222 ぬりかべ令嬢、事件の真相を知る。
「ハルツハイム卿。二人に入って貰いなさい。彼女たちからも話を聞かせて欲しいんでね」
ハルの執務室から聞こえてきたのは、昨日会ったばかりのイメドエフ大公の声だった。
「君に彼女たちを呼んで貰おうと思っていたから、ちょうど良かったよ」
「……っ、わかりました。お二人ともどうぞ中にお入り下さい」
マリウスさんは渋々と言った感じで私たちを中に案内してくれた。
そんな様子に大公の訪問は本当に非常事態で、彼と私たちと会わせたくなかったのだとわかる。
「マリアンヌ嬢とミア嬢は昨日ぶりだね。ヴィルヘルミーナが夕食を食べずに帰ってしまったと言ってとても残念がっていたよ」
悠々と座っている大公が私たちに声を掛けてきた。
その様子は大貴族ならではで、まるで彼がこの部屋の主のようだ。
チラッとマリウスさんを見ると、いつもと同じ表情だったけれど、彼の周りだけ気温が低いような気がする。
「勿体ないお言葉を有難うございます。また機会がありましたら、その時は是非ご一緒させていただきたく存じます」
私の代わりにマリアンヌが大公へ返事をしてくれた。
私の立場的に目立たない方が良いとマリアンヌが判断してくれたようだ。
「閣下、彼女たちにどの様なご用件が? 異物については私から説明申し上げましたが、何かご不明な点でも?」
さっさと大公に帰って欲しいのだろう、マリウスさんが早く用件を済ませてしまいたいと言わんばかりに質問する。
「ああ、実は昨日君たちが淹れてくれたお茶について聞きたくてね。こちらに足を運んだのだよ」
「お茶……?」
何かを察したらしいマリウスさんが私たちを見た。
その事でマリウスさんに相談しようと会いに来たのに、大公に先手を取られてしまったようだ。
「はい、昨日大公家でお茶をお淹れしました。ヴィルヘルミーナ様から頼まれましたので」
マリアンヌがマリウスさんに昨日あったことを簡単に説明した。
その説明でマリウスさんはある程度の状況を察したらしい。
「なるほど。それで閣下はその時に飲んだお茶に問題があったと、わざわざお越しになられたのですか?」
「ハルツハイム卿は心配性だね。問題があった訳ではなく、ただ確認したいんだよ」
マリウスさんに軽く返答した大公は、私たちに視線を向けると真剣な表情になった。
まるで何かを切り替えたような、先ほどとは違う雰囲気に空気が重くなった気がする。
「マリアンヌ嬢、君が淹れてくれたお茶は確か、ヴィリディ産のお茶を焙じたものだったね?」
「はい。その通りです」
「あのお茶には他に何も入っていないのかい?」
大公はマリアンヌの目を据えて質問して来た。嘘は許さないと言わんばかりの威圧感を感じる。
「はい、水と茶葉以外は何も入っておりません」
マリアンヌは大公の目をしっかりと見返し、毅然とした態度で返答する。
その様子は一切自分は偽っていない、と証明するには十分な姿勢で。
大貴族で狡猾だと噂されるイメドエフ大公から発せられる威圧と、鋭い視線を物ともしないマリアンヌはとても格好良い。
「……そうか」
イメドエフ大公はマリアンヌをしばらく見つめた後、納得したように頷いた。何だか何も入っていなかったことを残念に思っているかのようだ。
「閣下、質問の意図を──何を確認されたかったのか、その理由をお話し下さい」
マリウスさんが大公に向かってキツめの口調で問いただす。抑えているもののマリアンヌを疑った大公に怒り心頭のようだ。
「まずは謝罪させて欲しい。マリアンヌ嬢、不躾な質問をして申し訳なかったね」
「──なっ?!」
大公がマリアンヌに向かって頭を下げた。その姿にマリウスさんが驚愕している。
最高位の貴族が平民で宮殿の使用人に過ぎない者に頭を下げるなんて、普通であればあり得ないことだ。
しかも謝罪したのがイメドエフ大公だという事実に、一番驚いたのがマリウスさんだろう。
「え、えぇっ?! あ、あの、大公閣下、どうか顔をお上げ下さい! 私は大丈夫ですので!」
大公の行動に一瞬固まっていたマリアンヌは我に返ると、慌てて大公に謝罪をやめるよう懇願する。
「許しを得られて良かったよ」
そう言って顔を上げた大公は、顔に安堵の表情を浮かべていた。
……何だか予想していたイメドエフ大公のイメージがどんどん崩れて行くような気がする。
この人はナゼール王国への訪問の隙をついて、幼いハルを誘拐し殺そうとした人物なのだ。そんな冷酷で残酷な人が、使用人に頭を下げるなんて……!
