224 ぬりかべ令嬢、認められる。

「法国は執拗に神具とヴァシレフの返還を要求して来ていてね。その度に色々理由をつけて断っていたんだが、言うことを聞かない私への警告なのか、今度は家族に──ヴィルヘルミーナに手を出して来たんだ」


「それは、先日ミーナが襲われた事件ですね」


 私とミーナを拉致しようとしていた襲撃者達は、身元がわからないまま死亡したと聞いていたけれど……。蓋を開けてみれば法国からの刺客だったなんて。


「ああ、君のおかげでことなきを得たが、安心したのも束の間、今度は贈り物に異物が混入していたと聞いてね。ヴィルヘルミーナからそのことを聞かされた時は驚いたよ」


 一体いつから異物入りのお茶を飲んでいたのか、大公にもわからないと思う。


 だけど昨日見た大公の様子からして、かなり長期間汚染されていたように見えた。


 それこそ、法国に行った時からずっと──……。


「私見ですが、大公閣下はもう随分前から呪薬に侵されていたと思います」


 私の言葉を聞いた大公は驚くことなく、「そうか……やっぱりね」と呟いた。


「気付いていたんですか?」


「……ああ、ペンダントに触れて正気を取り戻した時にね。今までの行動を振り返ってみれば、自分でも正気の沙汰じゃないと気付いたよ」


 大公は法国のかなり深い部分まで知っているようだった。

 法国としても、大公を利用するにはある程度情報を渡す必要があると判断したのだろう。どうせ呪薬で言いなりだし、情報を漏らすこともない、と高を括っていたのかもしれない。


「殿下がよく自慢されていましたが、ミア様が編んだペンダントには一体どのような効果があるのですか?」


 マリウスさんが興味津々と言った様子で質問して来た。ずっとペンダントが気になっていたらしい。

 そして私は、ハルがよくペンダントを自慢してくれていたと知って嬉しくなる。


「えっと、ハルを苛む全てのものから守り続けてくれますように……だったかな? とにかく、ハルを守ってくれますように、って祈りながら作ったと思います」


 私はランベルト商会でディルクさんに頼まれた時のことを思い出す。

 あの時は魔石の色を見て、ハルのことを想いながら魔力を込めたんだった。まさか本当にハルの手に渡ると思っていなかったけれど。


 だけど、あの時と比べてペンダントには魔力がほとんど残っていなかった。きっとハルを守るために魔力を使い切ったのかもしれない。


「なるほど。八虐の使徒との戦いの後、紛失したと思っていたのですが、無事戻って来て良かったです。……ペンダントを回収した者が誰なのか、非常に気になりますが」


 そう言ってマリウスさんはにっこりと微笑むけれど、その微笑みはとても恐ろしいものだった。

 マリアンヌも「ひぇっ!!」っと小さく悲鳴をあげている。


「い、いや! 誰かは覚えていないなぁ……! ははっ、私も耄碌したみたいだねっ!」


 大公が冷や汗をかきながら言い訳する。きっとその部下の命が危険だと思ったのだろう。


「…………」


「悪かったよ! もう君たちの邪魔はしないから! 寧ろこれからは協力させて貰うよ! こう言ってはなんだか、私もまだまだ権力は持っているからね! 家族を守って貰えるなら、レオンハルトの皇位継承も喜んで後押しするよ!」


 マリウスさんの無言の圧力に大公がたじたじとなっている。

 初めはマリウスさんでも大公に敵わないのかな、と思っていたけれど、余計な心配だったようだ。


 そして一見、情けなさそうな大公だけど、家族のためならプライドを捨てられる、とても家族想いの人なのだとわかった。


 本人に会うまでは、悪評高い大公からミーナのような優しい子が生まれたことを不思議に思っていたけれど、彼は愛情をいっぱい注いでミーナを育てたのだ、と今ならわかる。


「わかりました。もう大公閣下がハルを狙わず協力してくれるのであれば、私も大公に協力させていただきます」


「ほ、本当かい?! 助かるよ!! 本当に有難う!!」


「……ミア様、よろしいのですか?」


 マリウスさんは今だに半信半疑みたいだけど、それも仕方がないと思う。


「はい。大公閣下がハルを後援してくださるなら、とても頼もしいですし……それにミーナを守りたいと、私も思っていますから」


 ミーナは帝国で出来た初めての友達で、とても心優しい良い子なのだ。

 もうミーナも私にとって、マリカやマリアンヌと同じように大切な存在となっている。


「わかりました。<桜妃>であらせられるミア様のご意見を尊重致します」


 マリウスさんは恭しく言うと、私に向かって礼をとった。

 そんなマリウスさんを見た大公がひどく驚いている。


「ハルツハイム卿が……まさか女性にそんな態度を……? あれ? <桜妃>? え? それってミア嬢が既にレオンハルトと……? え?」


 私とハルが知り合い以上の関係だと気付いていた大公でも、まさか私がハルと婚約していることは知らなかったようだ。


 ……きっとマリウスさんの徹底した情報統制が功を成したのだろう。


「ミア様──いえ、ユーフェミア様は、あの殿下が愛される唯一のお方です。殿下を尊重する様に、閣下もユーフェミア様のことも尊重して下さい」


「……あ、ああ。わかったよ」


 マリウスさんの言葉はとても恥ずかしいけれど、とても有難い言葉でもあった。


 その言葉だけで、マリウスさんがハルのことを大切に想っていることが伝わって来る。


「でもそうか……。レオンハルトの相手はミーナしか釣り合わないと思っていたけれど……。ミア嬢……いや、本名はユーフェミア嬢か。君がレオンハルトの<桜妃>なら、こんなに嬉しいことはないよ」


