220 ぬりかべ令嬢、大公一家とお茶をする。


 現在、私とマリアンヌは、ミーナに頼まれたお茶を用意するために準備室にいた。


 応接室は厨房から離れた位置にあるので、お客様にすぐお茶を用意出来るように、貴族家では応接室の隣に準備室を設けていることが多い。


 この準備室にはお茶を沸かすためのコンロと、たくさんの種類のお茶が並んでいた。


「ふわぁ〜〜っ!! どれも珍しいお茶ばっかり! あ、ほうじ茶もある!!」


 マリアンヌが嬉しそうにほうじ茶を手に取った。

 マリウスさんにマリアンヌが転生者だと見破られたきっかけがほうじ茶だった。もしかしたら、マリアンヌもその時のことを思い出しているのかも。


「じゃあ、今回はほうじ茶にする?」


「そうね。私も久しぶりに飲みたくなったし、そうしましょう」


 お茶の銘柄は指定されていなかったので、私たちはほうじ茶を淹れることに決めた。


 ちなみに周りに人がいるので、マリアンヌはお姉さんの役を演じている。もう慣れたものでお姉さん役が随分と板について来たと思う。


 そして次はお茶の準備だけれど、私が瓶に入れて持って来た聖水はごく僅かで、人数分のお茶を淹れようと思うと全然足りていない。

 だから魔力で聖水を作るのだけれど、今回はいつもと違って効力が弱い聖水を作る必要があった。


 私が無意識に作っている水は効果が自覚出来てしまうから、すぐ聖水だとバレてしまう可能性がある。

 だから聖水だとバレないように、でも少しだけ浄化出来る──そんな水を作らなきゃいけないのだ。

 普通の水と混ぜて薄めればどうだろう、と思ったけれど、下手をすると普通の水が変化してしまうかもしれない、とマリカに言われてしまった。


「う〜ん。上手く出来るかな……」


「ミアは『チートキャラ』だから大丈夫!」


「う、うん……? 有難う」


 マリアンヌに励まされながら、私は他の使用人さんに気付かれないよう、ポットの中になるべく少ない魔力で水を作った。

 いつもはキラキラ光っている水だけど、ポットの中の水はほんのりとしか光っていないので、成功したと思うことにする。

 以前お守りを作る時、ディルクさんにアドバイスされ、魔力操作を練習していて良かったと思う。


「ほうじ茶は熱々のお湯で、葉っぱにあてるように淹れるのよ。そうしてお茶っぱを開かせるの」


 マリアンヌにほうじ茶の淹れ方を教えて貰いながら準備をしていく。そして使用人さんが用意してくれたお茶菓子をワゴンに乗せた。


(あ、そういえば呪薬はお菓子の中に入ってたんだっけ……)


 私はふと、お母様が呪薬に侵された原因を思い出した。お父様から、呪薬はハーブクッキーに仕込まれていたと聞いていたけれど。


(……まさか、ね)


