた。


「ヴィルヘルミーナ様、この度はお招きいただき有難うございます」


「もう! ミアったら他人行儀な振る舞いはおよしになって! わたくしたちはその……っ、おお、お友達でしょう……っ?」


 使用人さんがいる手前、ミーナと呼ぶのは控えた方が良いかもと思ったけれど、ミーナが望むのなら、変な遠慮はしないことにする。


「うん。ミーナ、招待してくれて有難う。馬車も用意してくれてとても助かったよ」


「お役に立てたのなら嬉しいですわ! 馬車に揺られてお疲れではなくて? 美味しいお茶を用意させましたのよ。皆様もどうぞお寛ぎ下さいな」


「あ、有難うございますっ! では、失礼して」


「ん」


 ミーナに促され、マリアンヌとマリカも席に着いた。するとすでに準備をしていたのか、すぐに淹れたてのお茶が並べられる。


「うわぁ……っ! すごく良い香り……!」


「ん。すっきりしていてとても美味しい」


「こ、これは……! なかなかお目にかかれない幻の……ルーマン茶っ!?」


 出されたお茶はすっきりとした甘さのお茶で、香りも楽しめる、とても美味しいお茶だった。


「気に入って貰えて嬉しいですわ! このお茶は今日のために信頼できる筋に用意させた特別なお茶ですの」


 お茶を褒められてとても嬉しいのだろう、ミーナの口元がによによとしている。


 そうしてお茶とお茶菓子をいただいて一息ついた頃、ミーナが本題を切り出した。


「──では例の件ですけれど、別の部屋に用意してありますの。早速ですけれど、一度見ていただけるかしら?」


 ミーナに連れられて奥の部屋へ行くと、そこには大量の箱が積んであった。


「うわ……すごい量だね」


「毎日どこかしらの家門から贈り物が届きますの。……ああ、こちらが送り主が不明のものですわね」


 そう言ってミーナが指し示した所には、いくつかの箱が置かれていた。

 箱を見た感じ、全てお茶のようだ。


「珍しいお茶ばかりですね。希少なお茶なら、味や香りも誤魔化せると思ったんでしょうか」


 確かに、マリアンヌの言う通り飲んだことがないお茶なら、異物が入っていても”そういう味なのかな”と思い、疑わずに飲んでいたと思う。だから<呪薬>を混ぜたお茶を贈ってくるのだろう。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「219 ぬりかべ令嬢、大公に会う。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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