私でも大公に違和感を持っているのだから、きっとそれ以上にマリウスさんは困惑しているんじゃないだろうか。
「それと、ハルツハイム卿の質問への答えだが……まずは私の話を聞いてくれるかな? 順を追って話すから、少し長くなるだろうけれど」
そうして、イメドエフ大公は静かに話し出した。それは予想だにしなかった話で、驚かずにはいられない内容だった。
「私は皇帝陛下──兄上を本当に尊敬していたんだ。兄上が皇位を継ぐのは当然だと思っていたし、自分は尊敬する兄上を補佐し、この国をもっと良くしたいと、心から思っていたよ……。ハルツハイム卿からすれば、信じられない話だろうがね」
「……そんな……っ! ならどうして閣下はハル……殿下を……っ?!」
ずっと大公から冷遇され、時には執務を妨害し何度も暗殺されかかっていたハルを、大公の悪の手から一生懸命守ってきたマリウスさんにとって、彼の言葉は到底信じられないものだと思う。
「実際、レオンハルトが生まれた時は本当に嬉しかったんだ。始祖と同じ黒髪を持って生まれた甥っ子が──可愛いあの子がいる限り、この国は安泰だと固く信じていたんだ──あの時までは」
大公は昔を懐かしむように語り続ける。ハルが生まれた時のことを話した時には笑みが零れていた。
そんな大公を見て、彼の話は本当なのだと伝わって来る。
「あの時とは……?」
私と同じようにマリウスさんも感じているのだろう、大公に話の続きを促した。
「当時の私は主に内政に関わる仕事をしていたんだが、陛下から外交を任されることになったんだよ。そして各国との関係を精査している時、ほとんど国交がない国のことを思い出してね」
「その国とは、やはり……」
「そう、アルムストレイム神聖王国──法国だよ。私は彼の国との関係の改善を試みようとしたんだ」
帝国と法国は価値観や宗教観が全くと言って良いほど違っているから、国交を始めるのはかなり困難だろう。だけど大公はお互いを尊重し歩み寄れば、少しずつでも関係が変わるのではないか、と期待したのだと言う。
「私は知り合いに協力して貰い、法国に接触したんだ。そして一度会談しようと言うことになってね。秘密裏に法国へと赴いたんだ」
法国は秘密主義で、滅多に他国の人間を入国させないことで有名だ。
他国との外交は基本、その国にある神殿を経由して行われるほど徹底している。
「法国に招かれたことを秘密にしていたのはどうしてですか? 陛下はそのことをご存知で?」
「いや、内密に会うことを条件に、法国への入国を許可されたからね。陛下にも伝えなかったよ……今となっては自分でも愚策だと思うけど、ね」
自嘲する大公を見て、彼がそのことをとても後悔しているのだとわかる。
大公が言っていた「あの時」とは、法国へ赴いた時のことだった。
「そして私は法国のホルムクヴィスト枢機卿と対談出来ることになったんだ。枢機卿は実質十二聖省のトップでね、法国では教皇に次ぐ権力を持っている人物だよ」
大公曰く、法国は王国と謳っている通り、王族が存在すると言う。
だけど、国を回しているのは十二の中央行政機関で、それぞれを使徒座と呼ばれるアルムストレイム教の枢機卿たちが治めているのだそうだ。
アルムストレイム神聖王国は、アルムストレイム教が政権を運営し支配しているのが現状で、王国とは名ばかりの宗教国家である……と言うのが世界の共通認識らしい。
「その時の私はホルムクヴィスト枢機卿と対談出来るとなって舞い上がっていたんだろうね。彼に会いたいと希望する国家元首は沢山いたけど、誰も会えなかったと聞いていたから」
大公の話から、アルムストレイム教の権力がどれだけ強いのかが理解できる。
一国の王ですら枢機卿と会うことが叶わないなんて……。
更にその上の教皇に会うなんて不可能に近いのかもしれない。
「ホルムクヴィスト枢機卿と会ってみたらとても気さくな方でね。外交の経験も浅くまだ若かった私はすっかり油断していたんだと思う。彼の巧みな話術に引き込まれた私はすっかり彼の考えや主張に同意するようになっていたんだ」
アルムストレイム神聖王国で行われた対談は一週間にも及んだと言う。
それこそ初めは枢機卿の考えに疑問を抱いていた大公だったけど、彼と対談するたびに思考が塗り潰されていくような感覚に陥ったらしい。
「そのホルムクヴィスト枢機卿の持つ考えとは一体……?」
「アルムストレイム教は、神に似せられて作られた人間以外の亜人種はこの世界に必要ない、と考えていてね。それは異世界人の血を引く我々バルドゥル帝国の皇族に対しても同じだったんだ。だけど……」
大公が言葉を詰まらせた。きっと私たちの前で言いにくいことを話そうとしているのだろう。
「……ホルムクヴィスト枢機卿は特に先祖返りした皇子を──レオンハルトの存在が許せなかったみたいでね。……私にレオンハルトの暗殺に協力するよう要請してきたんだよ」
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
久しぶりの更新となりすみませんでした!
次回のお話は
「223 ぬりかべ令嬢、大公と対峙する。」です。
大公とミアの一騎打ち!勝つのはどっちだ?!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます