225 ぬりかべ令嬢、出向する。

 私を聖女様と呼び泣いて喜ぶ大公を落ち着かせた後、私たちは再び席に付き直した。


 大公の呪いを解くことは出来ても、根本的に問題が解決した訳じゃないのだ。

 このまま放っておいたらまた呪薬に精神を蝕まれてしまうだろう。


「昨日大公家に招かれた時気付いたんですけど……実は、お茶だけでなくお菓子にも呪薬が仕込まれていたんです」


 本当はこの事をマリウスさんに相談するつもりでここへ来たけれど、私は当事者である大公に打ち明けた方が話が早いと判断したのだ。


「何だって……?! まさかパティシエが?!」


 予想通り、大公は酷く驚いていた。使用人の中に法国の回し者がいるとは思いもしなかったようだ。


「大公家のパティシエが犯人かどうか私にはわかりません。もしかしたら購入している材料の中に入っているかもしれませんし」


「……はぁ。教えて下さり有難うございます。まさか法国がそこまでするとは……」


 屋敷の使用人が法国の手先かもしれないと知った大公は、流石にショックを隠せないようだった。


 貴族が使用人を雇用する時は審査と面接、家門によっては実技テストをする場合がある。大貴族である大公家の使用人なら、さらに厳格に身元を調査したと思う。


 そうして信じた使用人が自分を裏切っていたと聞かされても、すぐには信じて貰えないと思っていたけれど、意外なことに大公はあっさりと私の話を信じてくれた。

 私が呪薬を浄化したからだろうけど、信じて貰えることはとても嬉しい。


「まずは料理人にパティシエ、食料品を納品している業者から調査だな……」


「調査以外にも、内密に呪薬を避ける方法を見付ける必要がありますね」


 マリウスさんと大公が呪薬の対策について話し合っている。

 だけど呪薬の混入経路を特定するために、使用人をクビにしたり取引を停止させる訳にはいかないようだ。


「呪薬の見た目について情報があれば見つけやすいんだが……」


 大公家で使われた呪薬が固形なのか液体なのか、今のところ判明していない。ただわかっていることは、薬のような匂いがすることだけだ。


 それからしばらく静寂が流れた後、考え込んでいたマリウスさんが顔を上げた。


「……今まで通りに過ごしながら、呪薬を避ける方法が一つだけあります」


「えっ?! 本当かい?」


 良い案が思い浮かばず、困っていた大公の表情がぱあっと明るくなった。だけど大公の表情とは対照的に、マリウスさんの表情は少し暗く見える。


「はい、それにはミア様とマリアンヌ嬢の協力が必要です」


「え? 私もですか?」


 呪薬のことだから私が協力することになるとは思っていたけれど、マリアンヌも駆り出されることになるなんて、全く思っていなかった。

 自分の名前が出るとは思わなかったらしいマリアンヌもすごく驚いている。


「はい。大変申し訳ないのですが……ミア様とマリアンヌ嬢のお二人に、呪薬の入手経路が判明するまで大公家で使用人として出向をしていただきたいのです」


 ため息混じりに言ったマリウスさんの様子に、よっぽどその方法に乗り気じゃないことが伝わってくる。


「出来るだけ避けたい方法でしたが、他に良い案が浮かばず……申し訳ありませんが、お願い出来ないでしょうか?」


 ──でも、広い目で見てその方法が帝国のためになるのなら、と苦渋の決断を下したのだろう。


「確かに! 聖じ……いや、ミア嬢が我が家にお越しくださるなら心強い! 是非お願いするよ!」


 マリウスさんの提案に大公が諸手を挙げて賛成する。すっかり私たちを信用してくれたようだ。


 それに大公は私のことを聖女だと言いかけていたけれど、自分で気付いて慌てて訂正していた。素早く状況を理解した頭の回転の速さに、流石帝国一の大貴族イメドエフ家の当主だと感心する。

