219 ぬりかべ令嬢、大公に会う。

 ミーナに案内された部屋には各家門から贈られて来たという、贈り物が所狭しと並べられていた。


 その中に贈り主が不明な贈り物がいくつかあったけれど、どれも中身はお茶なのだそうだ。


「とりあえず、贈り主不明のものを抜き出しましたけれど……。異物が入っているかどうかは、まだ調べておりませんの」


 確かに、下手に触ってもし毒が入っていたら目も当てられない。


「そうだね。出来ればミーナは触らない方がいいと思う」


「美味しいお茶がいただけると喜んでおりましたのに……ガッカリですわ」


「姑息」


「本当ですよっ!! こんなことをしたら、お茶本来の味がわからないじゃないですかっ!!」


 マリカの言う通り、贈り物に紛れさせるなんて本当にズルい手だと思う。ミーナと同じようにお茶好きのマリアンヌも憤慨している。怪しいお茶が軒並み珍しい銘柄ばかりだからだろう。


「えっと、ミーナ、このお茶で調べてもいいかな?」


「それはもちろん構いませんけれど……ミアも危ないのではなくて?」


 私がここで直接<浄化>すれば、<呪薬>かどうかわかるんだろうけど、ミーナの前でまだ聖属性の魔法を使うのは躊躇われる。

 だけど、こういう時のためにあらかじめ用意していたものがあるのだ。


「大丈夫だよ。異物を調べるために持って来たものがあるから」


 私はそういうと、カバンの中から瓶を取り出した。


「まあ……。それは何が入っていますの?」


 不思議そうにしているミーナに、私は「怪しい痕跡が無いか調べる薬だよ」と教えてあげた。


 ミーナには薬って言ったけど、本当は瓶の中身は聖水が入っている。聖水をお茶っぱに垂らして、その反応を確認するのだ。

 もし呪薬が入っているなら、靄のようなモノが出てすぐわかるだろう。


「じゃあ、早速試していい?」


「よろしくてよ。思う存分なさってくださいまし!」


 ミーナから許可を貰った私は箱を開け、お茶っぱをスプーンで掬ってお皿に乗せると、聖水……もとい、薬を一滴垂らしてみた。


「な……っ?! 何ですのこれはっ?!」


 やはりというか何というか、薬を垂らしてみると、前回と同じように黒っぽい紫の靄が立ち昇った。禍々しい光景を見たミーナがすごく驚いている。


「当たり」


「やっぱりこのお茶にも入っていましたね……。お茶を粗末にするなんて絶許ですよ!!」


 マリカとマリアンヌは慣れたもので、ミーナみたいに驚くことなく”やっぱり”という反応だった。


「今のが、異物が入っていた時の反応だよ」


「あ、あんなものが入っていたんですの……っ?! お、恐ろしいですわ……っ!!」


 呪いの類を見たことが無いミーナが、顔を真っ青にして震えている。

 私は闇のモノを何回も見ているから慣れてしまったけれど、生まれて初めて”穢れ”を見たのなら、誰だってあの根源的な恐怖には怯えてしまうと思う。


 それから他のお茶も調べてみると、やはり同じような反応が出た。


「マリカは何かわかる?」


「……闇のモノと似ているけど、効果はわからない。でも呪いに近いと思う」


 マリカの魔眼でも効果はわからなかったけれど、呪いの類であることは間違いない。


「……もしこのお茶を飲んでいたら、どうなっていたのかしら……」


「私が知っているのは、徐々に身体を弱らせるものだったよ」


 もしかするとお母様が飲んだ呪薬とは全く違う効果があるかもしれない。呪薬にどんな種類があるか全く知られていないから、犯人の目的もわからないのだ。


「毒とはまた違いますの?」


「うーん、私も詳しくはわからないけど……。毒みたいに解毒剤がないんじゃないかな」


 呪薬──呪いを解けるのは聖属性の力だけだろう。いくら高価なポーションでも呪いを解くのは不可能だと思う。

 それに私は呪いと病気は全く異なる性質のものと考えている。病気は自分で治癒出来る場合があるけれど、呪いは自力でどうにか出来るものじゃないからだ。


 だから聖属性の力を誰もが渇望するのかもしれない──人に不可能ことを可能に出来てしまうから。


「……もしかして……」


 お茶から出た反応と、私の話を聞いたミーナが何かを考え込む。何か思い当たることがあるみたいだ。


「……あの、そのお薬を分けていただくことは出来ませんの? もしかしたら、すでにお父様やお母様がお茶を飲んでいるかもしれませんの……」


 ミーナが言う通り、私たちが気付く前からお茶は贈られていて、気付かずに飲んでしまっている可能性がある。場合によっては、かなり呪いが進行していると思う。


「ご両親の体調が悪いとか?」


「お母様はそうでもないんですけれど、最近お父様の様子がおかしいんですの。わたくしが拐われそうになってからは特に……」


 以前、私がミーナに呼び出された時、正体不明の侵入者たちに誘拐されそうになった事件があったけれど、それ以降大公は部屋に篭りがちなのだという。


「……うん、わかった。じゃあ、一度この薬を入れたお茶を飲んで貰って、様子を見るってことで良いかな?」


「もちろんですわ! 感謝いたしますわ! じゃあ、両親に確認して参りますわね!」


 ミーナはそう言うと嬉しそうに部屋から出て行った。ずっと心配していたことが解決出来そうで喜んでいるようだ。


(……大公かぁ……どんな人なんだろう……)


