223 ぬりかべ令嬢、大公と対峙する。

「──私にレオンハルトの暗殺に協力するよう要請してきたんだよ」」


「……っ?!」


 大公以外の、ここにいる者全員が息をのんだ。


 その言葉は実質、ホルムクヴィスト枢機卿がハルを殺すよう大公に命令したことと同義だとわかる。


「あの時から既に、法国は殿下を亡き者にしようと……?」


 マリウスさんが怒りを孕んだ声で大公に問い掛けた。


「ああ、何故なのかわからないが、法国はレオンハルトのことをとにかく殺したがっていたよ。まるで長年の仇敵のようにね」


 私は、どうして法国が異世界人の血を忌み嫌うのかわからないけれど、きっとアルムストレイム教の開祖が異世界人なのと関係があるのでは……と思う。


「それで閣下は、法国の言いなりになって、八年前の……あの誘拐事件を起こされたのですか……っ?!」


 マリウスさんが珍しく感情を顕にしている。

 あの時ハルは本当に死に掛けていて、私が助けなかったらあのまま死んでいた、と言っていた。

 ハルを必死に探していたマリウスさんの心境を思うと、その原因である大公に怒りをぶつけたくなるのも当然だ。


「……それは……っ、言い訳になってしまうが、私がやったことは使節団の詳しいスケジュールを法国に流したことだけだよ。その後のことは彼らに全て任せていたからね」


 だからあの事件の後、誰も大公を捕まえることも咎めることも出来なかったのだ。

 実際、大公は情報を漏らしただけで──それすらも隠蔽していたかもしれないけれど──ハルに何も手を下していないのだから。


 まさか私とハルが出会うきっかけとなったあの事件が、本当は皇位継承問題をカモフラージュにした、法国による皇太子暗殺計画だったなんて……っ!


「……あの、大公閣下はホルムクヴィスト枢機卿の企みを阻止しようと思わなかったのですか?」


 私はずっと気になっていたことを大公に問いかける。


 皇帝陛下を支え、帝国をもっと良い国にしたいと願っていた、そんな大公が自分の国を売るような真似をするなんて、とてもじゃないけど信じられないのだ。


「その時の私は、彼らの言うことが本当に正しいと思っていたんだ。だから枢機卿に『卑しい血を持つ者が、この神聖な国に足を踏み入れられる許可を貰えたことに感謝しろ』と罵倒されても、皇族である自分が悪いんだと思い込んでいたし、彼らの命令に従うことが正しいのだと信じていたよ──そう、これに触れるまでは、ね」


「……これ? これって一体──っ?! えっ?!」


 大公の言葉を不思議に思っていると、大公が胸から何かを取り出してテーブルの上に置いた。


「それは……っ!!」


 私は思わず大公が取り出したものを見て驚いてしまう。

 そして大公はテーブルに置いた物を、私に向かって差し出した。


「君はこれが何か知っているんだね?」

 

 ──そんなの、知らない訳がない……!


 だって大公が持っていたもの、それは……私がハルのために作ったペンダントだったのだから……!


 ペンダントに反応してしまった私は、もう大公に私とハルの関係を隠すことは出来ないと、覚悟を決める。


「……はい。確かに私はこのペンダントを知っています。だけど、どうしてこれを閣下がお持ちなのでしょう?」


 私は大公に向かって鋭い視線を投げつけた。こんな小娘が睨んでも大公には何の影響も与えられないだろうけれど。


「なるほど。それが本来の君か。突然義姉上の──皇后陛下の侍女になったと聞いておかしいと思っていたんだが……。君は平民ではなく貴族だね? しかもこの国の出身ではない、他国の貴族令嬢。……どうかな?」


 やっぱり大公はこの宮殿の情報を把握していた。貴族はもちろん、千人以上いる使用人にも目を光らせていたらしい。


「はい。大公閣下の仰る通りです。……それで? まだ閣下には私の質問に答えていただいておりませんが」


 たとえ帝国の貴族令嬢でも、大公にこんな口を聞くような真似はしないだろう。それが他国の令嬢なら尚更だ。


 だけど私は大公を問い質さなければならない。その答え次第で、大公が敵かどうか判明するのだから。


「そう警戒しないで欲しいな。これはレオンハルトが『八虐の使徒』と戦った後に残されていたものを、私の息が掛かった人間が回収したんだよ」


「え? 『八虐の使徒』……ですか?」


 私は初めて聞く名前に驚いた。それはマリウスさんも同じだったらしく、何かを思い出したようだ。


「……そういえば、殿下の近くにあった襲撃者の遺体の数が八体だったはず。と言うことは……!」


「──そうだ。レオンハルトを殺すために差し向けられた刺客が『八虐の使徒』と呼ばれる者たちでね。大聖アムレアン騎士団に引けを取らない強さを持っていて、大聖アムレアン騎士団が表の騎士団なら、八虐の使徒は裏の騎士団って感じかな」


 アルムストレイム神聖王国の最強戦力で、昔お母様が所属していた大聖アムレアン騎士団……。そんな騎士団と同格の八虐の使徒を相手に、一人で戦って勝ったハルはどれだけ強いのだろう。