 用意されたお茶菓子は、贈り主がはっきりしているか、もしくはこのお屋敷で作られたものだろう。

 だから呪薬が入っている訳がないと思いながら、念の為こっそりと浄化を試してみた。


「……えっ?!」


 なんとなく気になったからと、試してみた浄化だったけれど……。お茶菓子から、わずかに黒い靄が立ち上るのが見えてしまった。


「ミア、どうしたの……げっ?!」


 マリアンヌもバッチリと見てしまい、驚きで出た声を慌てて抑えている。


 屋敷の使用人さんがこちらを不思議そうに見たけれど、にっこりと笑って誤魔化した。


「……ミア様、これって屋敷の中に犯人、もしくは協力者がいるってことですよね……?」


「……う、うん。やっぱりそうなるよね……。どうしよう、ミーナに教えなきゃ……!」


 私とマリアンヌは周りに聞こえないように小声で相談する。どうやら私の予想よりもはるかに、大公家の状況は悪いようだった。


「お、お茶の蒸らしも終ったし、そろそろ行きましょうか」


「そうですね。皆さんお待ちですものね」


 ちょっとぎこちない会話だけれど、私たちは動揺しているのを隠すように応接室へと戻った。


 応接室の扉をノックして中に入ると、ちょうど魔道具の話をしていたらしく、ミーナが無口なマリカをフォローしてくれていたようだった。


「お待たせいたしました。お茶をお持ちしました」


 マリアンヌが慣れた手つきで温めたカップにお茶を注ぎ、それぞれに配っていく。

 流石はマリアンヌ、ダニエラさん仕込みの丁寧で綺麗な所作は、宮殿や大公家の使用人さんにも引けをとっていない。


「二人ともご苦労様ですわ! まあ、とっても香ばしい香りですわ!」


「……ああ、これはヴィリディ産のお茶を焙じたものだね。とても良い香りだ」


「恐れ入ります」


 ミーナと大公にお茶の香りを褒められて、マリアンヌはとても嬉しそう。


 意外なことに大公もお茶には詳しいらしく、香りでお茶の種類がわかる人だった。もしかすると贈り物を呪薬入りのお茶にしたのも、大公のお茶好きを知ってのことなのかも。


 お茶の用意が終わった私とマリアンヌはお茶菓子を置くと、マリカの横に座った。大公家の面々と対面する形になり、ちょっと緊張してしまう。


「冷めない内にいただきますわ!」


 ミーナが上手く誘導してくれたおかげで、大公もお茶に口を付けた。

 私もお茶を飲む振りをし、じっと大公一家を見ていると、大公の身体から何かがじわり、と滲むように出て来たのが見えた。


「……っ、……っ?!」


 大公から何かが滲み出る様子を目の当たりにしたマリアンヌがひどく動揺している。マリカも一瞬だけビクッとしていたから、何かが見えたんだと思う。


 正直いつもと違う反応に、私も内心驚いているけれど、何とか表情を崩さないように平常心を保つ。


「……うむ。とても美味いね。ヴィルヘルミーナが推薦するだけあるよ」


「本当に。このお茶を何度か飲んだことがあるけれど、こんなに香ばしいお茶だと初めて知りましたわ」


 大公夫婦もマリアンヌの腕を褒めてくれた。ある意味マリウスさんに鍛えられているから、元々高かったお茶淹れのスキルレベルが更に上がっているんだと思う。


 私が横目でミーナと夫人の様子を見てみると、二人にも呪薬の反応が少しだけあった。

 だけど重度の汚染ではないようで、今回のお茶で浄化できそうだから、やっぱり呪薬の件は大公を狙ったことのようだ。


「皆さん、お茶菓子はいかが? 我が家のパティシエが作りましたの。味は保証しましてよ」


 大公夫人の言葉から、お茶菓子を作った人間が判明した。

 見た目は美味しそうな焼き菓子で、バターの香りが食欲をそそっている。


「有難うございます。では遠慮なく」


 私は勧められるまま、お菓子を手に取って口に含む。

 さっきお菓子から靄が出るのを見てしまったマリアンヌが小さく息を呑んだけれど、怪しまれても困るので、美味しそうに食べて見せる。


「……しっとりしていて、とても美味しいです!」


「ん。美味しい」


 実際、お菓子はバターの風味が生きていて、コクのある味わいがとても美味しかった。


 マリカも美味しそうにお菓子を食べているのを見て、マリアンヌも覚悟を決めたらしく、パクっとお菓子を口に入れる。


「……お、美味しいです……っ!」


 お菓子を食べたマリアンヌが少し涙目になっている。

 私が浄化したので大丈夫だと頭ではわかっているものの、黒い靄が出たのを見たら、そりゃ食べたくなくなるよね、と同情する。


「お口にあって良かったですわ! まだまだありますので、どんどんお召し上がりくださいまし!」


「はい、有難うございます」


 ミーナに勧められるがまま、ほうじ茶と焼き菓子を堪能した私たちは、異物入りのお茶の話へと移ることにする。


「大公閣下、異物が入っていたお茶の件なのですが、何かわかりましたでしょうか?」


「ああ、話を聞いた時は本当に驚いたよ。贈り主を確認しようにも、どうやって紛れ込んだのかわからなくてね。まだ調査中なんだ」


 情報収集に長けてそうな大公が調べているにも関わらず、異物が入ったお茶の侵入経路がわからないと言う。

 もしお菓子を作ったパティシエが関わっているのなら、呪薬入りお茶を持ち込むのは簡単だろうな、と思う。


「異物が入っていたとお聞きしましたけど、何が入っていたのかしら?」


 大公夫人が心配そうに聞いて来た。確かに一番気になるところだろう。


「ヴィルヘルミーナ様にお持ちいただいたお茶をハルツハイム卿に調べていただいたのですが、帝国では知られていない異物だそうです」


「……まあ! 得体が知れないものだなんて……恐ろしいわ……!」


 夫人にはマリウスさんが調べてくれた結果内容をそのままお伝えした。

 呪薬に気付いたのは勘のようなものだったし、マリウスさんと相談や打ち合わせをして呪薬のことは伏せておくことになったのだ。


「帝国では知られていない、か……」


 大公が何かを考え込んでいる。もしかすると思い当たる節があるのかもしれない。


「毒とよく似ているようで、非なるものだそうです。でも確実に身体に良くないものだとハルツハイム卿は考えていらっしゃるようです」


「……それは、今は解毒剤が作れないってことだね」


「はい。ポーションでも治せないかも、と伺っています」


「……そうか……」


 きっと大公も自分がどれほど異物に汚染されているか不安なのだろう。段々口数が減ってきたような気がする。


 それから大公はお茶を飲み終わった後、「私はこれで失礼するよ。君たちはゆっくりしていってくれ」と言って退出して行った。


「私も失礼するわね。もし良かったら夕食をご一緒しましょう?」


 私たちに気を遣ってくれたのか、夫人も大公の後を追うように部屋から出て行った。もしかすると大公が心配だったのかもしれない。


 私はミーナにお菓子のことを伝えるかどうか考える。

 もし屋敷の使用人に呪薬混入の犯人がいるかもしれないと伝えたら、ひどくショックを受けるだろうな、と思ったのだ。


「お母様も仰っていましたけれど、ぜひ夕食を召し上がって行って下さいまし! 料理長に存分に腕を振るうよう伝えましてよ!」


「有難うミーナ。すっごく魅力的なお誘いなんだけど、今日は帰るよ。また今度誘ってくれるかな?」


 大公家の夕食もとても魅力的だけれど、ここに来て新たな疑惑が出て来たので、一度部屋に戻ってみんなに相談したかったこともあり、今日のところは遠慮させて貰う。


「まぁ……とても残念ですわ。でも仕方ありませんわね。また日を改めてお誘いいたしますわ」


「うん、楽しみにしてる。今日は有難う。とても楽しかったよ」


 マリカやマリアンヌも私の意図を汲み取ってくれて、帰ることに同意してくれた。

 ミーナにはまた今度埋め合わせをさせて貰うつもりだ。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「220 ぬりかべ令嬢、やらかす。」です。


タイトルつけるのそろそろネタ切れ。_:(´ཀ`」 ∠):


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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