 確かに、綺麗で格好良いハルの相手を探すのは至難の業だろう。

 私も自分がハルに釣り合っているとは思わないけれど、マリウスさんやマリカたちが応援してくれるから、堂々としていようと思えるようになったのだ。


「有難うございます。お役に立てるかわかりませんが、私も帝国とハルの為に、出来ることは何でもしようと思っています」


 私はハルと結婚するにあたり、一番障害になる人物が大公だと思っていた。だけど大公が認めてくれた以上、私たちの邪魔をするものは無くなったのだと思っても良いかもしれない。


「……それで、話を戻しますが、先ほど大公閣下が仰っていた『家族を守る』というのは、具体的にはどのようなことでしょうか?」


 私は大公にお礼を言った後、ずっと彼が気に掛けていた条件のことを聞いてみる。

 守ってくれと言われても、何から守るのかによって全然対策が違うからだ。


「ああ、それなんだが、私同様家族たちも呪薬に侵されているかもしれないんだ。どうかエルネスティーネとヴィルヘルミーナを助けてくれないだろうか?!」


 大公が真剣な表情で頼んできた。ずっとこのことが気がかりだったのだろう。


「え、大公夫人とミーナですか……? えっと、でもそれは……」


「……っ! やはり難しいんだね……っ! でも……っ! なんとかお願い出来ないだろうか?! 時間やお金はいくら掛かってもいいっ!! 妻と娘だけはどうか……っ!!」


 私が躊躇った様子を見た大公が悲痛な表情で懇願してくる。必死な様子に申し訳なくなった私は、大公の誤解を早く解かなきゃ、と思う。


「いえ、そうではなく、お二人はもう浄化されていますから……! だから安心されて大丈夫ですよ!」


「……へ? 浄化……?」


「はい、お二人は軽度でしたし、昨日お出ししたお茶でほとんど浄化されていると思います。もしまだ心配されるなら、後ほど聖水をお渡ししますので、お帰りになられたら飲まれるようお伝えいただけたらと」


 もう二人が浄化されていると聞いた大公はキョトン、とした後、両手で顔を覆い隠した。

 大公の身体が小刻みに震えているから、もしかしたら泣いているのかもしれない。


「良かった……っ! 本当に良かった……!」


 呪薬の恐ろしさを知っている大公はよほど心配だったのだろう。安堵したからか、緊張していた身体の力が抜けていくのが見てわかった。


「でも大公閣下、今一番重症なのは貴方です。昨日のお茶である程度浄化出来ていますが、完全じゃありません。しかも閣下はかなり長い間呪薬を飲まされていたようですし、一刻も早く浄化された方が良いと思います」


 昨日の様子を見る限り、大公の身体はまだ呪薬に蝕まれているようだった。

 ミーナのためにも、大公には健康になって貰わなきゃいけない。


「マリアンヌ、まだ残っていたら聖水を分けて貰えるかな?」


「はい、大丈夫です! まだ十分残ってますよ!」


 私の意図を汲み取ってくれたマリアンヌは、席を立つと持って来ていた水筒から聖水をコップに注いでくれた。


 大公はそんな私たちを不思議そうに見ている。

 さっきまで姉妹だった私たちの変化に驚いているらしい。


「はい、どうぞ! ぐいっとイっちゃってください!」


 マリアンヌからコップを渡された大公は「あ、ああ……」と、躊躇いながらも聖水をゴクゴクと飲み干していった。


 すると大公の身体が光ったかと思うと、ずるり、と黒い何かが這い出して来た。


「なっ!!」


「これは……っ?! あの時と同じ……?」


「ぎゃあっ!! な、なんですかこれっ!! キモっ!!!」


 まるで<穢れを纏う闇>のような悍ましいモノが顕れ、全員が驚愕する。


 大公が汚染されているとはわかっていたけれど、まさかこれ程とは私も思っていなかった。


 私は咄嗟に手に魔力を集めると、聖火を繰り出して黒い何かを燃やしていく。


『……?! ……!!! !!?? !!!!!!!』


 黒い何かは悲鳴のような音を発しながら聖火に炙られている。そしてしばらく聖火の中で蠢いていたけれど、次第に小さくなって、最後には跡形もなく消えていった。


「……これはかなり強力な呪いでしたね」


 何とか呪いを浄化出来た私は、ようやく一息つくことが出来た。


「ええ、本当に。何となくですがアルゼンタムに掛かっていた呪いによく似ていましたね」


「こ……っ、怖かったです〜〜〜〜っ!! あんなのが身体の中にいるなんて……! 想像しただけで気絶しちゃいます!!」


 マリウスさん達と呪いについて話していると、浄化された大公が放心状態になっていることに気づく。


 俯いたまま、身じろぎ一つしない大公が心配になった私は、様子を見ようとそばに寄って声を掛けてみた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「……っ、……ま」


「は?」


 大公がボソッと何かを呟いたけれど、何を言っているのか全く聞こえなかった。思わず私が聞き返すと、大公はバッと顔をあげ、潤んだ目で私を見上げて来た。


「聖女様……!! 貴女は聖女様ですねっ?! ああ、まさかと思いましたが本当に聖女様だったとは……!! 聖女様に救われたこのご恩は決して忘れません!! 卑しい私ではございますが、一生貴女様に忠誠を誓わせていただきます!!」


「え」


 私は大公の変化に絶句する。

 もしかして大公の大切な何かも一緒に浄化してしまったのだろうか……。


「これは……! キレイなジャイア……じゃなくてキレイな大公?!」


 マリアンヌが意味不明なことを呟いているけれど、きっと碌でもないことだと思う。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

ミア教の勢力拡大中。


次回のお話は

「225 ぬりかべ令嬢、〇〇する。」です。

なんかネタバレになりそうなので伏せときます。(予告の意味なし)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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