「閣下は随分法国の内情に詳しいのですね。もしかして神具のこともご存知なのですか?」


 マリウスさんが大公の持つ情報を出来るだけ多く引き出そうとしているのがわかる。きっと私と同じ考えで、ハルを目覚めさせる手掛かりがないか探っているのだろう。


「ああ、第十三神具『死神』だね。それについては私も詳しくは知らないんだよ。ただ、必要に応じて形態を剣や弓、槍や鎌に変化させる事が出来ると聞いたことはあるけどね」


 大公ならもしくは、と思ったけれど、流石に神具のことまで詳しく知っていなかった。

 だけど、神具が形状を変化させることが出来るなんて思わなかったから、そこは良い情報を手に入れられたと、喜んでおくことにする。


 もし大公が法国側の人間なのであれば、何か企んでるとは思うけれど。


「そんな訳で、先ほども説明した通り、私は法国の言いなりだったんだよ。まあ、言いなりと言っても帝国の内政には影響は無い範囲だけどね。とにかく、法国に行った時からずっと私はレオンハルトに対して憎しみを持って……いや、持たされていたんだと思う」


「だから執拗に殿下の政策を妨害されていたのですね」


 大公が完璧な法国の操り人形では無かったことは、不幸中の幸いだと思う。もし大公のような権力がある人物が内乱でも起こしていたら、帝国は今頃大変だっただろうし。


「ははは。情けない話だけどね。きっと私はレオンハルトの才能に嫉妬していたんだろうね。昔は優秀な甥をとても誇らしく思っていたのにね」


 大公は元々ハルを高く評価していた。それなのに、法国へ行ったことでハルを憎むようになった、ということは──。


「八虐の使徒や神具のことについては理解しました。お話いただき有難うございます。それで話は戻しますが、今このペンダントをお持ちになった理由は? 拾得物をただ届けに来られた訳ではありませんよね?」


 つい法国の話に気を取られてしまったけれど、まだ大公がここに来た理由を聞いていないのだ。


「……それは、このペンダントを渡されて触れた瞬間、まるで憑き物が落ちるような感覚があってね。それと同時にレオンハルトに対する憎しみも徐々に消えて行ったんだよ」


 大公はそう言うと、テーブルに置いたペンダントに目を向けて微笑んだ。

 そして再び私の方を見ると、確信したかのような口調で言った。


「昨日マリアンヌ嬢がお茶を淹れてくれた時、君も一緒に手伝っていたね? その時に君はお茶に何か仕掛けを──いや、聖水のようなものを入れたんじゃないかな?」


「──っ!」


 さすが大公と言うべきか、ミーナの鋭さはお父さん譲りだったようだ。


 ──ならば、ミーナが気付いたことを、この人が気づかない訳がない。大公は私の出自を完璧に把握しているのだ。


「……ミア……っ」


 マリアンヌが心配そうに私を見た。せっかく私が目立たないように気遣ってくれていたのに、初めから大公にはバレバレだったらしい。


「……それで? 大公閣下はそれを知ってどうされるのですか?」


 ここまでくれば、私が聖属性を持っている、と大公は気付いているだろう。


 私は大公がそのことを法国に連絡する前に、しばらく眠って貰うしかない……と、密かに思っていたのだけれど。


 大公がバッと勢いよく席を立ったと思うと、私の近くにやって来て、帝国式上級謝罪型『ドゲザ』の体勢をとった。


「──頼むっ!! もし君が聖物を持っているのなら、どうか私の家族を助けて欲しい!!」


「へっ?! ええぇぇぇぇっ?!」


 突然大公に『ドゲザ』された私はめちゃくちゃ驚いた。

 そんな大公を見たマリアンヌは「土下座って異世界共通なんだ……」って感心している。


「あ、あの! 顔を上げて下さい! そしてまずは説明して下さい!」


「いや、しかし……っ!! 私は今までレオンハルトに酷いことをしてしまったんだ……!! 本当は『セップク』してお詫びしたいが、そうすると家族を守れない……っ!! 不甲斐ない私に出来ることは、こうして誠意を示すことだけなんだ……っ!」


 大公は自責の念に駆られていて、なかなか『ドゲザ』を止めようとしなかった。


 それから一悶着あったものの、どうにか大公を席に戻した私たちは、詳しい話を聞かせて貰おうと席につき直した。


「……このペンダントのおかげで正気に戻った私は、法国からの要請を断ることにしたんだ。もうこれ以上彼の国の言いなりになりたくなくてね」


「その要請とはどのような内容なのですか? まさか殿下を狙って……っ?」


「いやいや、レオンハルトのことじゃないよ! 要請されたのは拘束されている罪人と神具の引き渡しだよ」


「……っ!? もしかして、罪人ってアードラー……じゃなくって、ヴァシレフって名前ですか?」


「ああ、確かそう言う名前だったかな」


 法国は今だにヴァシレフ奪還を諦めていないらしい。しかも神具まで要求してくるなんて、厚かましいにも程があると思う。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「224 ぬりかべ令嬢、認められる。」です。

またミア教の信者が一人……。(´д` ;


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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