 この様子なら、私が聖属性を持っていることが大公家でバレることはないかもしれない。


「……わかりました。イメドエフ家でしばらくお世話になろうと思います」


「本当かい?! 有難う!! ミーナも喜ぶよ!!」


 提案を受けた私の返事を聞いた大公は大喜びだ。その顔には安堵の色が滲んでいる。


「でも、そのためには皇后陛下の許可をいただいて、ハルの世話をお願いしないといけません。ハルを頼める人がいるかどうか……」


 私が帝国に来るまで皇后陛下がハルのお世話をしてくれていた。だけど、お忙しい陛下にお願いしても良いのか迷ってしまう。


「それなら、私が殿下の世話をいたしましょう」


 どうしようかと考えている私に、マリウスさんがハルのお世話をしてくれると申し出てくれた。彼なら安心して任せられるから、とてもありがたい。


「そうしていただけると、とても助かりますけど……。でも、マリウスさんもお忙しいのに大丈夫ですか?」


「ああ、それならお手伝いして下さる方がいらっしゃるので大丈夫です。……ですよね、閣下?」


 心配する私を安心させるようにそう言った後、マリウスさんは大公に向かってにっこりと微笑んだ。


「ひぃっ?! ……あ、ああ、も、もちろんだともっ!! 私も喜んでお手伝いさせて貰うよっ!」


「……だ、そうですので、どうかミア様は安心してください」


 どことなく怯えている大公が気になったけれど、大公がマリウスさんを手伝ってくれるなら大丈夫だろう。


「有難うございます。大公閣下、どうぞよろしくお願いいたします」


「あっ、私も! 私もよろしくお願いします!」


 ことの成り行きを見守っていたマリアンヌが、はっと我に返り慌てて挨拶する。突然の展開に頭がついてこなかったのかもしれない。


「こちらこそよろしくお願いするよ。あ、義姉上……皇后陛下には私から説明しておくよ。その方が手っ取り早いからね」






 ──そうして、大公の口添えもあり、皇后陛下からあっさりと許可を貰えた私は、マリアンヌと一緒にイメドエフ大公家の使用人として出向することになった。


 善は急げと大公閣下が手を回したのか、次の日の朝迎えに来てくれた豪華な馬車に乗って、私たちは大公家へと向かっている。


 ちなみにレグは皇后陛下が面倒を見てくれるそうだ。さすがに恐れ多いので断ろうと思ったけれど、陛下が是非にと言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらっている。

 黒い毛並みと青い瞳のレグを見て、陛下もハルに似ていると思ったのかもしれない。


「今から潜入捜査ですね……! 何だか『スパイ映画』みたいです!」


「う、うん? だけど何があるかわからないから、絶対油断しちゃダメだよ?」


「あ、法国絡みですもんね。ついワクワクしちゃってました! 気をつけます!」


 マリアンヌに用心するように言いながらも正直、私自身大公家が楽しみでワクワクしていたから、彼女の気持ちがとてもよくわかる。

 以前招待された時に見た大公のお屋敷はとても立派だったし、ものすごく広かった。

 手入れもきっちりとされていたので、きっとどこを見ても目の保養になると思う。


 だけど、今回は大公家に仇なす存在がいて、それが法国関係なのだ。

 聖職者だとしても、法国関係者は信用できないし、信用してはいけないと思う。


(十二聖省の長が一国の皇子の暗殺を企てるとか……ホント、卑劣な国だなぁ……)


 もしかすると、帝国以外にも人知れず狙われている国があるのかもしれない。

 アルゼンタム王子の獣人国と法国が仲が悪いのは周知の事実だけれど、それ以外にも法国に反発した国に良からぬことをしていそうな気がする。


(お父様は……ナゼール王国は大丈夫かな……)


 私はふと、お父様が心配になった。

 帝国に着いてから手紙を出しているけれど、お父様からの返事は未だ来ていない。

 宮殿でも王国に何かがあったという噂は流れていないから、大丈夫だと思うけれど。


 考え事をしているうちに、気がつけば大公家のお屋敷の前まで来ていた。

 金で装飾された華美な門をくぐると、よく手入れされている庭が目に入る。


「あ。ミア様、ミーナ様が待ってくれていますよ」


「えっ。……あ、本当だ」


 屋敷の方を眺めていたマリアンヌが、玄関の前で待ってくれているミーナに気付いて教えてくれた。

 いつもならミーナと一緒に彼女の使用人が並んでいるはずなのに、今は何故かミーナと執事さんしかいない。


 お父さんである大公から、私たちが来ると聞かされていたのだろう。遠目から見てもとてもご機嫌に見える。


「ミア! マリアンヌ! ようこそおいでくださいましたわ! わたくし、お父様からお話を聞いてとても嬉しくて! 今日を楽しみにしていましたのよ!」


 私たちが馬車から降りた途端、待ちきれないとばかりにミーナが駆け寄ってきてくれた。キラキラと輝くその瞳に好奇心と嬉しさが溢れ出ているようだ。


 ミーナが喜んでくれて、私もとても嬉しい。だけど、私が大公家に来たのは使用人として働くためなのだ。


「ヴィルヘルミーナ様、わざわざお出迎えいただき有難うございます。誠心誠意努めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 私はミーナに向かって頭を下げた。私の後ろでマリアンヌも一緒に頭を下げている気配がする。


 喜んでくれているミーナには申し訳ないけれど、私たちの立場は新人の使用人だ。だから大公家の御息女に対して馴れ馴れしく接するわけにはいかない、と思い、挨拶をしたのだけれど……。


「うふふ。ミアは貴族令嬢なのでしょう? でしたら我が大公家のお客様としてお迎えいたしますわ! どうぞごゆっくり寛いでくださいな!」


「え」


「マリアンヌはミア専任の使用人ということにしていますわ! その方が動きやすいでしょう?」


 そう言ってイタズラっぽく笑うミーナはとても可愛かった。

 どうやら大公と相談して、私たちが調べやすいように考えてくれたのだろう。


 確かに、ミーナの友達として滞在する方が何かと動きやすいかもしれない。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「226 ぬりかべ令嬢、もてなされる。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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