221 ぬりかべ令嬢、やらかす。


 大公家から帰って来た私たちは部屋で一息ついた後、大公家で得た情報のすり合わせを行なった。


「大公夫妻もミーナも呪薬に汚染されていたね……」


「ん。特に大公がヤバい」


「私も見ちゃいましたよ! 何かドロッとしてませんでした? ホントに私ホラーとかオカルト駄目なんですけど……!!」


 マリカの言う通り、太公はかなり汚染されていた。正直、今生きているのが不思議なぐらいだと思う。

 今日のお茶で少しだけ浄化されたと思うけれど、効果を弱くしていたから気休めにしかならないだろうし。


「……あれ? そういえばマリアンヌにもアレが見えていたなら、他の使用人さんたちにも見えちゃったのかな……?」


 聖属性を持つ私や魔眼を持つマリカなら、汚染されている靄が視えてもおかしくないけれど、今更ながらにマリアンヌにも同じものが視えていることを不思議に思う。


「普通の人間には視えていない」


「え?! それ、私が普通じゃないって聞こえますけど?!」


 先ほど視たのは、聖水を垂らして調べる時に視た靄のようなモノとは違う、明らかに異質な……まるで呪いの集合体のようなモノだった。


「でもマリアンヌには視えたんだよね? 前から視えていたの?」


「いえいえ! 私、怖い話が苦手ですし、霊感もないから幽霊なんか見ることはないと昔から思っていたんですよ! それなのに最近、気持ち悪い靄みたいなのが見えるようになって……。自分でも原因がわからないんです……っ!」


 呪薬から出る靄のようなものは幽霊とは全く違うものだけれど、それでも人智を超えた悍ましさを感じるので、マリアンヌにとっては恐怖以外の何者でもないだろう。


「……最近って、帝国に来てから?」


「そうだと思います。だって私、アルゼンタム王子が呪いを解こうとしていた時、皆さんと違って何も視えませんでしたから」


 確かに、アルゼンタムさんに掛かっていた呪いとさっき視たモノは性質がとても似ていると思う。


「じゃあ、本当に帝国に来てから視えるようになったんだ。どうしてだろう……」


「……多分、ミアが原因」


「「え」」


 マリカの呟きに、思わず私とマリアンヌの声がハモる。


「え、えっと、私はマリカの言うことに間違いはないと思っているけど……っ! どうしてそう思うのかなっ?」


 私もこれまでやり過ぎな結界とか、お守りとか作って散々やらかして来たけれど、それでも最近は何もしていないはず。


(最近あったことって、ミーナを風魔法から守ったこととか……? でもそれはマリアンヌに関係がないしなぁ)


 色々思い出してみるけれど、帝国に来た私はそれはもう大人しいものだった。


 そんな私のささやかな抗議に、マリカはやれやれと言った風に溜息をついた。

 ……何だかこのやりとりも随分久し振りなような気がするよ……。


「ミアの聖水と聖属性の魔力をマリアンヌは高頻度で摂取してる」


「──あ!」


「だからミアの強すぎる魔力が彼女の目に影響を及ぼした可能性が高い」


「なるほどです!」


 マリカの説明を聞いて、私とマリアンヌはものすごく納得した。

 帝国に来てからのことを振り返った私は確かに、と思う。


 ──宮殿に到着してすぐ、ハルを目覚めさせようと全力の魔力を注いだこと、お茶を聖水で作っていること、呪薬の浄化のために聖火を使ったこと……。


 私が魔力を使う時、いつもマリアンヌはそばにいたし、聖水も毎日飲んでいた。

 だからマリアンヌの身体──目に、聖属性の影響が現れた、と言うことなのだろう。


 疲れが取れて健康に良いと思っていたのに、聖水にこんな副作用があったとは……!