 まさか大公に会うことになるとは思わなかった。けれど、もしミーナの……友達のご両親が呪薬を飲んでいたら、何としてでも助けてあげたいと思う。


「……ミア、良いの?」


 色々事情を知っているマリカが私を心配してくれる。

 きっと、ハルの命を狙うような人を助けても大丈夫なのかと言いたいのだろう。


「うん。もしかすると大公に借りを作れるかもしれないし、いつかは顔を合わせることになるんだし……敵情視察と思えば良いかなって。……何よりミーナのご両親だしね」


「そう。ミアがそう言うなら」


 マリカは私の考えに納得してくれたらしく、これ以上言うことはない、って感じで口を閉ざした。

 きっとマリカもミーナを気に入っていて、出来れば助けてあげたいと思っているのだろう。


「ミア様、お茶は私に淹れさせて下さい。聖水のことがバレないようにしないといけませんし」


「あ、そっか。うん、有難うマリアンヌ」


 お茶淹れの名人であるマリアンヌがいてくれて助かった。確かに、聖水を用意しているところを見られたら大変だものね。


 そうして三人で打ち合わせしていると、ミーナが部屋に戻って来た。


「お待たせして申し訳ありませんでしたわ。両親が待っておりますので、皆さん部屋を移動いたしましょう」


「移動する前にミーナ、お願いがあるんだけど。ご両親に飲んで貰うお茶は私とマリアンヌで淹れさせて貰えないかな?」


「もちろんですわ。わたくしからもお願いいたしますわ。両親にはわたくしからそれとなくお伝えいたしますわね」


「うん、有難う」


 それからミーナに案内された私たちは再び豪華絢爛な廊下を歩き、一際立派な扉の前に到着した。

 ミーナが扉をノックすると、中から威厳がある男性の声が聞こえて来た。


「入りなさい」


「失礼いたしますわ。わたくしのお友達をお連れしましたわ」


 使用人さんが扉を開くと、天井が高くてとても広い、これまた豪華な調度品に包まれた部屋の、真ん中にあるソファーに座っている男女の姿があった。


 初めて見る大公──ミーナのお父さんは、赤い髪と緑の瞳を持っていて、皇帝陛下とよく似た美丈夫だった。

 皇帝陛下よりは細身で、陛下が武官なら大公は文官、というイメージだ。


 そしてその隣に座っているミーナのお母さんは、ミーナと同じ色の金髪で、赤い瞳のとても美しい人だった。


 さすがミーナのご両親なだけあって、お似合いの美男美女だと思う。


「お父様、こちらがわたくしを助けてくださったミアですわ! そしてこちらが筆頭宮廷魔道具師のマリカ様で、お茶の異物に気付いてくれたミアの姉、マリアンヌです!」


 ミーナが私を紹介すると、ご両親が立ち上がって挨拶をしてくれた。


「ああ、君がヴィルヘルミーナの恩人だね。話は聞いているよ。娘を助けてくれて本当に有難う」


「ミーナから話を聞いた時は驚いたわ。貴女は我が家の恩人よ」


「とんでもありません……! 私はたまたま近くにいただけですし、飛竜師団の皆様が駆けつけてくれたおかげで、私も助かったんです」


 ミーナがどの程度説明しているかわからないけれど、あまり興味を持たれたくないので、モブさんたちに手柄を譲ることにする。


「それでも君が時間を稼いでくれたから、ヴィルヘルミーナは無事だったんだ。君のおかげに変わりはないよ」


「……もったいないお言葉です」


 大公という地位と聞いていた前情報で、私は彼のことをかなり傲慢な人だと思っていた。けれど、こうして実際に対面してみると、ミーナとよく似た雰囲気の、気さくな人だった。


(この人がイメドエフ大公……。ハルの政敵なんだ……)


 だけど、やはりこの人がハルの命を狙っていた人だと思うと、緊張して顔がこわばってしまう。

 そんな私を見た大公は、身分の違いに恐れている使用人の娘と思ったようで、「今日は無礼講だと思って、気楽にして欲しい」と言う。


 それからご両親はマリカやマリアンヌにも声を掛け、褒め称えたり労ってくれたりと、気さくに接してくれた。


「こんなに可愛いお嬢さんが魔道具作りの天才だなんて! 驚いたわ!」


「恐れ入ります」


「君が異物に気付いてくれたんだね。有難う。気付かずにいたらと思うとゾッとするよ」


「お、お役に立てて良かったです!」


 予想と違ってフレンドリーなご両親に、マリカとマリアンヌも内心驚いているのが伝わってくる。


「さあさあ、皆さん座って下さいまし! 一緒にお茶をいただきましょう! マリアンヌが淹れたお茶はとても美味しいんですのよ! マリアンヌ、お願いしてもよろしくて?」


 先程の打ち合わせ通り、ミーナがこっちにお茶の話を振ってくれた。


「かしこまりました」


「では、私はお姉様のお手伝いをいたします」


 マリカには申し訳ないけれど、一旦私とマリアンヌは席を外させて貰う。


 それから私とマリアンヌは使用人さんに案内され、隣の準備室でお茶の用意をした。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「220 ぬりかべ令嬢、大公一家とお茶をする。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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