 しかもマリアンヌは私が作ったお守りのペンダントを持っている。

 肌身離さず付けていると言っていたから、それも少なからず影響しているのだろう。


 ──結局、今回もマリカの言うことに間違いはなかったようだ。


「まさかこんなことになるなんて……。マリアンヌの目を元に戻すことって出来るのかな?」


 怖いものがとても苦手なマリアンヌに、こんな魔眼とか聖眼モドキは酷だと思う。呪いとか穢れとか見たい人は余りいないだろうし。


 だから私はマリアンヌの目を正常に戻してあげたいと思っていたけれど……。


「私、このままで大丈夫です!」


「えっ?! でも、見たくないものまで見えちゃうかもしれないよ?」


「確かに、お化けとか幽霊は苦手ですけど、でも……ミア様たちが見えているのに、私だけ見えないのも寂しいですし……」


 ……マリアンヌは怖いものが苦手でも、私たちと同じものを見たいと言う。


「それに、良く無いものでも見えていた方がミア様のお役に立てると思うんです! だから私はこのままでいたいです!」


 そう言って微笑むマリアンヌは、とても綺麗で頼もしかった。

 いつも私のことを一番に考えてくれるマリアンヌには、感謝してもしきれない。


「マリアンヌ、有難う」


 私はなるべくマリアンヌが怖い思いをしないように、呪いや穢れはどんどん浄化していこうと心に決める。


 マリアンヌの目のことで話が逸れてしまったけれど、話を大公家のことに戻すことにした。


「タイミングが無くてマリカには言えなかったけど、大公家で出たお茶菓子にも呪薬が入っていたみたいなの」


「え」


「あ! 浄化しておいたから大丈夫! 私も食べたし!」


「……なら良かった」


「でも、ミーナの家に呪薬を入れた張本人がいるみたいなの。お菓子はパティシエが作ったって夫人が仰ってたし」


「ヴィルヘルミーナ様にはどうお伝えします? そのままお伝えして大丈夫ですかね?」


 大公家のパティシエともなれば、身元がしっかりしている優秀な職人が選ばれているはず。

 きっと信頼しているだろうから、今回のことを知ればきっとショックを受けるかも。


「……ミーナに伝える前に、一度マリウスさんに相談してみよう」


 ちょっと頼り過ぎな気もするけれど、帝国の貴族のことは同じ貴族じゃ無いとわからないし、マリウスさんはミーナと昔馴染みだし、大公家のことについても詳しいと思う。


「ん。それがいい」


「そうですよね。今回はその方がいいですよね……」


「……えっと、私がマリウスさんと話すから、マリアンヌは気にしなくていいよ?」


「そんな訳にはいきませんよ! 私からマリウス様にお伝えしますし、お話しされる時も、もちろん同席させていただきます!」


「じゃあお願いするね」


 マリウスさんが苦手なマリアンヌには申し訳ないけれど、ハルが目覚めない今、どうしてもマリウスさんを頼らざるを得ないのだ。


 マリアンヌのためにも、早く手掛かりを見つけてハルを目覚めさせてあげたいと思う。





 * * * * * *





 大公家にお邪魔した次の日、ハルのお世話を終えた私が部屋から出ると、いつも通りマリアンヌが待っていてくれた。


「マリアンヌお姉様、お待たせしてしまいましたか?」


「ん゛んっ、そ、そんなことないわよっ」


 今だに私のお姉様呼びに慣れていないマリアンヌが動揺を咳で誤魔化している。相変わらずアドリブには弱いようだ。

 あたふたしているマリアンヌは、年上だけれどとても可愛いと思う。


「ふふ、いつもお迎えに来てくれますけど、もう私一人でも大丈夫ですよ?」


 ちなみにハルの執務室と私室は区域が違うので結構離れている。

 宮殿内部は複雑だけれど、何回も行っているので順路はもう覚えているのだ。


「と、とんでもないっ!! ここは皇族のプライベートな区域だから、まだ人が限られていますけど、あ、いや、いるけど、ここを出たらミアを狙ってる男共がゾロゾロいるのよ?!」


 ぞろぞろって……。流石にそれはないと思う。基本私は仕事中この区域から出ることは無いし、他の使用人さんたちとの接点もほとんど無いし。


「……その顔、私の言うことを信じて無いでしょ! ミアはとっても可愛いから、若い使用人の間でとても人気なの!」


「え……そうなの?」


「そうなのっ! 実際、ミアのことを聞きに来た人が何人もいるのっ! その度にミアには好きな人がいるって言ってるけれど、中には会わせろってしつこい連中もいるから気をつけないと!」


 私が皇后陛下付きということもあり、直接何かを言ってくる人は今までいなかったから、そんなことになっているなんて全く思っていなかった。


「マリアンヌお姉様に迷惑をかけてますよね……ごめんなさい」


「ぐふっ! ……ミアは悪く無いから、気にしないで。とにかく、執務室へ来る時は私が迎えに行くから」


「はい……」


 マリアンヌに釘を刺された私は、大人しく彼女の言うことを聞くことにした。

 よくよく考えれば、大公に呪薬を盛る人間がいるのだ。宮殿の中にも法国と関わりがある人がいないとも限らないのだ。


 私とマリアンヌが一緒に歩いていると、いつも通り周りからの視線をいくつも感じた。

 注意深く周りを見てみると、その視線は私だけで無く、マリアンヌにも注がれている。


「えっと、マリアンヌお姉様は誘われたりしないの?」


 以前も感じたことだけれど、マリアンヌが気になっている男の人は多いと思う。それに彼女が働いているのは、私と違って執務を行う区域だから、人の行き来も多いはず。


「え? 私は全く誘われませんよ?」


 マリアンヌがキョトン、としている。自分がモテるなんて思ってもいない顔だけど、私は正直あり得ないと思う。


 実際、マリアンヌが誰かに誘われたりしたら、真っ先に私に教えてくれるだろう。今までそんな話は聞いたことがないので、マリアンヌが言うことは本当だろうけど……。


 私がその話に誰かの影を感じていると、いつの間にかハルの執務室に到着していた。


 マリアンヌが扉をノックしようとした時、突然扉が開いたかと思うと中からマリウスさんが現れた。


 あまりのタイミングの良さに、きっと精霊さんがマリアンヌにくっ付いていたのだろうと予想できる、と同時にマリアンヌが朴念仁になった理由を理解した。


「えっ?! マリウス様、どうされたんですか?! 何か問題でも起こったんですか?」


 何も知らないマリアンヌが、マリウスさんの登場に驚いている。

 いつもは取らないマリウスさんの行動に、何か非常事態でもあったのかと思ったようだ。


「それが……急な来客がありまして。お二人には別室でお待ちいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 いつも飄々としているマリウスさんが珍しく動揺している。どうやら本当に非常事態なのかも知れない。


 一体誰が来たのだろう、と思っていると、中から聞き覚えがある声が聞こえてきた。


「ハルツハイム卿。二人に入って貰いなさい。彼女たちからも話を聞かせて欲しいんでね」


 そうマリウスさんに声を掛けた人は、昨日会ったばかりのイメドエフ大公だった。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「222 ぬりかべ令嬢、事件の真相を知る。」です。


さっそく大公再登場です。事件ってどの事件でしょうね?(おい)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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